「ひとつ聞きたいんだけど…キミ、転生者…だよね?」
「…………へ?」
カーミラが口にしたのは、キルエの脳内には全く無かった言葉。
「転生者…?」
「あっ!ごめん、勝手な造語で喋ってしまって。
ええと…前世の記憶を覚えてたりしない?しかもここじゃない別の世界の!
だってキミ、白雪姫がどうとか言ってたでしょ!?
この世界には白雪姫なんて無いのに!」
その台詞で、ようやくキルエの脳が追いつく。
「…っ!」
「分かるよね、日本!私たちの生きてた国!
…あ、外人さんだった?ジャパン!ジャポネ!ハポン!ヤーパン!」
「いや分かりますし、俺は日本人ですよ」
疲れ切った声色で返す。
「……やっっっぱりそうだ!
やっと会えだぁあああああっ!!」
妖艶な身体で奔放に泣き、キルエの小さな身体にしがみつく。
柔らかなものが、キルエの顔を埋め尽くす。
「おほ~っこれはなかなかの豊満ちゃん……じゃなくて!
いいから離れてください。そして事情を教えてください」
「あ、ご、ごめんなさい。
改めて、私の名は…こっちではカーミラ。
自分で付けたの。吸血鬼と言えばカーミラでしょ?」
「あ、やっぱそこ出典ですか。
で、この現象についてどこまで知ってます?」
「現象?」
「俺たちみたいな別の世界の人間が、こうしてここに来た事ですよ」
カーミラは肩を竦めた。
「さっぱり。私はこっちで20年ほど生きてるけど…」
「は?20年?…吸血鬼でしょ、あなた!?
その風格ある見た目からして、てっきり100年以上は余裕で生きているものと」
「見た目?…ああ、コレは嘘のやつだから」
「嘘…って」
目の眩むようなブロンドの貴婦人が、突如目の前から消える。
「…え」
同じ場所に現れたのは、縮れた黒髪を放埓に伸ばした少女。
病的なまでに白い肌と、痩せこけた肢体が印象的だった。
「こっちがホント。へへへ…ごめんね。
さっきのエッチなお姉さんの方がいいでしょ?」
「いや、それぞれ興奮するので別に構いませんが…それより。
どうして包帯巻いてるんですか?吸血鬼ならすぐ直るでしょうに」
「だって私…ホントは弱い吸血鬼だから」
キルエが顔を顰める。
ガスマとの壮絶な幻術戦を見た者にとって、その言葉は容易には信じられないものだった。
「傷を負ってもすぐには治らないし、そもそも身体も大して丈夫じゃないし。
霧にも蝙蝠にもなれないし…
「でも、あの幻術は…!」
「吸血鬼には、それぞれ固有の能力が目覚める事があるの。
私のソレは幻術だった。そのおかげで、なんとか生き延びられたんだけどね」
そう言うカーミラの姿は、小動物のように弱弱しい。
「元々はちっちゃい農村の子供として生まれて、12歳の時吸血鬼に襲われたの。
それで吸血鬼になったんだけど…素質があまりに低すぎて、ザコになっちゃった。
つまらないからって殺されそうになった時、力に目覚めて…」
「殺っちゃった訳だ」
「いや?とりあえず眷属契約を解消させて、そのまま逃げちゃった。
そうすれば追って来れないし…」
吸血鬼は、自分が吸血鬼化させた眷属へ絶対の命令権を持つ。
どこへ逃げても権利は失効しない。本人に契約解消させる以外は。
「ちょうどいい廃城も見つけたし、のらりくらりやってこうかな、と。
そうしてたら、いつの間にか【幻魔大公】なんて大層な名前まで頂いちゃって。
そしたらさ、ふさわしい名前付けたいじゃん?」
「それで、カーミラと。
あんなキャラ付けまでして大変ですねぇ」
「アハハ、キャラ付け…のつもりだったんだけどね、最初は」
痩せた少女の姿が消え、あの妖艶な美女が帰ってくる。
「幻術使いには、並列した思考が必要でな。
そういう意味で、ただの私とカーミラとしての私を分けるのは有効だった訳だ。
どちらも嘘ではない。出力の仕方が違うというだけの事だ。
あと元々の年齢的には、こっちの格好の方が近いしな」
「元々はおいくつなんですか」
「女の歳を聞くにはいささか不躾な問い方だな。
まぁ21の大学生だったんだが。キミは?」
「30…なんとかだった気がするけど覚えてないっすね」
「うげ、年上じゃないすか」
「前世の年齢なんて享年と同じでしょ。考えるだけ無駄ですよ」
「そっか…あ、だったらさ!」
カーミラはまだまだ話し足りないらしく、勢いが落ちない。
「名前!前世の名前って何?」
「え?いや…どうでもいいし覚えてないですね」
転生した当初は覚えていた気もするが、1人きりの森で誰が呼ぶ訳でもなし、数日で忘れ去ったのだった。
「何それ、どうでもよくはないでしょ!?
あ、私はね、
「まさか苗字って…かたせ…?」
「かたせ梨乃な訳ねぇだろ!極道の妻やってねぇよ!普通に苗字は藤原だよ!
ていうか自分の名前忘れといて、なんでかたせ梨乃は覚えてんだよ!」
「いやホラ、そういう何気ない事の方が印象的に残ってる事あるでしょ?」
「あぁ…まぁ確かにそれはあるかも。
私、親の顔すら朧気なのにCMソングは20曲くらい歌えるもんね~…ハハ」
カーミラの目には、涙が溜まっていた。
キルエは心底面倒そうに顔を背ける。
「…な、泣くなら静かにお願いしますね」
「ホントにデリカシー無いねキミ!
嬉しいんだよ、前世の話が通じて!こんな話、他の人には出来ないし。
ずっとこの世界で、ひとりきりで…それが当たり前なんだと思って生きてきたんだから」
「人はいつでも1人でしょ、大袈裟な。
そんな事を言うなら…」
キルエの目が、静かに光る。
「ここに住ませてくれません?」
「…えっ?」
カーミラの幻術は、キルエが身を守る上で有用だ。
彼としては、是が非でも欲しい力だった。
「そんなに変ですか?やっと見つけた同胞ですよ、俺たち。
俺は命を狙われてるし、その力があれば大変助かるんですが…どうでしょう?」
涙もろいカーミラの情を煽り、庇護欲を誘う立ち振る舞いを心掛ける。
「ああ、まずは自己紹介ですよね。俺の名はキルエといいます」
幼い外見を利用し、あざとくならない程度に擦り寄る。
「俺、ある小さな部族の村で育ったんですが…そこでは忌み子扱いでした。
キルエって名前も、部族の古い言葉で悪魔を意味するものです。
生まれてすぐ殺されかけるし、1人で危ない森に住まわされるし…」
「…そっちも大変だったみたいだね」
わざとらしさを消し、普通の苦労話のようなあっさりとした口調で訥々と語る。
「そりゃもう!…でも、ある日その村は焼き払われました。
村の奴らは好きじゃなかったけど、死ねとも思ってませんでしたから、ビックリしましたよ」
「……っ」
カーミラは今や絶句し、キルエの語りに聞き入っていた。
「俺も命を狙われて…なんとか逃げて。
だけどお金を稼ぐ手段なんて子供には限られてるから…傭兵になりました。
危険なぶん実入りも良いし、何より…褒めてもらえるから」
余計な嘘は入れず、簡潔な事実と素直な感情を吐露する。
キルエの場合、それで充分に同情を引ける経歴だからだ。
(あれ、なんだろうな。改めて言葉にすると、俺ろくでもねぇ人生送ってんな!?
なんか、泣けてきやがったなチクショウ!)
カーミラの袖を掴み、千切らんばかりに引っ張る。
言葉にならない焦燥感が、取り繕いの台詞を押しのけて口を衝く。
「あの…もう…マジ頼む!助けてください!!
なんとか生き延びてきたけど、今回ばかりはマジヤバいんだって!!」
マントを外し、服の胸を開いて呪印を見せつける。
「見てよホラ、神様に呪いまでかけられてんの!
これがある限り、俺は神の力を借りた術は発動できない!
ほとんどの術が使えねぇの!!」
「い、いや、そんな事言われても…呪いを解く術とか、探したらありそうだけど…」
「確かに、ただの呪いなら無効化する術が色々とある。
…最悪の場合、『1回死んでリセットする』って手段もあるしな」
「そ、そんな事できるの!?
それくらいの無茶が出来るなら、どうとでもなるんじゃ…?」
「そこが神様の怖い所です。
この呪いは魂に刻まれて、死んだとしても解けないんです!
分かる!?『死ぬ覚悟でやればなんとかなる』なんてレベルじゃない。
文字通り『死んでも無理』なんだよ!!」
「それは…余計に私じゃどうにもならなそうというか…。
だって私より呪いに詳しいじゃん、キミ。
私何にも分からないし、助けてあげられないって…」
心から申し訳なさそうに、カーミラは呟いた。
…それはキルエの想定内だった。
(そもそも、呪いを解く方法なんて他人に頼るつもり無いし。
俺の真の目的は、『彼女の罪悪感を刺激する』こと。
そうすれば次のお願いが通りやすくなるからな…)
満を持して、言葉を続ける。
「わ、分かった。確かに貴女に頼るのはお門違いだったかもしれません。
だったら、さっきも言ったように、貴女の城に住まわせてくれませんか?
今の俺がどれだけ困ってるか、分かったでしょう?」
「う、うぅ~ん…」
しかし情深いように見えたカーミラは、意外にもひどく渋っていた。
(あ、コレダメだ。助けるかどうかじゃなくて、どうやって断るかで悩んでる顔だ!)
「いや、助けてあげたいのは山々なんだけどね…」
「なんだよ薄情者ぉ!こんなかわいそうな俺だぞぉ!
ちっとは助けてくれても良くないっすか、どうすか!?」
もはや策略はどこへやら、なりふり構わず懇願するキルエ。
「でもね…私の力は、他人を巻き込んでしまう。
人を守るのには向いてないんだ」
「んな事ないっすよ、めちゃくちゃ助けられて…!」
興奮が最高潮に達した時、キルエの視界がフッと暗くなり、よろめいた。
「う…!?」
「おっとと。大丈夫?
…これが、私の力なんだよ」
「え…?」
「私の幻術は強力すぎて…耐性が無いと、見てるだけでも脳に負担が掛かるの。
ほら鼻血出てるよ」
キルエの右鼻から、赤い筋が引かれた。
「うわっ…」
「それに、私の幻術には仕組みがあってね。
自分の血を魔法粒子として散布し、その領域内を幻術空間にする。
この粒子を吸い込むと…」
「ど、毒なんですか!?」
「……ただちに人体に影響が出るレベルではありません」
「逆に不安になるやつ!」
ため息をつき、話を仕切り直す。
「それにね、正直私も自分が生きるので精いっぱい。
言ったでしょ、力を使うたび血を散布するって…」
「貧血、ですか?」
「それもそうだけど、ほら…吸血鬼だからさ。
特に野生動物の血だけで賄ってる私としては、今も割と限界なの。
普段はこの城を丸ごと森に変えて隠してるけど、キミたちみたいに入ってきちゃう人もいるし、体力消費が激しいんだよね」
「じゃ、じゃあ!住ませてもらう代わりに俺の血を…!」
「私、結構吸うよ?献血とかイメージしてるんだったら甘いよ?
キミ程度の体格なら、ちょっとずつ吸ったとしても3日でミイラになっちゃうからね?」
「む、むむむ…!」
反論は色々と思いついたが、キルエがそれを口にする事は無かった。
(これ以上無理に頼み込んでも、無理か。
関係を悪化させたら元も子もないし…うう…)
強い繋がりによる親近感こそあるが、結局は他人なのだ。
せめて良好な関係を維持せねば、今後の立ち回りにも関わるだろう…そう結論付けた。
「…ふん。じゃあもういいですよ!
ちゃっちゃと血ぃ吸っちゃってください」
「え?あ、あの、住むのはダメだよ?」
「それは諦めます。今回の分のお礼ですよ。ほら、早く!」
褐色のうなじを突き出す。
「…いいの?」
キルエが頷くのを見て、カーミラはおずおずと肩に噛みついた。
「っ…う」
「ん…ん。ぅ…」
しばらくの沈黙。
「……はい。もう大丈夫」
「もういいんですか。早いですね」
「疲れてるだろうしね、手加減しといた。…血、ありがとう」
「いえいえ。…ところで見返りなんですけど」
「えっ」
キルエの目が再び光り始めた。
「何か手助けになるものを頂けます?
お金とか、お宝とか、呪いのアイテムでもいいですよ?」
「えぇーっ!?お礼じゃないの!?
…さ、先に吸わせてから言うなんてズルいぞ!」
「あんなに吸っておいて、はいサヨナラなんて酷いっすよ!
俺の身体だけが目的だったのね!?ひどいわ!」
「人聞き悪いなぁ!いいよ、何かあげるよ!
でも、お土産なんて…あげられるものなんてあったかな?」
カーミラはキョロキョロと周りを見回して、ふとキルエの左目を見る。
眼帯は激しい戦闘で外れていた。
「……?」
「…綺麗な、青い目。不思議な色」
「あ、ああ~!魔眼の事ですか?」
「へぇ、魔眼!…そうだ、アレをあげようか」
魔皇城、【七冠の議場】に6人の男女が集っていた。
テーブルの上には6つの水晶。つい先ほどまで7つだった。
「ハハハ!こりゃウケるぜ、7人揃ってすぐこのザマか!」
髭面に筋肉質といかにも傭兵らしい男、【竜将】ボルドが爆笑する。
『う~ん、返す言葉も無いよ。
しかもさ…ガスマくんの水晶は消えたんだ。割れたんじゃなくて。
皆も見たよね?』
「見た見た、どうなってんだありゃ?」
ゴブリンの王【
『…ガスマくんの動きは、常に追えるようになってた。
だけどさ、急に消滅しちゃったんだ。場所は…【幻界城パンタスマ】』
その名を聞いて、騒めきが止んだ。
「…下らん。粗忽者が禁足地に踏み込んで消されただけか」
バイカケット帽の女、【鎚葬者】リュリが吐き捨てた。
「【幻魔大公】カーミラか。…どうします。報復を?」
スキンヘッドの聖職者【血溜まり司教】メルディゲの問いに、ネネルは唸る。
『どうしよっか…まぁ今はいいや』
「も、元はと言えば私の落ち度!
その尻ぬぐいにお手を煩わせただけでなく、死なせてしまうとは…も、申し訳ございません!」
謎に包まれた【傀儡王】モースが、震える声で謝罪した。
『仕方ない仕方ない。…いやーしかし困ったなぁ。
勇者が来る前に幹部が1人減ったんじゃ、どうも収まりが悪い』
「ホントに来ますかね、勇者くんたち」
今となっては最古参幹部のツルードが、溜息混じりに呟く。
『来るでしょ。勇者なんだからさ。
ていうか来てもらわないと困るよ!せっかく完全に魔皇ティアマトの力を取り込んだっていうのに!』
「俺は諦めてほしいっすよ。
だって城内はほぼ鎮圧完了だし、勇者さえ来なけりゃスムーズに目的達成できるでしょ?」
『そりゃそうなんだけど!もちろんそのつもりで動くけど!
それはそれとして、勇者って言うからにはこっちの予想を超えてほしいじゃん!?』
答える者は居ない。
『まぁいいよ。もうこの城は完全に支配下に置いた。
後は浮いてるこの城を、もう一度深く
〈つづく〉