時は来た。
一度は追い詰められ、魔皇城から何とか逃げ延びた俺たちは、今またここにいる。
頭上には魔皇城。ここからは、城の下部にある四角錘形状しか見えない。
「もう飛べるのか?」
頭に角を頂き、黒い眼球に金色の目を持つ半魔の少女、メルト。
かつて人も魔も睨みつけていたその瞳に、恨みの濁りは無い。
「ああ…アイツが来たらすぐにでも飛ぼう」
「向こうに着いたら、私とメルトは別行動する。いい?」
青い肌に甲冑を纏い、大盾を持つ少女。同じく半魔のエリン。
始めは【
「ああ、決着付けてこい。こっちはとっとと片付けて、助けに行ってやる」
「余裕だな、グレン。僕など震えてくるよ」
言葉と裏腹に涼しい顔したコイツはラスタ。
この旅で幾度となく苦難を味わっても、コイツの正義ヅラは変わらない。本物のヒーローだ。
「嘘つけラスタ。お前がどんだけブチギレてるか、さすがに分かるぜ」
「そうですよ!私だって、あんな勝手な人たち許せないもん!」
犬の耳を生やした、獣人らしき少女フェリス。
だが正体は魔族である【人狼族】の一員で、そのせいで色々言われる事も多かったが、どこ吹く風で聞き流しちまう意外と強い奴だ。
『ええ。私の子供たちの想い…必死に生きてきた人間…その全てを踏みにじるあの男だけは!』
俺の手の甲に刻まれた、双翼と後光を象った【女神の紋章】。
その力を借りて俺の頭の中に語りかけてくる、半透明の妖精ナンム。
正体は魔皇ティアマトの魂であり、俺たちの旅にずっとついて来てくれた相棒だ。
自分の肉体を取り戻し、俺たちにあえて殺される事で世界に平和を取り戻そうとしていた。
だがその肉体も力も、ネネルに奪われた。
「そう…相棒だ」
『私をそう呼ぶなんて、相変わらず甘いのね』
「とか言ってるけど、どうよお前ら!」
『!!』
俺たち全員が手を繋いだ事で、ナンムの声は全員に届いていた。
「甘いのはどちらだ、全く。自分には厳しいくせに、他人の事を考えすぎだ」
「そうだね。だけど…それがあなたの本質なんだって、今なら分かる」
「今更が過ぎるよ、ナンム。言っただろ?僕ら全員で勇者だって」
「そもそもあなたが魔族を生み出してくれたおかげで私が居る訳だし」
「そう言うこった。感想は?」
『……無いわよ。ホント、今更すぎたわね』
俺たち5人、全員で勝利する。あの男…ドゥロワ・ネネルを倒して!
(う~わ、入りづらぁ…めちゃくちゃクライマックスの雰囲気出してんじゃん)
瓦礫の陰で、キルエが様子を覗いている。
彼は、この5人と待ち合わせていた。
(マジでアウェーだもんな俺。
いやまぁ…途中で逃げるつもりだし、別にいいんだけど。
…よし、行くかぁ)
左目の眼帯を締め直し、声を上げる。
「お待たせしました!依頼通りに参りましたよ」
「キルエ!お前が来ると聞いた時には驚いたが」
(そりゃそうでしょうね)
キルエはネネルと話を付けるため、どうしても魔皇城に行く必要があった。
(城にさえ着けば、後は上手い事理由をつけて単独行動できる。
それまでの我慢だ…)
「じゃ、行くぜ。お前はメルトと手ぇ繋げ」
(こういう時、ついつい手汗が気になっちゃう俺)
マントで手汗を拭き取りながら、ふと気づく。
「あ、あのちょっと無粋な事を聞くんですがね。
どうせ行くならネネルって人の居る部屋まで直接転送すればよくないです?」
「ああ、そりゃ俺らも考えた。
だがどうやら魔皇城は瘴気が強すぎて、正確な位置に転送できないらしい」
「下手したら、床とか壁に埋まった状態になるかもって…」
さすがに元傭兵だけあって、キルエの思いつくような事は考えていたようだった。
「*いしのなかにいる*ってなっちゃう訳ですか、そりゃマズい。
じゃあ城の中には飛べないと」
「そういうこった。城と一緒に周りの地面も浮き上がってんだろ?
俺らはあそこ…城の真正面に飛ぶ。いいな?」
正面は危ないのでは、という疑問がまた沸いてきたが、さすがに鬱陶しがられそうだったので黙った。
「手ぇ繋いだな?行くぞ…神界魔法、【女神の
グレンの手の甲の紋章が輝き、一同が光に包まれる。
(これが、女神の魔法か。…うおっ、ちょっと気持ち悪っ)
視界が光に包まれた次の瞬間、目の前に魔皇城の大門があった。
「お、おぉ…」
「よし、着いたな。神界魔法が使えるのは、後2回か…」
「アレ?その手の甲…」
双翼と後光の紋章のうち、片翼だけが光を失っている。
「チャージするのは手間がかかるからな。
今回の戦いで使えるのは、2回だけだ」
「あ、そういう仕組みか~」
キルエが感心しているうちに、メルトとエリンが城壁の穴から入り込んでいく。
「また後で合流しよう。健闘を祈る」
「じゃあね。【忌み屋】さん、依頼よろしくね」
「あの人たちは別行動ですか?」
「おう。アイツらから聞いてるか?ちっと因縁があんだよ。
ま、俺らは正門から堂々と…」
背中の黒い魔剣を抜き放つ。
切っ先から劫火が迸り、分厚い門に触れる。
「お邪魔しようじゃねぇか!」
まるでジェットエンジンでバターを溶かすかのように、瞬時に溶解させて穴をくり抜いた。
「ひえ~…すげぇ火力」
すっかりリアクションするだけの脇役に成り下がったキルエは、勇者たちの後ろに隠れながら続く。
門の先には、骨で組み上げたような意匠の入り口扉が侵入者を迎える。
「ちょっと待ってくれ。一応調べよう」
ラスタが前に出る。
「【
光る紋様が足下から発生し、走査線となって扉をスキャンする。
「……罠は無いようだ」
『無いよ、そんなの!』
「ッ!!」「この声…」「もうお出ましか!」
一瞬反応が遅れて、キルエも小声で呟く。
「あ…来た…!」
『いやぁ、待ったよホント!全然来ないからさぁ!』
扉の上、竜の頭蓋を模した飾りが言葉を発す。
その声の主は、魔皇城の新たなる支配者ドゥロワ・ネネル。
(まさかこんなすぐに接触できるとは!なんとか交渉しないと…!
でも…今は…)
グレンらの方をチラリと見る。
「テメェ…コソ泥の分際で随分偉そうな口利くじゃねぇか、あ?」
『ハハハ、いいね!闘志ムンムンだ!
ゴホン……よくぞ来た勇者たちよ!私の名は真魔皇ネネル!』
芝居がかったネネルの口調に、3人の怒りが掻き立てられた。
「薄ら寒い芝居はもうウンザリだ。
すぐそちらにお邪魔して、その鬱陶しい舌を切り落とそう」
「この城はあなたのものじゃないし、魔皇はナンムちゃんです。
何もかも他人から盗んだモノのくせに、大きな顔しないでください」
(うわめっちゃキレてる…この会話に首突っ込める自信ないな。
勢いが止まったところで無理やり割り込むか…?)
今や勇者一行と真魔皇が睨み合うこの場において、キルエの役割などない。
『フハハほざくがいい!貴様らは、我が最高幹部【薔薇の七冠】が迎え撃つ!』
「下らねぇ。クズをいくら並べたとこで、肉壁にもなりゃしねぇぞ。
で?雑魚集めて何しようってんだ?」
『目的か。それは私の所まで来られたら教えてやろう。
ただし!城内の各部屋や廊下は自在に組み替えられる上、どこにいてもここから監視できる!
貴様らは袋の鼠として追い込まれるだろうフハハ!』
「…もういい。さっさと入ろう」
『良い度胸だが、勇気と無謀を履き違えるなよ?勇者諸君…!
……あ!あと後ろに隠れてるの、キルエくんだね?』
いつ話に割り込もうか探っていたキルエは、突然会話の主役にされて驚く。
「えっ?あ、お、俺すか!?」
『そう、キミ。どうしてここに来たの?』
「あ、そ、それは…!」
願ってもないチャンスに、思わず勇者たちをチラリと見る。
(ちょっと気が咎めるが、こっちも命懸けだ。
俺には何の脅威もないって事をアピールして、見逃してもらわないと…!)
しかし脳内でこねくり回した弁解の台詞は、発する前に消えた。
『だってキミは生まれついての戦士だろう?
戦闘部族ジェト族においてすら【悪魔】と呼ばれた男。
何より…生後数秒で自分を産んだ母を殺した、本物の殺戮者だ』
「…は?」「何を…!?」「……っ」
動揺を見せる3人に対し、張本人はキョトンと口を開けたままだった。
「……ありゃ?なんで知ってんの?」
『うん、だってあの村には僕もよく出入りしてたし…そもそも。
僕、キミのお父さんだし』
俺は、己の耳を疑った。
「は?あ?何を言ってんだテメェは?」
まず、キルエが自分の母親を殺したって?生まれてすぐに?
いやまぁ、それはいい。…よくねぇよ!
よくねぇけど、まぁ戦闘部族出身ってのは聞いてたし、まぁ色々事情があるんだろう。
だが、ネネルの野郎が父親だと?
「おい、アイツ…父親って」
「ちょちょちょ、一旦待ちましょう!
訳が分からないんですが!?」
「だ…だよな、そうだよな!
そもそも母親を殺したって、しかも生まれてすぐに…」
「いやそっちはマジなんですけど、それはいいとして!」
そんなあっさりと流すなよ!
俺だって別に、キルエについて知った気になっていたつもりはない。
…だが、それほどの地獄の中で育ったとは想像もしていなかった。
「いきなり言われてもって感じなんすけどね。
いや…あ。そうだ、だったら証明しましょうよ!」
「ど、どういう事だ?」
「ジェト族には、血縁関係を調べる術があります。
ネネルさん。あなたの血が必要なんですが…いいですか?」
それは…どうなんだ?
いや信憑性は置いとくとして、向こうが自分の血を素直に渡すとは思えない。
そもそもキルエは呪術師だ。奴からすれば警戒して然るべき対象のはず。
『いいよ』
「…言っとくけど、あの仮面つけた兵士の血を持ってくるのは無しですよ」
『無貌兵か…アレの正体を、キミは知っているんだね?』
「この術で調べましたから」
その会話の意味は分からなかったが、2人の間では通じていたようだった。
『…分かったよ。他でもない息子のためだからね』
「ちゃ、ちゃんと本物の血だって分かるようにお願いしますよ!?」
『もちろん』
ネネルの声が途切れ、気まずい沈黙が生まれる。
俺自身、こいつにどんな言葉を掛けるべきか、全く思いつかなかった。
…だが、それは想像以上に早く解消される事になる。
正面の扉がズズズと音を立て、自ずと開いた。
そこに、ネネルが居た。
「よ、お待たせ」
頭に捻じれた大角。青灰色の皮膚。背中の翼。
ほとんど全ての部位が異形化していたが、常に半笑いの目つきに強い面影があった。
「…テメッ」
「あーらら!どうもわざわざ来ていただいて!」
制すようなキルエの声に、冷静さを取り戻す。
「ちょっとだけ、待ってもらっていいすか。
終わったら戦ってもいいんで」
「…悪い。そうだな」
キルエは驚くほど平静を保ったまま、術の準備を行なう。
「えっと、ここに垂らせばいいの?血」
「ええ、お願いします」
俺たち4人が見ている前で、ネネルは己の肌を爪で裂いて血を垂らした。
「…ね。もし僕の血を呪術に使おうとしてるなら、無駄だからね」
「……してませんって」
ネネルが、纏っている赤い鎧を軽く叩く。
「これは『赤き月鏡』という鎧でね。
受けた魔法や呪いを反射してくれるんだ。
いいかい?どんな呪いも、だ」
「そりゃ準備のいいこって」
「キミたちに会うんだ、警戒もするさ。
…で?まだ結果出ない?」
「見ててください、光りますから…『明かし給え。暴き給え』」
その詠唱と同時に、2人の血を染み込ませた紙が輝きを放つ。
その色は、明るい青。
「…ど、どうなんだ?」
「ふむ…驚きましたね。『完全に一致。一親等以内の親類』だそうです。
俺の子供でなきゃ…父親って事になるでしょう」
「でっしょお~?分かってくれたかな?」
馬鹿な…キルエがコイツの息子だなんて……いや、待てよ。
だからなんだって言うんだ?
この2人が親子だったとして、それをここへ来てまで証明させた理由は?
「だからさ、キルエくん…」
ネネルは、硬い表皮に覆われ鋭い爪で武装した手を差し出す。
「こっちにおいで。僕と敵対するのはキミの本意ではないはずだ」
コイツ…何を…ッ!?
「…ふうん。あなたは今まで散々俺の命を狙ってきたはずですが」
「そうだね、敵だし。生かしておくと無貌兵の秘密もバレちゃうし。
でも味方なら、わざわざ殺す必要はない…どころか、生きて働いてもらった方が遥かに有用だ」
そういう事か…!この流れはマズい。
今のキルエはギルドの傭兵じゃない。それどころか、ギルドに騙された経験がある。
傭兵として依頼を全うするより、自分の益を選ぶ判断をしかねない。
「さぁて。話が変わってきましたね。
どうしましょうか…?」
…ただでさえ、自分の手で母親を殺すなんて地獄を生きて来た男なんだ、コイツは。
きっとその内面は俺に想像できないくらい、ドス黒い感情が渦巻いている。
「待て!ソイツを信用するのか?
結局ソイツは、お前の事を子供としてじゃなく道具として見てるだけだ!!」
「そうだね。使える道具は大事にするよ」
「それは…魅力的な話ですねぇ」
やはりコイツにとって、判断基準は損得だけか。
…それでも俺はキルエの心を動かさねばならない。
俺たちを信じさせるしかない。
「ソイツは穴の開いた船だ…乗ったら沈むぜ。
俺たちの方に乗れ。その方が得だ。
ここで今、証明してやるよ」
魔剣【夜天の太陽】に魔力を送り、炎を纏わせる。
「うおおおおッ!!」
「馬鹿だねチミ」
ネネルはその場から一歩も動かず炎を受け止めた。
炎は物凄い勢いで弾かれ、こちらに返ってくる。
「全部反射するって言ったじゃ~ん!人の話聞こうよ!」
炎を裂いて、ラスタの槍とフェリスの爪がネネルを襲う。
「うわっ、目隠しだったか!」
片手で一つずつ、攻撃をとめやがった。
「なるほど魔法が効かないなら物理攻撃ってわけ?
着眼点はいいんだけどさ…」
「GRRRRRR…ッ!!」
フェリスが完全に人狼化すると、爪が伸びてネネルの鎧に刺さった。
「えっ!?ちょちょちょ、やめてよ!」
だがネネルはあっさりフェリスを投げ飛ばす。
そこへラスタが立ちはだかり、ネネルの脚を止めさせる。
(よし、今なら…!)
「神界魔法、【女神の憤怒】…!!」
紋章の力を用い、魔剣の炎に聖なる輝きを付与する。
「死ね!!【絶焔】!!」
フェリスが開けた鎧の穴に、魔剣を通す。
そこから渾身の炎を流し込む!
「ぐ、ぐぅおおおおおおッ!?こ、これは…!」
効いた!当然だ、そうでなきゃ困る。
コイツの身体が魔皇と同じになっているなら、女神の魔法は弱点属性になる。
「おおおおお……なんちゃって♥」
「なッ!?」
炎を切り裂き、ヤツの手が俺の頭を掴む。
「ぐわあああッ!」
「見てくれよコレ!
身に着けていたアクセサリーが、僕を炎から守ってくれたんだ!
なんて奇跡!なんて運命!」
鎧の穴から、バラバラになった宝石の破片が零れ落ちる。
…ふざけるな。なんだよ、それ。
「こういう展開ってご都合っぽいと思ってたけど、現実にもあるんだねぇ!
もう馬鹿にするのやめよう!」
俺はラスタと一緒に投げ飛ばされ、塀に激突した。
「がぁ…っ!!」
「いやぁ、偶然懐に入れてた【統制の宝玉】が身を守ってくれるなんてねぇ。
しかし困ったなぁ、この宝玉が無いと部下が反旗を翻してくるかも。
ま、いいや!常に部下から命を狙われるとか、ラスボスっぽいし!」
俺の朦朧とした目は、キルエの表情をなんとか捉えていた。
無感動で無感情な、乾いた石のような顔。
「さ、行こうか息子よ!」
「…仕方ないですね。沈む船はあちらだったようです」
奴はネネルの鎧の穴を気遣うように、そっと手で押さえた。
「じゃあ、そういう事で!
悔しくば再び挑んでくるがよい!【薔薇の七冠】とこの真魔皇が迎え撃とう!
ハーッハッハッハ!!」
入口の扉の向こうに消えていく親子の姿を、俺はただ薄れゆく意識の中で見つめるしかなかった。
〈つづく〉