異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

7 / 82
第5話 傭兵たちの街

【呪殺伯】バザルドの死から数日。

その真犯人であるところの少年は、焚火を前にして禍々しい儀式を執り行っていた。

 

「戦神よ、我が(いさお)を見よ。

ここに首級(しるし)を捧げる。その血をもって我に益々の勲を挙げさせたまえ」

 

褐色の肌の少年は、その手に持った魔族の生首を炎の中に投げ込んだ。

 

(ふぅ…これでようやく、全部の神様に捧げ物完了したな。

怪我を治すまでまともに動けなかったし、神様怒ってないといいけどなぁ…)

 

『初めての武勲、まずはめでたいと言うべきか』

 

腹の底に響くような低い声。だが彼にとっては覚えのないもの。

 

「うわっビックリしたァ!」

 

炎が高く燃え上がり、鬼のごとき形相を映し出していた。

 

『我の顔を見るのは初めてだったか。ジェト族の新たな当主よ』

 

「え、え~っと…」

 

間違えるとこれ以上ないくらい面倒くさい事になるため、慎重に返答を選ぶ。

 

「あ、あなた様は…戦の神様、でしょうか…?」

 

『ククク…左様』

 

(っしゃビンゴォ!機嫌良さそうだからついでに謝っちゃえ!)

「す、すみません!捧げ物が遅れてしまって!

本来はその日の内に捧げるべきだったのですが…」

 

『それは戦で負った傷を癒すためであろう?ならば良し。

これからも大いに殺せよ』

 

「しゃ、しゃす!お疲れ様でした!!」

 

炎は一瞬の内に掻き消え、消し炭さえ残っていなかった。

 

「…ふービックリしたー」

 

キルエにとって、神々は扱いづらい体育会系の先輩のようなものだった。

だが礼節をもって対応すれば寛大な分、前世よりはマシだった。

 

(しっかしどうすっかな…仕事のアテも無くなっちまって。

どうせなら給料貰っとくんだったな。

わざわざ魔族どもの根城に忍び込んだのに、逃げるのに必死で食料も盗めなかったし)

 

これから術の使用や道具の作成にあたって、より多くの資源が必要になるのは明白。

そのためにも、金が必要だった。

 

(まずは街だな…人気(ひとけ)を探さないと金もクソも無ぇ!)

 

 

 

 

「また死体か…」

 

老人は軒下でロッキングチェアに腰掛け、ゆらゆらと前後しながら呟いた。

 

「よう、埋葬衆。また例の死人かい?」

 

巨大な麻袋を運ぶ仮面の男たちが答える。

 

「ああ、爺さん。

死体の状況は厳しく口止めされてるんで言えねぇけど、たぶん同じ奴の犯行だな」

 

「傭兵が死ぬのぁ当たり前だが、この街の中で殺されるってのはちと妙だよなァ」

 

「そうだけど…そういうのはギルドの捜査官がやる事だろ。

俺らとしちゃ儲かってありがたいよ」

 

ここは傭兵街アスム・セルナ。

魔族との戦争に呼ばれるほとんどの傭兵は、この街のギルドに登録されている。

素性の知れぬ怪しげな連中も、ここの審査を通過する事でかろうじて信用できる身分を得て、各戦場で受け入れられるシステムなのである。

 

…最前線であるこの地でそのようなシステムが出来上がっている事こそ、この戦争がいかに永く続いているかを物語っていた。

 

「引き留めて悪かったな」

 

「いいさ、死体運びだけじゃ気が滅入る。

たまには…お。アンタの客じゃないか?」

 

「あん?」

 

いつの間にか、老人の前には年の頃12歳ほどの少年が立っていた。

白に近い灰色の髪と褐色の肌を持つ、旅装の少年である。

 

「あ、あの。傭兵以外はここに泊まれって聞いてきたんですけど」

 

「そうだな。荒っぽい連中が多いんで、そういう事になってる。

もっとも、こんな街に来るのはその荒っぽい連中以外そういないはずなんだがな」

 

「あ、ああ怪しい者では!

ちょっと田舎の方から出てきただけなんです!」

 

「…ま、入んな。鍵は壁から勝手に取ってけ」

 

「ど、どうもありがとうございます!」

 

少年は素直に宿に入っていった。

 

「爺さん、今の小僧どう見る?」

 

「ん~?そうだのう…小柄じゃが、筋肉の付き方は野生の肉食獣に近い。

あの歳にしちゃ相当鍛えられとるのぅ。

の割に、声の出し方や喋り方は人慣れしておらんし、どこかボケっとしとる」

 

「つまり?」

 

「あの小僧が自分で言った通りじゃろ。田舎から出てきたとな。

『狩りをやっとる原始的な生活体系の民族』ってとこかのう」

 

「へ~え、相変わらず目の利く爺さんだこと。

さすがは【魍魎狩り】のヴァン・ダイン」

 

「いつの話だそりゃ…」

 

老人はくしゃみをひとつして、それから椅子にもたれて寝始めた。

 

 

 

 

 

俺はまた宿を手にする事が出来た。

地下牢と比べれば普通の部屋ってだけで快適極まりない。

どころかこの世界に生まれてから初めての、文化的な住処だ。

 

…なのに、なぜだか虚しくてたまらない。

 

アイツらの死体を見ても涙ひとつ出やしなかったのに、こうして1人で目覚めた部屋は、泣きたくなるくらい寂しかった。

 

(あの魔族を倒す時も、建前ですら『仇討ちのため』とは言えなかった俺が。

アイツらの事を想って泣く資格なんてあるのか?)

 

そもそも社会不適合者である俺に、そんなちゃんとした人みたいな感情があるんだろうか。

…などと思い悩むのもバカバカしいので、金稼ぎの手段でも調べてみよう。

あの爺さんなら知ってるかな?

 

「あの、すいません」

 

部屋を出た俺は、相変わらず軒下でくつろいでいる老人に声を掛けた。

 

「あん?」

 

「何か仕事、とかってありますかね…?」

 

「なんだァ、文無しかい」

 

「あ、い、いえ!

現金はありませんが、宝飾品をいくつか…数日泊まる分のお金にはなるかと…」

 

あの魔族が身に着けていた宝石や部屋の調度品をくすねてあった。

 

「意外に抜け目ないのゥ、盗品かい」

 

「ち、違っ…あの~…旅をするにはお金に換えられる物が必要かと思って!

そ、そう、両親が持たせてくれたんです!餞別として!」

 

「…へへへ、そうかい。

宿代はまだ準備せんでええわい、これから次第じゃからな」

 

「こ、これから?」

 

「仕事の話。するんじゃろ?

傭兵ならいくらでも実入りのいい仕事があるんだがね」

 

戦いなんてごめんだ。

まぁ成功体験の少ない人生だったから、相手を倒した事にゾクゾクするような喜びを感じたのは確かだが、さすがにまたあの痛みを味わうのは怖すぎる。

そもそもどうせ、俺なんかすぐに殺されるに決まってる。

 

「いや~、戦いはちょっと…」

 

「……ハァ。ここは傭兵の街だ。戦えないなら扱いはそれ相応だぜ。

ちょっとした仕事をすりゃ宿泊代はタダになるし配給食が出るが、金は出ねぇよ。

それともなんだ、特別な資格でも持ってるのか?」

 

「し、資格っ!?」

 

こんなファンタジーな世界でも資格かよ…あーやだやだ。

自動車免許も取れないような俺が、資格なんか持ってる訳ないやん。

しゃーない、宿とメシが出るだけでもありがたいと思おう。

 

「資格は無いので…そのちょっとした仕事をお願いします」

 

老人は割と意外そうな顔をした。

 

「…マジで戦わねぇの?

お前くらいの歳のガキがこの街に来る理由と言ったら、何も持たない底辺から英雄に成り上がってやる!ってな野心がほとんどなんだが」

 

「いや~、ははは。俺は別に…」

 

俺はただ安穏と生きていたいだけだ。

誰もがそんな風に『悲しき過去』とか『壮絶な宿命』を背負ってる訳じゃないんだから。

俺なんてせいぜい…そうだな、例えるなら『ごちゃごちゃした背景に1コマだけ映ってるモブ』ってところか。

 

「お前、手先は器用か?」

 

「えっ?はぁ。まぁ…」

 

狩りの罠や道具を作り続けていたから、前の俺よりはだいぶマシになったと思う。

前世の俺はホントなんにも出来ない男だったからなぁ…。

 

「じゃ、そこの鍛冶場に行け。この札持ってな」

 

「あ、はい…」

 

何をさせられるか少し怖かったが、ただ武器に紋様を彫るだけの簡単なお仕事だった。

さほど複雑な図形でもなく、ノルマもきつくないし、出勤時間も自由だし、午前の早いうちに出勤すれば昼に帰れる。

かつてやってたバイトよりもよっぽど楽だ。

 

(ま、その分メシも質素だが…金の無い俺にはありがたい程度のボリュームはある)

 

今日の夕飯は固い丸パン、味付け薄めのスープと焼いた肉が一切れ。

うん。肉が食えるなんて、当たりの日だな!

 

(しかし本当にこの街は、傭兵が主役なんだな…)

 

傭兵たちは、彼ら専用の酒場で毎晩豪遊しているらしい。

優れた傭兵に対しては飲み代も融通が利くらしく、それは『この傭兵ならすぐに稼げるだろう』という収入への信用もあるが、毎日命を懸けて戦う者たちへの敬意でもある。

 

…俺のようにビビりな万年脇役野郎には関係が無い世界だし、関わる気も無い。

最近街の中で何やら不穏な動きがあるみたいだが、それもどうでもいい。

 

(自分から危険に首を突っ込むほど勇敢じゃないんでね…)

 

もう人生の中心に出しゃばっていく意欲はすっかり折られている。

後は『自分はその気になれば魔族を倒せる男なんだ』という自負だけをこっそり抱えて生きればいい。

 

ああそうさ、俺はもう余計な事はしない!

首も突っ込まない!

 

 

 

 

 

「…またか」

 

傭兵ギルドに属する捜査官は、この街の実質的な警察的役割を担っている。

その1人ジェイサズは、部下とともに顰め面を浮かべて死体を見下ろす。

 

「これで5件目だろ。被害者どうしの関係は無い。

動機は未だ一切不明って訳だ」

 

死体は傭兵ギルドで最近名を挙げていた新鋭の戦士。

胸部に5つの穴が並んで血を滲ませていた。

 

「この穴は…指、だよな。やっぱり」

 

「配置的にはそうっすね。人間がやったとすると、相当の怪力って事になりますが」

 

「十中八九魔族だろうな。人間なら武器を使えばいい。

この街の武器は退魔の刻印が刻まれていて、魔族は使えん」

 

「だから素手で殺したと。

…しっかし、どうやって忍び込んだんですかね?」

 

「それが分かんねぇんだよなぁ。

武器の刻印よりも数段効く退魔印が、この街の壁に張り巡らされてるんだぜ?

ギルドだの庁舎だの、主要な施設には結界が貼られてるしよ。

どうやって忍び込んで、どうやって隠れてるんだ?」

 

「しかし連中、色んなのが居ますからね。

人間に化けられるような魔物がいるんじゃ…」

 

その可能性はジェイサズの頭にもあった。

 

「しっかしそうなるとキツいぜ。

探すのもそうだが、街に良くない雰囲気が流れる。

それこそ『あの余所者、魔族かもしれない』なんて犯人捜しが始まる」

 

「荒っぽいの多いですしね、傭兵なんて。

新参者に片っ端から喧嘩売りまくるってのもありそうだ」

 

「この可能性は捜査部だけで共有しておこう。

だが、これ以上事件が繰り返されればさすがに誤魔化しきれん…」

 

「というか、そういう流れを狙ってあえて証拠を残している節がありますね」

 

「魔族も色々考えやがる。

人間どうしの結束を乱し、内輪もめさせようって訳か…!」

 

街の中に不信感が広がる前に、なんとしても犯人を捕まえる必要があった。

 

 

 

 

 

「なぁ、知ってるか?」

 

「何がだよ」

 

傭兵が集う酒場、【血塗れの牡牛亭】は今日も戦場帰りの戦士たちで溢れていた。

 

「最近、傭兵が狩られてるらしいじゃねぇか?」

 

「ああ、その事か。ムカつく話だよなァ、命がけで戦ってやってる俺らを襲うなんてよ」

 

「その犯人はな、どうやら魔族らしいんだが…人間に化けられるらしい」

 

「はぁ?…どうやって見破んだよ、それ!」

 

「そりゃ知らねぇけどよ…この街の中に魔族が隠れてるんだぜ?

ブチ殺してやりてぇだろ!?」

 

「あぁ、それがマジなら許せねぇな…つうか、お前どっからそんな話を…」

 

「へへへ、ちょいとそのスジからな…」

 

「なんだい、楽しそうだねアンタら?」

 

潜めて語らう傭兵たちに声を掛けたのは、美しい顔立ちでありながら日々の労働で身に着いた頼もしい体格の女性。

この酒場を経営する元傭兵ザガートの妻であり酒場の華、ミアーダである。

 

「へッ、男と男の話よ。首突っ込むと怪我するぜ?」

 

「ケチくさいねぇ、隠されると気になるじゃないか!」

 

ガッと肩を掴み、顔を寄せる。

このスキンシップと距離感の近さも、彼女を人気者にしている要因の1つだ。

 

「う、うるせぇな!酒だ、酒持ってきてくれ!」

 

「ケケケ、照れてやんの」

 

「あいよ!酒は今飲んでるのと同じのでいいね?

…あら、久しぶりだねザドさん!」

 

注文にも快活に応じ、戻りしなに他の客へも気を配る。

10年以上この店で働いてきた女の確かな接客技術である。

 

「おっと、こちらさんはご新規さんだね。

この街に来たばっかりなんだろう?」

 

そして、隅のテーブルで1人飲んでいる男に声を掛けた。

長身に黒マントを纏った男の肌は青白く、その傭兵らしからぬ繊細そうな顔立ちも相まって異様な雰囲気を漂わせていた。

 

「……」

 

「おい、姐さんが話しかけてるんだぜ。返事くらいしたらどうでぇ!」

 

ミアーダはいきり立つ隣席の傭兵を抑えつつ、眉を八の字に曲げて愛嬌ある困り顔を作った。

 

「いいんだよ、静かに飲みたいお客さんだって居らぁね。

じゃ、ごゆっくりね!」

 

「いや…」

 

男はテーブルに銅貨を置いて立ち上がった。

 

「もう帰る。代金はここに」

 

「あ…は、はい!また来てちょうだいね!」

 

愛想のいい言葉に一瞥もくれず、無言で退店していった。

 

「ったく、一匹狼気取りかね。

若い傭兵にゃいるんだよな、ああいうタイプが…」

 

「アタシのためを思って言ってくれてるのは分かるけど、そんな言い方よしとくれ。

色んなお客さんがいて当然なんだからさ」

 

「ミアーダ姐さんは相変わらず優しいねぇ!」

 

「よっ、さすが酒場の華!」

 

賑やかさを取り戻した一角を遠くの席で見ていたのは、先ほど噂話をしていた傭兵たち。

 

「でな?俺が思うに、つい最近この街に来た連中が怪しいと思うんだが」

 

「あの男も…」

 

「あ?」

 

「今出ていったあの傭兵も、この街に来たばかりだったよな?」

 

〈つづく〉

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。