勇者一行と連合軍が魔皇城に突入し、城内での戦闘が勢いを取り戻してから2日。
だが決死の覚悟を決めた精鋭と最新の兵器をもってしても、戦況は一向に動く気配がなかった。
「またか…」
グランスタール大王国の代表たる将軍は、死体の山を踏み越えながら廊下を征く。
その手には金属で出来た蜘蛛のようなものがあった。
(これも壊されている。おそらく一撃で。
ゲルゼン製の自動兵器を生き人形が破壊できるとは思えん)
だがこの兵器は、認識票を持たぬ者は即時攻撃するようになっている。
認識票は持ち主が死んだ瞬間に失効する以上、敵が偽装する事も不可能に近い。
(この兵器が敵味方を判別してから攻撃するまで、猶予は0.1秒。
それより速く…たった一撃で破壊したというのか。
だとすれば恐らく精鋭…やはり兵1人1人の戦闘能力が違い過ぎる…!)
それでも数で勝っていれば戦いようはあった。実際、事前の情報ではそのはずだった。
しかし突入してみれば、見た事のない仮面の兵士やワイバーンがいつの間にか現れ、物量でも押され始めたのだった。
(何者なんだ、この兵士たちは…ネネルの私兵だとしても、これほどの数をどうやって集めた…?)
俯く将軍の耳が、わずかな異音を聞き取った。
「…くっ!?」
咄嗟に振り向きながら剣を抜くと、仮面の兵士が胸を切り裂かれて倒れた。
1人だけではない、ゾロゾロと奥の通路から飛び込んでくる。
「閣下!こちらにおられましたか!」
グランスタールの兵士たちも駆け込んできた。
「迎撃するぞ!…気を付けろよ、こいつらはただの雑兵じゃない!」
斬りつけられた仮面の兵士が、ヨロヨロと立ち上がる。
(普通の人間なら立ち上がるのも苦痛な傷だぞ。
しかもこいつら、足音を見事に消していた。
ここまで練度と士気の高い兵を、こんな大量に…!?)
ネネルの底知れなさに思わず寒気を覚えながら、将軍は敵の群れに飛び込んだ。
「成程ナ。コイツラ、【
超技術国家ゲルセン王船団の代表、機械仕掛けの肉体を持つ将校が独りごちる。
その声は妙にざらついていて、不気味に反響していた。
「シカシ、我が国以外にコレホドの技術ヲ持つ者ガ居ルとはな…」
ゲルセン王船団では錬金術の研究も盛んであり、その中でホムンクルスの研究も進められてはいた。
しかしコストに見合うだけのリターンを感じられず、現在は凍結されている分野だった。
(この仮面の兵隊ども…随分と大量に生産されているな。
1人の細胞を用いた複製体だとすると、こんな勢いで量産はできない。
すぐに生体情報が劣化するからな…)
ゲルセンの軍人は、同時に研究者でもある。
その知識を総動員し、このホムンクルスの正体を探る。
(死体の中には、老いたものもあった。ホムンクルス特有の寿命の短さは解決していないらしい。
そんな程度のモノを、どうやって兵器運用している?
生まれてから数日で戦える状態に育てられたとしても、すぐに死んだのではとても兵器としては使えない)
にもかかわらず、現実問題としてこのホムンクルス兵士は、蛆虫のごとくわらわらと沸いては連合軍を数で圧倒するほどだった。
(材料と製造方法。それから兵士としての教育。
それが分かれば、自ずと兵士を作っている場所も割り出せる。
何せこれだけの錬金術だ、工房を置ける場所も限られてくるはず…)
その時突然壁が開き、仮面兵士がなだれ込む。
将校が反応する間もなく、首筋にナイフが突き立てられた。
「…何のつもりダ?」
だが彼の金属製のボディには、傷一つ付いていない。
「マァイイ。まずは…」
「ッ!!」
ボディの各部が展開し、一斉に放電した。
兵士たちは強烈な電撃に撃たれ、麻痺状態で崩れ落ちる。
「生ケ捕リからの、人体実験ダ」
…はい、どうも。キルエです。
連合軍が突入してきて、本格的に戦闘が激化している。
幹部どもの顔を見てみたが、なんともまぁヤバそうな連中だ。
全員ただでは死なないだろう。だがいずれは死ぬ。そう見えた。
せいぜい俺が暗躍する間、連合軍の皆さんのヘイトタンクになってもらうとしよう。
…そこで!なんとなくどの順に退場するのか、俺なりの予想を立ててみた。
まずはあのヒゲモジャのオッサン。ボルドとか言ったっけ?
いきなりグレンたちを苦戦させて、幹部の強さを思い知らせる枠と見た。
でもまぁ、倒せないレベルじゃないんだろう。多分。
次に…悩みどころだが、女の人。リュリだ。
クールで美人だし、なんか悲しい過去から悪に堕ちたけど救われて死ぬタイプだ。
そして次は、モースとかいうチビの魔族だ。
ああいう奴は卑劣な真似で撹乱して嫌われまくったあげく、悲惨な死に方をするだろう。
リュリと和解できる雰囲気になった時、コイツの人形が後ろから刺すとか、いかにもありそうだ。
で、その頃にはあのメルディゲとかいうハゲがネネルに反旗を翻し、返り討ちにされるだろう。
あのハゲどうみてもネネルに取って代わる気マンマンだもんな。
そしてザバダカ…アイツの強さは多分桁違いだ。見てて分かる。
いかにもゴブリンって感じの見た目だが、凄まじく強い。
どうやらメルトやエリンと因縁があるみたいだし、2人が倒す事になるだろう。
いや、勝てない可能性も充分ある。
一番予想が難しいのは、ツルード。
あの人は全てをすり抜ける能力があるらしく、親父のお気に入りでもある。
性格は慎重そうだが、その能力ゆえに危機感は薄い。
邪魔になるまでは放置でいいだろう。
…何度も言うようだが、俺の予定では
まぁそれにしたって、あのザバダカは死ぬのは最後になるだろう!
逆に言えば、アイツが死んだら俺もいよいよ準備しないといけないって事だな!
「く、ひゃ、はははッ…」
高笑いするゴブリン。
辺りはまるで、台風が通り過ぎた後のような凄まじい破壊跡が刻まれている。
「俺は…【
吐息は万物を滅ぼす呪詛となり…血からは毒虫を生み出す…大魔族だ」
その眼前には、2人の半魔族の少女が倒れていた。
目や腕が千切れ飛び、無残な有様だった。
「ハハハッ…その俺を!たかが半魔の小娘ごときが!」
そしてゴブリンの身体には、少女たち以上に深い傷が刻まれていた。
腹部には大穴が空き、臓物が零れ出ている。
「小娘ごときが…よくぞ倒した…!」
ザバダカはのけぞり、仰向けに倒れる。
「気は…済んだか?」
右目のない青い肌の少女が答える。
「ええ…ケジメは付けました。
これで、安心して…眠れる…」
「まだ寝かせんぞ…!」
片腕のない双角の少女が、上体を必死に持ち上げて起きようとする。
「悪いなザバダカ公…エリンはそっちに行かせん。
この子は私と生きるからだ…!」
「メルト…!無茶だよ、私より傷ついた、そんな身体で…っ」
ゴブリンの王の瞳が、支え合って立ち上がろうとする2人を見据えた。
「…だったら、エリンはテメェに任せるぜ。
死なすんじゃねぇぞ」
「と…当然、だ…!」
少女たちはふらつき、よろめきながらも立つ。
「さぁ、味方がいるところまで行って…治療を受けよう…!」
「うん…!」
「何だこれは!?」
4人目の声。
「え…?」
「キミたちは確か、勇者の仲間の!?」
連合軍の兵士が、部屋に飛び込んできた。
崩壊した部屋は既に空間隔絶が解かれており、外からも入って来られるようになっていた。
「そこに倒れているのは、魔族か。
キミたちが倒したのか?酷い怪我だ…!」
「ああ…死にかけでな。早く治療してもらえると助かる…」
駆け寄る兵士に、2人が体重を預けようとする。
「おっとと…そりゃ、ダメだろ」
その時不意にザバダカが起き上がり、2人を押しのけて兵士を殴り飛ばした。
瀕死の者の拳とは思えぬ強烈な一撃が、兵士を弾き飛ばす。
「ザバダカ、何をッ…!?」
「俺に勝ったんだよ、コイツらは。
悪ぃけど、行かせてやる事にしたからよ。
お前は手ぇ出すなや、モース」
兵士は起き上がり、剣を向けた。
「まだ生きていたか、おのれ魔物め!」
「すっとぼけんのはやめな。…生き人形だろ?」
「生き人形…」
その言葉を聞いて、少女たちも状況をなんとなく理解した。
「貴様があの…【傀儡王】モース、だな…!」
「…どういう事ですかなザバダカ様。
彼女らは敵ですぞ、それを逃がせとは…!」
兵士が、先ほどとは違う声で喋り始めた。
「そうだ、俺様の勝手だよコレは。
コイツらはお前の人形にさせるには惜しい奴らでな。
お前ら、さっさと逃げ…」
2人はまたもや地面に倒れ伏していた。
「…おい!くたばったんじゃねぇだろうな!?」
「近づいた時、既に薬を打っておきました。
ああご心配なく。生き人形にするので、ただの麻痺薬です。
さて、これで彼女らは逃げられない」
「ああそうかい…で?
死にかけとはいえ公爵である俺様を…そんな人形で倒せるとでも…?」
今にも意識を失いそうな顔で、不敵に笑う。
「し、爵位の話であれば、そもそも私はその上の王ですよ。
まぁそんな話はどうでもいいですね」
兵士は剣を掲げながら近寄る。
「来いよ…!」
「ええ。向かいますとも。トドメを刺しにね」
もはやザバダカは、身じろぎすらも手こずる有様だ。
「残念です、ザバダカ公」
(ん…何か嫌な予感が…まぁいいや!
こんだけお宝があれば、俺の人生安泰だろ!うん!)
少年は金貨の山に頭を突っ込みながら、幼い顔に似合わぬ卑劣な笑みを浮かべていた。
「よう、楽しそうな事やってんな大将」
腹の底から卑しげな男たちが、財宝を小脇に抱えて少年に声を掛ける。
「へへッ…ほらよ、持ってきてやったぜ。鏡!」
差し出したのは、楕円形に足が付いた巨大な姿見鏡だった。
「おぉ…これはありがたい!」
「で?報酬は?」
「この山からいくらか持っていっていいですよ。
もちろん、貴方の加減で結構」
「お、俺の加減で!?…も、文句言うなよ!」
宝の山から、目ざとく高価で持ち運びやすい指輪などを懐に入れる。
キルエはまだニコニコと見守っている。
「いいんですね、それだけで?」
「えッ…じゃ、じゃあこんくらい…」
更にネックレスを抜き取る。まだ笑顔。
「じゃあ更に、コレくらい…!」
「うん。そんなとこでしょう。さぁ、それは貴方のモノですよ」
(マジかよ…物の価値を知らねぇガキは怖ぇぜ)
キルエは優しく男の肩を抱き、囁く。
「期待してましたが、こうも早く結果を出してくれるとは思いませんでした。
今後とも、期待に応え続けてくださいね」
その言葉に奇妙な威圧感を感じた男は、気のせいだと首を振る。
「あ、あんたのおかげで俺らも楽に宝漁りができるぜ。
かったるい戦いなんてやってらんねぇよなァ?」
無頼傭兵たちのその言葉に、キルエは心底同意する。
「いや、ホントですよ!まぁ今は敵が来てますから、仕方ないと言えば仕方ないですけど。
皆さんは俺の部下になれて良かったですね!
他の派閥だったら戦いに駆り出されて無駄死にさせられてるところですよ?」
「ああ、あんたがボスの息子で助かった。
今更戦場に出てもマジで無駄だからなぁ」
「…どうか、しました?」
「知ってんだろ、無貌兵だよ!
あいつら人造人間?らしいんだけど、無限に製造できるんだとよ!
そんな使い捨ての雑兵がいるなら、何も俺らが戦場に出て怪我する事ないだろ?」
元から戦闘に消極的だった彼らにとっては、それが格好の言い訳になった。
「あれって、ここで作ってるんですか?」
「ああ…どっかに工場があるらしいぜ。
場所は極秘みたいだけどな」
「ふうん…ま、いいか」
キルエにとっては、自分の知らない所でクローンが作られ続けるようなものだが、今は大して関心も無かった。
その事に限らず、今の彼には全てどうでもいい事だった。
(なんか、アレだな。
そもそも褒められるために傭兵やってたけど。
今となっちゃぜ~んぶどうでもいいな…)
キルエ自身、傭兵ギルドの者に裏切られた事をそこまで根に持っているつもりはなかったが、あの事件をきっかけに承認欲への熱を失っている事に気付いた。
元より正義感も悪意も大してある訳でなく、義務や責任といった言葉を嫌う彼にとって、今の地位は安穏と寝転がることのできるベッドのようなものだった。
(とはいえ、いつまでも寝てられるベッドじゃないからな。
幹部どもが肉壁やってくれてる間に、仕込みを終わらせるとするか…)
「あ、そうだ」
「ひゃッ!?…ま、まだいたんですか貴方!」
「いや、まだ噂の段階なんだがよ。
連合軍の連中が、声高に喧伝してやがんのよ…『ザバダカが死んだ』ってよ」
「えっ」
〈つづく〉