異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

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第74話 落ちてくる、落ちていく

魔皇城の某所で、その進撃は続いていた。

 

「喰らえ、勇者…!」

 

男が両腕を前に突き出し、掌から魔法陣を展開する。

 

「遅ぇよ、クソ間抜け」

 

だが勇者の振るう黒い剣が一瞬早く、両腕を切断した。

今や彼を止め得る敵は、この世界に数人もいない。

 

「がぁああああ…っ」

 

「邪魔すんなよ、裏切り者どもが」

 

「裏切り者、だと…!」

 

その男は傭兵だった。

かつてどこかの戦場では共に戦ったかもしれない者を、勇者グレンはこの城に入って何人も殺してきた。

 

「それは、ギルドの連中の事だろう…!

傭兵を使い捨ての駒としか思っていない…!」

 

「そりゃ、そっちにも事情はあるんだろうさ。

だが戦場に出たら生きるか死ぬか以外ねぇよ」

 

「く…っ」

 

答えようとした男は、力尽きた。

 

「まだ幹部とやらには会わないね。

運良く避けられてる、という事かな」

 

魔術による尋問を終えたラスタが戻ってくる。

 

「それから、仮面を着けた兵隊…無貌兵だったか。

アレは無尽蔵に湧いて来るとか…」

 

「そんな…じゃあいつまで経っても戦いが終わらないってこと!?」

 

フェリスが悲愴な顔になる。

 

「ネネルを殺せばそれで片付くだろ」

 

『そうね。今はとにかく、アイツを倒しましょう。

ほら、早く先を急ぎましょ!』

 

魔皇の魂ナンムが予断を切り捨てるように言う。

 

「急ぐのは分かるが、慌てるなよ。

お前、まさかまた自分が犠牲になろうとしてるんじゃないだろうな?

俺たちの約束、忘れてねぇよな?」

 

魔皇と勇者として対峙し、そして手を差し伸べたあの日。

全て上手くいく方法を探すと決めたのだ。

 

『バカね、約束は破らないわ。むしろ逆よ』

 

「逆って?」

 

『私の意識がこうして残っているのが不思議なくらいなの!

今は貴方の紋章の中に居るけれど、いつまでそうしていられるか分からない。

元々この紋章は女神の力。私とは相反する性質だもの』

 

「おまッ…それ早く言えよ!?」

 

『いやタイミング探ってたら言い出しづらくなっちゃって…』

 

「よし、急ぐぞ!」

 

「どうした、ナンムが何か言ってるのか?」

 

「早くしないと消えちゃうかも、だとよ!」

 

3人の歩みは更に加速する。

 

『自分で急かしといて何だけど、敵には気を付けてよ!

あいつ、城の中の空間をめちゃくちゃに弄りまくってるみたいだし。

どこから敵が現れるか、分かったもんじゃな…』

 

上から、扉の開く音がした。

 

「…ん?上から?」

 

見上げると、天井についた扉が開いていた。

 

「はぁ!?なんであんなとこに…???」

 

『扉と扉を空間魔法で好きに繋げられるからね。

たぶん、何かのショートカット通路なのかも…』

 

「ヤバいヤバいヤバい避けて!」

 

落下してきたのは、6本の腕を持つ牛頭の魔族。

ただその内1本は切断されている。

 

「…っ?」

 

グレンたちを見て、たじろぐ。

 

「あ、あなたたちは…ああ、こんなタイミングで出会うとは…!」

 

『あれ、本体じゃないわ。生き人形。

って事は【傀儡王】モースかな』

 

「アイツが!?…ったく、こんな時に…!」

 

グレンの様子を目ざとく見抜いたモースが、両手を上げる。

 

「あ、あの!よろしければここは見逃し合いませんか。

お互いに急いでいるようですし!」

 

「…なんだと?」

 

「ここで戦うとなると、かなりの時間を浪費するでしょう。どちらが勝つにせよ。

次に会う事があれば、その時決着を付けるというのはいかがでしょうか?」

 

「……」

 

傀儡王の厄介さは、グレンたちも伝え聞いていた。

このまま戦闘に入れば、どんな手を使ってくるか分からない。

モースの言う通り、時間を使う事は目に見えていた。

 

しかし、だからこそ。

このまま見逃してしまっていいのか、という懸念はあった。

【傀儡戦役】の悍ましき結末が示すのは、モースの能力の悪質さ。

本体ではないとはいえ、放置するのはあまりに危険だった。

 

(クソッ、悩んでる暇無ぇぞ。今すぐ結論出さねぇと…!)

 

「…【術種(コード)045:法廷】被告人あるいは審問官の死亡まで出入りを禁ず」

 

「!!」

 

ラスタの全身から、服越しに紋様が浮かび上がって流れ出る。

その紋様は部屋の壁・床・天井を覆っていく。

シュヴァイト家に伝わる審判魔法の一つであり、一度この術が発動したなら術者か敵が死ぬまでこの部屋から出られない。

 

「ラスタ…!」

 

「ん?どうした、戦うんだろう?」

 

『って言ってますけど…勇者様はどうするのかしら』

 

グレンは、思わず破顔した。

 

「ははッ…ま、そうだな。

こんな危ねぇ奴、放っとける訳ねえよな!

ナンム、ちょっと寄り道していくぜ!」

 

『はいはい、ゆっくりどうぞ』

 

「そうだね!時間が無いなら、急いで倒しちゃえばいいんだし!」

 

「……な、な、なんと。ある意味正しい判断ではありますが。

厄介ですね、勇者というお方は…」

 

逃げ腰の姿勢だったモースの人形が、正面を向いた。

途端にあふれ溢れ出す、肌が粟立つ威圧感。

 

「では、こちらも慌てていますので。

速やかに始末させていただきましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

『ツルードくん、まだキルエくんは自分の部屋に居るよ』

 

「こっちから相手のテリトリーに入るのはちょっと怖いですね。

呼び出してもらうとするか…アンタに」

 

「フン。ボスは何と?」

 

メルディゲが、腕を組み壁に寄り掛かっている。

 

「何を不貞腐れてんのよハゲ」

 

「私がキルエの反逆を報告したからこその状況だぞ。

分かっているのか?」

 

「なんかメルディゲが文句言ってますけどボス?」

 

『全てが終わったら、その時改めて評価してあげるさ』

 

鋭く冷徹なメルディゲの目は、ツルードが虚空に向かって話しているのを冷ややかに見ていた。

 

「ボスはキルエを監視中か?」

 

「ん?そうだけど?」

 

「なら、すぐに分かる。アイツはこっちに来る。

ここから見えるあの部屋にな」

 

『あっ。キルエくんが部屋を出たよ。そっち向かってる』

 

メルディゲは既にキルエを呼びだしていたのだ。

 

「予定通りみたいです、ボス」

 

「それより、ずっと念話したままキルエを襲う気か?

何かしらが探知される恐れはないのか?」

 

「フワフワした事言うなよ。どうやって念話を探知すんの」

 

「知らんが…もし出来たらどうする?

貴様は攻撃をすり抜けられるだけで、別段強くもない。

暗殺がバレて逃げに徹されたら厄介だぞ」

 

「…う~ん。ねぇボス。

この念話って察知されたりしませんよね?」

 

『え?……なるほど、そういう可能性もあるか』

 

ツルードは頭を抱えた。

ネネルに新たな情報を与えると、その好奇心と疑い深さで結論を出すのが先延ばしになるのだ。

 

『そういや、アルキュオードくんの追跡がジャミングされた事もあったっけ。

そっか、通信傍受くらい出来る可能性は全然あるんだ…』

 

「あ、あの?ボス、ここまで来て中止は…」

 

『いや、結論に変更は無いよ。

僕はキルエくんの監視に集中するから、一旦通話を切るね。

何かあったらこっちから連絡する。それでどう?』

 

「そっすね、それで行きましょう」

 

念話中の、脳を覗かれているような感覚が消える。

 

「ボスは?」

 

「念話は切れた。もう行くよ」

 

「そこの部屋に来るまで待った方がいいのでは?」

 

「人は目的地に向かって歩く時、周囲への注意が散漫になる。

特に待ち合わせ相手がいるならなおさらね」

 

「だが、そんな短剣1本で…」

 

「…しつこいね。ただの短剣じゃない、猛毒のオマケ付きだ。

壁から飛び出して一撃で急所を刺す。それくらいシンプルでいいのさ」

 

「しかしだな…」

 

神経質な様子で、地面を杖でコンコンと叩く。

ツルードは面倒になって、手ぶりで会話を打ち切った。

 

「はいもう終わり!やる前から失敗考えても仕方ない!」

 

「ちょっと待て!」

 

「しつこいねこのハゲは!」

 

メルディゲの身体をすり抜けて、キルエの来る方角へと向かう。

その脚にほんの一瞬痛みが走る。

 

「…っ!?」

 

「…会話相手に苛立った時、周囲への注意が散漫になる。

無意識に、相手の声へと集中してしまうからだ」

 

「……ふぅん?」

 

ツルードは驚くでもなく、怒るでもなく、静かに直感した。

 

「ひょっとして、何かやった?」

 

「貴様らの誰1人として、私の魔術を知らん。

そんな得体の知れん人間を側に置いておく神経。私には理解しかねる」

 

「無駄話は結構。本題だけ……ッ!?」

 

突然ツルードは膝をついた。

 

「貴様は、万物をすり抜ける驚異的な力を持っているな。

だが歩いているという事は、足の裏は実体化しているという事だ」

 

ツルードの身体は、凄まじい重さを感じていた。

 

「踏んでしまったな。私の魔法陣を」

 

「…踏んだ…?」

 

ツルードが自分の足の裏を見ると、左足の裏に魔法陣が刻まれていた。

 

「それはな、私が今さっき仕掛けた罠だ。

貴様にもすり抜けられんものがあるだろう?」

 

「…な」

 

「重力だ。あと1秒で死ぬぞ」

 

ツルードの身体が床をすり抜けていった。

 

「逃げたか、もう遅いがな」

 

メルディゲは、ツルードを殺せると確信していた。

 

(ヤツはいつも歩いて移動していた。

歩くという行為は、重力の影響を受けている証拠に他ならん。

重力は世界の力。貴様であろうとも逃れられぬぞ)

 

これぞメルディゲの秘術、重力操作。

星央院の奥義とされる精霊魔法のひとつであり、この術で殺された者は跡形も無く潰れ、血溜まりだけが残る。

故にその術を知らぬ者たちは、あまりに不可解な惨殺体を見て彼を【血溜まり司教】と呼ぶようになったのだ。

 

(ここまでは計画通りか)

 

キルエとは最初から共謀していた。

そして真っ先に考えたのが、ツルードの暗殺だ。

 

(ヤツさえ居なければ、ボスの監視の目はそこまで怖くない。

ボスに見られていないタイミングで殺すのは面倒だったが…)

 

そのために『キルエに念話を傍受されるかも』などと言い、ボスの目を遠ざけた。

 

(…フン、どこまでも墜ちていくがいい)

 

 

 

 

 

(まずい事になったねこりゃ。

ああ、いくつもの床をすり抜けてどんどん落ちてく)

 

能力を解く訳にもいかない。

この落下速度で実体化したら、床に激突して死ぬ。

 

(メルディゲはああ言ってたけど…俺は重力もすり抜けられる。

ただ、無重力で生活するのはしんどいから、普段は使ってないだけ)

 

だからといって、もう重力を無効にしても意味がない。

身体が重いと感じ始めた段階ならともかく、即死級の重力が掛かってからでは遅いんだ。

 

無重力になったからといって、急にピタッと止まったりはしない。

むしろ一度ついた勢いは、無重力下では止まらない。

すり抜けてるから空気抵抗も受けず、永遠に等速のまま落ち続けるって訳だ。

 

(…どこでミスったかな。アレか。

攻撃された直後に、あのハゲの術が重力だと気づいていれば…!

ていうか、重力を操るってズルくね?

しかもあんな一瞬で罠仕掛けられるとか、やり過ぎだろ。

あ~あ、つまんねーゲームだわ。やってらんないよ)

 

俺の身体は無数の床をすり抜けて、やがて城の外に飛び出した。

 

(…このまま地底まで落ちてくのかな。

一番底ってどうなってんだろう…それを確かめるのも、いいか…)

 

〈つづく〉

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