頭の上に輪を浮かせ、神々しい輝きに包まれたモードレッドは、聖剣を掲げて叫んだ。
「消し飛べ!!!」
瞬間、振り下ろされたクラレントは、直視に堪えぬ壮絶な光を放ち、部屋の中に蠢く肉塊もろとも一角を消滅させた。
「……ッ」
爆発も無く。轟音も無く。ただ一瞬の発光の後、全ては消えていた。
廊下と部屋があった部分が丸ごと抉り取られ、その奥にあった部屋のいくつかを貫通して外の景色を見せている。
「…ハ、ハハハ~ァ♪
たまんねぇなァ!!一撃でコレかよ、トぶぜェ!!
っしゃァ!イェア!」
モードレッドは全能感と興奮で脳をとろけさせながら、ガッツポーズを繰り返した。
(実際、恐るべき威力だ)
モードレッドの脚にへばり付きながら、モースは震えた。
(部屋と人形は惜しいが、どちらにせよ今となっては仕事ができない。
となれば…この身体を頂戴し、仕切り直すのが先決か…)
スライムであるモースは、切り離した肉塊に自我の一部を割り振る事で、全てを本体として動かす事が出来た。
彼はクラレントの一撃を受ける直前、切り離した肉塊に全自我を移して生き延びたのだった。
(しかし勇者たちはかなりの所まで来ていた。
ボスに辿り着く前に始末したい。そのためにも、しばらく潜伏しなければ)
他人の肉体に寄生し、細胞を少しずつ入れ替える事で、肉体を乗っ取るスライムの能力。
一度一体化してしまえば切り離す事も困難になる厄介な性質と、モースの慎重な性格はマッチしていた。
…だが、今回だけはその判断がマズかった。
「…ぁあ?なんだァ、もっと力が溢れてきやがる!!」
(なんだ…?この身体と一体化した事で、聖属性への耐性を得たはず…!?)
簡単な理屈だ。モードレッド自身の肉体も崩壊し始めていたのだ。
魔族どころかそれ以外のいかなる生命でも耐えきれないような、強すぎる聖光が周囲に撒き散らされる。
ケイは慌てて飛び退いた。
「ヤベッ…おいモードレッド!早く剣しまえっつってんの!!」
「あ…アアア」
(これは…壊れた肉体が、別のモノに置き換わっている!?
まるでスライムと同じ性質…!がぁあああああああッ!!!)
モースの意識が激しい苦痛と共に薄れ始める。
(しくじった…もう私自身も切り離せない…!
リュリさんの裏切りは予想できたのに、恐怖で判断を誤ったか!)
「ハ。ハハハハハハハハハハハ」
(つくづく愚か…不覚…ッ!)
無機質な高笑いに包まれて、モースの意識はこの世から消え去った。
「罪。深キ者。ヲ、滅スベシ」
モードレッドであった何かが呟く。
「あの~モードレッドく~ん…?大丈夫そう…?」
「罪人、ハ。
ゆらりと宙を浮きながら、ケイに近寄る。
「ちょ、ちょっと…?」
聖剣の一撃。前方が光と共に消滅した。
「あわわ、えらいこっちゃえらいこっちゃ!」
ケイは足元を潜って回避しつつ、背後へと回り込む。
「叩けば治るか!?」
重ねた拳を頭に叩きつけようとした時、ソレは上半身のみを一回転させた。
「わ…身体柔らかいね?」
「戮スベシ!!」
聖剣が光を放ち、ケイに消滅の光輝を放とうとして…
「…痛ッタ!」
「お?」
「アダダダダ!ヤバイ!ヤバイッテコレ!!」
頭を抑えて呻きながら地面に落下し、剣を取り落とす。
途端に頭の光輪は消え去り、モードレッドは元の姿に戻った。
「痛い痛い痛い!何何どうなってんの!?」
『ダインッ!このバカ息子!!』
「母ちゃん!?ヤバっ…!」
【モードレッド】はあくまで騎士としてのコードネーム、称号である。
普段は【モーちん】か【モードレッド】としか呼ばない母親が、本名の【ダイン】と呼ぶ時。
それは決まってブチギレている時だった。
『使うなって言った母ちゃんとの約束破ったスね!!』
「なんで!?どうやってんのコレ!!」
『アタシはあんたの母ちゃんっスよ!
血の繋がりなんて、魔術師からしたら簡単に辿れるんス。
何やってるかもぜ~んぶ分かるんスよ~ッ』
「あうう…ご、ごめんって母ちゃん!でもおっちゃんもさぁ!」
『口答えスか?反省してないようっスねぇ…』
「ひいいいっ!ごめっ、ごめんなさいお母様!
謝ります!謝りますから許し…痛ってえええええ!!」
1人で喚いているモードレッドを見て、ケイが頭を掻く。
「だから早くしまえっつったのに」
『ロメスさんにも話があります。帰ったら覚悟するように』
ケイの脳裏に、自身の本名を呼ぶ妻の声が響いた。
「えっ。あ、はい…」
「っ……!?」
玉座のネネルは、キルエの動きを監視していて、突然の視界不良に襲われた。
(なんだなんだ、今一瞬視界がブレたような…!?)
強い反応を示す方へと、いったん視界を移した。
(たしかこの辺からすごいエネルギーが…あれれ)
視界を移した先、【傀儡王】モースの部屋とその周囲が完全に消滅していた。
ビキッ、と音がしてふと部屋の中に目を向けると、リュリとモースの水晶が割れている。
(やっば!2人とも逝った?ひょっとしてまた死に様見逃した?
ていうか何だったの今の反応!ああもう気になる事がありすぎて!)
一旦キルエの方に視界を戻すと、彼は空き部屋のような一室に腰を下ろし、誰かを待っていた。
(ああ、そういやメルディゲくんとの待ち合わせだったかね。
メルディゲくんは何をしてるかなっと…)
メルディゲの脳に語り掛ける。
「ねーねー、メルディゲくん?」
『…ボスですか』
「そうそう僕です。あの、キルエくん待ってるけど行かないの?
怪しまれてるけど」
『いえ…そんな事より暗殺は?
ツルードはどうなったのですか?』
「あ、そうだった」
玉座の間に放置されているツルードの水晶には反応が無い。
「…死んではいない?」
『じゃあどうなったんです?いっこうに帰ってこないのですが』
「…キミ、何かした?」
『何か、とは?彼にはすり抜ける能力があるでしょう。
誰かに何かされたとは思えません』
「いや、そうだよね、そう答えるしかないよね…」
メルディゲが何か仕掛けたとしてそれを正直に言うはずはない。
本当に何も知らないならなおさらである。
ましてや、ネネルはツルードすら信用してはいない。
(嘘をついていたとは思えないけど、嘘が上手い人は常にそうやって喋るものだし。
だからこそ嘘を見抜く魔道具を開発してたんだけど…まぁ難しいよね。
よく考えればキルエくんの裏切りをこの目で見た訳じゃない。
…どうしよっかな、まだ泳がすか?)
『ボス?』
「あーごめん、キルエくんと会って打ち合わせしといて。
ここから見させてもらうよ」
『ですがボス、貴方が監視しているのはキルエに勘づかれますよ』
「あ、そうだっけか!」
『音だけを盗み聞く、というのは?』
「まぁ、集中すればそれも出来るよ。
そうだね、その手で行こう」
『…もう行ってよろしいので?』
「うん…あ待って!
ホントにキルエくんは俺を裏切ろうとしてるんだよね?」
『さぁ』
「……さぁ、ってどういうこと」
『私がツルードに伝えたのは、キルエがボスの監視を嫌がっているということだけです。
そのためにミランミという召喚獣まで使い、監視の目を逃れようとしている。
これは怪しいので、裏切りの可能性アリとして報告しました。
…ひょっとして、ツルードは違う事を言っていたのですか?』
やられた、とネネルは苦笑した。
(これで真偽はうやむやになった…ツルードくん自身が消えてしまった以上、もう確かめようもない)
『あの男はキルエを始末したがっていた。
そのために情報を誇張したのかもしれません』
その辺りは、ネネルにも心当たりがある。
自分が死ぬかもしれないリスクを取ってまで、キルエを殺そうとしていたのだ。
(とりあえず、キルエくんの話を聞いてから考えるか…)
「ええっと…じゃあさ、キミの方から話題振ってくれる?
キルエくんについて色々とさ」
『はい、お任せを』
そしてメルディゲはキルエに合流した。
「遅いんですけど!」
「フン、金品をかき集めて悦に入っているような貴様と違い、私は忙しいのだ!」
メルディゲは懐から紙束をそっと取り出し、杖と同時に床に置く。
そして、音が出ないよう指にインクを付けて文字を書く。
”ボスが聞いている 言いたい事は書け”
「そもそもそっちが呼びだしてきたんでしょうが!」
”ツルードは?”
”私が殺した もう戻ってはこられん”
「用は簡単だ。…貴様の肩に乗っているソレを借りたい」
「え、えっと…あ、コイツですか。
視線を感知する召喚獣…ミランミちゃんですね」
”これは本当?”
”そうだ ソレを借りたい”
「ええ~でもなぁ~これ1匹しか居ないんですよ~?」
「ボスの監視がいい加減鬱陶しくなってな」
”ツルードに聞かせた会話は無かったものとして振る舞え”
「……それ、父上に聞かれたら反逆扱いされてもおかしくないですよ」
「それは貴様にも言えるだろう。
こうやってボスの裏をかけるのだ、ボスを殺す手段もあるのでは?」
「だから…殺意は無いですし、そう上手くは行きません!
みんな呪術をよく知らないから、何でも出来る手段みたいに思われてますけどね。
世の中そんな都合のいい物はないんです!」
「ふうん?たとえば己の命と引き換えなら?
それか、相手に自分を殺させて、その怨みで相手を呪殺する。どうだ?」
「死んだら意味ないっしょ…そもそも出来る訳ないですし。
ああいう術は、自分が死んだ事を本気で想像した上で恨み尽くせるような性格じゃないと無理なんです!」
キルエは怒りやすい性格だが、それを長続きさせる事が苦手だった。
死んだ後に生き返る手段がある前提ならともかく、死んで終わりなら恨みを遺すのも難しいのだ。
「もう質問攻めは勘弁してください、コレ貸してあげますから!」
”しばらく預けます。好きに使ってください”
”感謝しよう。代わりにコレをやる”
メルディゲが、そっと黒い仮面を差し出す。
”顔と声を偽装する魔法の仮面だ”
”なぜこれを?”
”少し手伝ってもらいたい事がある”
そして、その内容を綴る。
”いいでしょう”
「…貸すとは言っても、さっさと返してくださいね!
父上、俺の部屋の中まで覗いてくるんですよ!ホントにデリカシー0なんだから!」
「ククク、アレが父親など想像するだけで辟易する。
まぁ安心しろ。すぐに返してやるさ」
”改めて聞くが、この城の財宝は全てお前にやる…それが条件だったな?”
”はい。そちらの協力条件はアレでいいんですね?”
”当然。望むのはこの城ただ1つ。それ以外は貴様にくれてやる”
「では、用は済んだ。またな」
「はいはい」
メルディゲは広げた紙と筆を全て懐に収めた。
「…終わりました。いかがですかボス。
音声だけでは分かりづらいところもあったかと…」
『いやいや、とても参考になったよ。
聞きたい事はおおむね聞けたかな』
「それから1匹しかいないというミランミも、この手に。
今ならキルエを監視できます」
『そうそう、それファインプレーだったね!
キルエくんも、これで余計な動きは出来なくなった訳だ』
「息子1人をそこまで警戒なさるなら、多少強引でも始末してしまえばよいのでは?
対処すべきは勇者たちでしょう」
『だってほら、グレンくんたちは絶対こっち来てくれるし。
この手で始末すれば、それが一番確実な方法だ。
ホントはキルエくんも、殺すならこの手で殺したいけどね』
「それは勝手になさればよろしいですが…」
『冷たいねぇ。もうさ、キミが暗殺してくれてもいいのよ?
あ、ツルードくんが言うにはキルエくんと不戦の契約を結んだとか言ってたっけ?
それもツルードくんの嘘?』
「何の事でしょう?よく分かりませんが、私は暗殺に向いていません。
私が【血溜まり司教】と呼ばれるのは、強化魔術による力任せの戦い方ゆえです。
逃げ足と小細工に長けたあの小僧を相手取るのはいささか不利かと」
『そりゃ初耳だ、覚えておくよ。
じゃあ、もう行っていいよ』
「はい。失礼いたします」
念話の感覚が消えた。
(ククク…ミランミがこの手にある間、ボスの監視の目は怖くない。
やっと自由に行動できる)
メルディゲは、今のネネルの軍勢を支えている柱を無貌兵と見ていた。
これを潰す事こそが、ネネルの足場を崩す最短の一手であると結論づけた。
(さて…とはいえ製造場所は私にも分からん。
しかし1人だけ、発見できる者に心当たりがある…)
その人物に接触する準備が、今ようやく整ったのだ。
(そろそろ、決着が近づいてきたな)
〈つづく〉