傭兵の街アスム・セルナに流れ着いたキルエ。
戦うのが怖いキルエは一般人として労働に従事し、日々の糧と宿を得ていた。
彼が冒険とは程遠い慎ましやかな生活をしている頃、時を同じくして街の中で奇妙な殺人事件が多発していた。
人間に化ける魔族の仕業である可能性を考えた傭兵ギルド捜査部は、部内に緘口令を敷いて情報を制限したが…
「毎日毎日、若いモンがよく飽きもせず働きに行けるなァ?
俺がお前さんくらいの頃は、ジッとしてられなかったもんだが」
宿の主、ヴァン翁が受付に突っ伏しながら呆れたように言う。
確かに獣を相手にして森を駆け回っていた頃や、毎日兵士たちの呪いを解き続けた日々と比べると、干からびそうなほどの退屈さを感じているキルエだった。
が、そんな事をあえて他人に明かす必要もない。
「あはは…俺は森の中で呑気に生きてきた人間なので」
「呑気に?森で?……へぇ」
「聞くなよキルエ少年。この爺さんはガキの頃から魔物どもに組み付いて殺してたっつー生粋の戦闘狂だからな」
黒いローブと笑顔の仮面を着けた男が、宿の中に入ってくる。
「えっと、葬儀屋さんの…」
「埋葬衆な!まぁ葬儀屋ではあるんだけど。
名前は
「よ、よろしくお願いします!」
不気味な風貌にはそぐわない、気さくな男だった。
「うるせぇよ馬鹿、お前はどうしていちいち他人に俺の話をしたがんの!」
「だってよ~本当に凄かったんだぜ?
俺がガキの頃は全盛期でよ、ガタイも今の100倍くらいあって…」
「ねぇよ!?100倍もあったら俺家入れねぇよ!
コイツの言う事ぁ話半分に聞けよ、いい加減な事ばっか言ってんだから」
「んだよ爺さん~恥ずかしがんなって!
実際、『魍魎狩り』とか呼ばれて軍の巨大生物専門の部隊の隊長やってたんだぜ?」
荒くれ者の多いこの街において、この小さな老人が軽んじられる事は無い。
それは、『魍魎狩り』の武名が今なお残響としてこの街に鳴り響いているからだ。
「巨大生物って…あの巨人とか?すごい…!」
「凄かねぇよ、適切な武器と訓練、人数が揃えば誰だってできる。
事実、俺が居なくなった後もあの部隊はしっかり回ってるぜ?」
「それがアンタの凄いとこ。
ノウハウ作って後進育成までしちゃうんだもんなぁ~」
「なんだ、小遣いでも欲しいのかコラ?
金ならくれてやっから早く帰れ!」
(ジジイと不審者がイチャこいてんのキッツー)
内心で失礼な事を考えつつ、取り繕う事だけは得意なキルエは慇懃に声を掛けた。
「では、俺はもう仕事に行くので失礼しますね!」
「おっと悪いな、行ってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
ほとんど条件反射でそう答えて、ふと気づく。
(行ってきます…か。
意外と嬉しいもんだな。そう言える相手がいるのは)
バイト先と家の往復は前世と変わらないが、今は周りに誰かがいる。
(退屈だなんて、ちょっと欲張りすぎだよな。
生活は安定してんだから、これでいい)
今日も鍛冶屋で、武器に刻印を入れる作業を繰り返す。
店主は少し横暴な所があるものの、距離を保てば困る事はない。
「おい、ノルマはそろそろ済んだか?」
「あ、はい」
「じゃあその刻印済んだら終わりでいいから、この後は代金の回収をして来い」
「え、でも確か仕事内容には刻印だけ、と…」
非傭兵の労働者は、どれだけ働いても報酬が『宿と1日3食の提供』だけなので、その労働内容はしっかりと決められている。
が、中にはこういう形で決まりに無い業務を任され、職場の関係悪化を恐れて受け入れてしまうケースも少なくない。
「世の中そんな四角四面にやっても上手く回らねぇんだ。
いい加減慣れた方がいいぜ」
もうやらせる事は決定しているようだ。
「わ、わかりました…」
(給料出してねぇくせに偉そうだな…
バイト先思い出すわ~いたなぁ、こういう結論ありきで話してくるクソ店長)
「証明書を持ってりゃ渋られる事は無ぇから、さっさと集めて来い。
あ!言うまでもねぇと思うが、店の金を預かるからには…」
「も、もちろんちゃんと持って帰ってきます!」
(疑うくらいならやらせんなや、頭悪ぃなコイツ…)
毒づく心はおくびにも出さず、ヘラヘラと卑屈に笑いながら従う。
彼の得意技なのだ、そういう事は。
(帰ってメシ食って寝れば忘れられる、我慢我慢…)
とはいえ、店主の言う通りそこまで難しい仕事ではなかった。
大抵の客は証明書を見せれば大人しく代金を払ってくれたからだ。
しかし、最後の客は少し面倒だった。
「ま、待ってください!あの、ですから代金の方を…」
「払うよ、払うって!しつけぇなガキ!
ただちょっとこっちの方に野暮用があんの!」
追いすがるキルエをあしらいつつ、男は【血塗れの牡牛亭】へと入っていく。
「あ、ここ傭兵専用の酒場だから。入ってくんなよ?
ちょっと入口で待っててくれりゃいいんだ」
「は、はあ…」
やむなく入口にポツンと座り込む。
(クソッ、なんで俺がこんな目に。
俺はつくづく冴えないな、どこまで行っても…)
地面を見つめ、時が過ぎるのを待つ。
まだ数分しか経っていないが、1時間は待った気分だった。
(あー寒ぃなクソが…ちょっと暗くなってきてるじゃねえか)
陽が出ているのでまだ暖かい方だが、その陽もそろそろ沈もうとしている。
(本当なら昼過ぎには帰れたってのに…町中歩き回らせやがって)
「コラァ!!」
「ひゃっ!?」
その時、女の怒号が響き、入り口の扉が勢いよく開く。
例の男が放り捨てられるように飛び出した。
「な、なにすんだよォ!」
「いい加減にしな!こんなとこに子供1人待たせて…!
大丈夫かい?暑かったろ?」
「え?あ、はい。
あの、あなたは…?」
「アタシはこの店の…看板娘ってところかね?
アッハハハ、ちょいとトウが経ってるけどね!」
「そ、そうですか…へへ」
女性の年齢絡みのジョークは反応しづらい。
曖昧な笑みで返した。
「あ、これ代金ね。
ったく店のオヤジもこんな子供を取り立てに行かせるなって話だよ全く…」
「あ、そのカネは俺の…」
男が口を挟もうとするのを、女は睨んで牽制する。
「子供騙して待たせるような情けない男に飲ます酒はないんだよ!
飲みたきゃ
「う…わ、分かったよ」
「さて、お疲れ様だったね坊や。
ほら、これでも食って元気出しな!」
「あ…!」
渡されたのは、配給のソレとは全く違う柔らかなパン。
ドライフルーツが埋め込まれているのが見える。
「え、いいんですか?
でも、あの、俺傭兵じゃなくて…だからこんな贅沢品頂けませんよ…」
「いいから、取っときな!
…他の大人には内緒だからね」
「あ…ありがとうございます!」
キルエはパンと金袋の詰まった鞄を抱え、一礼して走り去った。
その様子を遠くから見る男たちがいた。
「……」
(へへへ…これくらいの得は無きゃやってらんねぇよな!
家帰ったらちょっとずつ食べよう…)
パンを見つめ、ニヤニヤとほくそ笑む。
(きっとガキじゃなかったら、あの人もここまで優しくはなかっただろうな。
こういう時に得だよな、子供ってのは)
基本的に他人の善意を信用できない彼だが、今日はあれこれ理不尽を押し付けられてからの出来事だったので、思わず上機嫌になっていた。
早く金を渡して帰ろうと、無意識に足が早まる。
「おい、待ちな」
「え?」
後ろから聞き慣れない声。
振り向くと、明らかに傭兵らしき男が2人立っていた。
(今度はなんだよ、急いでるってのに…!)
「お前、最近この街に来たばっかなんだってな?」
「ええ、まぁ…」
「知ってるか?最近、傭兵が立て続けに殺されてるんだ」
その事件は彼も知っていた。関わりたくないので、極力聞かないようにはしていたが。
「そ、それが何か?」
「被害者は素手で殺されてたんだと。人間業じゃねぇよな、どう見たって。
どうやら人間に化けた魔族らしいって話だぜ?
でもよ、この街じゃ大抵の人間は顔なじみだし、ちょっとでも妙な事したら不審だと思われるよな?」
「あ、あの…話が一向に見えてこないんですが。
俺さっさと店に戻らないと怒られて…」
「余所者が怪しいっつってんだよ!
正確に化けなくてもいいだろうし、違和感なんて気にする必要もないしよ」
(あぁ?こ、コイツらまさか…)
そのまさかであった。
「お前が犯人かもしれねぇなぁ?
子供なんていかにも疑われにくいし、小柄でどこでも入り込めるしなァ!」
(憶測重ねすぎてグラグラじゃねぇか、お前の理論!
ジェンガじゃねえんだぞ!)
と内心突っ込みつつ、反論はあくまで論理的に。
「お、俺がこの街に来た時にはもう事件は起きてました!」
「あ?んなのどうやって確かめるんだよ!」
「それはっ…門番か誰かに聞いてくれれば…!」
「じゃあ聞きに行くか。一緒に来い」
「はぁ!??」
この街は傭兵たちの福利厚生には人一倍気を使っているが、その反面傭兵以外への配慮が足りない傾向もあった。
『自分たちが何かを頼んだら、一般人は大人しく従わねばならない』という風潮が、傭兵たちの中にあるのだ。
傭兵ギルドが警察組織まで担うようになった弊害で、ただギルドに属しているというだけで公権力を気取る者たちも少なくなかった。
「そんな勝手な…!」
「妙に渋るじゃねえか。やっぱりお前…」
(ああもう、早く帰りたいのに…!
仕方ない…付き合うしかない、か…)
キルエが諦めかけたその時。
「おい。何をしている」
長髪に青白い肌の不気味な男が、立ち尽くしていた。
(なんか…変な雰囲気だな。この人。
どっかで似たような雰囲気を…)
「あぁ?俺らは今大事な仕事中なんだよ!」
「仕事?この街の傭兵ギルドには、専門の捜査官がいるハズだが…諸君らは違うようだ」
「その捜査部の連中が一向に成果出しやがらねぇから、俺達でやってんだろうが!
…そういやお前もこの街に来たばっかの余所者だったよなァ?」
「そうだ」
傭兵らはキルエから離れ、今度は男の方を囲み始めた。
「お前も怪しいなァ~、誰とも目すら合わせねぇらしいじゃねえか」
「…何を怪しんでいるかは知らんが、諸君らは専門家ではない。
お互いにとって無駄な時間だと思うが」
「それを決めるのはテメェじゃねぇんだよ!」
「そうだな。本物の捜査官に聞くのがいい」
「はぁ?」
「そうだろう、ジェイサズ捜査官?」
「……」
不気味な男が目を向けた物陰から、また別の男が現れる。
「アンタは、ギルドの捜査官…!」
(なんだなんだ次から次へと!)
「尾行、気付かれてたのか」
どうやら捜査官というこの男は、不気味な男を尾行していたようだ。
「で、どうする。彼らの主張は正当か?」
「…いいや。こいつらにそんな権限は無い。
今回は見逃してやるからさっさと帰れ」
傭兵らは納得いかない様子で声を荒げる。
「だったらさっさと犯人捕まえろやボケが!!
テメェらがボーっとしてる間ダチが殺られてんだよ!!」
「その事だが、人間に化ける魔物の話を誰から聞いた?」
「ふざけんな、今はこっちが…」
「いいから答えろボンクラ。ギルドから除名されてぇのか」
「…ッ!」
傭兵たちはガックリとうなだれた。
「し、知るかよ…」
「つまり出所も分からん情報を、勝手に広めた訳か?」
「し、死んだダチが、『確かなスジからの情報だ』って言ってたんだよ!」
「確かなスジだと?どこだ」
「どこって、そりゃ…」
アンタの方がよく分かってんだろ、と言いたげな傭兵たちの目つき。
「……まさかッ!」
捜査官は目を見開き、慌ただしく走り去っていった。
「クソッ、勝手な野郎だ…!」
「…もう行こうぜ」
そして傭兵たちも去り、その場には青白い男とキルエだけが残った。
「……あの」
「なんだ。もう全て終わった、私は帰る」
「あっ、ちょっ…助けていただきありがとうございましたー!」
礼の言葉が届いたのかどうか、足早に遠ざかる男の背中からは読み取れなかった。
(ま、まぁいいや。さっさと帰らないと…)
結局店に戻ってから遠回しに嫌味を言われたキルエは、部屋で悶々としながらパンを調べていた。
(パンに毒は入ってないな。純粋な善意でくれたのか。
いっただきまーす!)
久々に感じた柔らかな食感と甘みに、ほっと息をついて感嘆する。
そして同時に、己を軽蔑した。
(…いちいち毒なんて気にしちゃう俺はホント最低の人間だよ。
せっかく善意でくれたっていうのに…)
平穏を得てなお、心はあの闘争の中にあった。
(俺みたいなただのガキを、誰が好き好んで毒殺するってんだ。バカバカしい…。
安穏と生きたいって望みはもう叶ってんだぞ?
いったい何が気に食わねぇってんだ、俺は…)
『生きていけるならそれでいい』と思っていたはずが、生活が安定してくると欲も不満も噴き出してくる。
だがその正体が分からない。自分が何を不満に思っているのかが。
本当に自分がしたい事は何なのか。
(……ダメだダメだ、余計な事考えんな!
無心で作業してればいいんだ…)
鍛冶場や街のゴミ箱からくすねてきた材料を用いて、爆弾や煙玉、鳥もちなどを作るのが夜の日課だった。
金輪際戦うつもりは無いと言いつつ、備えは万全にしておかないと寝付けないのであった。
(…そういや、あの人)
無心といいつつ、脳裏にはあの不気味な男の纏う雰囲気が浮かび上がっていた。
(思い出したけど…あの雰囲気は魔族のそれに似てる…気がする。
しかもあの一番偉そうな魔族に似てる…)
人間の傭兵であるはずのあの男が、高位魔族と似た雰囲気を纏っている。
この事実が何を意味しているのか。
(……ま、ええか!余計な事に首突っ込むのはゴメンだし!
身近な人間が襲われた訳でもなし、ほっとこ)
彼は、自分の同族であるジェト族すら『身近な人間』とは思っていない。
そんな彼にとって、他人の不幸など何の興味も無い。
今の退屈ながらも平穏な暮らしを捨てる理由にはならないのだ。
…この時点では。
〈つづく〉