謎の暗躍者たちによって、カディナの竜狩りフリッケンガルドとゲルセンの機械将校は引き合わされた。
2人は行動を共にする中で、短時間にも関わらず互いへの信用を深めていく。
そこにあるのは友情ではなくプロとしての信頼である。
…が、この物語の主役は彼ら2人ではなく、2人を引き合わせた
(あの人たち、ホントに上手くいくのかねぇ。
ま、メルディゲの言う事を信じるしかないけど)
集めた財宝の上に寝転びながら、キルエは天井を見つめる。
神の呪いを受けた上、ミランミを貸している間は他の召喚獣も出せない。
メルディゲのやり方に付き合うくらいしか、出来る事が無いのだ。
(一応、探してた魔道具も手に入ったし、命がヤバい時の保険にはなるけども…!
マジで最後の最後にしか使えない手段だもんなぁ…)
キルエが部屋の隅にチラリと目をやると、大きな姿見があった。
全身丸ごと映せるその鏡の前に立ち、久しぶりに自分の姿をまじまじと見つめる。
(しかし…ふむ。こうして見ると俺ってばなかなかのイケメンじゃん?)
野放図に伸びたままの髪や左目を覆う眼帯を差し引いても、実際神秘的な美貌と言えた。
(そりゃ変態どもにモテますわ。おかげでいい稼ぎになったけど)
彼が森に住んでいた頃、村の倉庫に忍び込んで物資を盗み、バレる度に殴られていた…という話は読者の皆さんも既にご存知だろう。
だがある程度の年齢になった時、普段殴りつけてくる村人にこう言われた。
『これからある場所に連れていく。
そこに居る人間の言う事を聞いて一晩過ごせば、物資を数週間分くれてやる』
どこにでも趣味の悪い金持ちは居るものだ。
キルエはそんな連中に売られたのだ。
もちろん、
(地位も名誉もあるような金持ちがわざわざこんな危険な南部に来てまで、俺を買おうってんだからまぁ…性欲ってのはつくづく制御できねぇよな)
その言葉は、当時のキルエ自身にも掛かっていた。
(森には女なんて居なかったし、ずっと悶々としてたからな~。
ちょうどいい性欲発散になったわ。
男からもヤられたのはビックリしたが、それもまた新世界。
何事も経験してみないと分からないからな!)
キルエにとって、その記憶は大して印象深いものでもなかった。
過去にあった面白エピソードとして覚えているだけだ。
(まぁ、さすがにカーミラにも言ってないけど…)
なぜそんな事を思い出したかと言えば、あの禿頭の魔術師メルディゲの目線には、どこか性的なモノがあったからだ。
(いや、俺の事をいやらしい目で見てるんじゃないんだよな。
壁とか天井を見つめてスケベな目つきしてんだよ。
マジで何が目的なんだ…?)
一見ネネルに取って代わろうという野心家にしか見えないが、その奥には計り知れぬモノを隠している。
それがキルエにとっては不気味だったが…
「…ま、いいや、どうでも…」
どのみち彼の邪魔にならない限り、誰が何をしようと興味は無かった。
キルエはメルディゲを頭の中から消そうとした。
「おい」
「っ!?」
メルディゲがそこに立っていた。
「ど…どうも。何の用ですか?」
「借りていた物を返すぞ」
肩に乗せていた召喚獣ミランミを、丸めた紙と一緒にそっとキルエに渡す。
「ああ…どうも」
紙を広げる。
”そろそろボルドの動きが怪しくなってきた。
お前が奴を追跡するという約束だったな”
(またわざわざ文面で…相変わらず警戒心強いなぁ、それでこそだけど)
手にしたミランミを掲げる。
額の線は2本、キルエとメルディゲの視線しかここにはない。
だが盗聴されている可能性はあった。
「還れ」
そのまま宙に放り上げると、ミランミの姿が消える。元の住処へと帰還したのだ。
「『我が目の代行者よ。汝神殿を開き、空の
小声でぼそりと言いながら神臣の刃を振るうと、小さな甲虫が出現した。
これは視界を共有できる神蟲である。
メルディゲの肩に乗せる。
「じゃ、もう行ってください。用は済んだでしょ」
「フン…そうだな」
『ボルドく~ん、またまたキミに用事があるんだけどさ~』
「んだよ。ワイバーンの補充は2日前に済ませただろうがぁ」
酒を煽って気持ちよく自室で眠りこけていたボルドは、ネネルの声で起きた。
「どうせなら色っぽい女の声に起こされたかったぜ…」
『文句言わないの。どうせ呑んでばっかりでしょう?貴方』
突然、艶やかな声が脳裏を通り過ぎ、ボルドの意識は完全に覚醒した。
「おいおい、そっちにこんな色っぽい姉ちゃんが居たとは知らなかった!
水臭ぇぜボス、紹介してくれよ!」
『バカだな、僕が声変えただけだよ』
「んだよモノマネかよ!ずいぶん女声が上手ぇじゃねーか?」
『魔皇は女だったからね。その力を使えば、女の子の声も出せるんだよ』
「へ~、おもしれーけど無駄な能力だな」
『その気になれば姿も変えられる。
まぁ消費が凄まじいからやらないけどね』
「んだよ、もったいねぇな。
どうせなら女の上司が良い!やる気が変わってくるぜ?」
『やる気なんか全然ないでしょ最初から。
毎日毎日お酒飲んでさ。1人で飲んでるの寂しくない?』
「べぇつに?メルディゲやリュリを付き合わす時もある!
特にリュリはいい女だからなァ…ま、死んだけどよ」
『そうだねぇ…あ。忘れてた、本題なんだけどさ。
ワイバーン、またかなりやられちゃった。
また補充頼めないかなぁ…悪いね』
「おいおい…情けねぇな。この短期間でかよ」
ボルドは勢いを付けて椅子から起き上がり、部屋を出る。
「ま、どうせ竜狩りも来てんだろうからな。
ワイバーンの消耗が激しくなるのも不思議じゃねぇ…そうだろ?」
彼がそう問いかけたのは、ネネルではない。
男は物陰からその禿頭をひょっこりと突き出した。
「な、メルディゲよ」
「フン…私はドラゴンに関しては専門家ではないからな」
「にしちゃ随分と事情通みたいじゃねぇの」
「かの【竜将】ボルドが何を言う。傭兵業界に悪名は轟いておろうが」
「で、何の用だ」
メルディゲは右手に持った酒甕と左手にある2つの杯を差し出した。
「どうだ…呑まんかこれから」
「こりゃ珍しい…そっちから誘ってくるなんてよォ」
「ボスは未だに私を信用してくださらん…呑みたくもなるだろう」
その言葉に反応して、ネネルの念話がボルドにだけ届く。
『信用されたきゃ相応の振る舞いをしてほしいよね、全く』
ボルドはこれを聞き流しつつメルディゲに対応する。
「呑みてぇんだが、今はタイミングが悪くてなァ、また後でにしようや」
「……タイミング?何か用でもあるのかな?」
「二日酔いだ、バカ。この顔見りゃ分かんだろ」
ボルドの顔は、寝起きと酔いで青黒くむくんでいた。
「ハァ…なるほどな。
ではまたの機会としよう」
メルディゲは大人しく去っていった。
『暗躍してるねぇ。尾行するつもりだったのかな?』
「さぁ…だがもういねぇよ。気配も消えた。
ホントに帰ったらしい。さ、行くぜ」
『尾行なんて意味ないのにねぇ?あ、そこ右ね』
無貌兵工場へのルートは、空間組み替えによって複雑に変化している。
辿り着くには、ネネルに直接案内してもらうか、あるいはその者に同行するしかない。
『もしメルディゲくんが1人でコソコソと尾行に成功したとして、同じルートを通っても2回目は辿り着けない』
「でもよ、どうせならワイバーンを補充する時だけでも、俺の部屋に直接繋げちまえばいいのに」
『それが出来ないんだよ。
空間を組み替えるって事は、位置をズラすって事だ。
生命を生み出すには位置が重要でね、空間を不自然に変えると製造に支障をきたす。
無貌兵の原液を回収する手間も考えると、工場だけ空間隔離もできないし…。
今は結界を張って隠蔽してるけど、いつバレるか…』
「あ~もういいや、分からねぇ話は聞かねぇ事にする」
『うん、それでいいや。あ、ここは左の扉ね。
…分かる?用心深い僕が、キミにこれだけの事情を話している意味』
「ククク、脅しかよ!今更も今更だな!」
『まさか!信頼してるって言いたかったのさ。
だってキミの能力だけは、この戦いになくてはならないからね』
「それも…どうだかな。
アンタみたいなタイプが、他人の能力に依存した策を立てるとは思えねぇよ」
『信用してほしいんだけどなぁ…』
「そりゃアンタが誰も信じてねぇんだ、誰にも信用されるわけ…………っ!?」
ボルドがとっさに振り向きつつ剣を抜く。
大き目の甲虫が片翼を欠けさせつつ、ヘロヘロと逃げていった。
『…まさか、つけられた?』
「いや、虫だった。気にすんな」
『…虫、ねぇ。そういや虫使いってのが居るらしいじゃない』
「心配性もそこまでくると病気だな。
虫は群体で使役するのがセオリーだ。さすがに1匹じゃ何の情報も持ち帰れねぇよ」
『だといいけどね。まぁルートは毎回変えるからいっか!
…ほら、目的地周辺です!ガイドを終了します!』
「周辺っつーか目の前だろ」
厳重に封鎖された大扉が、独りでに開錠されていく。
「…いつ見ても、気色悪ぃなぁ」
その部屋は、広大さと天井の高さからして、大広間として作られたような構造をしていた。
だがその高い天井も、今は脈動する巨大な肉繭に覆われている。
肉繭は自重で垂れ下がり、その先端は時折蠕動しては黒い液体を吐き出す。
黒い液体は下の受け皿に落ちると、人の姿に変化して皿を降りる。
のそのそと歩く彼ら人造人間を待ち受けるのは、隣室で作られた仮面を装着させる装置である。
これにて無貌兵の完成である。
部屋の奥に膝を抱えて座る無貌兵の列を見て、ボルドは生理的な嫌悪感を覚えた。
「まるで虫ケラの巣だな…」
人気の無い廊下に立ち、虚空を見つめているのはメルディゲだ。
そこへ、空中を蛇行する甲虫が飛んでくる。
「……」
甲虫はメルディゲの目の前で八の字を描きそのまま飛び去った。
(…小僧からの合図だ。ボルドは工場に向かっている!
タイミングは今しかない!!)
「よ、い、しょっとォ!!」
ワイバーンのこめかみを、竜人の爪が突き破る。
そのまま頭を床に叩きつけると、ワイバーンは動かなくなった。
「見事な腕だナ」
「ええ、まぁ、竜殺しは本職でして」
フリッケンガルドは、この城に入って83匹目のワイバーンを殺した。
「少しは手伝っていただけると嬉しいんですが…」
「スマナイ。シカシ、ソチラノ望ミヲ叶エルニハ、エネルギーヲ温存スル必要ガアルノダ」
「望み、ね…本当に兵隊を作ってる工場とやらに辿り着く方法があるんですか?」
「ソレハ貴官ガ場所ヲ特定デキルカドウカ次第ダナ」
「ええ、まぁ…今ボルドが移動しているのを探知してますけど。
ただトイレしに行ってるだけかもしれないし…あ。
ボルドの反応が消えた。まさか…?」
懐から、魔法陣が刻まれた金属片を取り出す。
そして食い入るように見つめていると、金属片が発光してクシャリと潰れた。
「合図が来た!今反応が消えた地点に工場があるって事ですね…!」
「ソウか!では、始めるとしよウ!」
機械将校はいきなりフリッケンガルドを後ろから羽交い締めにした。
「ちょッ…なんのつもりです!?」
「フリッケンガルド殿。私ヲ信じてくれるカ?」
「……必要な事なんですね?」
「勿論ダ」
「じゃ…どうぞ」
「ヨシ。【
将校の腕が展開し、竜人化しているフリッケンガルドの腕を包み込む。
同時に頭部が変形、後ろから顔を覆うバイザーとなる。
それだけではない。将校の全身が変形してフリッケンガルドの鎧へと変化していく。
「なんだなんだ?どうなってるんですコレは!?」
『疑似神経、接続完了。…見ての通りだ。
私が鎧となり、貴官を強化する。私はそのシステムの試作機として派遣された。
生身を持つ者との共闘にはちょうどいい戦場だからな』
「へ~…あれ?なんか声聞き取りやすいですね」
『すまない。外部への発声装置は調整が甘く、聞き苦しいところもあっただろう。
だがこの状態ならば、脳に直接話しかけられる』
「……人体への悪影響は無いんですよね?」
『すまない。初めての稼働なので未知数だ』
「ちょっ!?……いや、もう、いいですけど…。
で、どうするんです?」
『頭の中で、工場の場所を強く思い浮かべてくれ』
「は、はい……あの、やってますけど…どうです?」
フリッケンガルドの脳内で、ビポビポと電子音が鳴る。
高度な機械など馴染みの無い彼からすれば、さず不可思議な音だった事だろう。
『検出完了…データ補正中…ルート算出……完了』
「ルート?道順が分かるようになったんですか?」
『ああ、その通りだ。
両手と胸部の装甲が変形し、鋭い螺旋状の先端を形成した。
…即ち、ドリルである!
『【
空間の壁であろうと貫いて確実に到達する事を約束しよう』
「ち、力技すぎる…」
高速回転する3つの螺旋を、這いつくばって床に押し付ける。
ガガガガガと激しく揺れるが、竜の膂力で無理やりに押さえ込む。
『さすがだ。貴官の肉体強度なら、100%の出力でも良さそうだ』
「ッと、到着する頃には…ボロボロになってそう…ですが、ね!」
『バイザーにルートを表示した。さぁ、ガイドを開始するぞ!』
〈つづく〉