異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

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第81話 最後の幹部

その日、魔皇城は突如として黒い粘性のある水に呑み込まれた。

 

「なんだこりゃ…逃げろ、逃げろ!!」

 

「扉だ!早く閉めろ!!」

 

濁流を目の当たりにした兵士たちは慌てて大きな扉を閉じ、家具や自分たちの甲冑、果ては死体までも積み上げてバリケードとした。

兵士たちは皆一様に押し黙り、ゴンゴンと何かが扉を叩く音だけが響く。

 

「な、なぁ…味方なんじゃないか…?」

 

「違う。死体が流されてぶつかっているだけだ」

 

「いつまで()つと思う?」

 

「さぁな、水源が分からん事には、この黒い水がまだ増えるのかも分からん…」

 

互いの顔を見合わせる。皆、疲れ切っていた。

人間同士の、いつ終わるとも知れない戦い。敵は殺しても殺しても湧いてくる。

 

「…いつまで、保つと思う?」

 

「だから、この状況の原因が分からん事には…!」

 

「そうじゃない。俺たちだよ。

この戦いに、勝ち目なんてあるのか?」

 

「……知るか。

あのクソ共に降伏するくらいなら、1人でも多く殺して死ぬさ」

 

「それは…そうだな」

 

その時、扉の奥で凄まじい音がする。

兵士の1人が扉に耳を付けながら、扉を叩く。

 

「…水が引いたぞ」

 

「い、いきなりか!?どうして…」

 

 

 

 

魔皇城全域の財宝が集められたその部屋もまた、例外なく黒い水の餌食となった。

漆黒の波に揉まれ、金銀財宝がジャラジャラと大きな音を立てる。

 

「うわっ…ぷ!げほッ、げほッ!!」

 

キルエは全身を使って宝を受け止め、流出を防ぐ。

 

「あわわ…お、俺の宝!俺の金が!鏡まで…っ」

 

だが彼の小さな身体ではどうにもならない。

自分の身を守る事に専念するかどうかの決断を迫られていた、その時。

 

「うぉ…おおおっ!?」

 

黒い水が、突然一気に引いてゆく。

その勢いに飲まれて流されかけたキルエは、財宝の山を重りにして耐える。

 

「ハァ…ハァ…何なんだよマジで…」

 

黒い水の奔流からなんとか財宝を守り切り、一息つきながら虚空を見つめていた。

 

(どうすっかな…タイミング伺ってたらなんか大変な事になってるし。

いよいよ終盤に差し掛かってきたか?)

 

キルエは今後どうしていくか、状況を把握しかねていた。

彼の目的はネネルの命を狙う事にはなく、メルディゲとの同盟も、余計な事をされないように先手を打ったまでだった。

 

(俺の目的を果たすためには、ネネルに呪いが通じるようにする必要がある。

アイツが自分自身に施したっていう封印を解かないと…)

 

封印は本人の力を制限するが、同時に外からの干渉を防ぐ。

その効き目のほどをキルエは知らないが、警戒は充分にすべきだと考えていた。

呪術が一番恐ろしいのは、失敗した時の反動なのだから。

 

(早くしねぇと最悪の事態もありうる。

っつっても頭使うの苦手なんだよな~…)

 

『やっほ。聞こえるかな』

 

ネネルの声が、突然響く。

 

「…これはこれは、どうも父上」

 

その声はいつもの様子とは違い、低く淡々としていた。

キルエの思考に緊張が走る。

 

『あのね。これは命令なんだけど。

その扉、ある場所に繋げておいたから、そこにいる敵を殺してね』

 

「…ちょ、ちょちょちょ!いきなりなんすか!?

幹部の行動はそれぞれに任せるんでしょ!?」

 

『うん。それ撤回する。早く行って来て』

 

「いやあの、敵が誰かくらい教えてくれてもいいんじゃ…」

 

言いつつ、敵の正体はおおよそ予測が付いていた。

 

『グレンくんたち…勇者一行。

知ってるでしょ、ここに来た時は一緒だったんだから』

 

(…やっぱり、そうなるかぁ)

 

予想はしていた。幹部たちが死ねば、いずれは自分に出番が回ってくるであろう事。

どれだけ他人の物語から逃げたところで、いずれは追いつかれるであろう事。

 

(勝手に殺し合ってりゃいいのによ…)

 

キルエの想定する最善のパターンは、他の邪魔な幹部が全滅し、ネネルと勇者が正面対決を行なう展開。

勇者と戦うとなれば、ネネルも自分を封印したままではいられない。

その隙に、こっそりと呪いを掛けるのだ。

 

(ま、そんな上手くはいかねぇとは思ってたがな…よりにもよって…)

 

最悪のパターンは、自分が勇者たちへの刺客として送り込まれる展開。

そうなれば、()()()を使う覚悟が必要になる。

 

(この左目にチャージした大量の魔力…今使うには惜しいが…)

 

この魔力は、キルエ自身の魔力ではない。

とある人物から授けられた、大量かつ超高濃度の魔力である。

 

(…カーミラから貰った力。使うしかないか)

 

 

 

 

 

【幻魔大公】カーミラと出会い、互いに同じ世界から転生してきたと知った日。

彼女は別れ際、キルエの左目を覗き込む。

青ざめた光を放つ魔眼を。

 

「綺麗な瞳…」

 

 

「あ、ああ~!魔眼の事ですか?」

 

「へぇ、魔眼!…そうだ、アレをあげようか」

 

キルエは厚かましくも、彼女に土産を要求していた。

 

「いただけるものなら何でもいただきますよ。病気以外は」

 

「そう?じゃあ、覚悟してね」

 

カーミラはキルエに左目を閉じさせ、瞼を指でなぞる。

すると…一気に熱が流れ込んでくる感覚があった。

 

「っ熱っつつつつ!?ちょ、何してっ…」

 

「魔力をあげるの。その目、魔力を貯めるにはちょうどいいみたいだから。

痛かったら手を挙げてくださいね~」

 

「いやいやいや今今今!目玉が丸焼けんなっちゃう!」

 

魔眼の魔力貯蔵容量にはまだ余裕がありそうだったが、本来の持ち主ではないキルエには耐えられそうになかった。

 

「どうかな。キミ、術を色々と使うんでしょ?

だったら魔力は良いプレゼントになったんじゃないかな?」

 

「うっ…どうでしょうね…」

 

キルエは左目を押さえながら、その圧倒的な魔力量に驚嘆していた。

 

(この量…この純度。俺が3年かかっても貯められないほどの魔力!

これほどのチャージがあれば…!)

 

その驚きを隠し、渋々納得した感を出す。

そうするだけで、借りが貸しに変わるからだ。

 

「ま、とりあえずは我慢しましょう。そちらも色々と大変でしょうし」

 

「そう言ってもらえると助かる。

ごめんね、すっごく苦労しただろうに…何もしてあげられなくて」

 

「いいですよ、同じ境遇のよしみです。

でも、また会ったらその時は助けてくださいね」

 

「それはもちろん!」

 

「それでは。この魔力は、有用に使わせてもらいましょう」

 

「うん…またね。会えて本当に嬉しかった!

ちゃんと役立ててよね!」

 

 

 

 

 

 

今でも左目の奥に、煮えたぎるような熱を感じる。

 

(これが今の俺にとっての命綱だ…使い所は考えないとな…)

 

そもそもキルエ本来の魔力量はそこまで多い訳ではなく、質も低い。

それを、神々の力を借りる事で踏み倒しているのだ。

 

だが今は神の力を借りられない状況にある。

しかもキルエの低質な魔力では、まともな術を行使できない。

召喚術を使用した時点で、ほとんど使い果たしていた。

 

(最後の手段だ…まだ使いたくない…!

なんとかうまくごまかさないと!)

 

キルエは、あえて軽い口調で切り出す。

 

「あの…俺、別に強くないんスよ。

だったら普通に父上が相手した方が良くないですか」

 

『強くない、か。それはいいよ。

…でもね、役に立たないのはダメ。

キミは弱いなりの活躍をしてくれると見込んで、こちらに来てもらったんだからさ』

 

「だったらこうなる前にもっと命令してくれればよかったでしょ!

それを今更言い出して、無茶な仕事押し付けるってどうなんすかね?」

 

『…あのさ、ちょっと勘違いしてるかもだから教えとくね?

活躍ってのはね、自分からアピールするものなんだ。

キミは一兵士じゃない、幹部なんだ。かなりの自由が許されてる。だろ?

その自由は決して無責任なものじゃないはずだ』

 

「…っ!」

 

キルエの脳に不愉快な記憶が浮上する。

バイト先の年下店長から延々と食らった説教だ。

言い返す言葉はいくらでも浮かぶが、それで何かが好転するとは思えず、整然とした理屈を前にただ虚しく舌が空回る。

 

「いや、あの…だから…」

 

『いつでも活躍を示せるタイミングはあったよね。

どうすれば役に立てるか自分の頭で考えて、実行する能力。

それが幹部に求められる資質って奴だ…最初に言った通りにね』

 

「…使える道具は大切にする、でしたっけね」

 

ネネルにとって、血の繋がった息子であろうと、使えるか使えないかが判断基準だ。

 

『キミは使える道具?それともただのガラクタ?』

 

「そ、それで言うなら…メルディゲさんは!?

あの人は何の役に立ってるんです!?」

 

『いやいや、アレで結構使える男だよ、彼は。

キミは知らないかもしれないけど』

 

「それは…っ」

 

ネネルにとっては、メルディゲはキルエの監視役でもある。

メルディゲと頻繁に会っても不自然じゃなくなるように、キルエがそう仕向けたのだ。

 

(クソぉ…自分で自分の首を絞めたか…!)

 

『ま、彼も後で始末するよ。もう用済みだし…底も見えたから』

 

「…ッ!」

 

キルエは言葉を失った。

 

『で?やるよね?』

 

「…………」

 

もし普段のキルエであれば、この時点で目的を諦めて逃げ出していただろう。

実際、今の時点でもその判断はよぎった。

 

(逃げれば…すぐに捕捉されて追手を向けられる。

だが今の混乱なら、なんとか逃げ切れるかもしれない。

勇者との戦いが始まれば、俺を追う余裕も無くなるだろうし…)

 

しかし、最終的には選ばなかった。

 

(諦めずに済ませる方法は、ある。

あるからこそ、諦めるという選択肢が選べない…!)

 

ある目的だけはどうしても果たしたかった。

例えそのために、死ぬ事になろうとも。

 

「父上。…後悔なさらぬよう」

 

『ん?』

 

「何度も言うように、俺はあなたに害意は無い。

もしこの手で勇者どもを殺したのなら…俺に直接会っていただく。

会って、封印を解いた姿を見せていただきます」

 

『……ふうん、なんで?

そんな事言われたら、余計に怪しく感じちゃうなぁ』

 

「息子である俺を放置し、刺客まで送り込み、挙句の果てに疑う!

これでも結構傷ついているんですよ、俺は。

父上は親として、子供の傷ついた心を癒す義務があるんです」

 

『本気とも思えないけど…ま、いいよ。

敵対の意志が無いっていくら口で言っても、僕には信じられない。

だけどもし、キミの手でグレンくんたちを殺せたら…うん。信用するよ。

え?ていうか本当にやる気なの?』

 

「アンタが命令したんでしょうが!?」

 

『だって、言う事聞くふりして逃げ出すだろうと思ってたからさ。

そしたら残る兵力を全部キミに差し向けるつもりだったけどね』

 

「へ、へぇ~。そんな余裕あるんですかね!」

 

『無くてもやるんだよ。

どうせ逃げたとこで、この城から地上に降りるにはエントランスにある転送陣を使うしかないんだし、そこで待ち伏せつつ城内を虱潰しに探す。

最悪の場合、この城を自壊させちゃえばいいし』

 

「…な、なんでそうまでして俺を警戒するんです!?」

 

『あのアルキュオードを殺したという事実だけでも、充分に警戒して然るべきだろ。

…勇者を相手しながらキミの相手をするのは面倒が過ぎる。

だからどちらかだけでも、なるべく早く殺しておきたいんだ』

 

「上等ですよ…つまり勇者が居なくなれば、俺を信じてくれるんでしょう?」

 

『そうさ…勇者と戦うという怖さを、キミはよく知ってる。

僕のためにそこまで出来る人間なら、殺すより味方にした方が得だろ?』

 

「だったら…よく見ておきなさい。今まで俺を監視してきたように。

俺が奴らを殺すその様をね」

 

『今度は逆に、僕が聞こう。

どうしてそこまでしてくれるのかな?』

 

「正直に言いましょう。俺は別に、貴方への忠誠心などない。

貴方の役に立ちたい訳でもなければ、服従するつもりもない。

ただ、目的のためには貴方と信頼関係を築く必要がある…それだけです」

 

『そうかい。これ以上なく…信用に足る言葉だ。

じゃあ行ってらっしゃい』

 

念話が切れる。

 

「…はぁあああ~…マジか……」

 

ネネルは部屋の隅に置かれた姿見に目をやる。

 

「…”最悪の場合”が訪れたからには仕方ない。

いっぺん死んでみる、か」

 

 

 

 

 

 

「いや~、俺らツイてるな!

ほら、結局なんとかなっただろうが!」

 

「そうだね…全く予想してなかった展開だったけど」

 

「これまでダンマリだったネネルが仕掛けてきたって事は、そろそろゴールが近いんじゃないのかな」

 

グレンは頷いた。

 

「そうだな…どうだ、近いのか?ナンム」

 

『うん。そろそろ…見覚えのある部屋が出てくる頃だよ』

 

「そりゃいい。って事はあの部屋か…!」

 

ナンムが紋章から飛び出して、大扉を指差す。

 

『あそこね』

 

「ああ…やっぱそうか」

 

扉を押し開けると、そこは薄暗い貯水槽だった。

真ん中には馬車同士がすれ違えそうなほどの広い橋が通り、向こう側には重厚な扉がある。

その先に玉座の間がある事を、グレンたちは知っていた。

 

「あの扉、前来た時にバラバラにしてやったけど…綺麗んなってるな」

 

『壊れた部分もほっときゃ直るみたいね、この城』

 

「住むには便利そうだな。

どうだ、ネネルを殺したらここに住むのは。元々お前の城だろ」

 

『殺した後…そうね…』

 

ナンムは遠い目になった。

 

「おい。ネネルが死ぬ時は自分も死ぬ時…なんて考えてねぇだろうな。

俺はお前を生かす。そう決めたんだ」

 

『…あ、当たり前じゃない!そうよ、死なないわ…』

 

「父上を倒す?」

 

「「「!!」」」

 

天井から、マントを身に纏った小柄な人物が音も無く着地した。

 

「…貴方たちが扉の先に行けるとでも?」

 

目深に被ったフードの奥に、グレンたちの見覚えのある顔が見えた。

褐色の肌。灰色の長髪。鋭い目つきに赤い瞳、そして包帯で覆われた片目。

 

「残念でしたねぇ…貴方たちはここでお終いですよ。

……全員俺に殺されるんですから」

 

真魔皇ネネルの息子、キルエが勇者たちの前に立ち塞がった。

 

〈つづく〉

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