勇者グレンと仲間たちは幾多の苦難を乗り越えて、ついに再び玉座の間の前室へと辿り着いた。
そこに立ちはだかるのは、真魔皇ネネルの息子にして、かつて戦場を共にした少年キルエだった。
「最後は…お前か。やっぱり」
「ええ。なるべくなら面倒は避けたかったんですが、こうなってはやむを得ません」
『僕も見てるよ~!頑張ってね~!』
その声を聞いた瞬間、グレンの眉間に憤怒の線が刻まれる。
「ガキ戦わせて、自分は高みの見物か?つくづく情けねぇ奴だな」
『そうね~』
ネネルは心底どうでもよさそうに返した。
「…なぁ、マジでいいのか?
お前とヤツが利用し合う関係なら別にいい。両方倒すだけだ。
だけどどう見ても、今のお前は利用されてるだけだぞ!
…お前本当は、父親に褒められたいとか思ってんじゃねぇだろうな」
「褒められたい?…まぁ確かに、俺はそういうタイプの人間ですが。
今はそういう気分じゃありませんね」
「バカ野郎…お前、ただ使われて捨てられて終わりだぞ。
そうなる前にこっち来い。オヤジが怖けりゃ守ってやる!
その扉、前みてぇにぶった切って、ネネルを倒しに行ってやる!」
『あ~、それ無理。
この部屋は特別な仕掛けになってて、強力に封鎖できるのね。
今は誰も出られないようにしてあるの』
「…ハッタリだ!だったら前来た時もそうなってたはずだろ」
『前?ああ…あの時の城主は【宣命王】キングウだった。
ちょうどその部屋で、キミたちを迎え撃とうとしていただろ?』
「…そんな事まで知ってるのか」
『まぁね♪』
キングウは魔皇の息子であり、母を守るために数千年暗躍し続けてきた。
その過程で、この城を作ったのだ。
『でさ、城主がその部屋の中に居る状態だと、完全封鎖できないんだ。
ほら、何かの事故で閉鎖したまんま出られなくなったらマズいでしょ?
玉座の間からじゃないと操作できない仕組みになってんのさ』
「嘘言うなよ…だったらあの時、キングウは玉座の間に引き籠る事だってできたはずだ!」
『それをしなかった理由…キミたちが連れてる妖精さんなら知ってるんじゃない?』
「え…この人、どうしてナンムちゃんの事を…!?」
『ついさっきキミたちを捕捉した時、ついでに探知できたんだ。
まさか魔皇の魂だけがまだ生き延びていたなんてね。
…ほら、キングウの目的を教えてやんなよ!キミの息子でしょ?』
妖精もどきの亡霊は、唇を噛み締めて沈痛な面持ちを俯かせる。
『あの子は…私を守ろうとしたのね。
どうしても私の肉体が眠ってる玉座の間にグレンたちを近づけさせたくなくて。
どうしても自分の手で敵を確実に始末したくて、この部屋まで来たのよ…!』
『ん?ゴメン、姿は薄っすら見えるけど声はさっぱりでさ。
魔皇は何て言ってたか教えてくれる?グレンくん』
「……教えねぇよ。テメェには」
『ありゃ、それは残念』
怒りと共に、魔剣が燃える。
「キルエ、今すぐそこどけ。すぐネネルを殺してやるよ」
「話聞いてました?出られないんだってば。
…まぁでもどうせ勇者様だから、奇跡を起こしちゃうかもね」
「どけ、っつってんだよ」
「どかねぇよ。用事が済むまではな。
…それまでしばしのお付き合いを!」
フッと、グレンは息を吐いた。
「お前、前の方が賢かったぞ。言ってたよな?
自分より俺たちの方が強いってな」
「ええ、それはまぁ…実際そうなんですよね。
前は上手く不意をついて制圧できましたが、あんなラッキーパンチは今の実力差じゃとてもとても…」
「それが分かってて邪魔するってのは、アレか。
…死にてぇのか」
「しかしまぁ、ご覧あれ」
左目を覆う眼帯を外す。
その魔眼が放つ光は、いつもの青白いものではなく、常に色彩を変える不思議な輝きだった。
『それは…魔眼だね』
「ええ。見えますか、この輝きが」
『うん。よおく見えるよ。ずっと見てる。
だから早く殺しちゃってよ…殺せるならさ』
「見てなかった、は通用しませんからね」
魔眼が、内包していた凄絶な魔力を解放する。
ただそれだけの事で、周囲の空気が動くほどの魔力を。
『おお…こりゃ凄い…!』
「ッ…!」
魔眼の対処法は、それぞれの性質によって大きく異なる。
安易に目を閉じて防ごうとすれば、あっさり死ぬ事もある。
「そちらも、見逃さないでくださいね。
……死にたくなければ」
「黙ってろよ…負けた後で恥ずかしくなるだけだぜ…!」
一瞬も見逃さないため、グレンたちは一切の予断を捨て集中する。
目を合わせるのも合わせないのも危険なので、魔眼には直接焦点を合わせずその周辺を見る…それが魔眼への基本的な対応だった。
『ふぅん…?』
グレンたちだけではない、警戒深いネネルもそのようにして見守っていた。
ただ1つ、彼らに誤算があったとすれば…キルエがこれから発動するのは、魔眼そのものの効果ではない、という事だ。
「…魔瞳法、【
「テメェ…ッ」
ギィン、という音がした。
『え?』
ネネルは思わず、心から困惑の声を上げた。
勇者一行が突然虚ろな顔つきになり、キルエの接近にも反応すらせず立ち尽くしている光景を見たからだ。
「ほら!ようく見ててね、父上!」
ナイフで、グレンの喉を切り裂く。
『あら…っ!?』
「ほら、ほら!見えてますか!?」
続けてラスタ、フェリスの喉を掻き切る…その様子を、ネネルはその目に確かに刻んだ。
『これ、は…!?』
「お望み通り殺しましたよ。おや、信じられない?
ではもっと確実な死をお目に掛けましょう!」
倒れ伏した3人の懐に、直方体の爆弾を入れた。
キルエは大きく飛び退き、マントで己を庇う。
「…見ろ!!父上!!」
ネネルは見た。
爆炎と共に、少年少女の身体の部品が吹き飛んで宙を舞う光景。
四肢、臓腑、そして首が血を振りまきながら飛ぶ姿。
それらが濛々たる煙に呑まれていく一部始終。
『……』
そして最後に大きな水音と水柱が立つのを、無言で見つめる。
「……見ました?見たよな?」
『う、うん…』
「俺は!アンタのために勇者どもを殺したぞ!!
会いに来いよ!!約束だったよな!!」
『ちょ、ちょっと待って!』
「この期に及んでまだ言い訳すんのか!!
いいから黙って面見せろ!!」
『いや、だってほら、さすがにあんなあっさり死ぬとは…。
だって勇者だよ?言ってみりゃ主人公じゃん!』
「……この世界では、今も多くの物語が繰り広げられています。
しかしその全てが、正義の勝利で終わる訳ではない。
俺や貴方がのうのうと生きているのが、なによりの証拠でしょう」
『今のが…魔眼を使った呪術ってやつかな?』
「目の前に居る全ての人間の精神を停止させる。
そういう術です…もちろん、大量の魔力と引き換えですが…ぐッ」
キルエは左目を押さえ、流れ出る赤い涙を拭った。
眼球は過熱によって、蒸気さえ漂わせていた。
「…この通り、反動も重い。
アルキュオードさんのように、太刀打ちできない敵を殺すための一手です」
『そうか、これがキミの奥の手だったのか』
「出来る限りの説明はしました。
これでもまだ信用できないようなら、貴方にもう用は無い。
利用価値もないただの無能という事ですから」
『…いや、もちろん信用するよ。
いずれはどちらかが裏切るとしても、しばらくは良い関係が築けそうだ。
キミには利用する価値がある。今ようやくそれが確認できたからね』
キルエの背後、完全に封鎖された大扉が開く。
「…やっとかよ」
その先には、かつて魔皇ティアマトが眠り、今は真魔皇ネネルが鎮座する玉座の間が広がっていた。
「ようこそ、我が息子」
「感動の再会。随分と手間を掛けさせられたものです…」
キルエが一歩足を踏み入れる。
「そこで止まって」
「……まだ、何か?」
「いやいや…せっかく来てもらったんだから、今度がこちらから行こうと思ってね」
玉座に座る巨体が、己に巻き付く包帯を引きちぎる。
「ふ~う…やっと封印が解ける…!
あ~もう肩こっちゃったよ~」
青黒い鱗と硬い表皮に覆われ、2本の大角を頭に頂く魔人。
真魔皇と化したネネルが、ついにその姿をキルエの前に現した。
ズシン、ズシンと確かな足取りで歩み寄る。
「それが封印ですか」
「歩くのもままならないんだから、ホント困るよ。
それもこれもキミのせいだからね?」
「いや、そりゃそっちが勝手にやったんでしょ!?」
「ハハハ、だけどようやく再び会えた」
「こっちの台詞です…」
(やっと解きやがった…この目で確かめたぞ)
当然、キルエには狙いがあった。
そのために勇者たちを殺してまでも達成したい狙いが。
(…ま、ホントに殺した訳じゃないけど)
魔瞳法を使ったあの時。
「…魔瞳法、【
「っ!!」
いきなりキルエはグレンの懐に飛び込む。
当然、魔剣でナイフを受け止められる。
この距離であれば、即火だるまにされてもおかしくはない。
キルエにとって、これは決死の賭けである。
「テメェ…ッ」
正気か、と言おうとしたグレンに、小声でキルエが囁く。
「全員静かに。ネネルに聞かれる」
「…ッ!!?」
3人は目を見開く。キルエには見えていないが、ナンムも驚いている。
「ここに爆弾を置く。爆発したら全員水中に隠れて」
「待て、お前…」
「これから一言も喋るなよ。何が起きても絶対に」
キルエの顔は、有無を言わさぬ凄まじい圧力を発していた。
「いいか。爆発が起きたら水中ですよ」
3人が頷き、端の両端にそれぞれ走っていく。
「ほら!ようく見ててね、父上!」
聞えよがしの大声で、ネネルにアピールする。
「ほら、ほら!見えてますか!?」
そう叫びながらも、キルエは棒立ちのままだ。
それを見ているグレンたちは、唖然とするほかない。
(…見えてねぇのか?キルエが何をしてるのか)
「殺しましたよ。おや、信じられない?
ではもっと確実な死をお目に掛けましょう!」
キルエはその場に爆弾を置いて大きく飛び退き、マントで己を庇う。
「…見ろ!!父上!!」
言葉と同時に爆発が起きた。3人は水中に飛び込む。
「……見ました?見たよな?」
『う、うん…』
その時ネネルの目には、キルエがグレンたちを爆殺する様子が映っていた。
キルエの見せた幻が。
(上手くいった…!やっぱり
魔瞳法は生と死、夢と現を操るとは言うが、この【
神との関わりが深かったジェト族だからこそ、神を騙すという発想が生まれ、作られたのがこの術だが…神の力を借りずに神を欺くが故、その発動条件は至難。
キルエを基準にすれば、最低でも1年以上の魔力チャージを必要とする。
発動時、魔眼を激しく発光させ、その光を見た者は幻術に囚われるのだ。
(俺が【
光を見た者を幻術に掛けるという事は当然、監視しているネネルにも掛けられるという事だ。
(秘伝書には、この術を防ぐ方法は『光を見ない』以外に無いと書かれてた。
だったら、呪いを防御してるネネルにも効く可能性はある)
ネネルは自己封印によって外部からの干渉を防いではいるものの、視覚まで封じている訳ではない。
視覚を起点とする幻術ならば通じるのでは…そんなキルエの予測は当たっていた。
(ただし、この術で騙せるのは視覚だけ。
音はそのまま聞こえちまう…これをごまかすのが一番苦労した。
グレンたちが一言でも喋ったら、見ている光景との食い違いにネネルは必ず気付く)
ネネルは城内全ての監視と盗聴が出来るが、小声まで拾えるほどではない。
五感に直接接続している分、音量調整を間違えると失聴する恐れがあるからだ。
(しっかし、幻術ってめっちゃ使うのムズいじゃん…すげぇなカーミラ)
左目では幻を、右目では現実を見ながら、脳内で上手く調整した映像をネネルに見せなければならない。
どうあがいても15秒程度がキルエの限界だった。
「…くッ」
ネネルと会話を交わしながら、左目の出血を抑える。
(大丈夫だ…魔力はあと1.5年分残っている。
身体の負担を無視すれば、まだ呪術は使える!)
最初から行き当たりばったりのキルエだが、ここからは更にアドリブだった。
(もう封印が解かれたんだよな?さすがに大丈夫だよな?)
キルエは疑心暗鬼になりながら、必死に頭を回す。
(よ、よし…まずは勇者ご一行とコイツを戦わせ、その隙に目的を果たすか。
いや…いっそこのまま…!)
「そうだ、キルエくんさぁ」
「は、はい?何ですか」
「もう要らないや」
ネネルの爪が、ヒュッと伸びる。
「…ッ!?」
キルエは飛び退きながらとっさに喉を守った。
「な、何のつもりぐげっ……?」
喉を防御したハズの指が、ボタボタと地面に落ちる。
(マジか)
喉に赤い横線が1本入ったかと思うと、そこから大量の血が溢れ出た。
「ごぼッ…ごぼぐげごげッ」
呼吸ができず、キルエの両手が宙を掻く。
本能的に理解する。これから訪れる確実な死を。
(納得いかねぇ…なんだよそれ。
俺は全力でアイツを騙したんだぞ…!)
理不尽への怒りと口惜しさが、血と共に溢れる。
「なん、で…!」
「見えてるからさ」
ネネルの額が裂け、第三の目が出現した。
「残念だったね。幻術は僕には効かない」
「んだよ、そりゃ…」
それがキルエの、最期の言葉になった。
〈つづく〉