異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

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第83話 神を生み出す神

キルエは、全力をもってネネルを欺いた。

魔眼を媒介とした渾身の幻術によって、ネネルの目をくらませた。

そのはずだった。

 

「なん…で…」

 

だが今や喉を切り裂かれ、地に倒れ伏していた。

 

「いや~キミの幻術…なかなか精密でリアルだったよ。褒めてあげる。

でもね。僕の部下はあのガスマくんだよ?

幻術についてはちょっと詳しいんだ」

 

倒れて痙攣するキルエを見下ろすのは、ネネルの額に開かれた第三の目。

真っ黒な眼球全体に青い紋様が広がった、異形の目である。

 

「これはね、最上級の魔眼の1つで【簒奪の魔眼】というんだ。

随分前から埋め込んでおいたものだよ」

 

「……」

 

「今回使ったのは”相手の視界を覗く”能力。

幻術使いってさ…片方の目で幻を、片方の目で現実を見るでしょ?

だからキルエくんの視界を覗けば正しい光景が見えるんだ。

つまり、最初からキミの裏切りは見えてたんだよ」

 

動かなくなった我が子を見つめるネネルの目は、あまりに無感動なものだった。

 

「いや~、どうしてもこの手で殺さないと安心できなくてさ。

だけど封印されたまんまじゃ立って歩くのもままならないし。

そういう訳で、キミを殺すのに時間が掛かってしまったよ。悪いね」

 

キルエの死体に屈み込み、指でつつく。

 

「ありゃりゃ、死んじゃったよ。

種明かしは最後まで聞くのがマナーなのに!

…ていうかさ、いいのキミたち!いつまでも水ん中隠れててさ」

 

響くのは、ネネルの声の反響ばかり。

 

「なんだよ、意外と薄情だなぁ。まぁいいさ」

 

無造作に死体をまさぐる。

 

「さて…ジェト族の秘伝書とやらを持ってくれてると手間が省けていいんだが。

いや、どうせなら死体ごと回収して…ん?」

 

死体をひっくり返すと、その腹に直方体の物体を何本か挟んでいた。

ネネルはソレがいったい何なのか知っている。

 

「おっと、爆…」

 

爆弾5つ分の爆発が、ネネルに直撃した。

血肉が飛び散り、炎と煙が激しく立ち上り、橋の一部が崩落した。

 

「…うわっぷ、ビックリしたぁ!」

 

だがネネルの装甲めいた皮膚がわずかに剥落しただけで、出血ひとつ無かった。

 

「喉を斬られてとっさにこういう嫌がらせが出来る辺り、僕似だよなぁ。

さすがは我が息子!」

 

何事もなかったようにくるりと背を向け、玉座の間に戻ろうとした瞬間。

3つの水柱が爆ぜ、飛び出した影がネネルの背中目がけて襲い掛かる。

 

「テメェエエエエッ!!」

 

人狼の爪、聖騎士の槍、勇者の魔剣が同時に突き立った。

 

「いでででッ…」

 

そのまま、玉座の間へと押し込まれる。

 

「っとと…なんだよキミら。何怒ってんの?」

 

ネネルは煩わしそうに武器を振り払い、黒いブレスを吐き掛ける。

3人は飛び退いてかわした。

 

「クソッ…」

 

扉が独りでに閉まり、ロックされる。

 

「キルエくんがせっかく命を懸けて逃がしてくれたんだからさ、隠れてればよかったのに。

もう逃げらんないよ~?」

 

「自分の子供を殺したんだぞ…お前は!!」

 

「まぁそれはそうだけど…向こうも僕を騙したし、しゃあないよコレは」

 

伸ばした爪を剣で弾く。

 

「結構ピュアなんだねグレンくん。親だからって子供を無条件に愛する訳じゃないんだよ?」

 

グレンたちもそんな事は重々承知していた。

しかし彼らのすぐ隣には、己の罪に苦悩しながら我が子を愛し続ける母親(ナンム)の姿があった。

だからこそ許してはおけなかった。

 

「お前は、もう黙って死んでろ!!」

 

凄まじい劫火が、魔皇の力を得た肉体をも焼く。

 

「うぉおおおっ…!?」

 

逃れようとしたネネルは、背後から人狼の鋭い爪に貫かれる。

 

「このままジッとしててくれますか」

 

「ちょ、ちょっと、何だよキミら…最初から張り切りすぎじゃないの…ッ」

 

「お前のような外道を殺す事に、躊躇も遠慮もないよ。

術種(コード)454:拘禁】…力を封じる手枷!」

 

光の輪がネネルの両手を拘束し、抵抗を阻む。

 

「ぐッ…離しな、よ…!」

 

「ハラワタから焼け死ね!!【灼刑(しゃっけい)】!!」

 

腹部に突き刺された剣から、凄まじい熱が流れ込む。

 

「く、ぅうううう…ッ!!」

 

「死ねぇえええええッ!!死ね!!死ねぇ!!」

 

ネネルの吐き出す黒煙が、笑い声に変わる。

 

「く、は、は。ハハハハハ!

ダメだよ勇者ともあろう者が、そういう言葉を使ったら」

 

「ッ…このクズ野郎が…!!」

 

「だからダメだってば」

 

全身から黒い触手が生じて、3人を弾き飛ばす。

ネネルはあれだけの熱に晒されていながら、火傷の跡もない。

 

「なんで効かねぇ…!」

 

「知りたい?ねぇ知りたい?

じゃあ今から説明するから、ちゃんと聞いてよ?

…僕の部下に、ロンミンってのが居てね。彼は天性の炎使いで、周りの炎を吸い取る事さえ出来た。

その体質を一部再現してみただけ。どうかな?」

 

「そうかよ…だったら、吸い切れなくなるまで焼き尽くしてやるよ」

 

魔剣を握るグレンの指は、黒ずみかかっていた。

 

「手、出して。治します」

 

杖で指をなぞると、たちまち火傷が癒える。

 

「いくらでも無茶していいよ、治すからね」

 

「フェリス。悪ぃ。…なぁ、ラスタ」

 

「分かってる、動きは僕が止めよう」

 

「ちょ、ちょいちょいちょ~い!待とうよ!」

 

怪物じみた異形の男がおどけて振る舞う様は、滑稽を通り越してグロテスクですらあった。

 

「切り替え早すぎない!?

せっかくラスボスとの最終決戦なんだからさ~!

あるでしょ、『魔皇め、追い詰めたぞ!』とか『なぜこんな事をするんだ!』とか!」

 

「お前は魔皇じゃないだろ。横から王冠かっさらった惨めな泥棒だ」

 

「でも魔皇ってかっこいいじゃん!真魔皇って呼んでよ!」

 

「クソ以下の駄弁を垂れ流したきゃ、好きにやってろ」

 

「分かった分かった…そうするよ!でもちゃんと聞いてよ?」

 

密林の大蛇のように黒く太い触手を、常人には視認できない速度で振るいながらジリジリと3人を追いやる。

 

「くッ…!」

 

「じゃ、話しま~す。

今こそ語ろう、この真魔皇ネネルの目的を!!」

 

ネネルはわざとらしく口調を変えて、高らかに言う。

 

「そもそもこの城に目を付けたのはほんの4年前!

偶然にも魔皇城について生涯を懸けて調べているドルゲ一族と出会った事だ!

その男は、一族最後の血筋の者だった!彼は私に語ってくれた…魔皇城が何のために作られたのか!」

 

グレンたちは意にも介さず、触手を斬り払って懐に入ろうとする。

 

「そう、この城は本来【楔】なのだ!

ティアマトの領域をこの世界に繋ぎ止めておくためのな!

…元来、神は己の周囲に生きやすい環境を形成する性質を持つ。これを【生存神殿】などとも言い…」

 

グレンが触手の防御圏を抜け、間合いに入る。

 

「うおっ、だから炎は効かないんだって!」

 

魔剣を払いのけて蹴り飛ばそうとするのを、グレンは軽く躱してさらに近づく。

 

「えっと、どこまで言ったっけ?あ、そうだ神殿ね。

それで、この城を作ったキングウは、母ティアマトの肉体を保護するためにその生存神殿を維持する必よ…」

 

ネネルの反応速度を超える剣技が、その脇腹を捉えた。

 

「痛ッ…!!ちょ、聞いてってば!」

 

「…【灼刑】!!」

 

再び、強烈な炎が流れ込む。

 

「バカの一つ覚えじゃないんだからさぁ…!

人の話遮ってまでしたかったのがコレ?ふざけてない?」

 

「……神界魔法…【女神の憤怒】ッ!!」

 

「え」

 

右手の刻印から、最後の光が消失する。

それと同時に炎へ神聖な輝きが付与され、ネネルの身体に流れ込んでいく。

 

「ッがぁああああああっ!!」

 

「…やっと、お喋りを止める気になったか?

炎を吸収するってんなら好きにしろ、今のテメェにとっちゃ猛毒の…女神の力ごとな」

 

「やめろぉおおおおおッ!!」

 

触手と両腕で引き抜こうとするが、人狼の爪と聖騎士の槍がそれを許さない。

 

「うっとうしい…ッ!!

ぐはッ、がぁあ、あああああッ!!」

 

全身の魔力を女神の炎に乗せ、一滴も残らぬほどに流し込む。

全ての怒り、全ての無念を力に変える。

 

「やっと、こっちを見たな…そうやって自分の事しか考えていないから、足元の小石に蹴つまづく。

今までの身勝手のツケを払え」

 

「グ、グ…グ…グレンンンン~ッ!!」

 

黒く尖った指先を苦痛に震わせながら、グレンの襟を掴む。

 

「グレンッ!!……いいねそのセリフ!」

 

「…あ?」

 

襟を引き込み、地面に押し付ける。

 

「がッ!?」

 

「グレンくん!」「グレン!」

 

「『ツケを払え』…いいねぇ、それだよ勇者のセリフは…!」

 

剥き出しで炭化した己の内臓を押さえながら、目を輝かす。

 

「効いてねぇ…のか…ッ」

 

「効いてるに決まってるじゃん…!もう死にかけよ!

…でもね、直接攻撃なら1発までは耐えられる!そうなるように自分を改造したからね!」

 

炭化した内臓がたちまち色を取り戻し、肋骨に守られ、皮膚に覆われていく。

驚異的な再生能力。

 

「ふー…僕の部下っつーか仲間にね、アルキュオードってのがいたの。

キミたちがこの城から逃げる時に、散々追い詰められたあの大男。覚えてる?」

 

「テメェの…息子に殺された…マヌケだろ?」

 

「ああ、キルエくんが殺したって聞いた時には腰を抜かしたよ!

ただまぁ、幸いデータは取れてるからね。

彼の不死身の肉体を疑似的に再現してある…もちろん劣化版だけどね。

一度だけはギリギリ女神の魔法に耐えられるようにしたのさ」

 

「その手を離せ!」

 

槍の鋭い連撃が、ネネルを退かせた。

 

「うわっぷ…危ない危ない。

あ、それでさぁ、僕が炎を吸収できる体質だって説明してあげたら、絶対炎に女神の力を付与するだろうなと思ってたの。

女神の力をどう使ってくるかがこの戦いの鍵だからね。分かりやすい物理攻撃に使ってくれた方が、こっちも対処が楽じゃん?」

 

グレンを庇う2人の攻撃をかわして、なおも長広舌を振るう。

 

「それに、女神でさえティアマトを滅ぼしきれなかったんだよ?

女神の力を使い切った今、どうやって僕を殺すの?」

 

「ぐだぐだうるせぇな…!」

 

「いや純粋に興味あってさ!どういう勝算があってそういう事を言えるのかな。

あ~でも、勝算なきゃ戦わないのは勇者っぽくないか」

 

「何を…1人で、納得してやがる…!!」

 

身体全体を振るようにして、無理やり斬りかかる。

だがそんな攻撃は当たるはずもない。

 

「あ!それとそれと!当然僕も使えるからね。神界魔法」

 

「な…!」

 

「僕の調べによると、神界魔法ってのはどうやら神の権能を借りた…あらゆる神秘を上回る力だ。

なんつーか、魔法って呼び方も正確じゃないんだろうな。

ともかく、実践してみた方が分かりやすいかな」

 

大きく音を立て、両手を合わせる。

 

「神界魔法…【女神の似姿】」

 

ネネルの全身を黒い風が覆い、渦巻く。

そして次の瞬間それがほどけると、そこに立っていたのは女だった。

 

「あぁ…!?」

 

「どうかな。かわいいでしょ?」

 

捻じれた双角や体表の黒い鱗はそのまま、美しい裸体の女へと姿を変えている。

 

「ねぇ、何か…ナンムちゃんに似てない…?」

 

『元々は私の力なんだから、ある意味当然といえば当然だけど…。

今あの姿になった意図が分からない…!』

 

「テメェ、何のつもりだ…!」

 

女は肩をすくめた。

 

「いや…言ったじゃん。説明のためだよ説明の!

どうせもうキミたち勝てないし、僕のごっこ遊びに付き合ってくんない?」

 

「舐めた事抜かしてんじゃねぇぞクズが…!

この程度で…勝ち誇ってんじゃねぇよ…!」

 

「でもさぁ、キミらもう女神の力使い切っちゃったんでしょ?

この城は瘴気が濃いから再チャージは出来ないし?

ていうか、そうさせるつもりで策を張ったし」

 

「女神の力が無かろうが…倒せねぇって訳じゃねえだろ」

 

「「でもさ」」

 

ネネルの声が二重になる。

低い声と高い声、男と女に。

 

「……?」

 

「「僕はいくらでも力を使えるんだ。僕自身が神を取り込んでいるからね」」

 

女の身体を脱ぎ捨てるようにして背中から男のネネルが現れる。

2つの身体は完全に分かれ、雌雄2人のネネルとなった。

 

「「この通り。分身も出来る」」

 

「なんだ…そりゃあ…ッ!なんでもアリかよ!」

 

「「2人でないと出来ない事があってね。

生命の水さえあればもっと楽だったんだけど…全部聖女様って奴に吸い寄せられちゃったし」」

 

女が男の首を後ろから掻き抱き、男が女の顔を支える。

 

「アイツ、何するつもりだ…!?」

 

『男と女…陽と陰。2つが揃うという事は…』

 

ナンムには、心当たりがあった。

 

「「神界魔法。【神々の創造】!!」」

 

2人の口から飛び出した黒い呪詛が、文字の鎖となって絡み合い、弾けた。

 

「っ…!?」

 

「な、何…?何が起きたの…?」

 

「何も異変はない、ようだが…」

 

「コレはキミたちには関係ないよ」

「ただキミたちを殺した後、ちょっと外の人たちが邪魔になるなと思ってね」

「「もう部下も要らないし、皆まとめて死んでもらおうかな!」」

 

 

 

 

 

 

「全く…私にこんな手間を掛けさせてくれるとは…不心得者め」

 

西の聖女が忌々しげに毒づきながら、ゆっくりと着地する。

その周囲を大波のような黒い粘液が取り巻いて襲い掛かった。

 

「暇なら【勇者】とやらの顔を覗いて行きたかったのに。

…”我が前に天命を示したまえ”」

 

聖女が両手を広げると、前方の空中に5枚のカードが出現した。

1枚めくり、見せつけるように示した。

 

「…【終末の神判】。

いきなりこのカードが出るなんて、よほどの罰当たりみたいね」

 

カードが光って消える。

次の瞬間、光の雨が一帯に降り注いだ。

熱帯雨林のスコールめいて激しく打ち付けるソレは、粘液を瞬く間に焼き尽くしていく。

 

城を飲み込むほどだった【生命の水】は、この時既に総体の8割を失っていた。

聖なる光に焼かれるたび、粘液は苦しそうに捩れる。

 

「せいぜい悶え苦しみなさい。お前に殺された人々の無念も、それで少しは晴れるでしょう。

全く、人間が神の力を扱ってもろくな事にならないと、いつになったら学ぶのか……」

 

嘆く言葉が途切れる。

 

「え?…え!?」

 

城の四方の地面が、山のように隆起し始める。

遠雷のような地鳴りがあちこちに響き渡っていく。

 

「……うっそぉ」

 

それは山ではなく、起き上がる無数の巨人たちの背中だった。

巨人たちは無造作に城を破壊し、連合軍かネネル側かに関わらず人々を踏み潰す。

真魔皇の力によって生み出された意志なき巨神の行軍は、遠からぬ内に城もろとも崩壊させると確信させた。

 

「アレも…私が片付けないといけないんでしょうね。

はぁ~~~~~…ッ」

 

この地には野生の巨人がいくらか居るが、この巨人はそれらとは桁違いの力を秘めているのが分かった。

 

(確か、巨人は堕ちた神の成れ果てとは聞くけど。

コイツらの放つ威光ときたら、まるで今も天上におわす神々のよう…!

許しがたい不敬だわ…!!)

 

彼女自身が信仰する神々にも似た強烈な存在感に、聖女としてのプライドが掻き立てられた。

 

「とにかく…私がなんとかしてみるか!」

 

〈つづく〉

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