異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

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第85話 黄泉返り

魔皇城最深部、無人となった貯水槽。

そこはかつて玉座の間でティアマトの肉体を保存するために、ティアマトの源となる海水を溜め込んでおくためのものだった。

 

封印術によって保存できるようになってからは、一切使われる事も無かったが…数分前。

この貯水槽の大橋で戦闘があった。

死者は1名。父親に喉を裂かれて絶命し、死体は爆弾によって木っ端微塵に砕かれた。

その名残は、橋に刻まれた傷跡のみ。

 

…………ちゃぽん。

 

小さな水音が無情な静寂を乱す。

それは、水中から小さな球体が飛び出す音だった。

球体…青白く輝く眼球は、ふよふよと飛んで橋の真ん中で止まった。

 

そして一瞬、凄まじい光芒を放つ。

ザバザバザバッ…水に沈んだ肉片や布切れが、眼球に向かって集約する。

集まったソレらは、元の形を完全に再現していく。

死者…キルエの姿を。

 

「…………!」

 

完全に復元されたキルエは、ハッと我に返る。

己の手、纏った服やマントを検めていく。

 

「ああ…い、生きてる…俺生きてる!

っしゃオラァ!!成功したァ!!」

 

魔瞳法は、魔眼を媒介とした呪術の一種。

何度も言うが、充分な魔力さえあれば、夢と現、生と死の境さえ操る事が出来るのだ。

 

「いや~よかったよかった。

あの幻術といい、神の力が借りられなくても、便利な術はあるもんだなぁ」

 

その秘術の名は【世界遡航せし最後の法(ン・マカトル・マクトリ)】。ジェト族に伝わる、一度きりの死者蘇生の禁術である。

まず、対象の全身の姿を視界に収め、眼球に焼きつけておく。

そして対象が死亡した時、眼球に記録した姿を再現する事で復活する。

魔法を帯びた鏡で自分の姿を記録すれば、自分自身を蘇らせる事も可能。

ジェト族が呪術の研究に熱心だった時代に、死の代償を踏み倒すために、神を騙すべく作られた術だ。

 

「正直使いたくは無かったが、成功したんならまぁいい!

【忌み屋】っつーからには、禁忌を使いこなしてこそだしな!」

 

本来ジェト族の全員が許可を出した上で族長が実行した時のみ使用できるという縛りがあるが、今のジェト族はキルエ1人だった。

上手くやったように見えても、許されざる禁忌の代償は相応に重い。

 

「…ッ!!く、そ…!」

 

媒介とした左目が、まるでガラス細工のように砕け散る。

1年分以上の魔力を必要とし、発動に使った魔眼は二度と使えなくなるのだ。

 

「へへへ…どうせ貰い物だし、まぁいいさ」

 

そしてキルエはまだ気づいていないが、今から大きなリスクを背負った。

死をいくつも背負ったまま、それを無視して生きられるほど、人間は単純な構造をしていない。

 

「おっとと!喜んでる場合じゃねぇ、本来の目的を果たす時だ」

 

しかしキルエにとって、復活は本来の目的ではない。

真の狙いは、【呪いの除去】である。

キルエは今、神により呪いを掛けられ、神の力を借りる事が出来ない。

この呪いは、キルエが死んだとしても魂に食い込み、逃れる事も消す事も適わない。

事実、一度死んでみたキルエだが、未だに呪いは続いているようだった。

 

(だったら、他人に押し付けるしかねぇだろ)

 

ジェト族には、自分と他者を同一化する事で、自分の負った傷や呪詛を押し付ける術がある。

だがそれにはかなり厳しい条件があった。

相手と同じ家に住み、同じ物を喰い、同じ時に眠り、同じ心拍を刻む。そのような困難な条件である。

 

(だがその条件も、場合によっては簡略化できる。

例えば相手が自分の親族…同じ血が流れる者なら、同一化は容易になる。

親子なんてまさに絶好の条件だ)

 

石畳の隙間に隠した細く頑丈な糸を引っ張ると、水中から鞄が出てきた。

幻術を掛けている間に、こっそりと沈めておいたものだ。

その中から呪文を刻んだ包帯を取り出し、全身に巻く。

 

(よし。防水は効いてるな。

後は…術のための魔力をどうするかだが)

 

左目はチャージした魔力もろとも喪失。自身の魔力も底をついている。

 

(まず術を稼働させるための魔力はコイツで補う)

 

エリン・メルトから依頼の前金として受け取った例の呪物。

血の性質を持つこの石があれば、肉親への呪詛をサポートするには充分。

 

(そして起動に必要な魔力は…これを使う!)

 

それは小さな呪符だ。

読者の皆さんは、キルエが財宝集めをさせる部下たちに許可証を持たせた事を覚えているだろうか。

アレには細工がしてあって、彼らの魔力をほんの少しだけ吸い取ってこの呪符へと転送する仕組みになっているのだ。

 

(よし。魔力は充分。仕込んでおいてよかった)

 

キルエは常に行き当たりばったりだが、備えは決して怠らない。

 

(俺は運の無い男だと思っていたが…今回ばかりはツキまくってたな。

やっぱ世の中運だよ運!)

 

指の腹を噛み切って包帯に血を塗りつけると、薬草を取り出して燻す。

この煙を、ゆっくりと鼻から吸引しては口から吐く。

 

「…『我が身、汝なり。汝の身、我なり。双つの境を重ね、一つとすべし。

その者、血を分けし我が親眷なれば、呪詛もまた分かつべし』!」

 

呪物を叩き割ると、内部から凄まじい量の赤黒い魔力が噴き出る。

その見るからに悍ましいものを、キルエは躊躇なく吸い込んだ。

 

「『内に巣食いしこの無残、依り代となりて受け止めよ』!ドゥロワ・ネネル!!」

 

高揚した精神がトランス状態へと至り、()()()

 

「来た…っ!」

 

秘伝書によると、この術が成功した場合、呪詛を転送している間、精神が相手と接続されるという。

 

「どうかな、これ俺の声も聞こえてんのかな」

 

『ッ!!?』

 

念話で驚きの声が返ってくるのが、キルエにとっては心地いい。

 

「この声が聞こえるって事は…俺とあなたは術で繋がったようですね」

 

『キルエ…くん…!!?』

 

「はぁ~い!貴方の息子ですよ、ち・ち・う・え❤

あのね、事後報告で大変申し訳ないんですけども、俺の身体に掛かってた呪い、父上に移しちゃった」

 

『ちゃったって…』

 

「今そっちはどんな感じすか?佳境に入ってたりして?

いや~それだったら申し訳ないんですけど」

 

『呪い…キミの呪いって何なんだ?』

 

「ああ、”神の力が使えなくなる”っていうタチの悪い呪いでねぇ。

差し上げますので、よかったらどうぞ」

 

『よ、よくないよ!』

 

「でももうやっちゃったし。ねぇ?」

 

精神が接続した今、キルエの脳にはネネルの焦りが伝ってくる。

ネネルの方も、キルエの愉悦を感じ取っているだろう。

 

『ていうか、どうやって!?いつ、僕に呪いを…!』

 

 

 

 

 

「ていうか、どうやって!?いつ、僕に呪いを…!」

 

突然力を失って狼狽え始めたネネルを、グレンたちは呆然と見ていた。

 

「なんだ…?何が起こってんだ…つーか、今【キルエ】って名前…」

 

ネネルはネネルで、もはや敵の方を向かずにひたすら頭のなかの声と格闘していた。

 

『いつ?いつとおっしゃいましたか父上。父さん。お父様!おとっつあん!!パァ~パ!!!

うひゃひゃひゃひゃっ!!』

 

キルエの、愉快で仕方ないような笑い声。

 

『お答えしましょう!…今この瞬間ですよ!

あの封印さえ解いてくれれば、いつでも貴方に呪いを押し付る事ができたんですよ俺は!』

 

「…キミが死後有効になる呪いを仕込んでいる事を、僕は警戒してた。

でもどう調べさせても、そんな兆候は無かった。

だから安心してキミを殺したんだけど…」

 

『ええ。実際、死んだ後に殺した相手を呪う術は使えない。

だって死後に犯人を殺したとこで、何の利益も無いと思いません?

そういう風に考えちゃう俺には、怨みの呪術への適性が無かったんです』

 

「だけど…死んだ後復活する術なら使える。だって利益があるから。

そういう事だね?」

 

『そうです、その通り!

そして、完全に警戒を解いた貴方へ呪いを押し付けるのは簡単でしたよ!』

 

息子の精神から伝わってくる邪悪な喜びを、ネネルは強く感じ取っていた。

 

『だって俺たち親子じゃないですか!血の絆は、決して絶てない!』

 

「…だからこそ警戒していたんだよ僕は!

どんな手を使ってくるか分からない、だからこの手で殺し、死ぬのを見届けた!

死者の復活なんて…」

 

『そんなのありえない、と思いましたか?

ええ、ええ!貴方の警戒心など所詮はその程度!しかし恥じる事はございません!

人は根本的に、自分に都合の良いように考えるもの!

特に貴方のような、自分の事しか考えていないようなお人は!』

 

「……く……!」

 

反論の余地も無い。

いくらありえないと喚いても、現実にキルエは蘇っているのだから。

 

『それよりその焦りよう。まだ勇者を倒していないのでは?』

 

「…ああ、そうだよ」

 

『これはとんだタイミングで話しかけてしまいました!

話しかけるのは後にすべきでしたか』

 

「…最後に一つ聞きたいんだけどさ。

いったいいつからこの計画を立てていたんだい?」

 

『当然、貴方が父だと分かった時からです。

元々、無貌兵に呪いを押し付けるつもりだったんです。ジェト族の血を含んでいるので。

とはいえ所詮はコピーですから、ジェト族扱いになるかどうかは微妙でした。

どうやら神の力で急造した劣化クローンらしいし、実行しなくて正解でしたね』

 

「あの時すでに、か…!」

 

2人の精神が繋がった今、互いの知識はある程度共有できるのだ。

 

『しかしそこに!父親(あなた)という、より濃い血を持つ生贄が現れた!

これを使わない手はない!リスクとリターンを思えば当然でしょう?

まぁ、ここまで随分手こずらされましたが…最後には息子(おれ)のために役立ってくれた。

まったく父親の鑑ですよ、貴方は!』

 

ネネルは親子の繋がりなど微塵も興味はなかったが、さすがに遺伝の妙を思わざるを得なかった。

 

「キミはつくづく、僕の息子だねぇ…」

 

投げやりな動きで、床に寝転がった。

 

「もういいや。サクッと殺っちゃってよグレンくん」

 

グレンはふと我に返る。

 

「…ずいぶんと潔いな」

 

「まぁ、うん。萎えちゃったし。

諦めた時はスパッと忘れられるのが、僕の美点さ」

 

「こんだけの人間を苦しめておいて、”諦めた”だと?」

 

グレンの声は、怒りが燻っているのが分かりやすかった。

 

「諦めない方がいい?ならそうしようか?」

 

「クズが…その程度の計画で、大勢巻き込んで苦しめたのか!?

本来ならとっくに戦争は終わって、故郷に帰れるはずの奴もいた!

お前を信じてついて行った連中もいた!

それを…”諦めた”?はぁあああああッ???」

 

「だからさぁ、何が言いたいの?励ましてくれてたりする?」

 

「だったら最初から!こんな事する必要なかっただろうが!

テメェみたいなクズは、1人勝手に首でも括って死んでりゃよかったんだ!!」

 

これだけの憎悪をぶつけられても、ネネルはどこ吹く風。

すっかり諦めて、どこか満足げな顔さえ浮かべていた。

 

「だって事実だもん。

実験したい事も大体分かったし、神の力でさんざん遊べたし!

まぁまぁ…おおむね良い人生だった!」

 

「…ッ!!」

 

3人とナンムの表情が、不快な害虫を見た時のように歪んだ。

己の興味と野望だけで多くの命を踏みにじった男には似合わぬ、それはそれは爽やかな笑顔。

 

「~~…ッ!!」

 

グレンは激情に任せて、魔剣を振り上げた。

 

「…もういい…終わりだ」

 

「うん。まだ気になってた事も多少はあるけど。

まぁ…無理そうならどうでもいいや」

 

『…それなんですが、ちょっとよろしいですか?』

 

すっかり黙っていたキルエの声。

 

「何?僕もう死ぬから、手短にね?」

 

『僕も転生者です』

 

「……うん?」

 

ネネルの思考が、聞き慣れぬ言葉で一瞬止まる。

 

『貴方、別の世界で生きてた記憶はありませんか?

前世の記憶って奴です』

 

「そ、それ…ッ!なんでキミが…!?」

 

『やっぱりそうでしたか!

ラスボスがどうとか幹部がどうとかって物言いが、な~んか引っかかってたんです。

僕も同じです。異世界から転生してきた人間ですよ。出身はジャパンね』

 

「日本人か!?ああ…間違いない!キミはそうなんだね!?

ずっと気になって調べてたんだ、この現象について!

でも何の手がかりもなくて、飽き始めてたんだよッ!」

 

『あ~、気になってたのってやっぱその話でしたか』

 

「くッ詳しく!詳しい話を聞かせてくれ!!」

 

『父上のお望みとあらば、やぶさかではありませんが…あれあれ?

でも、もう時間が無いんじゃありません?』

 

「ッ!!」

 

ネネルは初めて、本当の意味で目の前の少年たちを見た。

剣を掲げた処刑人の姿を。

 

「ま、待ってくれないか?今良いところなんだよ!!

生まれた時以来の謎が明らかになるんだ!!」

 

「この短時間でどんな心境の変化があったか知らねぇが、テメェが命乞いとはな、ネネル。

最期の最期で、良い表情になったじゃねぇか」

 

「ま、待…ッ」

 

魔剣が心臓を突き刺す。

 

「ぐげッ…!」

 

同時にフェリスが首を刎ね、転がった頭をラスタの槍が貫いた。

 

「ぐ…ぎゃ…」

 

なまじ再生能力のせいで、意識はギリギリまで続いていた。

 

『教えてあげますよ、父上。実はね…』

 

「ぁ…………」

 

ネネルの意識は、キルエの言葉を最後まで聞けなかった。

死の間際、彼の精神を支配していたのは…好奇心と、それを果たせぬ深い絶望だった。

 

「やっ…た、のか」

 

死体はもう、再生しない。

 

『消滅した…私の力が、この世から消えたのを感じる。

って事は…死んだ、んじゃないかしら…?』

 

「しかも…ナンムちゃん、生きてますよ!

死なずに済んだんです!」

 

「…ハッ。終わってみれば、全て上手く行ったじゃないか!」

 

「ああ…俺らだけで戦ってた訳じゃねえからな。

皆、負けてたまるかって踏ん張ってたんだ。

勝てるに決まってるさ」

 

「ええ!まさに皆で掴んだ勝利ですねぇ!」

 

4人目の声。しかしグレンたちはよく知っている。

開いた扉の前に、声の主が立つ。

 

「…生きてたか、この野郎!」

 

「へ?あ、ええ?なんで!?」

 

「考えるだけ無駄だよ…彼の場合」

 

「いや~、大変おめでとうございます!」

 

キルエはいつもの軽薄な笑みと乾いた拍手で、勇者たちの勝利を祝した。

 

〈つづく〉

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