異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

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第7話 夜の王者

街で繰り返される殺人事件。

『犯人は人間に化けた魔族である』という推理は、混乱を避けるため捜査部内のみに留めていた。

が、なぜか街中に出回っており、そのせいで余所者のキルエたちも疑われるはめになった。

 

この事実を知った捜査官のジェイサズは、不吉な予感に足を速めてギルドに戻る。

 

(『確かなスジ』からの情報だと…?

死体の状況を知ってるのは捜査部の人間だけだ!)

 

傭兵ギルド本部内、捜査部の扉を勢いよく開ける。

 

(誰もいない、か…)

 

今は全員出払っているらしく、静寂のみが満ちている。

 

(机を調べるなら今だな。

まさか捜査部の中に魔族が紛れ込んでいるとは…!)

 

手首に巻き付けてある針金は、こういう時に役立つ。

 

(まずは俺と一緒に動いてたケルスのやつから…)

 

「…先輩?」

 

「ッ!!」

 

入口に、金髪の軽薄そうな青年が立っていた。

 

「な、何してんすか?俺の机になんか用すか…?」

 

「…いや、なんでもねぇ。

それよりまだ残って仕事すんのか?

妹が家で待ってるんだろ」

 

ケルスはキョトンと口を開けた。

 

「妹…なんていませんけど?

……あっ、カマかけられたんすか今!?」

 

「フッ、どうやらお前は本物らしいな」

 

「なんすか、どういう事すか!?」

 

ジェイサズは後輩に、現在の状況を伝えた。

秘匿していたハズの死体の情報と犯人像が街中に伝わり、噂として広まっている事。

それは『確かなスジ』から漏れ出たらしい事。

 

「マジか…で、でも、だからって身内とは限らないっしょ!?

死体の発見者がポロっと言っちゃったのかも!あるいは埋葬衆とか!

死体の情報さえ分かってれば、あの結論に至るのは簡単ですし…」

 

「忘れたか?どの事件も発見者は傭兵だ。

死体を遠くから認識してすぐに通報した。呪われるのを警戒したんだろう。

だから言いふらすほど死体の詳しい情報なんて分からん」

 

「それが嘘だったら?そいつらが魔物かも!

それに埋葬衆の連中だってお喋りが多いし…」

 

「だが重要な情報だけは漏らさん奴らだ。

もちろんそいつらが魔物である可能性もあるにはある。

だがその前に、身内に敵がいる可能性を潰しておく。

…どうにも引っかかる事もあるしな」

 

「引っかかる事?」

 

「街中の奴らは『確かな』情報筋だと言っていた。

この『確かな』という言葉、『被害者は素手で殺されていた』より『犯人は人間に化けた魔族』という情報にかかっていたように聞こえた。

要するに、死体を見たら誰にでも分かる情報じゃなく、捜査部が『犯人は魔族の可能性あり』として捜査している事を知っているような言い方だった」

 

「言い方って…んな曖昧な根拠で!

…いつもの勘すか?」

 

「ま、ぶっちゃけそうだ。

ただ捜査部の人間が魔族に入れ替わってるとすりゃ、手段も動機も意味合いが変わってくる。

いったんこの仮定で話を進めてみるのは大いにアリだ」

 

「ばったり出くわして殺されたってだけの話ですから、そこまで気にしなくても…。

とか言っても、先輩はどうせ1人でもやるんでしょ?

勘に頼るくせに結果出しちゃうんだもん、たち悪いよなこの人は!」

 

ケルスは普段からジェイサズが暴走を起こすたびに怒られてきた。

上司も、制御できないジェイサズの窓口代わりとして扱っている節があった。

 

「まぁ、付き合っちゃう俺が悪いんすけど。

あーあ…また部長にキレ散らかされるよ…」

 

「……」

 

「あの、先輩?」

 

ジェイサズの表情は、ケルスが今まで見た事がない『茫然』の顔だった。

事件を解決しうる大きな閃きをした時すら、このような表情をした事はない。

 

「今、お前なんて…」

 

「え?部長にキレられるって…」

 

「違う、その前!」

 

「勘に頼るくせに結果出しちゃうから…って、怒ってんすか先輩!」

 

「そうじゃないだろ、もっと前!

お前、『ばったり出くわして殺されたってだけの話』って」

 

「は、はい?言いましたっけ?」

 

表情が茫然から困惑に変わっていく。

 

「犯人の動機はまだ不明なはずだろ…どうしてお前が知ってるんだ?」

 

「…は?ああ、いや……別に、ただの推測っすけど。

断定するような言い方したのは、軽率だったす。すんません」

 

「だよな…普通はそうだ。ただの推測。

…でも、違うって言ってるんだよ。そうじゃないって」

 

「だ、誰が言ってるんすか?」

 

ジェイサズは、親指を己に向けた。

 

「……いつもの勘、すか」

 

ケルスが俯いて頭を掻く。

 

「あ、いや、すまん。妙な事を言った。そんな訳ないよな…」

 

「…先輩」

 

ケルスの右手が、人間の知覚を超えた速度でジェイサズの胸に突き刺さる。

 

「がッ……」

 

「大当たりっす。俺、魔族なんすわ」

 

手を引き抜いて蹴り倒した。

ジェイサズは血を吐きながら、喉奥の言葉を絞り出す。

 

「ゴボッ…い、つから…だ…」

 

「ん?いつから……あ、いつから入れ替わったって事すか?

何言ってんすか、俺は本物だって先輩自身が確かめたじゃないすか!」

 

「な…に…」

 

「最期だから伝えておきますけど、俺アンタの事大嫌いだったんす。

俺は大学を出てもろくな仕事に就けず、こんな危険な地域まで流れついたのに。

こっちで生まれてろくに勉強もした事ないアンタが、勘だけで結果出して」

 

後輩の言葉に対して何かを答えようとしたジェイサズは…

 

「ご、う…」

 

血反吐を吐いて死んだ。

 

「前までは憧れの感情だと思ってました。

でもこの身体になってから…あ?はは、死んじゃった。

死体片すの面倒くさいなぁ」

 

ケルスは己が殺した先輩の腕を鷲掴みにし、引きちぎって齧りつく。

 

「んむ。んん…先輩は他の人と違う味がするかと思ったけど。

なぁんだ、人間はしょせん人間っすねぇ」

 

「…おい!」

 

「ん!あらら…見られちゃったか」

 

部屋の外からの声。

魔族が人間を捕食する光景を見たこの闖入者は、しかし第二の被害者とはならなかった。

彼もまた魔族であったからだ。

 

「こんな所で食うな!血が出るだろうが!」

 

「もう遅いっすよ、びちゃびちゃなんで。

つーかどうやって入ってきたんすか?」

 

「普通に忍び込んできただけだ。

貴様ら、追われる者としての自覚は無いのか」

 

男の姿は部屋に大きな影を差させている。

忍び込むのは困難に思える筋肉隆々の巨体だ。

 

「さすがですね、もうその身体を使いこなすとは」

 

()と比べれば、使える力はごく一部だがな。

影のように音も無く動く事など、夜の王者たる『吸血鬼』の能力をもってすれば容易い」

 

吸血鬼。

細分化すれば10万を超えるという魔族の血統の中でも、抜きん出て強大な種族。

 

「いや~、まさか自分があの伝説の魔族になるとは思ってもみませんでした!

おかげでつい調子に乗り過ぎてうっかり人間に正体を見られちゃったんすけど。

おかげで余計な死人を出して目立っちゃってもう…」

 

「奴の目的は、この街に猜疑の種を撒く事だ。

その点ではむしろ都合がいい。

…あの噂をばら撒いたのは貴様だろう?『人間に化けた魔族』の話だ」

 

「ええ、魅了の力で暗示をかけて噂を吹き込んでやれば、一気に広まりますし。

これで街の住人が互いに疑い合う…と思ったんですけど。

この人、マジで勘が良すぎっす」

 

ケルスはどこか嬉しそうに言って、ジェイサズの顔面を噛み千切った。

 

「まさか噂の元がこんなに早く辿られるとは。優秀な捜査官なのだな」

 

「噂の発信源として使った傭兵が、どうも魅了の掛かりが甘くて…俺の事をうっすら覚えてたみたいで。

あいつ『確かなスジからの情報』とか余計な事言うから、始末しちゃいました」

 

「ふむ。しかし捜査部の人間が犠牲になったとあっては…」

 

「俺も死んだ事にして雲隠れってのはどうです?」

 

「それしか無いか。なら腕を出せ」

 

「う…」

 

顔を顰めながら差し出されたケルスの腕を、大男が勢いよく引きちぎった。

 

「痛ッでぇえええッ!!」

 

「本来ならスパっと切ってやりたいところだが。

犯人が魔族である事を印象付けるためにも、武器は使えん」

 

「う、うう…本当なら、退魔の刻印なんて効かないのに」

 

「人間の姿の時は、日光に当たっても熱いだけだしな。

実に素晴らしい身体だ」

 

「じゃ、俺もう逃げますね~、そっちも気を付けて!」

 

「ああ。…一応、現場を派手に荒らしておくか」

 

翌日、捜査官の1人がひどく荒らされた部屋と血痕、人体の一部を発見。

魔術的捜査によって被害者はジェイサズ捜査官とケルス・ベスティ捜査官であると断定された。

 

この噂は瞬く間に街中へと広がり、『ついに捜査官まで殺されたか』と住民たちは恐怖し、一方で『犯人は誰なんだ』と身の回りの人間を疑い始めた。

 

無論、キルエの下にも噂は届いていた。

 

「ジェイサズ捜査官…って!」

 

「おや、知ってるのかい?

優秀な人でね、街のためにいっぱい働いてくれていたんだよ」

 

酒場のミアーダが、仕事場に戻るキルエを引き留めて語った。

 

(昨日傭兵どもに絡まれた時、あの変なロン毛と一緒に来たオッサンか。

まさかつい昨日会った人が殺されるなんて…。

余計な事に首突っ込まなきゃ大丈夫だと思ってたけど、もしかして本格的にヤバいか…?)

 

押し黙ったキルエを見て落ち込んでいるものと思ったミアーダが、懐のパンを差し出した。

 

「これでも食いな。代わり映えしなくてごめんね」

 

「えっ…あ、ありがとうございます!」

 

「ただでさえ今は危険だってのに、こんな真っ暗になるまでこき使われて。

…文句はちゃんと言った方がいいよ?」

 

「ああ、これくらい大丈夫です…」

 

今日は午後からの仕事だったとはいえ、完全に店主に舐められたキルエは面倒な外回りの仕事をいくつも押し付けられ、8時半にやっと仕事を終えた。

店主からはそのまま直帰していいと言われたが、これからもっとひどくなる事を思うとキルエの心は憂鬱だった。

だがそんな話を他人にしてみたところで、キルエには意味があると思えなかった。

 

「それより、ミアーダさん。

今日は酒場閉まるの早いんですね」

 

いつもなら屈強な傭兵たちの蛮声に賑わっている酒場『血塗れの牡牛亭』も、今日の明かりは既に消え、ミアーダは看板を閉まっているところだった。

 

「うん。危ないって言われてね、早めに店じまいしちゃった。

まぁ看板しまうの忘れちゃって、今回収しに来たんだけど」

 

「あはは…いつもと違う事をすると、うっかりミスも増えますよね」

 

「そういう事。…あ、引き留めちゃってごめん!

早くお家帰ってゆっくり休みな」

 

「そうですね、そうさせてもらいます。

色々ありがとうございました」

 

未練が残らないよう、足を止めずに歩き去る。

 

(ああ~ミアーダさん好きぃ~…)

 

キルエは前世から今まで、他者から好意を受けた事が少ない。

だから褒められるとすぐその気になるし、優しくされると好きになってしまう。

 

(あんな人が上司なら俺に都合がいいんだけどなぁ)

 

もっともその『好き』は愛情や慕情ではない。

彼は根本的に、他人に全く興味がないのだ。

 

(つーか、なんで俺ばっかこんな目にぃ…他の奴らは、普通に早く帰ってるのに!

ま、一番ダメなのは文句も言えない臆病者の俺自身か…)

 

不満を口に出す事すら出来ずに溜め込み、不発弾のまま死んでいく。

自分の変わらなさに、キルエは眩暈さえ覚えた。

 

(自分からは何もしないでプライドを守って、堅実の名の下に低空飛行を続けるだけの人生…つくづく変わらんなぁ~。

かと言って、上に上がりたいとも全く思えない。

ただ何もかも不満なだけで、『じゃあどうしたいのか』とかは考えられないんだよな…)

 

内なる何かを発散できず、毎回変な形で溢れさせてしまう。

その結果が、あの魔族殺しだった。

 

(どうしようもないカスの俺が、あのいかにも才気溢れる偉い貴族様を欺いてなぶり殺したあの瞬間…!

またあの気分を味わえたら………いや!ダメだダメだっ!

俺は安定して平穏な人生を送るんだ、そのためにも余計な事は…)

 

ふと周りを見回す。

真横に広がるのは、まるで底の無い暗黒(かいぶつ)が口を開けているかのように暗い路地裏。

 

あの胸の騒めきが、キルエの心を支配した。

 

(…ま、帰宅ついでのちょっとした散歩、なら)

 

ふとそちらに足を伸ばす。

月明かりしかない夜の路地裏はひたすらに暗い。

 

(何にも見えない…やっぱ何も無いか。

いや、無くていいんだけどね!?)

 

安堵と失望の狭間で揺れつつ、来た道を帰ろうとする。

だがその足を止めさせる音があった。

 

じゅる。

じゅるじゅる。

 

(え…)

 

踏み込んだ行き止まりには、月光に照らされた赤黒い滴り。

散乱する臓物。うずくまる巨大な影。

 

「あっ」

 

大男が、牙を剥き出しにして人肉を貪り食っていた。

 

「ぬぅ…ッ!」

 

男がキルエに気付く。瞳が闇の中で真紅に輝く。

 

「待てェ…ッ」

 

(やばッ…)

 

キルエの総身が躍動し、壁を蹴って建物の屋上に駆け上がる。

 

「ぐるるるァアアア……何ッ?」

 

突然の跳躍に意識を囚われた大男は、一瞬反応が遅れた。

その間に少年の姿は彼方へと消えていった。

 

「何という脚力…しまった、逃げられたか。

まさか俺まで姿を見られるとは…止むを得ん、対策をしておくか」

 

 

 

 

 

 

一方、キルエと別れたばかりのミアーダは看板を片付けて店の中に戻ろうとしていた。

 

「は~よいしょっと。やだね、誰もいやしないのにいちいち声なんか出しちゃって。

アタシも歳とったもんだ…ん?」

 

ギルドから外出自粛を要請された街中は、すっかり人通りが無い。

無いはずのその路を、誰かが歩いてくる。

 

(あれは…新しく来た傭兵の…)

 

歩いてきたのは、あの青白い肌の不気味な男だった。

 

「あら、こんにちは。危ないよ、こんな時に外なんか出歩いたら」

 

「……」

 

どうせ返事も無く通り過ぎるだろうと思っていた男が自分の目の前で止まったので、ミアーダは目を円くした。

 

「ど、どうしたんだい?

悪いけど今日はもう閉店したんだよ、最近物騒だからね。

今度からはもっと早い時間に来てくれるかい、手間かけるけどさ」

 

「…いや。そうではない。

お前に用があって来た」

 

「ア、アタシに?お客さんが?

こりゃ珍しい事もあるもんだ!なんでも言っとくれよ、とりあえず聞くから。

あ、告白はやめておくれよ~?アタシゃ人妻なんだから…」

 

「この酒場で一目見た時から気になっていた」

 

「…え?あ、あんたホントに…ダ、ダメだったら!

アタシには旦那が…」

 

「お前の夫は死んでいる」

 

「え?」

 

困惑するミアーダの額に、ナイフが深く突き刺さった。

 

「あ…」

 

倒れ込んだ女を、男は奇妙な輝きを秘めた眼で見降ろしていた。

 

〈つづく〉

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