異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

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第88話 黄泉の洞穴

魔皇城、正式名称ティアマト城を手に入れたキルエは、その権利をメルディゲに貸し、自身は凶星堂と接触して仙境へと渡った。

 

師匠ウーシエに【簒奪の魔眼】を移植してもらったキルエは早々に帰ろうとするが、またも修行をさせられる運びとなった。

 

「今回は、ふむ…遠足というのも面白いかのう?」

 

「…何したらいいんスか」

 

「まぁ…貴様がワシの武を真似るのは、形だけでも難しかろう。

かといってそこまで呪いの道に秀でている訳でもあるまい」

 

「…まぁ、秘伝書読んで書いてある通りに発動してるだけですし」

 

「となると、やはり邪法か」

 

「じゃほー?」

 

「道を外れた術よ。武術にせよ、呪術にせよ、あらゆる分野には禁忌と呼ばれるものが存在する。

ただ危険なだけの術ではないぞ。悪と断じられて封じられた術じゃ」

 

「はぁ…イメージ湧きませんね。具体的には?」

 

「例えばな、武術にもただ戦うための技だけでなく、身体作りの技もある。

それは効率的な鍛錬法であったり、栄養や薬効のある動植物の知識であったりする訳じゃが。

これが裏返れば…人体改造や薬物投与の技ともなる」

 

「それが、邪法?

…なんか猛烈に嫌な予感がするんですけど」

 

「うむ。…ちょっとカラダ弄らせて♥」

 

キルエはベッドから跳ね起き、距離を取った。

 

「なあんじゃ、そんな警戒するなぃ」

 

「するでしょうよ身体を改造されそうになったら!!」

 

「何が不満なんじゃ、貴様の弱い肉体を強くしてやろうというんじゃ!

……それに、このままでは貴様はあの悪霊に乗っ取られるかもしれんぞ」

 

「悪霊?」

 

「あの、ほれ、貴様の先祖の…何とか言う男」

 

「あぁ…師匠と最初に会った時、戦った奴ですか」

 

ジェト族の始祖、ドルグ。

彼の魂は、未だキルエの中で意識を持ち続けている。

 

「アレは強いぞ。

いずれは対峙する時が来るかもしれん。その時に取り込まれるのは貴様の方かも…

…なんじゃいその顔は」

 

キルエは苦虫どころか毒虫でも噛み潰したような、苦悶と憤怒の入り混じった表情になっていた。

 

「いずれ対峙する…って。そういう宿命にでもある訳ですか」

 

「いや…そりゃ分からんが、ただの予測じゃよ。

嫌がっても始まらんよ、乗り越えて力を得る事を考えた方が良い」

 

「俺、嫌いなんすよ~そういう因縁みたいなの。

もう面倒なんで、適当に除霊でもしといてくれます?金払うんで」

 

「アホ言え、無理に決まっておろうが。

貴様の…【命を殺す法】?あの術は元々、祖先が子孫の身体を乗っ取るために作ったんだったな?」

 

「あぁ、そうでしたっけ?」

 

「貴様の一族の事じゃろ、もっと関心持てや!」

 

ドルグの開発した【命を殺す法】…別名【死滅転生(モーラ・ヴィジャ)】は、祖先の霊を降ろす事で、その戦闘技術を得る儀式だ。

更に13の舞を正しい順番で命中させる事で、敵を即死させる事ができる。

 

「…あ、思い出した。そういやあの悪霊そんなような事言ってたな」

 

しかし【死滅転生(モーラ・ヴィジャ)】の本来の効果は、ドルグたち先祖の霊が相争い、勝った者が子孫の身体を乗っ取るというものだった。

キルエが修行の一環で他の霊を倒してしまったため、今はドルグ1人だけが残っている。

 

「あれ…これマズくないですか?

もう勝者が決まってるんだから、俺乗っ取られるんじゃ…」

 

「いや、他の奴らを倒したのはドルグではなくお前じゃろ?

恐らく儀式としては不完全な状態にある。

それに、ヤツも言っておったろう。

『元々の舞は6つだったが、後続が再現できずに13まで増えた』と」

 

「そうだった…かも?覚えてねぇな…?

いや怒らないでください!マジで適当に話聞いてたんで!」

 

「シバき回すぞクソガキ!

とにかく!術が劣化改造された事で、中途半端な状態になったのじゃろ。

このままなら、貴様が乗っ取られる事は無い」

 

キルエの表情が明るくなったのを見て、ウーシエは付け加える。

 

「ただし。貴様は生と死の境を飛び越え過ぎた。

そういう人間は霊に憑かれやすい。

また死に近づく事があれば、その時は分からんぞ?」

 

「……じゃあ、余計に修行とかしたくないんですけど」

 

「バカッ、そういうリスクがなきゃ修行なんて面白くないじゃろ!」

 

「ああ、もう……そうすか」

 

キルエが反論の言葉を出しあぐねている間に、ウーシエは奥の部屋に引っ込んでいった。

 

(…まぁいい。死んだらアウトなのは普通だしな)

 

「うい、お待た」

 

「いきなりどうしたんすか師匠。

改造の準備にしては早すぎる気がしますけど」

 

「ん?ああ、肉体改造とか言ったから、手術でもすると思ったか?

そもそも今のお前は眼球移植手術の直後だという事を忘れるなよ」

 

「そういやそうでしたね。

マジで痛みも手術痕も残らないんで、つい忘れちゃいますね。

で、それはいったい何なんですか」

 

ウーシエがその手に携えているのは、革袋と円柱状の何かだった。

 

「水分と、食料だ。これをやる」

 

「は、はぁ…どうも」

 

「荷物を全て持って、ワシについて来い」

 

「???」

 

訳も分からぬままウーシエの後をついていくと、眠りこけていた凶星堂が気配を察知して起き上がる。

 

「ふあ…もうお帰りですか」

 

「い、いや…今まさに修行の場?に案内されているとこです」

 

「修行の場ぁ…?…………っ」

 

寝ぼけていた凶星堂の顔が蒼白になる。

 

「あ、あそこ、あそこに連れていくんですか」

 

「おう。貴様は知っておるよな」

 

「あの、一応彼はウチのお得意様なんですけど。

貴重な金づ…いえお客様を減らすおつもりですか…!」

 

「それは、このお客様次第じゃろ」

 

「う…キ、キルエさん。今回ばかりは本気になってくださいね…!」

 

「え?それってどういう」

 

「さっさと来い!」

 

ウーシエは困惑するキルエの手を引き、奥の固く閉ざされた鉄の扉の前まで連れて来た。

 

「アレは…」

 

「貴様にはこれから、この扉の向こうに行ってもらう。

一度行ったら戻って来れんからそのつもりでな」

 

「ちょ、ちょちょちょ!?」

 

「何じゃ、遠足って言ったじゃろ。

戻ってこれなくてもいいんじゃ、心配するな!」

 

「も、戻ってこれなくていい訳ないでしょ!?」

 

「まあ聞け!…この扉の向こうは長い一本道の洞窟になっていてな。

言わば現世と幽世の(あわい)にある霊道じゃ。

そんな場所で生き抜く事で、霊への耐性を付けようっちゅう訳よ」

 

「…あの、戻ってこれないって話はどうなったんすかね。

戻れないって事は一生ここで過ごせって事すか」

 

「阿呆、一本道じゃと言ったじゃろ。

洞窟の先は、現世に繋がっておる。多少時間の歪みはあっても、無事に出られるはずじゃ。

何より、この洞窟は現世の特定の地点にのみ出る。空間のズレは起きんよ」

 

以前は浮遊する魔皇城の付近に飛ばされたが、そういう事は起きない…という意味だ。

 

「あ~…出口が決まってるから、戻らなくてもいいって事すか。

前回みたいに、3年後まで飛ばされたりしないでしょうね…?」

 

ウーシエは軽く肩を竦めた。

 

「そりゃ貴様の努力次第よ。

長く留まれば留まるほど、時空間の歪みは大きくなる。

脱出に手こずれば、それだけズレた時刻に出るだろうよ。

それこそ3年後かもしれんし、逆に1年前かもしれんなぁ?」

 

「つまり、さっさと洞窟を脱出しろ…と。

そういう言い方をするって事は、それが難しいって事でしょう?」

 

「そりゃ修行じゃからね、一応。

洞窟の中には、先に送り込んだ弟子共がうろついておる。

20年・30年程度ならまだ新人、60年以上彷徨い続けている者もおろう。

死骸なら数百年モノも転がっておるじゃろうな」

 

「……っ!」

 

「しかしあの洞窟の厄介なところは、現世と幽世…生と死の境目にあるという事よ。

死んでも死にきれず、亡霊となって彷徨う我が弟子たち…ああ可哀そうに!」

 

「なるほど…兄弟子の皆さんに稽古を付けていただける、と…」

 

「左様。技も力も道具も…持てる全てを費やして生き延び、脱出せよ。

それが霊への強い耐性を付けるための修行じゃ」

 

言葉の上だけでも、その壮絶さは伺い知れた。

しかも今回は精神世界ではない、現実での修行なのだ。

 

「あの…俺迷路とか大嫌いなんですけど」

 

「だから一本道じゃって!

言っておくが、洞窟自体は何の変哲もない真っすぐの道じゃぞ。

しかし弟子どもがあちこちに潜んでおる上、罠や術で迷宮化させておる。

地域によっては、ほれ…”ダンジョン”とか言うんだったな」

 

「ダンジョンだったら、お宝が欲しいところですが…」

 

「生き抜く事自体が、貴様にとっての宝じゃろ?」

 

「……」

 

「あ。もうひとつ注意点な。

貴様にくれてやった食料と水。アレ以外を飲食する事は許さん」

 

「え…」

 

「あの世のメシを食うと、あの世の住人になっちまう。

外から持ち込んだ食料も、長く洞窟に留まればあの世のモノになる。

そこで、その特別な食料が必要になるのじゃ」

 

この食料と水、名を【霊芝(れいし)】と【甘露(かんろ)】という。

どちらも不老長寿の薬の名だが、これはそれを疑似的に再現したものだ。

長生きする効能は無いが、精気に満ちていて、あの世の瘴気を撥ね退ける力がある。

 

「それから、いくつかの薬も混ぜ込んである。

貴様の肉体を作り変えてくれる素敵なおクスリをな」

 

おおよそ人体に良い影響を与える類いの薬物ではないな、とは思ったが、今更引き下がるつもりもなかった。

師匠に怒られるのが嫌だった訳ではない。どちらかと言えば、これ以上の会話が億劫になったのだ。

どの道、扉の向こうに行く以外の選択肢はもう無い。

 

「…どうせ無理やりにでも放り込まれるんでしょう?

もう諦めましたよ。

ただ、準備が万全に済んでいないので一旦…」

 

「おう。早う行け」

 

ウーシエが指を鳴らすと扉は自ずと開き、暗黒の口を広げた洞窟の中へとキルエは蹴り込まれた。

 

「ふぎゃっ!?」

 

「一つ忠告。”本来の貴様”を忘れるなよ」

 

「ちょ、ちょちょっと待っ」

 

無慈悲に扉を封じた。

 

「あらら…もう行っちゃいました?」

 

一歩引いた位置から見守っていた凶星堂が、思わずこぼした。

 

「ワシが扉を開けたからには、入らねばならぬ。

この扉が開くのを見て入らなんだのは、貴様だけじゃ」

 

「だって絶対入りたくなかったんで」

 

「いくら入りたくないからといって、師匠の足に噛みつく奴があるか!

貴様の歯形がしばらく残ったぞ…」

 

「師匠、私に霊が見えると知ってるくせに入れようとするから!」

 

凶星堂は幼い頃から、妖精や精霊、あるいは幽鬼の類いがよく見えた。

彼女の道具屋としての目利きは、その能力から来ているとも言える。

 

「で?今は見えておったかや?」

 

「ええ、それはもう…虫のようにウジャウジャと。

1匹1匹が人を憑り殺すに不足ない悪霊ですよ。

いいんですか、本当に?マジで死んじゃいますよ!」

 

「貴様もワシの弟子なら知っておろう。

期待に応えられぬなら…」

 

ウーシエにとって、弟子は己の知識と技を試すための実験台に過ぎない。

途中で壊れれば、廃棄するまでの事なのだ。

 

「それとも、お前も行くか?愛しい男を救うために!」

 

「それは無いですけど。

でも師匠だって、彼には見込みがあるとか言ってたじゃないですか!」

 

「見込みはある。だがそれは、”強くなれる”とか”多くの術を使えるようになる”とか、そういう部分的な視点の話ではない。

ワシのような【仙人】へと羽化する素質があるという事よ」

 

「っ…それって!?」

 

凶星堂もウーシエとの長い付き合いの中で、初めて聞いた弟子評であった。

 

「仙人となるための素質は、肉体的な才能にあらず。精神の才能よ」

 

「精神の…ですか?」

 

「まず、常識を持たぬ純粋な者。

次に、常識を超えた狂気を秘めし者。

そして最後に…常識を持ちつつ、必要なら平然とかなぐり捨てられる異常者」

 

「ほう。3つ目ですね?」

 

「うん。一番珍しいタイプじゃの~。

アレは地道な鍛錬より、実戦でこそ花開く。

故にこそ、霊魂を喰らう我が秘術を授けてやったのじゃ」

 

「魂食いの秘術…確かに、あの術を誰かに伝授したのって、見た事ないですけど」

 

「まぁ見ておれ。そのうち、人間を辞めさせてやるわい」

 

「ほ、ほどほどにしてくださいよマジで…!」

 

 

 

 

 

キルエは、暗く長い洞穴を歩き続けていた。

振り返ると、遠くに見えていた入口の外光が消えているのが見えた。

 

(扉…閉まったな。もう戻れない、か)

 

諦めがついたキルエは、歩みを速める。

 

(ま、さっさと出ればいいか。今のところ他の人もいないし。

…少なくとも、生きてる人は)

 

道すがら、岩壁にもたれかかる死体をいくつか見た。

柔道着のような服や古代中国風の官服など様々な服装の死体があったが、いずれも腐乱の段階を超えて朽ち果てている。

 

(皆戦った様子は無し。餓死かな。

まぁ一本道だし、隠れる場所なんて無いんだから…)

 

見渡す限り、全く人影はない。

 

(結局生き残りなんて、誰もいなかったって事か。

可哀そうに。あの人の弟子になったばっかりに…)

 

小走りで洞窟を駆け抜けながら、骸に哀れみの視線を送る。

だがそれも一瞬の事で、キルエはそそくさと脇を通り抜けていく。

いちいち弔いの合掌などに気を取られていたら、弔われる側になっているかもしれないのだ。

 

(しかし、ご丁寧に食料まで渡されたって事は、何日もかかるって事か?

遥か遠くにだけど、うっすら出口も見えてるくらいの距離なのに?)

 

周囲への警戒の意味も込めて死体を見かけるたび視線を投げかけるが、死んだふりでもなく、ゾンビになって襲い掛かってくるでもなく、ただそこに佇むだけだった。

 

(まぁ死体って普通そうなんだけど…こっちの世界じゃそうはいかないからなぁ)

 

南方戦線の兵士たちは死体のゾンビ化を防ぐため、動けないように解体・焼却するか、聖職者に浄化させる事を徹底している。

死体は、魔法の触媒としても呪物としても使える便利なアイテムでもあるのだ。

 

(怪しいものがあったら先手を打って仕掛けていかないと。

こっちは弱いし武器も足りないんだから…………?)

 

ふと、薄く霧がかかっている事に気付く。

 

(あー来た来た、何か始まってんなコレ!

いったん引き返して…)

 

踵を返すが、霧は濃くなる一方だった。

 

(マジか…ッ)

 

気配を感じ取ろうとするが、何もかもがぼやけて霞む。

 

「ハイーィ…ヤッ!!」

 

「っ!?」

 

もはや一寸先も見えぬ白い視界を突如として切り裂いた掌打が、キルエの鳩尾にめり込む。

 

「おごッ…!」

 

派手に吹き飛ばされたキルエを、襲撃者は容赦なく追い打つ。

 

「ハイ!ハイ!ハイーッ!!」

 

「っあぶ!ねぇ!なァ!!」

 

キルエがとっさに乱打を回避すると、敵も追撃を諦めて距離を取った。

 

「オマエ…最初の攻撃、後ろに下がて受け流したナ。

ガキのくせに思たよりやるネ」

 

襲撃者の姿は、霧の中で影になってうまく認識できない。

ぎこちない統一アルダー語の声だけが頼りだ。

 

「いきなり出てきて自己紹介も無しですか、オッサン」

 

「あの外道仙人の弟子…お互いそれだけ分かてれば充分ヨ。

どしても知りたきゃ」

 

霧を貫き、再びの打撃が襲い来る。

先程と同じ掌打、しかし殺気はその比ではない。

 

「っ!」

 

「…この一撃凌いだら教えてやるネ!!」

 

〈つづく〉

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