異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

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第89話 弟弟子もぐもぐ

キルエは師ウーシエに修行を課された。

それは現世と幽世の間にあるという洞穴を通り、現世へと帰還する修行であった。

弟子らしき者たちの死体を横目にして、足早に脱出しようとするキルエだったが…。

 

「ハイーィ…ヤッ!!」

 

突然の濃霧と共に襲い来る敵。

その白い世界の中で、襲撃者の姿を確かめる事は適わず。

 

「いきなり出てきて自己紹介も無しですか…」

 

「あの外道仙人の弟子…お互いそれだけ分かてれば充分ヨ」

 

霧の向こうで殺気が膨らむ。

 

「どしても知りたきゃ…」

 

キルエの高い感知能力が、その動きを辛うじて察知した。

 

(…来る!)

 

「この一撃凌いだら教えてやるネ!!」

 

致命的威力の掌打が、死毒を孕む蛇の如くうねり来る。

気配を察知する事に長けていなければ、その痛打を以てキルエの生涯は幕を閉じていたに違いない。

 

「ッんの野郎…!!」

 

キルエが大きく反らせた上体を、敵の拳がほんのわずかにかする。

そのまま、突き出された腕に組み付く。

 

「ッ!?」

 

「腕は貰っていきますよ」

 

そして可動域と逆方向に捻じ曲げる。

 

「こ、このガキ!潰れるいいネ!」

 

襲撃者はキルエごと持ち上げ、地面に叩きつけようとして…

 

「が、ああああっ…!?」

 

力づくでキルエを引き剥がしてから、膝をつく。

その姿は未だに霧に隠れている。

 

「毒針ですよ…強烈なやつ。

痛みで身体は動かず、そのうちドロッドロに溶けて腐り死ぬでしょう」

 

「な、なめるな…ヨ…!

スゥウウウウウウーッ……」

 

襲撃者の影が両手を広げ、深呼吸する。

周囲の霧が一息で吸い込まれていく。

 

「カァアアアアーッ……!」

 

現れたのは、筋骨隆々な肉体を晒し、鉄仮面を被った大男。後頭部には辮髪が流れている。

 

「…可愛い女の子が良かったなぁ」

 

「声で分かてたダロそれは!

…もう毒消えたネ。殺してやるヨ」

 

「解毒…なるほど。師匠から授かった術ですか?」

 

「だたらどうした?」

 

「俺も弟子です。弟子同士で争う理由は無いのでは?」

 

「……?あの人なら、『食い合て生き残れ』言うヨ」

 

キルエは顔をしかめた。反論の余地が無いからだ。

 

「い、言うでしょうけど…わざわざ従う必要ないでしょ?

2人で仲良くここを脱出しましょうよ、ね?」

 

「脱出?ハ、呆れた奴!お前ここから逃げられる思ってるか?

ずっとずっとワタシここに居るのに!」

 

「ずっと…どのくらい?」

 

「ずっとはずっとヨ!どうせこの洞窟、時間の流れが外と違う。

ひょとしたら1000年くらいたってるかも」

 

「じゃあ、いい加減外に出たくありません?」

 

「だから、無理言ってるネ!

お前、この洞窟、短い一本道だから楽勝思てるカ?でも周り見てみろ」

 

「え…」

 

気付くと、洞窟は石柱が林立し、いくつも分岐した広大な空間になっていた。

 

「…そういや、師匠が言ってましたね」

 

「色んな奴らが残した、幻術の迷宮ね。

ワタシたちここで殺し合うしかないのヨ」

 

「貴方はそれでいいんですか?悔しくないんですか?

こんな暗い洞窟で一生を終えるなんて!」

 

「誰が死ぬ言うたか。もちろん出るつもりネ。

でもそれには、力必要よ」

 

「だったら!なおさら協力すべきでは…」

 

「不要」

 

鉄仮面の口元が開き、鋭い牙が覗く。

血に染まって黒ずんだグロテスクな凶器が。

 

「喰えば、そいつの溜め込んだ力全部貰える。

他人頼るよりよっぽど確かヨ」

 

この『喰う』が比喩でない事は、キルエにもよく分かった。

 

「ち、力というのは…?」

 

「ざっくり言うと…霊力。魂の力ね。

そういうの、全部取り込んでワタシのものに出来る。

お前も仙人の弟子なら、霊力とか自然のエネルギーとか操れるダロ?全部よこせ」

 

「ちょ、ちょっと!!俺そんな術使えないし!

まだほとんど何も教えてもらってなくて…」

 

「嘘つくな。その程度の弟子なら、この洞窟入れないネ」

 

「ほ、本当ですってば!

俺はちょっと特殊な例というか…」

 

「じゃ、喰って確かめるヨ」

 

鉄仮面の巨漢は、一切聞く耳を持たない。

この男がどうやってこの洞窟で生き延びてきたか、その態度だけで察するに余りあった。

ここではそうせねば生き延びられないのだという事も、察せられた。

 

(やれるか…?逃げ場は無いぞ。

この洞窟じゃ、地の利は向こうにある。

何より…フィジカルが違いすぎる!)

 

「お前、足速くて厄介。だたらこうするまで…ヨ!」

 

男はまたも霧を吐き出した。

だがそれは先ほどのように視界を覆う不気味なものではなく、確かな実体があるような質感だった。

キルエは瞬時に距離を取るが、霧は緩やかにキルエを追尾しながら視界を封じていく。

 

(この霧に触れるのはマズい…とはいえ、また何も見えなくなるのも危険だ!

どうする…爆弾は使い切っちまった!

素の実力でも太刀打ちできない!

……この霧を、突っ切るか!?)

 

さしものキルエもたっぷり2秒逡巡したが、その間に事態は転じた。

 

「あぁ!?」

 

突然鉄仮面が喚く。

 

(なんだなんだ…!?)

 

「隙を見せたなシャーヤ!!その命貰った!!」

 

知らぬ声。よく見ると、男の足元が隆起してその足を固定していた。

 

「…お前、まだ生きてたか。しぶとい雑魚ね」

 

「ははァ、獲物を前にして警戒を緩めたんじゃないかァ?未熟よな!!」

 

岩壁を粘土のようにグニャグニャと押し広げて、何者かが現れた。

石のような質感の皮膚を持つ男。

 

「俺が土遁の仙術を極めた男だと忘れたかァ?

死体を確認せず腕1本喰って満足したのが祟ったな!」

 

その男は、右腕を失っていた。

 

「この腕の借り、今返させてもらうぜェ!!」

 

「クッ…!!」

 

鉄仮面の男は霧を吸い込んで回収しようとするが、周囲の地面が隆起してドーム状になり、男を封じ込めた。

 

「貴様は全身の霊力を霧に変えて放つ…霧を回収できなければ、他の術は使えまい!」

 

「なんダ、これは…!」

 

岩ドームの内壁には隙間なく棘が生えており、男を逃がすまいとする悪意に満ちている。

 

「これはな、処刑部屋だ!

四方の岩壁はじわじわと迫り、やがて貴様を穴だらけの肉塊に変えるだろう!

ほぅら、早く脱出してみせるがいい!!」

 

「この程度の壁…棘ごと砕いて…ッ」

 

「たわけ!この岩壁には我が霊力を限界まで注ぎ込んでいる!

貴様の拳が砕けるのが早かろうよ、ヒャハハハ!!」

 

岩のドームは少しずつ縮小し、罪人に死の罰をもたらさんとする。

 

「貴様の事だ、体内に予備の霊力を残してるんだろ?

だったら、あの爆発する霧の術を使えよ。

そうすれば出られるかもしれんなぁ?」

 

「く、そ…!」

 

「おっとっと、使えんよな?これは失礼!

そんな密閉空間であの霧を使えば、自分自身も死ぬからなぁファハハハハ!!」

 

その勝ち誇った高笑いは、唐突に止まった。

 

「……あ?」

 

男は首筋にチクリと痛みを感じて、手で触れる。

突き刺さっている(ダート)の触感に戸惑う。

針の向きから発射地点を逆算して目で追うと、そこには筒を握った少年が1人。

 

「吹き矢…?小僧…邪魔をするつもりか…ッ!!」

 

「……」

 

この男は、あえてキルエを見逃していた。

技量は見ただけで未熟と分かっていたし、放っておけば勝手に逃げ出す性格なのも理解していたからだ。

だからこそ、今のこの状況は不可解でしかなかった。

 

「なぜこの男を助ける…なんのつもりで…グッ!?

ガハッ…きざま…ど、毒、を…!!」

 

男の目・鼻・口から血が噴き出す。

 

「あの。毒って治せるんですか?

そっちの鉄仮面の人にはすぐ解毒されちゃったんですけど」

 

「ゴホッ…と、当然だ!霊力を練れば、この程度……」

 

絶句する。

 

「全身の霊力を、その岩の術に注ぎ込んじゃったんですよね?

回収した方が良くないですか?」

 

「ッ……!」

 

解毒は仙人の術の中でも基本だが、霊力の消費はそれなりに大きい。

大規模な仙術と併用するのは、彼ら達人にとっても困難な話だった。

 

「く、クソッ!!」

 

岩のドームに触れ、己の霊力を取り込み直す。

同時に体内で練り上げ、解毒の力へと変換してゆく。

 

「スゥーッ、ハァ…スゥッ、ハァーッ…」

 

独特の呼吸法で霊力を練り上げ、大気から自然エネルギーを取り込んで毒素を無害化させる。

同時に、眼前のキルエがいつ襲ってきても対応できるよう警戒も怠らない。

…だが、一番重要な警戒対象にまで、注意が回っていなかった。

 

「死ネ!!」

 

「ごがッッ!!?」

 

岩のドームを突き破り、血に染まった腕で飛び出す。

拳は狙い過たず、土遁使いの男の顔に命中した。

 

「霊力のない岩で、ワタシ閉じ込めておける訳ないダロ」

 

鉄仮面の男が、ギシギシと不気味な笑い声を上げた。

 

「だが…内側に棘を付けておいたんだぞ!?

少しは躊躇とかせんのかッ!?」

 

「せん」

 

鉄仮面が無造作に繰り出した拳が、土遁使いの胸を捉えた。

 

「が、は…ッ」

 

心臓が破砕され、肺が破れて大量の血液が喉に流入する。

どす黒い血の塊を吐いて、男は絶命した。

 

「ったく、死んだの確認しないのがよくなかたネ。

…で。お前どしてワタシ助けたか?」

 

「何度も言うようですが、協力したいからです。

正直俺1人ではこの洞窟を抜けるのは難しいでしょう。

貴方の力をお借りしたい」

 

「む…もしかしてお前本気か。

本気でここから出るつもりか?」

 

「当然です。2人なら、出口まで行ける可能性も高まる。

俺は弱い、喰って取り込んでも大した霊力にはならないですよ。

生かして利用するというやり方もあるのでは?」

 

「…………分かた。しばらく様子見ね。

使えない思たらそこで殺すヨ、いいね?」

 

鉄仮面から深いため息を吐き捨てる。

 

「ワタシ…名前はシャーヤという」

 

「キルエです。よろしくお願いします」

 

シャーヤは面倒そうに聞き流しながら、死体に齧りつき始めた。

人体を何の躊躇もなく、圧倒的な咬合力で噛み砕き胃袋に収める。

キルエは普段野生動物を己の手で解体し食しているので、人間1人分を食い切るのがどれだけ大変な事かよく分かっている。

 

(手慣れてるな…食った人間の力を蓄えるなんて強すぎると思ったが、この手間を考えれば妥当かもな)

 

「ハイ、食事終わり。さっさと行くヨ」

 

鉄仮面の口元を拭き、やれやれと言いたげに立ち上がる。

 

(露骨に嫌がってるな…まぁいい。

洞窟から出るまでは仲良くしておきたいからな。なんとか足並み合わせて…え?)

 

シャーヤはキルエの歩き出した方向と全く反対の方向に進んでいく。

 

「ちょちょちょ!そっちは入口方向でしょ!

戻ってどうするんですか!?」

 

「入口から出ちゃいけないカ?」

 

「え…」

 

「というか。そもそもそのつもりで引き返してきたヨ。

その道中にお前居たから襲っただけ」

 

考えてみれば、ずっと洞窟から出ようとしている彼がこんな入口に近い地点でウロウロしている事自体がおかしいのだ、とキルエは気づく。

 

「いや、でも…扉開かないでしょ?」

 

「お前、どうやてここに入った?」

 

「…だ、誰かが外から入るタイミングを狙うって事ですか!?

そんな事したら師匠に殺されますよ!!」

 

「そうカナ。一度出てしまえば許してくれると思うケド。

『阻止できなかった儂の落ち度じゃ』とか言って」

 

キルエはウーシエの言動を思い返す。

 

(…確かに、そんな気もする。

出ようとすれば全力で妨害してくるだろうが、一度脱出に成功してしまえばケロッと許してくれる、あの人はそんな感じだ。

でもそれは、師匠を一瞬でも上回らなくてはならないという事でもある…)

 

身構えているウーシエに飛びかかり、その脇をすり抜けて脱出する。

それがいかに困難な事か、兄弟子であるシャーヤに分からぬはずはない。

 

「…だから、たくさんの敵を食べて力を蓄えていたんですか?」

 

「そうよ。師匠の不意つくなんて、まともな修行じゃ間に合わないからね。

蓄えた力無駄にしたくないから、吐いた霧も吸い込んで回収したのヨ」

 

「どうも解せませんね…そこまでして師匠に挑む必要が?

やっぱり、幻術のせいで出口が見つからないとか?」

 

鉄仮面の奥で、シャーヤの眼球がぬらりと光る。

 

「ああ…言ってなかたね。

ワタシ、もう正解のルートは見つけてるのヨ」

 

「…はい?」

 

「長い時間掛けて、何度も間違えて、他のヤツいぱい殺して、ようやくゴール見つけた。

でもね。出口には”化け物”がいたのよ。

アレと戦うくらいなら、師匠に歯向かう方がマシね」

 

「師匠以上の化け物…ですか…!?」

 

「う~ん…『強い』いうより『面倒くさい』カナ…」

 

シャーヤは、その怪物について語るのを嫌がっているように見えた。

 

「…分かりました、後で話してくださいね」

 

「実際に見れば分かるヨ…見ればね」

 

〈つづく〉

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