異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

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第93話 あの式神

ウーシエの弟子たちは修行の場である洞窟をどうにか脱出して現世に出るが、そこには退魔師たちが待ち構えていた。

弁解の余地もなく…とはいえ彼らは悪しき仙人の弟子であり、理由としては充分すぎるほどだったが…ともあれ、彼らは全面対決に入った。

霧を用いて包囲を抜け出たキルエとシャーヤだったが、退魔師の当主である老翁は執拗に追跡し、ついに交戦へと至る。

 

「きぇいッ!!」

 

老人は勢いよく跳躍し、巨漢の上空で急降下して殺人的な勢いの蹴りを仕掛ける。

 

「小賢しい…ジジイがァ!」

 

受け止めた巨漢の太い腕に、爪先がめり込む。

霊力で満たされて強化された腕の強度をもわずかに上回る、恐るべき蹴りだ。

 

「…痒いなァ!!」

 

「ヌゥ…ッ!」

 

だがダメージで動きを止める事なく、老人を突き飛ばした。

老人は素早く後退し、衝撃を受け流す。

 

(…受け流してなお、これほどの威力か。馬鹿力め)

 

胸骨と内臓の痛みを表情に出さず、グッと両足に力を込める。

 

「かァッ!!」

 

老人の脚力で為されたとは思えぬ踏み込みで、超高速直線突撃を敢行する。

軌道はあまりに露骨だが、分かっていても回避できない。

 

「ぐ、ぐぐぐッ…ジ、ジジイ…が…!」

 

巨漢は両腕を交差させて防ぐが、腕もろともへし折らんばかりの拳に圧される。

 

「ハハハハハッ!貫き殺してくれるわ妖怪めッ!」

 

「滑稽だな…クソジジイ!正義の味方気取りで喚くだけか!

ただの通り魔の分際でよォ!」

 

「戯言を…貴様からは血の匂いがする!大勢の人間を喰ったな?

人間を喰うのがマトモな人間な訳なかろうが!!」

 

「ぎくっ」

 

図星である。

始まりは勘違いであっても、どの道シャーヤたちは邪悪な仙人の下で修業する妖怪予備軍のようなものだ。

退魔師と会えば、戦うしかない。

 

「なんだよ、正論言いやがって…ッ!」

 

戦いの最中、老人の眼光が木陰に投げ掛けられる。

 

「…もちろん、貴様からも血の匂いがするわァ!破ァ!」

 

空いた手で放った白い気功の弾丸は、こっそり木陰に隠れていたマントの人物を炙り出す。

 

「うわっ!バレてました!?」

 

「2人まとめて相手する、と言ったはずだ!

ハィイイイイヤァアアーッ!!」

 

拳の方に気を込めて、巨漢を宙に浮く勢いで吹き飛ばす。

 

「うおおおッ…!?」

 

「さぁ、掛かってくるがいい。次は貴様の番だ!」

 

マントを翻し、キルエは内心でせせら笑う。

 

(知るかよ、とっとと退散しちゃお)

 

「言っておくが、周囲に展開した浄化術は結界をも兼ねている。

逃げようとしても無駄だ」

 

「え?…マジかよ」

 

キルエはため息をついたのもつかの間、素早く木陰から木陰へと移る。

 

「穏便に済ませるつもりでしたが…殺すしかなくなりましたよ!」

 

老人の周囲を回るようにして撹乱する動き。

いつ攻撃が訪れるか分からないこの状況で、老人は嗤う。

 

「…たわけ」

 

老人がその方向も見ずに2本の指を突き出すと、間に毒針が挟まった。

まるで予知していたかのような、精密な防御であった。

 

「襲い掛かると見せかけての毒針。

こんなちゃちな技で儂を殺せると思ったか?」

 

「…………」

 

返事は無い。

 

「そっちに居るのだな?」

 

老人が毒針の射線を辿って素早く距離を詰めようとすると、背後から鉈が投擲される。

 

(背後?…この速度で、音も無く儂の背後に回ったというのか!)

 

避ける暇はなく、鉈が老人の顔面を直撃する。

…が、老人は歯で鉈を受け止め、噛み砕いた。

 

「効かぬわ!」

 

「やるなジジイ!死ね!!」

 

そこへ間髪入れず、巨漢シャーヤの鉄拳が飛ぶ。

 

「こ、の…程度でッ!」

 

渾身の一撃を受けて老人も踏ん張るが、いかんせん足場が緩く、転倒する。

 

「しまッ…」

 

その隙が戦況を決した。

 

「キャキャキャキャキャッ!!」

 

猿のような叫びと共に馬乗りし、乱打を叩き込む。ウーシエの武技【猴魔】である。

老人は全霊力を防御に注ぐが、それゆえに身動きが取れない。

 

(うわぁ…大男が年寄りをマウントポジションでボコ殴りしてるよ。

傍から見るとドン引きの絵面だな)

 

そんな事を考えながらもキルエは遠巻きに構え、老人が霊力の防御を緩めた瞬間に毒針を撃つ準備をしていた。

 

(く、くそ…ッ!儂がこんな所で…!!

使うべき…なのか…?あの式神を……!)

 

しかし老人はこの状況でもまだ、式神の解放を恐れていた。

 

(アレは元々、儂の代で破棄するつもりであった。

それを、ここで使っては元も子もない!)

 

当時の皇帝その人によって作成を命じられた至宝であるその式神は、強すぎた。

式神は、術者が倒して初めて操れるようになるものであり、倒せない式神は制御の効かない怪物でしかない。

結局、代々シャン家当主の身体に封印する事で、この時代まで対処を先延ばしにしてきた。

老人は当主として、この負の遺産を処理するべく動いていたのだが…

 

(だが…この状況では、もはや…解放すべき、なのか…!?)

 

どのみち、彼が死ねば彼の体内にある式神がどうなるかは分からない。

契約済みの式神であれば、取り決め通り次代の当主であるホンレイへと受け継がれる。

だが契約しないまま、封印の宿主が死んだ場合の事例は無い。

それだけ厳重に管理してきたからだ。

 

(元々、この式神は儀式によって我が子へと封印し直すしきたりになっていた。

だが儂は息子に負の遺産を継がせくはなかった…!)

 

その思いがアダとなった。

もはや予断を許さぬ状況、当主の判断はいかに――

 

「…やむを得ん…!式神を使う!!」

 

「何だと?」

 

老人の体内の呪印が、段階的に解放されていく。

 

「現れるがいい!!【天魔大征…」

 

「父上ッ!」

 

「!!」

 

声の先、式神を封じる【封霊剣】を逆手に構えた長髪の男が1人。

シャン家きっての天才術師。次期当主ホンレイがそこにいた。

 

「ご無事でしたか!間に合って良かった!」

 

「おう…遅かったではないか…!」

 

「ただいまお助けいたします!行け、【冷鉄】!!」

 

大剣型の式神が、シャーヤ目がけて飛翔する。

シャーヤがトドメを諦めて飛び退くと、ホンレイはすかさず父を庇うように間に割り込んだ。

 

「ホンレイよ…向こうの連中は始末したな?」

 

「無論です。数体の式神を失いましたが、まだまだやれます」

 

「よし。儂は式神を封印し直す。

その間、奴らの相手を任せたぞ」

 

「かしこまりました。しかし父上…」

 

逆手に持った封霊剣を、そのまま父の胸に突き立てる。

 

「あなたにも死んでいただきます」

 

「…な、にを……ッ」

 

キルエとシャーヤは困惑し、攻めあぐねる。

 

「えっ…何?どうなってんすかコレ」

 

「し、知らんヨ」

 

だがそうしている間にも、状況は進んでいく。

 

「父上が封印を解くこの時を待っておりました」

 

「が、ああああッ!?」

 

封霊剣が、老人の体内に封じられた式神を吸い上げる。

 

「な、なんのつもりだ、ホンレイ…ッ!!」

 

「ずっと狙っていたのですよ、代々禁忌として受け継がれる、我が家の式神。

全てはコレを手に入れるための(はかりごと)なのです」

 

「馬鹿な…全て…貴様の計画だとでも…!?

だが、今回の予言はあくまで偶然のはず…!」

 

「あの老婆は、ただの浮浪者です。金をやって、占い師の真似をさせたまで。

まさか本当に洞窟の封印が解けるとは驚きでしたよ!

まぁ、敵の襲撃を装う手間が省けて助かりましたがね!」

 

「貴様…下らぬ野心なぞ燃やしおって…己の分を弁えよ…!」

 

「己の分?シャン家始まって以来の天才と誉めそやしたのは父上では?

可哀そうなのは弟ですよ、従者の前であんな露骨に冷遇されて。

父上のそういう態度が……まぁこの話はいいでしょう。

とにかく、式神は私がいただきます」

 

「がはァ…ッ」

 

剣を引き抜き、血を払う。

 

「ああ、父上の式神は私が殺しました。

父上には危機に陥ってもらう必要があったのでね。

そもそも父上がいけないのですよ?アレを継承させず、解体しようなどと!」

 

「アレは…強すぎる。制御できぬ式神など無意味だ。

そんなものを我が子の身体に封印したがる親がどこにいる!?」

 

「親、ね…ま、いいでしょう。

再三申し上げた通り、私があの式神…【天魔大征・讐祈(しゅうき)】を調伏します。

父上は、あの世からその様子をご覧ください」

 

「驕るな…アレは人に御せる代物ではない…!」

 

「なるほど、そうでしょうね!

皇帝陛下によって主導された、最強の式神製造計画!その8つの最高傑作の内の1つ!」

 

ホンレイは話している内、昂ってくる。

 

「…それを事もあろうに、調伏を諦めて破棄するなどと!愚の骨頂というもの!!

だから私が手に入れ、調伏するのです!!

今回の事は、全てはそのための謀ですとも!!」

 

「では…連れて来た部下共は…」

 

「もちろん、私の息が掛かった者たちですよ。皆、欲望に忠実な良き部下だ。

彼らも全てが終わった後は始末するつもりでしたが、手間が省けましたね」

 

「……ッッッ!!」

 

もはや言葉も無く、悔しげに呻く事しかできない。

 

「まぁ、色々と言いましたが、貴方はそれなりに良き父でありました。

私がこれまで退魔師をやって来られたのも貴方のおかげです。

無為に苦しめるのは本意ではない」

 

「きさまッ…」

 

「さようなら」

 

何か言い掛けた父の眉間に、封霊剣が深々と刺さった。

痛みを感じる暇も無く絶命しただろう。

 

「ふぅ…さて」

 

ホンレイはチラリとシャーヤとキルエに目を向けた。

 

(…いや、何を見せられてんだ俺ら!?

こりゃまた他人の物語に巻き込まれたか?)

 

キルエは目の前の状況を整理する。

 

(コイツらが親子なのは分かる…で、裏切った、のか?

この場合、俺らって証拠隠滅で消される?

しかも危険な式神がどうとか言ってるし…)

 

悩んでいる間に、シャーヤは鉄仮面の隙間から挑戦的な視線を投げ返す。

 

「なんだか知らんが、こっちも手間が省けたな。

で、どうする?俺らとも()るか?」

 

「ちょ、シャーヤさんマジで黙って!お願いだからッ!」

 

キルエは思わず、思考を声に出して叫んでいた。

 

「な、なんだヨ」

 

少し怯んだシャーヤを見て、キルエはここがチャンスとばかりに前に出た。

 

「えっと、俺の言葉、通じますか?」

 

「…ああ。統一アルダー語は当然修めている。

キミは…この国の人間ではなさそうだな」

 

「はい。我々はもうここにも近づかない。

あなたとは別々の人生を歩み、二度と交わらない。

なので見逃してはいただけませんか?」

 

「見逃せ、と?」

 

ホンレイは血塗られた剣をまじまじと見つめ、その瞳に赤を映す。

凶暴な印象を秘めた、ギラつく赤色。

…だがその輝きは、すぐ瞼に隠された。

 

「……まぁ、良いだろう。

私はこれからも退魔師として人々を守り続ける。

いかにも悪党面の君たちの言葉など、誰も信じない。

だから逃がしても問題ない」

 

「その通りです!聡明な方で助かりま…」

 

「…という計算をしているようだね?」

 

「!!」

 

キルエは小さな身体をより縮める。

 

(ダメだ、ここで引き下がると主導権を握られる。

あくまでも押し通る…ッ!)

 

動揺の素振りを隠し、平然と呟く。

 

「…いけませんか?

実際、あなたと敵対するメリットは我々にない。

ここで無駄に戦うより、はるかに安全な道だと思いますが…?」

 

「それは、キミたちが私を苦戦させるだけの強さがあればの話だ」

 

「っ…!!」

 

空間一帯に、互いの殺気が満ちる。

 

「……これ以上、無駄な問答はやめましょう。

我々は逃げます。どうしても戦いたければ、追って来ればいい」

 

キルエは背を向け、シャーヤを叩く。

 

「ほら、行きますよ!」

 

「おい、アイツとホントに戦わないカ?」

 

「そりゃそうでしょ、ほら早く!」

 

「…ま、いいか。じゃあな」

 

「…………」

 

逃げたキルエたちを、ホンレイが追ってくる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ハァ」

 

シャン家の侍女はため息をつきながら、当主の三男チンフイの部屋の前に居た。

 

「あの、坊ちゃま?念のためお耳に入れておきたい事が…」

 

部屋の中で、ガタガタと音がする。

 

「…入りますよ!」

 

仮にも傅くべき相手に対し、侍女は戸を叩く事すらせず開けた。

 

「相変わらず、逃げ足だけは早いですね…」

 

部屋は散らかり、窓は開け放しになっている。

チンフイは真面目な話を聞かされそうになると、すぐに逃げ出してしばらく帰ってこない。

居なくても困らないので、誰も問題にすらしないのだ。

 

「ったくもう、こんな時に…!」

 

だが、当主と次期当主に危機が迫っている今は違う。

もし彼らが帰ってこなかった場合、次の当主は自動的にミンホアになるが、彼女は身体が弱い。

体調が悪化して当主としての仕事を果たせなくなれば、当然チンフイにその座が回ってくるのだ。

 

「ホントに無責任なんだから…!

あのガキンチョ、自分の立場が分かってないの!?

あんなのが当主になったら、シャン家はおしまいだわ…!!」

 

ただ、この懸念は結局現実のものにはならなかった。

その日の夕方、ホンレイが1人で帰って来たからだ。

 

「お嬢様…ホンレイ様がお帰りになられました!」

 

「兄様!?帰ってきたの!?」

 

ミンファが慌てて身体を起こすと同時に、従者の後ろから長髪の男が入ってくる。

 

「やぁミンファ…そのままでいい。

身体は何事も無かったか?」

 

「私の事よりっ…!兄様、無事だったのね!?」

 

「ああ、私はな」

 

その言葉を、ミンファは驚愕と諦観の間の表情で受け止めた。

 

「そう。…父様は…」

 

「ああ、全ての責は私にある。私の未熟ゆえに、父は死んだ」

 

「いえ…仕方のない事ね。この仕事をしているんですから。

これからは、貴方がシャン家の当主です」

 

「このような形で家督を継ぐ事になるとは…己が不覚とはいえ、慚愧の念に堪えないな」

 

「それと…父様が亡くなられたのなら、式神はどうなりました?」

 

「烽扇は死んだ。私も、主要な式神をいくつか失った」

 

「それもそうですが、何より父様が封印していたあの式神は?

父様が亡くなったのなら、封印が解けた…という事ですか?」

 

「いいや。父上は死の間際に私を呼び、封霊剣に式神を移された。

最後の最期まで、シャン家の当主としての責務を全うされたのだ」

 

言いつつ、鞘に収めた封霊剣を見せた。

 

「……そうですか。それなら…ゲホッ!」

 

「ミンファ!…すまん、お前に負荷をかけ過ぎたな。諸々の話は後にしよう…む。

チンフイにもこの話をせねばならんな」

 

「こほッ…ああ、あの子は今日は居ません。

またどこかに泊まってきて、すぐ帰ってくるでしょう」

 

「そうか。では、続きはあいつが帰ってきてからにしよう。

今日はゆっくり休んでくれ。…すまん」

 

「兄様だけでも無事で良かったです。

何度も言うようですが、退魔師として生きる以上はあり得る事の一つです。

ご自分だけのせいなどと、傲慢な事はお考えにならないように」

 

「ああ、そうだな…ありがとう」

 

ホンレイが部屋を出た後、ミンファは黙り込んだ。

侍女は掛けるべき言葉が見つからず、口をぱくぱくさせるしかない。

 

「……っ」

 

「あの、少しだけ1人にしてもらえるかしら」

 

「…ひゃっ!?

えっ、あっ、そ、そうですよね!

し、失礼いたします!」

 

慌てて飛び出していった侍女を見送り、ミンファは1人呟いた。

 

「……兄様」

 

ミンファには分かっていた。

 

(父様を殺したのは、兄様だ)

 

〈つづく〉

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