退魔師の当主との死闘は、突然の決着を見せた。
当主の息子ホンレイによって当主は殺され、キルエたちは見逃されたのだ。
「で、これからどうするネ」
「どうしましょ?まだ一緒に居ます?
正直俺としては、そっちの方がありがたいんですが…」
身の安全を守る事が第一のキルエは、本来ならこの頼もしい男と同行したいと考えていた。
だがそこまで強引に味方にしようという気は無かった。
(たぶん、気が合わないな。コイツとは)
そこはシャーヤも分かっているから、強制ではなく意見を聞いている。
「ワタシ、どこも行く予定ない。
しばらくお前の予定に合わせてやてもいいヨ」
「そうですか、ありがたい!
では…とりあえずどっか泊まりますか?」
「でも金無いよ」
「俺が持ってますよ。貴方の分も出しましょうか」
ちゃっかりと、仙境から洞窟に行く際に金目のものを忘れず回収していたキルエである。
「助かるネ、それじゃ…あ。
でも鉄仮面着けてちゃ泊めてくれないヨ」
「だったら…」
「この仮面外せってのは、ダメだから。先に言っとくと」
「…う~ん」
ふと、考える。
「そもそも、宿の人って仮面くらいで気にしますかね?」
「治安悪いからね。怪しい奴泊めたがらないの普通よ」
「そういうもの、ですか…俺の住んでた場所と違いますね」
キルエが今までの生涯を過ごしてきた南方戦線ゼスト・フォロボヤは、全てが戦士のために合わせられていた。
傭兵の中には、人間に見えぬ異形の者も多くいる。
仮面くらいでいちいち咎める暇はないのだろう。
…と、そこまで思いを馳せて、キルエは重大な事に気付く。
「…ていうか、ここどこ?どの国!?」
「なんだ今更?ワタシたちの国、【瑞龍帝国】よ。
もちろん師匠もここ出身だけど…ああそうか。
仙境からあの洞窟経由で来たしな。分かりにくいの当然ネ」
仙境は言わば異次元であり、そこからあの修行の洞窟を通過して現世に戻った訳だ。
距離を無視した大移動にキルエが混乱するのも無理はない。
「ずい…?へ、へぇ…?」
「お前、どこの生まれカ?」
「あの、俺が居たのは…ええと…ゼスト・フォロボヤって場所で。
ひょっとするとシャーヤさんとは時代が違うかもしれないから、分からないかも」
洞窟の中は時間も空間も曖昧だった。
全く異なる時代の者が入り乱れていた可能性もある。
「いや、さすがに分かるぞ。
アレだな。魔皇と戦争してる場所だ、何百年も」
「そうですそこです!傭兵やってたんですが、魔皇が死んで仕事も無くなったので、師匠を頼りに行ったんです」
「え!?魔皇死んだか!?
はァ~…ワタシの頃とは色々変わてるだろうとは思てたけど、そうかそうか…」
「で、ええと。そうか、ここは南方戦線じゃないんですね」
キルエにとっては初めて、生まれ育った地を離れた事になる。
(南方戦線で生まれて、ずっとそこで生きてきたけど…ここは、違う場所なんだ…)
感慨を覚えてみようとしたが、訳も分からないうちに辿り着いた地に、そこまでの想いは抱けなかった。
「ま、いいや。となると…あっ!
じゃあこっちでは物で支払いとか出来ないんスか!?」
「現物か?どうだろ…旅館はまぁ、無理カナ」
「困りましたよ!泊まる泊まらないはともかく、お金がないと旅できない!
俺が持ってる金、全部現物の財宝なんですよ!」
「…じゃあ、この辺で売れるとこ探すか?」
「貴方はお金全く無いんですもんね?」
「そうよ。その辺の奴から殺して奪えばいいと思てたし」
「仕方ない…じゃ、換金しましょうか…はぁ」
俺はすっかり馴染みになった質屋の待合室で、自分の番を待っていた。
この質屋は業突く張りの婆さんが1人でやっているが、意外と繁盛しているのか、待たされる事が多かった。
(まだか?…ったく、遅ぇな…)
俺は背嚢を降ろし、中の壺や金属の箱を確かめた。
いずれも家の蔵から持ち出した物で、多分それなりの値段がするだろうと見ている。
(この金でしばらくは泊まり歩くか。
やれやれ、何日くらいでほとぼりが冷めるかな…)
俺の実家はこの周辺じゃ特に名高い名士で、金目のモノを山ほど持っている。
曰くつきの物品もかなり集めているが、それは持ち出さない。…というか、持ち出せない。
退魔師の家系ゆえにシャレにならない呪物を集めているというのもあるが、そもそも信頼されてないので、そういう危険物のある場所には立ち入れないのだ。
(自分の子供くらい信用してほしいよ、全く。
…まぁ実際、こっそり持ち出すつもりだけどさ)
だから普通の壺とか、失敗作の呪具とか、無くなっても困らないようなガラクタを売っぱらうしかない。
まぁ壺はともかく、使えない呪具なんてさすがに質屋も買ってくれない事の方が多いけど。
(金持ちの家ってのは良いが、無駄な責任まで付いてくるのが面倒だな。
どうせ期待も信頼もしてないくせに、『一応、当主の子供だから』みてぇな態度でつまんねぇ話を延々聞かされる。
その度に逃げなきゃいけねぇ。マジでクソだな)
兄貴と姉ちゃんは才能があるけど、俺には無い。何も。
退魔の術どころか、書もヘタクソ、物覚えも悪くて、おまけに鈍くさいときた。
一族きっての天才とか言われる兄貴がいるんだから俺なんかに構わなきゃいいのに、親父は俺を嘲笑う。
母ちゃんが生きてた頃は、母ちゃんも哀れなモノを見る目で見て来た。
血の繋がった家族直々に【無能】のお墨付きを頂いたもんだから、他の連中も俺を憐れんだり馬鹿にしたりしやがる。
…本当に、全部クソだ。
「!」
戸が開く音がしたのでそっちを向くと、信じられねぇ恰好の大男と子供が入って来た。
大男は怪しげな仮面を着けてるが、子供の方も目を引く。
俺より2・3歳ほど年下で、茶色い肌で、左目を包帯で隠した奇妙な奴。
子供は俺の隣に座った。
(どこから来た人間だ?つーか人間か?
妙な肌の色しやがって…最初は泥まみれなのかと思ったけど、違うみたいだし。
こんな奴見た事がねぇ)
思わずまじまじと見つめていると、子供は不審げに俺を見返してくる。
目を逸らすのも何か癪なので、ずっと見続けてみる。
「~~~~?」
聞き取れない言語で話しかけられた。
なんだっけこの言葉。…ああ、統一アルダー語かな。
兄貴たちは喋れるんだけど、俺はサボってたから全然分かんねぇ。
「あ~、えっと、その…」
クソ、俺超ダサい。こんなんなら目をそらせばよかった!
俺がしばらくおたおたしていると、子供の隣の鉄仮面が覗き込んできた。
「何だ?コイツに何か用か?」
(お前はこっちの言葉喋れるんかい!)
思わず内心をそのまま声に出しかけて留まる。
「い、いや…この辺じゃ珍しいと思っただけだよ!
だってほら、そいつ肌の色が違うし!ていうかアンタは仮面被ってるし!」
「おお。やっぱり目立つか。
これは外せないし…なぁ坊主、こんな出で立ちでも泊めてくれる宿はねぇか?」
「宿?いや~…い、言いづらいけど、怪しまれて通報されるのがオチじゃないか?
この辺は特に怪異とか呪い師とか胡散臭いのがいっぱい居る土地だから……あっ」
そこまで言って、ふと気づく。
俺が今日泊まろうとしているあの宿なら、客の素性など問わないだろう、と。
…そして、何を思ったか。俺はこんな事を言ってしまった。
「あのさ…一緒に来るか?
これから俺が泊まる所なら、多分そういうの無視してくれると思うけど」
「おお、本当か!?ちょっと待ってろ!
…~~~~~~~~~」
仮面の大男が子供に何かを伝えると子供はぱあっと顔色を明るくして俺の手を握って来た。
何を言ってるかは分からないが、この様子だと礼を言っているのだろうか。
「~~~!~~~~~!」
馴染みのない顔立ちだからかもしれないが、その表情はやけに屈託なく見えた。
2人で旅でもしているのだろうか。俺には想像もつかない生き方だ。
俺が感じてるような悩みなんて一切ないんだろうな、などと薄っぺらな僻みが顔を出し始めたので、いったん会話を継続する。
「へ、へへへ。まぁアレよ。気にすんな。
あ、さすがに金は自分で払えよ?」
「そっちは気にすんな。ここで金目のモノ売っぱらえば工面できんだろ。
いや~助かったぜ坊主!」
感謝された。…いや、されて当然だが。
どうにも、いい気になってる自分を感じて、自嘲する。
(善人にでもなったつもりか、中途半端な奴め。
クズのくせにプライドだけは高いんだな、俺)
普段一族としての勉強や鍛錬を無視して、姉ちゃんや兄貴に迷惑を掛けても平気でいるような人間が、ちょっと他人に親切にしたくらいで調子に乗っている。
本当に俺が良い奴なら、境遇に腐らず努力を続けてるだろうに。
こんなとこで実家の物を売り払って、その金で高い旅館泊まって遊び惚けてる俺が、何を善人ぶっているのやら。
(あ~、帰りたくなってきた…帰っちまうか)
わざわざ持ってきたけど、質屋に売るのは中止しよう。
コイツらとの約束もすっぽかす。
うん、その方がよっぽど無責任な俺らしい。
…逃げたらコイツら怒るかな。でもまぁ、バレないだろ。
よし、逃げ―
「そこの坊ちゃん!呼んでんだよ!
他の客待たせてんだ、早く来な」
鑑定室から、店主の老婆が顔だけ突き出して呼びかけてくる。
「お、おう…」
「どうせまた実家のモンだろ?
面白い呪物か道具でもあれば、買い取ってやんよ」
「…い、今行く!」
やべぇ。完全にタイミングを見失った。もう、逃げる気も起きない。
なるほどな…『逃げようとして逃げそこなう』…こっちの方がより俺らしい末路だ。
キルエの持ち込んだ宝物は、結局かなりの額になった。
全てを売った訳ではないが、当分の生活には困らない。
「あの、シャーヤさん。宿代しか出しませんからね。
分かってます?」
「分かた分かた、でも宿のメシ代は払てくれるか?」
「さすがにご飯込みの宿泊料金だと思いますよ。
それくらいは出せると思いますけど…期待はしないでくださいね」
質屋で会った親切な少年に導かれ、怪しい鉄仮面を着けていても泊まれる宿を紹介してもらう事になった。
そして今、森深い道を3人で歩いていた。
「全く、ホント運に救われましたね俺ら。
だいたい、鉄仮面さえ融通が利けばこんな面倒も無かったのに」
「仕方ない。【
力取り込みすぎて暴走する事ある、それ抑えるための仮面よ」
「それは困りますね。宿でうっかり暴走しないでくださいよ」
「だから仮面着けてる。安心しろ」
「しかし…いったいどんな所に連れて行ってくれるのやら」
己よりわずかに年上の少年を、疑念の目で見つめる。
もっとも、転生前ならはるかに年下だが。
(初めて会った人間に、ずいぶんと親切だな。
しかも、俺らみたいに怪しいカッコの連中に対して。
何か思惑があるか、それとも信じられないお人好しか…前者である事を願おう。
お人好しの気持ちなんて想像できねーし)
とはいえ、今どこに連れて行かれるかくらいは把握しておきたいキルエである。
「あの、どこに行くのか聞いてもらえませんか。
言葉通じないんで」
「おう、分かたヨ。
…坊主、今って宿に向かってんだよな?
こんな森の奥にある旅館なんて、隠れ家じゃ済まなそうだが。
客は来るのかねぇ?」
「普段はもっと手近な宿に泊まるさ。
でも今日はタイミングも良いし、久しぶりにここに泊まろうと思ってたんだ。
何しろめったに巡り合わないし」
「なんだ、あまり開いてない店なのか?
こんな人気の無い場所で宿屋なんておかしいと思ったが…かなり特殊な店らしいな。
俺らみたいなもんが泊まれるくらいだしよ」
「うん?まぁ特殊と言えば確かに特殊なんだけど…う~ん、説明が難しいな。
ていうか、見た方が早いか!ほら、そろそろ着くぞ」
木々の間を抜け、開けた場所に出ると―
「…何もないぞ」
「ここは…?」
そこには大きな湖が広がっていた。
本当に、恐ろしく広大な湖だったが…それだけだ。
別に、何がある訳でもない。
「あれ?まだ時間じゃねぇのかな」
「時間というか、場所だろ!こんなとこに何があるってんだ…」
ズズズ…と、低い地鳴りのような音が響き始めた。
「おお!?じ、地震ですかね」
「いや、これは…水中!」
その時、湖面がいきなり持ち上がる…ように2人には見えた。
まるで山のように巨大かつ幅広く隆起し、大波を形成する。
「うおおおおおおおッ!?」
「なんじゃこりゃぁああああッ!」
「いつ見ても迫力あるわ~」
少年がそう呟くと同時に、ざっと水しぶきが降り注ぐ。
激しいが、見かけよりずっと少ないようだった。
「な、な、なんだぁ!?」
「あれ見ろ…!」
湖の真ん中に、突如として天をも衝く大楼閣が出現していた。
鮮やかな赤で彩られたその建造物からは、鮮やかな光が漏れ出て夜闇を照らしている。
「でっけぇ…!りょ、旅館ってここ!?」
「水中に隠れてた…って事か。
しかしこれだけのモンを隠しておくとは、人間業とも思えないネ」
まずその圧倒的存在感に目線を持っていかれ、続いてその基部に違和感を覚える。
楼閣が建っている地面は、月明かりを反射してヌメヌメとした光沢を発していた。
「湖の中に、離れ小島が浮き上がってきたって感じですかね?
あの…シャーヤさん、聞いてみてくれませんか?」
「分かた。…おい坊主、こりゃいったい何だ?」
「何って…旅館だよ。月に一度、この湖に浮き上がってくるんだ。
俺の紹介が無きゃ入れないんだぞ、有難く思えよ!」
「そういう事が聞きたかった訳じゃないんだが」とシャーヤが肩を竦めた瞬間、楼閣の入り口から朱色の橋が伸びて目の前の地面に突き刺さる。
「うおおッ!?」
「…おお、これはこれは!さっそくお客様がおられるようで!
大変お待たせいたしました!」
派手な色の巾と長衫を身に着けた、妙に馴れ馴れしい男が橋を渡ってくる。
「当宿、【亀甲楼】へようこそおいでくださいました」
〈つづく〉