異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

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第97話 ごちそうさま

巨大亀の甲羅に建てられた宿【亀甲楼】に泊まったキルエたち。

初対面の女と共に、穏やかな昼食を摂る。

そして女は、この宿の危険さを語った。

 

「そんなに怖い所なら、チェックアウトまで部屋に籠るとしましょう!」

 

キルエが半ば冗談めかして探りを入れると、女は真顔で肯定した。

 

「その方がいいよ。えっと…そっちのキミはここ初めてだっけ?」

 

「いえ、何回か来てます。

マジでここ危ないからさ、部屋いた方がいいよ。俺も普段はそうしてるし」

 

チンフイは頷き、女の言葉を補強した。

 

「いやまぁ、この宿自体が都市レベルで広いから危険度に差はあるけど。

ちなみに俺たちが泊まってるこの【生鶏区】は、一番安全で一番安いとこね」

 

「へえ……ん、んん?

あの、安くて安全って何か変じゃないですか?普通危ない場所の方が安いんじゃ…?」

 

「危ない場所って事はね。危ない事をしても許される場所でもあるの。

そして、ここに泊まるような奴は、危ない事がしたくてしたくてたまらないのよ」

 

「最も危険とされる【死象区】じゃ、あらゆる行為が許容される。

他の客を攫って生贄にしたり、洗脳したり、食ったり…化け物も住み着いてるってさ。

100年規模で泊まってる奴らもザラに居るって噂だ」

 

「ホテルの話ですよね…?」

 

「【滅亡祈念の会】、【魔眼倶楽部】、【虐殺病棟】、【紅のアルドラ】、【冥府師団】、【アラガラハ・エデュガヤッド】…。

主要国じゃブラックリスト入りしてる危険組織の構成員もいるし」

 

「ホテルの話ですよね!?」

 

「そいつらが手を組んで、この安全区画を占拠するつもり…なんて噂もある」

 

「もうホテルの話じゃないじゃん!!」

 

全てこの亀甲楼の話である。

 

「楽園のように気楽な宿だけど、そういう危ない連中もいるからね。

あ~でも大丈夫、他より大勢の治安スタッフがいるから!

この区画にいる間は敵の気配にさえ警戒さえしていれば大丈夫!」

 

およそ宿泊施設に対して使う『大丈夫』ではない。

 

「あ、あのっ、ちょっともう、帰ります!ごちそうさまでした!」

 

「お、おい?」

 

「ま、待ってよ!脅かし過ぎちゃった!?

怖いなら私が2人とも部屋まで送ってあげるし、ね!」

 

2人が慌ててキルエを追う。

 

「待てって!部屋に籠ったら新聞取れよ!」

 

「…どういう事です?」

 

キルエはすぐに足を止めた。

 

「【亀甲網】…この宿の情報屋だね。

危険予報を出してるから、それをチェックするのが定石かな」

 

「教えてやっただろ、部屋にある木像に話しかけるとスタッフに繋がるって。

それで、『【黎明日報】を2部頼む、片方は黒い物にしてくれ』って注文するんだ。

その黒い新聞を読めば、大体の危険は避けて通れるぜ」

 

「…宿が、情報屋と繋がってるんですか?」

 

「そういうこと。あくまで非公式って建前はあるけど。

まぁそれくらいしないと客もくつろぐどころじゃないからね。

それより…部屋に戻るんでしょう?2人とも、送ってあげるから」

 

女は2人を抱き寄せる。

 

「あの、無理をなさる必要は…」

 

「いいの。方向は同じだからさ。

キミたちみたいな子供を守るのが大人の役目だからねぇ」

 

その言葉に嘘は無い。

─だが、より優先されるべき、真の狙いがあった。

 

(美少年に挟まれて…両手に花ッ!

でも花のようにいい匂いじゃなくて、確かな生活感のある体臭…大変興奮する!)

 

昂りを抑えながら、あくまで優しく2人に触れてエレベーターへと導く。

 

「しかし…この設備も凄いですよね」

 

「ああ、エレベーターね。

大国の都市のいくつかでは実用され始めてるけど、ここほどは進歩してないだろうね」

 

「そういうものですか。

いや、てっきり魔法の力でどうにでもなるのかと」

 

「まさか!魔法が汎用できる動力になったのもつい最近なのに!

…そういう事を知らないって事は、五王国の人じゃないよね。

姿からして、ハーマヴィヤとかカランザード出身?アヴェストラーグとか?」

 

キルエはその言葉自体に耳馴染みが無いので、曖昧に首を捻る。

 

「それは俺も気になってた。結局お前どこ出身なの?」

 

「ど、どこって…ええと…南の方です」

 

「南方?まさか南方戦線…ゼスト・フォロボヤじゃないよね」

 

女の声が探るものに変わった。

キルエは答えあぐねて誤魔化す。

 

「やめてくださいよぉ。

それにもう戦線じゃないでしょ、魔皇は死んだんですから」

 

「一応残党がまだ居るからね、戦線って言っても通じるでしょ。

あれから…2年は経ったかな?ほとんどは消えたらしいけど、まだまだ傷は癒えないねぇ」

 

「…ッ!?」

 

2年も経ってるのかよ、と叫びそうになって咄嗟に堪える。

やはり仙境から現世に戻ると、年月は大きくズレるらしい。

 

「まぁいいや。大神聖門はどんな感じだった?」

 

「はい?」

 

「いや、大神聖門。ゼスト・フォロボヤからこっち来るなら絶対通るはずでしょ?」

 

「…あ~!あの、アレね!いやちょっと昔なんで覚えてないですね!」

 

無論、そんな門は知らない。

一度耳にした事自体はあるが、まだ思い出せていない。

 

「……へぇ」

 

女の目が鋭くなる。明らかにキルエの言葉を信じていない。

 

「な、なんですか。なんでそんなに知りたがるんです?

うら若き青少年の個人情報を集めて興奮する変態じゃあるまいし…!」

 

「変たっ…!?そそそそそそんな事あるわけあわわわわわわわ」

 

”変態”というワードで女は突然慌てふためき、2人から手を放す。

 

「私っ変態じゃないわよ本当!!」

 

「じゃあ大目に見てください。

仲良くなるにしても、ある程度の秘密は必要でしょう?」

 

「まぁ、適度な距離感は大事だよな。

俺も珍しく、お前とは仲良くなりたいと思ってるからな」

 

キルエは一瞬キョトンとして、目を逸らす。

 

「……それは、光栄ですね」

 

「ま、この後部屋に籠って出てこないつもりなら、短い付き合いになったな」

 

「悪く思わないでくださいね。

俺も貴方が嫌いな訳では…ないので。また機会があれば」

 

距離を取ったつもりでいて、実のところ初々しい少年たちのやり取りに、女はニマニマとほくそ笑んだ。

 

(いいわね~こういう距離の取り方!

素直に仲良くってのは恥ずかしいから、徐々に距離を詰めてく感じ!

私も子供の頃を思い出すわ~…)

 

そして、女の脳裏に幼少の記憶が蘇る。

ちょっかいをかけてくる同年代の子供たちを力で薙ぎ倒し、服従させてきた記憶。

 

(……そういや私、友達いなかったわ。

だいたい下僕か家来ばっかだった気がする…)

 

「どうしました?」

 

「い、いや、何でも無いよ!

そろそろ125階だね。部屋の前までは送るよ」

 

チリリン、と軽やかな鈴の音が鳴った後、扉が開く。

2人の少年が廊下に出ようとするのと同時に、女が2人を抱き締めた。

 

「うおっ!?…ひょっとしてマジで変態…うぐっ」

 

言いかけたが、床に押し倒されて言葉が潰れる。

 

「ごめん、ちょっとだけ静かにしてて」

 

女の声は冷たい。

察知したキルエが、女の豊満な胸に圧し潰されながら問う。

 

「…襲撃者、ですか?」

 

「かと、思ったんだけどね」

 

「へ?え?いや、何もいない…ように見えるけどなぁ」

 

扉の開いた先には、ただ廊下が広がっているだけだ。

通行者もいない。

 

「……ごめん。神経質になってた。

急に押し倒してごめんね、2人とも」

 

「いえいえ。俺はもうちょっとこのままでも良いですよ。

豊満が当たって大変具合がよろしい」

 

「ちょっと重いけどな…ぐえっ!?」

 

チンフイの脇腹に女の膝がグリグリと刺さる。

 

「女の子に…えぇコラ?重いとか言っちゃだめなんだぞ~?」

 

「す、すいませんでした!

あのほら、扉閉まっちゃうから!とりあえず出よう!」

 

「い~や、2人はここにいて。

私が先に出るから、不用意に動かないで」

 

警戒はすっかり解けたと思いきや、女の声はまだ固かった。

少年たちを伏せさせたまま、1人エレベーターから出る。

 

「…………」

 

「あの~…」

 

「出た瞬間から、廊下の嫌な感じが強くなった。

これちょっとヤバいかも」

 

「っつっても…ずっとここに居る訳にもいかねぇだろ?

どうするんすか、下降りてスタッフ呼びましょうか?」

 

「そうね、宿の人に確認を…………ッ、しまった!」

 

女が慌ててエレベーターに走る。

 

「ッ!!」

 

同時に、キルエが飛び出す。

 

「へ?へ??」

 

訳も分からず立ち尽くすチンフイを、女がエレベーターから引きずり出した。

次の瞬間、エレベーターは消(●)え(●)て(●)い(●)た(●)。

 

「なッ…ど、どうなってんだ!?」

 

そこには最初から何もなかったかのように、壁しか存在しない。

 

「釣られてた訳ね。

あえて廊下を嫌な気配で満たして警戒させ、エレベーター内に留まらせる。

そしてまとめてエレベーターごと取り込む」

 

「取り込む!?どうやってそんな…!」

 

「空間ごと切り離して閉じ込め、中の獲物をモグモグしちゃうって寸法よ。

かなりやり慣れてる。既に犠牲者がいるかも」

 

「で、ど、どうするんすか!?」

 

「既にこの廊下全体が支配下にあると見た。

だって…ほら」

 

見渡せば、ずらりと並んでいたはずの部屋の扉が全て消えている。

 

「部屋に泊まってる人たちは、全員餌食に…?」

 

「いや、宿泊部屋はかなり強固に守られてるはず。

おそらくこの廊下をエレベーターと同じように空間隔離して、私たちの逃げ場を奪ったんでしょう」

 

「じゃあ俺たち喰われちまうって事か!?」

 

「エレベーターと違って廊下は広いから、すぐに取り込まれる事は無いでしょう。

でもこのままジッとしてたら時間の問題よ…!」

 

「…ずいぶん、詳しいんですね」

 

女がため息をついた。

 

「【結界殺人犯】メゾデル。有名な殺人鬼の手口よ。

延べ3000人を胃袋に収めてきた、人食いの狂人。

教会に追い詰められたけど逃亡して、行方不明になったと聞いてた」

 

「うげッ!?なんで殺人犯がこんな所…に…」

 

言いかけて、自分も同じようなものだと気づく。

素性を一切問われず、隠れる場所も無限にあるこの【亀甲楼】は、脛に傷持つ者にとって絶好の逃げ場なのだ。

 

「そりゃ居るか。逃亡者にはピッタリの隠れ場所ですしね…」

 

「そういうこと。

でもその手の奴らって、危険行為が許される危ない区画に潜伏するの。

多少抑えが効かなくなっても、見逃してもらえるからね」

 

「わざわざこの安全区画で暴れ始めたのは、理由があると?」

 

「よほどの馬鹿じゃなければ、ね。

追手だけじゃなく、この宿まで敵に回す事になるんだから」

 

「あの、話し合うのは良いけどよ!

これ大丈夫なのか!?モタモタしてるとヤバいんだろ!?」

 

戦いには縁のないチンフイは、既にパニック気味だ。

 

「それはそうなんだけど…閉じ込めた人間をどういう風に食べるのかは分かってないからさ。

ひょっとしたら、向こうから襲いに来てくれるかも、と考えてるんだけど」

 

未だに敵の気配はない。ただ漠然とした不快感が漂うだけだ。

 

「あの…言っておきますが、俺は無力ですよ。クソザコです」

 

「お、俺も!なんか術みたいなのとか全部無理っす!」

 

「子供は弱くていいの。それを守るのが大人なんだから…とはいえ。

敵の存在を確認できないと、私の術は使えないし…」

 

女はダンダンと地面を強く踏みしめる。

 

「足元は…問題ないか。ちょっと付いて来て、先まで進んでみない?」

 

「そうですね。ここでジーっとしてても仕方がないですし…おわっ」

 

「あっ、お、おう!?」

 

女が2人を小脇に抱えて疾駆する。

 

「モタモタ歩いてて罠にやられたらマヌケだからね!

ダッシュで駆け抜けるのが一番!」

 

「それ、あまり対策になってないような…!?」

 

「でもっ、なんか…普通の廊下だな!扉が全部無いだけで!」

 

「そうだねぇ!特に罠が仕掛けられてる訳でも…ッ」

 

女が急停止し、飛び退く。

 

「何すか、罠ですか!?」

 

「いや、今…足元が何かグニャっと…?」

 

見れば、地面に女の足跡が残っている。

だがそれもすぐにボコっと盛り上がり、元の形に戻った。

 

「ちょっと降ろしてください、自分で確かめます」

 

キルエも自分で地団駄を踏んで確かめる。やはり、足が床に沈んでいく。

 

「おおホントだ、こっちの床も柔っかい。

なんかキモイな。生き物みたいだ」

 

「…生き物。なるほど、そういうこと?」

 

女は独り得心がいったように呟く。

 

「メゾデルは『空間を隔離して、閉じ込められた獲物を食べる』んじゃない。

隔離した時点で食べ終わってるのよ…!」

 

「…つまり?」

 

「つまりこの空間そのものが、ヤツの胃袋に変化してるってこと!」

 

壁がうぞうぞと蠕動し始め、あちこちが隆起して液体を噴き出した。

泡を立てて撒き散らされるソレは、胃液。

わずかに飛沫が掛かったチンフイの服の裾は、音と煙を立てて溶け始める。

 

「あわわわわヤバいヤバいヤバい!!」

 

「私たちはもうアイツの腹の中。

後は溶かされてウンチになるだけ…ってとこかな」

 

〈つづく〉

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