アリナ・クローバーの素敵な日常   作:ナガレボシ

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 アリナはたぶん、自ら進んで人助けはしないと思います。


2つの顔を持つ少女 中編

 定時。 仕事終了の鐘が心地よくアリナ・クローバーの耳に届き、全身が快楽で満たさていった。

「あぁ~~~、定時に帰れる!!!外もまだ暗くないぃぃ!! 残業がないって、なんて素晴らしいんだろう!!!!」

 アリナは今にも躍り出しそうな自分を押さえつけて、コホンと咳ばらいをし、いつもの営業スマイルをつくる。

「今日のカウンターは終了させて頂きます。冒険者様方、明日もまた宜しくお願い致します」

 丁寧に頭を下げるが、少し声を高くしすぎたかなと内心焦る。女の職場では変に色気づくと、先輩方からイビリの対象に選ばれる。もちろん色気づいたつもりなど毛頭ないのだが、そんなのは言い訳でしかない。後輩をいびる理由なんて結局なんでもいいのだ。

 

「アリナ。ちょっといいかしら」

(ほらきた)

 残りの事務を片付けようとしていたアリナに、早速先輩受付嬢からお呼びがかかった。

「な、なんでしょうか先輩」

「あなた今日はすごく期限よくお仕事をしていたじゃないの。そこは決して悪いことではないわ」

「あ、ありがとうございます」

「でもランベルト様や、『希望の光』だっけ? その人たちだけを特別扱いするのは、どうかと思うわよ?」

「い、いえ、決してそんなつもりでは・・・」

 先輩はアリナのその言葉を待っていたといわんばかりに畳みかける。

「あなたがどう思っているかではないの。他の冒険者様がどう感じているのかが重要なの。よいこと?私たち受付嬢は冒険者全員に等しく平等であるべきなの。それはあなたの言葉で多くの冒険者がクエストに食いついた功績は認めるわ。でもね、仕事中に声のトーンを妙に高くしたり、一部の冒険者に自分から歩み寄っていくのは感心しないわね? ちょっとアリナさん聞いてる?」

「は、はい。申し訳ありませんでした・・・」

 アリナが先輩からネチネチ言われているのを、新米受付嬢ライラは影で見ていた。そして不思議に思うのだった。

「アリナ先輩は、受付嬢としての腕はいいと思うんだけど、どうして仕事が終わった瞬間にこう不器用になるかな?あんなのさっさと交わして帰っちゃえばいいのに」

 ライラはそう言いながら明日に張り出すクエストにさっと目を通した。その中の一つが彼女の指を止めた。

「え、これって・・・」

 

「では以後気を付けるようにね。それから今日の分の書類は、今日中に片付けておくように。わかった?」

「はいわかりました。ご指導、ご指摘、ありがとうございました」

「わかって頂ければいいのよ。これであなたが一人前の受付嬢になってくれれば、私も嬉しいわ」

「はい!先輩のご期待に応えられるように、精一杯頑張らせて頂きます!!」

 一通り言い終えて満足したのか、先輩はそれ以上何も言うことなく帰っていく。アリナは頭を下げながら、その背中を見送った。だが、その気配が完全に消えたことを悟ると・・・。

「クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソが、あのメギツネがぁあ!!ドサクサに紛れて書類整理の一部を私に押し付けやがって・・・・!!エクスプ〇ージョンぶっ放してやろうか・・・!!!」

「先輩、心の声が漏れてますよ」

「はう!!!」

 思わぬところから聞こえたライラの声に、アリナは思わず飛び上がる。

「な?ど、どうしたのライラ?」

「いえ、たいしたことじゃないと思うんですがね。フェンリ森林の最下層にグリーンドラゴンが現れたって。明日早朝に、中級以上の冒険者に討伐クエストを出すって書類がきてまして」

「グリーンドラゴンか。そりゃ、冒険者が喜ぶわね」

 アリナは呼吸を整えながら自分のデスクに腰を下ろした。

「そんなに強いんですか?」

 ライラは書類にペンを奔らせながら言う。

「1体なら、中級クラスの冒険者でも充分に勝てる相手よ。でもね、こいつの厄介なところは、1体いたら、最低10体はいて、常に群れで行動してるってところよ。しかも最初に戦闘に出るのは中間クラスのヤツ。あとのヤツは隠れて冒険者の戦闘を学習してるってわけ。おまけに繁殖力も高いの」

「なんかドラゴンって言うわりに姑息というか、頭が良いって言った方がいいのかな?」

「さあね。魔物も生き残るのに必死なんでしょうね。現にそいつは・・・」

 言いかけたところで、アリナのペンを動かし始めた手が止まる。

「そいつは、なんですか?」

「どこのダンジョンに出たんだっけ?グリーンドラゴン」

「目撃情報はフェンリ森林ですね」

「そこって、冒険者になりたての子たちが、修行の場としてクエストを受けるところじゃない!?」

「え、ええ。だから早めに討伐しないといけないということで、明日の早朝から、中級以上の冒険者にクエストを出すってことで・・・」

 アリナの脳裏にまだ幼さの残る4人組の顔が浮かんだ。フェンリ森林に素材探しに行った『希望の光』はまだ帰ってきていない・・・。まさか・・・!だが彼女は深呼吸をして思考を切り替えた。

(落ち着け私。 私には関係ないことだ)

「そんな事よりライラ、さっさと残りの仕事片付けて、明日の準備をして帰りましょ。グリーンドラゴンが出たって事は、明日からまた忙しくなるわよ」

「合点承知の助です!!」

 こうして2人はギルド内の灯りを消し、デスクの灯りだけで書類整理と事務作業に取り掛かった。

 

 カリカリ、シャッッシャっと、静かなギルド内にペンを奔らせる音、書類を束ねる音が響いた。その規則正しい作業音が、かえって広いギルド内の沈黙を引立てていた。

 アリナは受付嬢になったばかりの頃、この沈黙が嫌いだった。終わりのない書類の山は、残業という抗いようのない未来に自分を引きずり込む魔物だ。広いギルドに響くそれらを片付ける音は、自分で自分の未来を、自らの手でただ規則正しいだけのありきたりなものへと書き換えているような妙な感触だった。それは終わりのない孤独であり、その先には寂しさや悲しさという絶対的な魔王が君臨していた。

「寂しいよ、苦しいよ・・・」

 

 私が追い求めていた『平穏』って、こんなにも辛いものだったの?

 

 書類を濡らさないように、アリナは両手で顔を隠して泣き続けた。田舎から出て来たばかりの幼い少女は、暗闇の中で声をあげて泣く勇気すら持ち合わせていなかった。それでも悲しさで胸が張り裂けそうになる度、心が壊れそうになる度に、アリナは純粋な理性で自らをつなぎ止めた。

「これは、私が選んだ道なんだ。いつか絶対残業もこんな寂しさもブッ壊して、安定と安心に満ち溢れた、素晴らしい毎日を手に入れてやるんだ!!私は、私は絶対に負けない!!こんなところで立ち止まってなるものか!!」

 

 

「先輩、どうしたんですか。さっきから手が止まってますよ」

「あ、あぁごめんライラ。ちょっと考え事しちゃって」

「大丈夫ですか?少し手伝いましょうか?」

「いいよ。自分の事は自分で片付けるから。それよりライラは・・・」

「もうすぐ終わりです」

「・・・そう」

 後輩のライラは仕事を始めてまだ3か月ほどの新人だが、自分と違って書類整理や事務作業が得意だ。最も接客はまだまだであり、マニュアル通りにしかしゃべれないため、度々冒険者たちを困惑させている。困惑だけならいいが、大抵の冒険者はそこで怒鳴りつけてくる。こうなるとライラは接客スマイルを保つ事ができなくなり、今にも泣きだしそうになってしまう。アリナはそんなライラに注意を促すが、落ち着くまでカウンターを変わる事が多々ある。接客のアリナと事務のライラ。2人で分割して仕事をやれば、残業などしなくて済むだろうが、目の前の仕事に精一杯な若い2人には、まだそこまで思い至る余裕がなかった。故に2人は仕事に関係なく一緒にいる事が多い友人同士でもあった。

 

「ところで先輩」「ん」

 ふいに書類を片付けているライラが、数か月前の記録の書かれた書類を出してきた。

「最近現れませんね。『処刑人』様」

「処刑人?」

「先輩だって知ってるでしょ?」

「ええ、まあ」

 知らないわけがない。 『処刑人』。ギルドに正式に登録されている冒険者ながら、その素性を知る者はいない。 話によると攻略が進まないダンジョンや、大量に湧き出た強力な魔物討伐など、高ランクのクエストが長期に渡って続いている時に、フラリと姿を現し、たった1人で問題のすべてを片付けてしまうという凄腕の冒険者だ。小柄な体系を生かした俊敏な動きと、その華奢な身体にはあまりに不釣り合いな巨大なハンマーを振り回し、ゴーレムだろうがドラゴンだろうが、完膚なきまで叩き潰してしまう姿から『処刑人』と呼ばれ、今では都市伝説化されるまでになった。

「で、その『処刑人』がどうしたの?」

「いやぁ、このグリーンドラゴンも退治してくれないかなって」

「そんなムシのいい。だいたい処刑人は、高ランクで攻略が長引いている時しか現れないって言うじゃない。グリーンドラゴン程度じゃ・・・」

「いや、今回のグリーンドラゴンの件、前回処刑人様が姿を現した時と、状況が似てるんですよ?」

「・・・そうだっけ?」

「そうです!」

 『処刑人』のファンであるライラは、得意気に記録が記された書類を差し出した。 アリナはそれを手にとって読んでみる。

「前回の処刑人の出没は、比較的ダンジョンの奥にいるはず大型の魔物が、食料を求めて低層にまで出て来た結果、冒険者を食らい狂暴化、その上に繁殖・・・。町にまで被害が及ぶ惨事になるかもしれないって時に、その魔物を根絶した。あったわねそんな事」

 アリナは記録を隅に置いて、再び自分の書類にペンを奔らせる。

(あの時は仕方なかったのよ。万が一町まで被害が出ても、冒険者や兵士が守るのは金持ちや貴族ばかり。そうなったら、私のおうちがヤバイじゃないの。ローンがあと30年残ってるんだから)

「グリーンドラゴンも繫殖力が強くて、本来いないダンジョンにいるんでしょ?これって前回のパターンと似てますよね?」

 アリナの手がまた止まった。 魔物が狂暴化し強くなる条件は人肉を食らうことだ。 それも強く、スキル持ちの人間の。だから頭の良い魔物は、弱い冒険者を襲い、その血肉を食らい、徐々に力をつけていく。結局最弱クラスのドラゴンでも、上位の冒険者を苦戦させるほどの強力な力を得てしまう。今までも何度か事例がある事だ。

(あの子たち、大丈夫かな? いやグリーンドラゴンに遭遇してるとは限らないし・・・。それに)

 アリナは深呼吸をしてから、再び書類にペンを奔らせる。

(冒険者としてダンジョンに挑むのなら、魔物のエサになる覚悟があって当然。それが冒険者という職業なんだから。 私は違う。私は一生を安定と安心で彩るために、受付嬢という仕事に就いた。どんなに苦しくても辛くても、この仕事をやり遂げて来た。安易な覚悟で冒険者になって死んだとしても、それは自己責任。私には・・・)

 アリナの脳裏に『嫌な記憶』が過る。 それを振り払おうと、更に力強く書類にペンを奔らせる。

「ちょ、ちょっと先輩、計算が間違いだらけですよ」

「え、あ、ごめん」

「お疲れなら、今日は私がやっておきますよ」

 ライラは既に自分の書類をまとめていた。

「そんな、悪いよ・・・」

「お昼助けてくれたじゃないですか。そのお返しですよ。たまにはマイホームで、ゆっくりと休んで下さい♪」

「そ、そう・・・。じゃ、じゃあお言葉に甘えるね・・・」

 アリナは何度もごめんねと言いながら、素早く帰り支度を整えてギルドを飛び出した。

(確かにクエストを受けたのはあの子たちだ・・・。だけど進めたのは私だ・・・!!)

 

 そのまま人気のない路地裏に入り込んだ。

「よし人の気配はない」

 アリナの足元に白い魔法陣が現れたかと思うと、彼女は先ほどとは比べ物にならないほど素早く移動した。確実に人のいない場所を選んで、最速で自宅に辿り着いた。

(私は馬鹿だ。感情に流されて、仕事をないがしろにするなんて。だけど、いやこれも言い訳かもしれないけれど・・・)

 アリナは自宅の2階の奥にある特別なクローゼットに鍵を差し込む。 そこにはフードつきの比較的薄い服が綺麗に飾られていた。

(あの子たちにクエストを受けさせたのは、受付嬢の私だ。ならその尻ぬぐいをするのは・・・)

 アリナは胸ポケットから金色に光る『1級』を証明する冒険者ライセンスを取り出し、制服を脱ぎ捨てた。そしてクローゼットの服を素早く着こなす。装備と言うには程遠い薄着、へそを出し、肌の露出の多い服。だがその配色は紫と黒という夜にまぎれやすいものだった。

「 『処刑人』 である私の役目だ!! 」

 

 そこに受付嬢のアリナ・クローバーはいなかった。 そこに姿を現したのは戦いに挑む覚悟を決めた『処刑人』アリナ・クローバーだった。

 

 

 フェンリ森林 地下2階。 そう広くはないこのダンジョンに少年少女の荒い息遣いがこだましていた。 そしてそれをかき消すようにズシンズシンと重量感のある地響きがダンジョン内を振動させていた。 その振動の元凶、グリーンドラゴンは、口内を真っ赤に湿らせ、次の獲物をゆっくりと、まるで逃げまとう姿を楽しむように、じっくりと追いかけていた。

 




 あとがき


 ナガレボシです。まずはここまで読んで頂き、ありがとうございました。
 アリナさんの仕事シーンを書いていたら、中編になってしまいました。前書きでも書きましたが、たぶん原作のアリナさんは人助けはしません。結果として冒険者を助ける事は多そうですが・・・。仕事シーンはアニメよりも現実に近づけて、途中からはアリナ=処刑人だとにおわせるように書いてみました。
 それでは、ここまでのおつきあい、ありがとうございました。
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