アリナ・クローバーの素敵な日常   作:ナガレボシ

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2つの顔を持つ少女 後編

 グリーンドラゴン。その名前の通り緑色をした小型のドラゴンだ。胴体と尻尾が長い割に、手足と翼が小さく動きが遅い事が特徴だ。しかし敵が間合いに入ろうものなら、その長い尻尾で薙ぎ払いをしてくる。普段の動きは遅いくせに、この時だけは俊敏になるのが厄介なところだ。また膨らんだ腹をへこませて吐いてくる炎のプレスは強力で攻撃範囲も広い。 しかしこれらを知っている者ならば、比較的倒しやすいドラゴンでもある。例えば尻尾の薙ぎ払いもプレスも、予備動作があるため、避ける事も、ダメージを軽減する事も可能だ。炎属性に強い盾を持っている盾役なら、プレスを受けながら強引に殴りにいってもいい。このように強いが決して勝てない相手ではないため、グリーンドラゴン1体の討伐は中級冒険者に昇格するための試験となっている。しかしそれが大群や、ごく稀に現れる『希少個体』ともなれば話はまったく別であるが。

 

 既にギルドが送り込んだ兵士が数人、フェンリ森林に調査へ来ていた。その内、グリーンドラゴンを見たと言って帰ってきたのはたった1人、しかもその1人も、重症のため間もなく死亡した。ギルドは大きな混乱を防ぐため、兵士の死亡は伏せ、グリーンドラゴンの討伐クエストとして、翌日から中級以上の冒険者専用クエストとして受注する事にした。フェンリ森林はその日のうちに封鎖された。しかしそこにタイミング悪く新米冒険者が素材集めのクエストを受けて、森林の奥に入っている事を誰も知らなかった。

 

「グリーンドラゴンって、こんなにでかいのかよ・・・。図鑑で読んだのとは、まったく違う・・・」

 身体中傷だらけになりながら、しかしその痛みすら感じる事を忘れ、少年は泣きながら叫んだ。

「こんなの聞いてないわ。でもダンジョンに予想外はつきものだって・・・」

「だとしても、こんなところで死にたくねぇよ!!」

「みんな落ち着け!幸いあいつは足が遅い。木の陰に隠れて逃げれば、必ず逃げ切れる!」

 リーダの少年は諦めるな!っと仲間を鼓舞した、その時だった。灼熱が木々を燃やし尽くし、暗い森林を紅く染め上げた。

「クリエイトウォーター!!」

 魔術師の少女がなんとか詠唱を間に合わせ、自分たちの周りに水属性の魔法を放ち防壁変わりにした。しかしそれが彼女の最後の魔力だった。少女は崩れ落ち、激しく咳き込んだ。限界以上の魔力を使ったのだ。そしてその魔力を持ってしても、全員の大火傷は免れなかった。更に眼の前には巨大なグリーンドラゴンが、のしりのしりとゆっくりと迫ってきていた。そのニタリと不気味に微笑んだ口元から「あきらめろ」と聞こえてくるようだった。

「なあ、俺たち、よくやったよな・・・」

「そうだな」

 剣は折れ、盾は壊された。骨も何本も折れているし、火傷でもうあまり動けそうにない。

「冒険者らしく、ダンジョンで仲間と死ぬのも、いいかも、ですね・・・」

 魔術師の少女は消え入りそうな声で、涙を流しながら微笑んだ。

「お前らとは短いつきあいだったけど、楽しかったぜ」

 リーダーの少年は最後の力を振り絞り、満面の笑顔を作ってみせた。 本当はみんな泣きたかった。大泣きして騒ぎ立てて、是が非でも助かりたかった。まだまだやりたい事がたくさんあるのだ。それでも、最期が近いこの瞬間でも、いや、この瞬間だからこそ余計に冷静になれた。冒険者として死ねるのだから幸せだ。 少年少女の夢が理不尽に破壊されていくこの社会で、夢と誇りを胸に散っていけるのだ。それだけでも冒険者になってよかった。死ぬ事に対して恐怖はあるが、悔いはない。 いや、それでも彼らにはひとつだけ心残りがあった。

 

「それではご武運を。いってらっしゃいませ」

 

 ふいに脳裏をよぎるのは、あの優しい受付嬢の顔。アリナ・クローバーの声だった。

「新米で右も左もわからない俺たちに、あんなに親切に、丁寧に接してくれた受付嬢のお姉さん、アリナさんに、ただいまって、言いたかったな・・・」

「ごめんなさい、アリナさん・・・!!」

 いつの間にか、グリーンドラゴンは目の前に迫ってきていた。近くで見るとそれは本当に巨大で、よくここまで逃げられたと、改めて自分たちに関心してしまうほどだった。ドラゴンは勝ち誇ったようにニタリと不気味な、それでいて人間でもわかるほど、醜悪な笑みを浮かべる。わずかに開かれた真っ赤な口からは、血の臭いに交じり、今まで嗅いだ事のないような悪臭が漂ってきた。

「今からお前らも、この悪臭になるんだよ」

 ドラゴンの邪悪な瞳がそう語っていた。グリーンドラゴンは腕を大きく振り上げ、獲物めがけて振り下ろした。少年たちは死を覚悟し、互いを庇い合うように抱き合った。

 

「・・・・・!」

 しかし訪れるはずの痛みはなかった。それとももう既にあの世なのか? 少年たちは恐る恐る目を開いた。

「だったら、明日、ちゃんとただいまを言いにいらして下さい」

 少年たちとドラゴンの間に大きな外套とフードをまとった人影が入り込んでいた。そして振り下ろされようとしていたその腕を掴んでいた。

「可憐な受付嬢が、丁寧に対応致しますからね!」

 アリナ・クローバーは片手でフードを脱ぎ、満面の笑みで微笑んでみせた。

「・・・え、アリナ、さん・・・」

「そ、そんなわけ、ないよ。私達、夢を・・・」

 譫言に近い脈絡のない言葉を放ちながらも、彼らの意識ははっきりとアリナ・クローバーを捉えていた。昼間の華奢な受付嬢が、巨大なドラゴンの魔手から、自分たちを救ってくれたのだ。

「ギルルルルッル・・・!」

 だが彼ら以上に驚き、恐怖しているのはグリーンドラゴンだった。目の前の小さな人間に掴まれているのは、腕のほんの皮一枚程度だ。しかしどんなに力を入れようが、グリーンドラゴンは腕を動かす事が出来なかった。

 

「あ、アリナさん、なの、か・・・」

 アリナは空いている手で自分の口元に指をあてて「シー」と笑顔をで小声を出す。そしてグリーンドラゴンを睨みつける。

「私の定時帰りを、よくも邪魔してくれたな。このクソドラゴンが・・・」

 地獄の底から這い出てくるような怨念の籠った低い声に、グリーンドラゴンは恐怖を覚えずにはいられなかった。本能的にこの人間には絶対に勝てない、いや関わってはいけない事を悟った。だが距離を取ろうにも掴まれている腕が動かせないのだ。既に痺れ、感覚すら失ってきている。

「あぁそう。そんなに腕を解放してほしいのなら」

 メキメキボギィ・・・・!!「ぐがぁ!!!」

「ここへ置いていきなさい!!」

 アリナが少し力を入れると、グリーンドラゴンの腕が、嫌な音を立てながら、小枝のように容易く折られた。だがそこで終わらないのがこのグリーンドラゴンだった。目の前の人間が自分の腕を放り投げる一瞬の隙を見て、素早く身体を回転させ、その巨大な尻尾を横殴りに振り回してきた。 が、アリナはその尻尾を両手でがっしりと掴み受け止めた。

「オ、ルァアア!!!」「!!!」

 アリナの足元に白い魔法陣が現れた。同時にグリーンドラゴンの身体は重力を無視するように浮き上がり、次の瞬間にははるか遠くまで投げ飛ばされていた。その巨体と地面が衝突するも、勢いのついたドラゴンは止まらず、地面を抉り、木々をなぎ倒しながら、大木に激突した。

「がぁあああ!!!!!!!」

 だがそれでもグリーンドラゴンは空気を振動させるほどのおたけびを上げながら立ち上がった。 するとなぎ倒された木々の間から、多くのグリーンドラゴンが姿を現した。

「ウソ、だろ・・・?」

「あんなに大きいのが、あんなにたくさん、気配もなく、隠れていたの・・・?」

 新米冒険者の少年たちは、この信じられない状況にパニックを起こしそうになるが、逆に理性がこの状況を分析しようと、彼らをパニックから強制的に遠ざけていたのも、また事実だった。

「あぁ、やっぱりいたのね。9体か。大きいけど、群れとしては少ないわね」

 アリナは動じる事なくその群れが次に取る行動がわかった。ドラゴンたちは一斉に空気を吸い込み、腹を大きく膨らませた。

「スキル発動」「がぁああああ!!!!!」

 9体のグリーンドラゴンが、同時に灼熱の炎を吐き出した。 それは薄暗いフェンリ森林を昼間のように明るくし、冷えてきた風をすべて熱風に変えるほどの凄まじい威力だった。 だがアリナの右手にはいつの間にか、その身の丈よりも巨大なハンマーが握られていた。

「私の平穏のために・・・」

「アリナさん!!!」

 爆炎の前から動こうとしないアリナの背中に、少年たちの悲痛な叫びがぶつかる。

 

「死ねェエェエエエエエエエェぇえええええ!!!!」

 

 アリナは舞うように身体を回転させ、巨大なハンマーを振るった。踏み出した足元の地面が音を立てて凹み、ゴァという轟音と共に爆風が吹き荒れ空間が振動した。刹那、月まで届くような火柱が夜の闇を一瞬掻き消した。 グリーンドラゴンの大群は自らの放った炎を何倍もの威力で跳ね返され、断末魔すらあげる間もなく、骨の粉すらこの世に残らなかった。

 

 ドラゴンが消えた事で、吐き出された炎は消え、真っ暗な闇と静寂がフェンリ森林を包み込んだ。

「・・・・・」

 ドラゴンとアリナが戦った証拠、ミサイルでも打ち込まれたかのように抉られた地面と、痛々しく倒された木々が、少年たちの前には広がっていた。

 これは夢なのか? 少年たちは助かったという実感よりも、目の前で起こった現実が夢ではないか?という疑問の方が先に立った。 そんな少年たちにアリナは無言で近づき、服から出した小瓶を地面に置いた。

「こ、これは・・・?」

「私が残業でよく飲んでるポーション。一時的とはいえ体力が回復する。これだけの騒ぎだからね、もうすぐ兵士が様子を見にくる。私が出来るのはここまでよ」

 受付嬢の時の高く優しい声ではなく、低く暗さを帯びた声で、アリナは淡々と言葉を放った。

「あ、アリナさんの成果に、しないん、ですか?」

「興味ない。もしこの騒ぎの事を聞かれたら、「『処刑人』がドラゴンを倒して結果的に助かった」とでも言っておいて。あと、私が受付嬢だって事、バラさないでね」

 彼女の声には有無を言わさない迫力があり、彼らはただうなづく事しか出来なかった。

「あぁ、それから」

 アリナは立ち上がり、彼らに背中を向けたまま続けた。

「冒険者なら死ぬ覚悟なんて決めないで。殺されても生き抜いてやるって度胸を持ちなさい」

「・・・・!」

「か、勘違いしないでよね。担当した冒険者に死なれたら、受付嬢は後味悪いんだから」

「あ、アリナさん、いや『処刑人』さん」

 アリナの脳裏に一瞬過った嫌な記憶を、リーダーの少年の声が掻き消した。

「助けて頂いて、ありがとうございました。無事に帰った事を、明日必ず受付嬢のアリナさんに報告にいきます」

「・・・待ってるわよ。 またね」

 処刑人はそれだけ言うと、足元に白い魔法陣が現れた。かと思うと、メコンと地面が凹み、彼女の姿は既に星空の向こうにあった。

 

 そして翌日・・・。

 

 ギルドは『処刑人』が現れ、グリーンドラゴンが討伐されたと言う話題で盛り上がっていた。更にダンジョンが廃墟のようにボロボロになっているという事実が冒険者だけでなく、受付嬢たちの妄想を掻き立てていた。

「なんかダンジョンもボロボロになってたんだろ?どんだけ強いんだ処刑人は」

「一度手合わせ願いたいね」

「実は処刑人は、人の姿をした化け物だったりしてな」

「今の俺と戦ったら、良い勝負が出来そうだな・・・」

(またやってしまった・・・)

 アリナはプロの受付嬢の意地から、いつもの接客スマイルはどうにか保っていたものの、『処刑人』という単語を聞く度に、心臓がはねだしそうな錯覚に襲われるのだった。ギルドの受付嬢は公務であり、副業は禁止されている。それが偽造の冒険者ライセンスを作り、モンスターを討伐していたなんて上層部にバレればクビは確定だ。

(私はバカか・・・。なんで勢いに任せて、あんな事を・・・。あの子達を助けるだけでよかったじゃない。正体バラス必要なんてなかったじゃない・・・。あぁ・・・あぁ・・・)

 アリナ・クローバー。冷静に将来を見据え、安定と平穏を第一に考えて生活をする彼女だが、後先考えずに行動してしまうのが、たまに、というかかなりの傷である。

(ええい、気持ちを切り替えないと!私はプロの受付嬢なんだから!)

「次の方ぁ、次の方こちらへどうぞ」

 アリナは無理矢理笑顔をつくり、いつもの良く通る高い声を出し、次の冒険者を迎える。

「あの、アリナさん・・・」

「・・・・!!」

 アリナの前に姿を現したのは、『希望の光』の4人だった。全員身体中に包帯を巻いており、足元もおぼつかない状態だった。それでも4人が互いを庇い合い、どうにかここまで来たようだ。

(昨日は暗くて気が付かなかったけど、この子達、こんなに怪我してたの・・・?)

 満身創痍。という言葉が今の彼らを語るに相応しいであろう。本来なら絶対安静にしていなければならない状態だった。それでも彼らは激痛を堪えて笑顔を作った。

「アリナさん、・・・クエスト、無事、終了しました・・・。そして・・・」

「「「「ただいま!!!!」」」」

 ギルド内に響き渡るほど元気な声で、とても重症者とは思えないほどはっきりと、彼らは叫んだ。

「・・・・・!!!」

 アリナは一瞬茫然とした。何を言っていいのかわからなかった。なのに嬉しさが込み上げ、その翡翠色の瞳から大粒の涙が流れていた。アリナはそれを飲み込むように天井を仰ぎながら深呼吸をした。

 

「おかえりなさいませ。クエスト達成、おめでとうございます!」

 

 久しぶりにマニュアルではなく、心の底から出た言葉だった。

 

 

 『希望の光』は達成感に満ち溢れた表情で、フラフラしながら帰っていった。今にも気を失いそうなその姿と、晴々した表情はあまりにもかけ離れていた。それでも互いを庇い合うようにゆっくりと前へ進む彼らを見て、アリナは思うのだった。

(これだから、受付嬢はやめられないんだ!)

 彼らが開けたギルドの扉から、冷たいがかすかに春の香りの混ざった風が吹き込んできた。アリナ・クローバーの不安もいつの間にか何処かへ吹き飛んでいた。

 

 




 あとがき



 ナガレボシです。まずはここまで読んで頂き、ありがとうございました。
 『ギルます』の小説を読むたびに、自分の書いているものに、「これってアリナかな?」と疑問に思ってしまう反面、こういうアリナでもいいんじゃないかって、何処か納得しているこの頃です。
 さて、『2つの顔を持つ少女』で、私の感覚でアリナ・クローバーを描けたので、次回からは日常回です。メインタイトルの『アリナ・クローバーの素敵な日常』は次回からが本番です。ほのぼののんびり路線でいくので、興味がある方は読んで頂けると嬉しいです。
 それでは、ここまでのおつきあい、ありがとうございました。
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