アリナ・クローバーの素敵な日常   作:ナガレボシ

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アリナ・クローバーの優雅な休日

チュンチュンと、小鳥のさえづりが、朝の訪れを知らせる。 カーテン越しに眩しい光が、少女の寝顔を照らす。少女は「う~~ん」とうなりながら布団を頭までかぶる。

「えへへへへ、もう食べられないよぉ。でもォ、おかわり」

 どうやら大好きなケーキを次々に食べている夢を見ているようだ。枕元にはよだれが垂れている。アリナ・クローバーにとって、夢の中にいるこの時は、最高に幸福な時であった。 

 

 アリナが目を覚ましたのはそれから1時間後、9時過ぎの事だった。

「う、うーーーーーん・・・!!」

 身体を伸ばしながら起き上がり、肩紐の垂れたネグリジェを整える。

「夢か・・・。でも今日はお休み・・・。よし、もう一回寝ちゃお♪」

 再び布団の中へ頭まで潜り込む。 次にアリナが目を覚ましたのは更に1時間後だった。

「ずっと夢の中にいたい。お布団の中で暮らしたい。それが最高の平穏かも・・・」

 優雅?な休日は、二度寝なしには始まらない。アリナはそう断言できる。

 

 

「にしても、昨日はちょっと飲み過ぎたなァ・・・」

 少し頭が重い。意識すれば身体がだるく、少し胃もむかむかする。昨日は休日前の大好きな夜更かしを、お酒と共に楽しんだのだ。

 アリナは欠伸をしながら風呂場へ向かう。こういう時は朝のシャワーを浴びるのに限る。

 

 熱いお湯が、まだ冷たさの残る身体に温もりを与えてくれる。湯が身体に浸透していくほど、眠気と酔いが抜けていく。

「朝の二度寝に、シャワー・・・。これこそ、安定した受付嬢の、休日の過ごし方よね」

 ルンルン♪と上機嫌な鼻歌と、お湯の流れる音が、アリナの目覚めを優雅に彩ってくれていた。

 

 朝食は用意していた簡単な野菜スープだけ。なぜなら今日はランチへ出かけるからだ。オシャレだが、決して派手ではない衣服に着替え、アリナはおうちを出る。今日行く村は徒歩で2時間以上かかる場所にある。普通は馬車を雇うが、体力に自信があるアリナはゆっくりと、景色を楽しみながら歩いて行く。

 

 

 

 大都会イフールを出て1時間ほど歩いただろうか?、町の灰色は自然の緑へと吸収され、風の中に土や草の匂いが強くなっていく。舗装されていた道路には石のゴツゴツ感が目立ち始め、ちらほらと野生動物が目に入って来た。ふと草むらを見ると、野生のベリーが実っていた。喉が渇いていたので、アリナは一粒もいで口へ放り込む。

「すっぱ!」

 思わず声をあげる。しかし酸味を噛み締めると、ラズベリーのような香りと共に、ライチに似ているようなかすかな甘みが口内を撫でてくれた。汁っけも多く、3粒ほどで充分にアリナの喉を癒してくれた。こういうのはジャムにしても美味しいのだが、ここは野生の動物たちの場所だ。むやみに人間が荒らしていいわけがない。アリナは歩きながら食べる分をもう3粒だけ取り、そこから離れる。

 

 太陽はポカポカと暖かいが、吹き抜ける風はまだ冷たい。イフールでは、春の訪れを感じていたのに、ここではまだ冬の気配が強い。都会の文明が、人間のエゴイズムが、季節まで先取りしているのだと感じずにはいられなかった。最も自分もその人間の1人である事をアリナは実感し、複雑な気持ちになる。田舎から出て来てもう3年になる。それはあっという間だったようで、とても長かったようにも思える。同時に随分と都会に慣れたと言える反面、田舎の人間に備わっている季節を味わう感覚がボヤけてきている事を寂しく思わずにはいられなかった。その癖、田舎では到底お目にかかれない便利な暮らしにはどっぷりと浸かっており、もうあんな不便な生活は出来ないと断言する自分がいる。つくづく人間という生き物は、自然の良い部分だけを満喫し、不都合な部分を切り捨ててしまうという習性を持っているようだ。

 しかし自然の風が、匂いが、アリナの受付嬢という少し大きいブカブカの職業を脱がし、昔の村娘へと戻してくれる。

「あの頃はよかったな・・・」

 大人の仮面をかぶった少女は、幼い頃の楽しかった思い出、きらびやかな衣装をまとい、心の中で楽しそうに踊るそれの手を1つ1つとっていく。だが光がある所に必ず影は出来る。アリナは自分に受付嬢という道を進めてくれた冒険者の事を思い出し、寂しさに身を委ねないわけにはいかなかった。

「・・・シュラウド・・・」

 もし彼が生きていたら、自分は今頃どうしていただろうか? 彼の言う通り受付嬢となり、彼を冒険へ送り出していたのだろうか? それとも彼と共に冒険者となり、日々命の危険と隣り合わせに生きていたのだろうか? どちらもあり得るようであり得ない。だって彼はもうこの世にいないのだから。シュラウドが生きている事前提の今などあり得ないのだ。それは理解できていても、思いを巡らせずにはいられない。 アリナの心は現実世界にしっかりと足を着けているようで、その理性は妄想に近い思想の世界をふわふわと彷徨っていた。

 

 

 

 そんな事をしていると、向こう側に村が見えて来た。アリナは気持ちを切り替える。目指すのは食堂だ。

 

「いらっしゃーい。おやアリナちゃんじゃないの!久しぶりだね」

「女将さん、どうもご無沙汰しています」

「最近どうだい調子は?」

「はは、相変わらず残業ばかりです」

 アリナは差し出された水を半分まで飲み、思わずプハっと息を吐く。喉を潤した事で、空腹が目覚めたのを感じる。

「では、ご注文は?」

「いつものナポリタンセット大盛で!」

「今日のケーキはチーズケーキのラズベリージャム乗せだよ」

「ホントですか!!嬉しい」

「よし、じゃあ、ケーキも大きいのをサービスしとくよ」

「ありがとうございます!!!」

 

 この村唯一の食堂『より道』は、この村で採れたものだけで料理を提供している。女将のセレナは今年で二十歳になるが、年齢以上にしっかりしていて料理も上手だ。大きくなったお腹を抱えながら、その働きっぷりは衰えることを知らず、女将と看板娘の両方を務めていた。

「女将さん、その旦那さんは?」

「あの人はね、森に材料集めに行ってるよ。明日には帰ってくる予定だよ。アリナちゃんが来たこと、伝えとくからね」

「ありがとうございます」

 セレナが厨房に入ったあとで、アリナは辺りを見渡す。油の色がついたテーブルや壁がこの店の年季を物語っていた。そんな中にガラス細工の犬や鳥といった小物が置かれ、不思議な居心地の良さを醸し出していた。客は男性が殆どだが、家族連れや、中には1人で食事を楽しんでいる女性もいた。狭い店だが、隅々まで手入れが行き届いており、お客もそれらを大切にしつつ食事を楽しんでいた。

(ミートパイに焼き魚、ハンバーグ、キッシュ・・・。みんな美味しそう)

 客が食べている料理を見て匂いを吸い込みながら、アリナは自分のナポリタンはまだかまだかと待ち遠しくて仕方なかった。時々よだれが垂れそうになるが、どうにかそれを堪える。

 

 

「おまたせ!まずはナポリタン大盛ね!」

「ありがとうございます!!」

「ではごゆっくり!」

 

 ジュージューっと鉄板が具材を焦がす音と、香りと共に、大盛のナポリタンがアリナの目の前に置かれた。この大きさはイフールではお目にかかれない。

「い、ただきっ まーす♪」

 ポッテリと赤いパスタを、フォークに巻き付けて口へ頬張る。ハム!!むぐむぐむぐ・・・。

「ん~~~~~~!!!」

 新鮮なトマトの酸味と旨味が口いっぱいに広がり、追いかけるようにスパイスの香りが鼻孔をつく。そこにこのコシのあるポッテリとしたパスタがまたよくあう。

「美味しい!!!ハフハフ、あつい・・・」

 ジューシーなソーセージ、甘みの濃い玉葱、ほろ苦いピーマン。どれもこの村で採れたものだ。このナポリタン一つにこの村の人々の生き方が詰まっている。と言っても大げさではないだろう。確かにイフールのようなオシャレなパスタの味ではない。大雑把で塩辛くて、具材の切り方も大きい。しかしこれでいいのだ。これこそが男も女も関係なく朝から晩まで働かなければならない労働者の味なのだ!

(あぁ、お腹が満たされていく・・・。気持ちが満足していく・・・。よし最後は・・・)

 残しておいた半熟の目玉焼きにプスリとフォークを刺す。まだ暖かいトローリとした卵の黄身が赤いパスタと混ざり合う。

「ん~~~~!!さっきよりまろやかで食べやすい!なのにこの酸味とコクときたら!!身体の芯からトロけちゃいそうで!!!」

 ズゾゾゾゾゾ・・・・!!! アリナはマナーも気にせず、一気に音を立ててパスタを啜りこんだ。トマトソースが飛び散り机や衣服を汚すが気にしない。口の周りが油でベトベトになるがやっぱり気にしない。そんな事は都会のレストランで気にすればいい。

(そう、今は、全身全霊を懸けて、このナポリタンを、楽しみ尽くすのよ!!!)

 ズゾゾゾゾ・・・・、ズズズズズズズ・・・・・!!!

「はぁあ・・・。しあわせ・・・」

 あまりの幸福感に思わずため息を吐く。

「そんなに満足してくれたなら嬉しいよ。はい、デザートのチーズケーキね」

「わぁ♪ありがとうございますゥ!!」

 タイミングを見計らったように、空っぽになった鉄板を下げ、入れ替わるようにチーズケーキがアリナの目の前に登場した。真っ白なレアチーズケーキに、深紅のラズベリージャムの粒1粒1粒が、まるで宝石のように輝いていた。

「では、いただきまーーす」

 フォークが吸い込まれるような柔らかさのチーズケーキに、少しジャムを塗って口へ運ぶ。パクリ!

「~~~~~!!!」

 コクがあるのに優しいチーズケーキが口の中でとろけていく。そこにラズベリージャムのスッキリとした酸味が、後味を爽やか締めてくれる。

 アリナはもう加速がついて止まらない。1口1口丁寧に味わいながらも、チーズケーキを腹へ収めていく。その豪快でどこか愛らしい食事シーンに、何人かの客は魅入っていた。

 

(濃厚なナポリタンの後に、最高のデザート。いやイフールになら、もっと美味しいものはあるかもしれない。だけどこの野性味溢れるワイルドで新鮮な味!この味は田舎でしか出せない!それにあそこでの私は、受付嬢というプライドが邪魔をして、ここまで食事を楽しめない。 そう!社会から離れ、制服を脱ぎ捨てて、現実から抜け出す!!そこにしかこの幸福は待っていてくれない!! あぁ、私はこうして人間に戻る!私はこうやって、私に戻っていくんだ・・・!)

 

 チーズケーキを完食したアリナは最後に水を一気に飲み干し、プハァっと息を吐いた。ちなみに最後をコーヒーにしないのは、少しでも長くケーキの余韻に浸っていたいからだった。

「ご馳走様でした」

 

 

 口の中に余韻を残しながら、アリナは店を出た。かなりの時間いた気がするが、店を出てみれば、まだ1時間も経っていなかった。さっきよりも風が柔らかい気がした。すると日差しの温かさの中に、春の香りが強くなっているように思えた。

「さて、地酒にパン、果物と。あ、あとライラにお土産を買って帰ろうっと」

 軽い足取りでスキップをし、ルンルン♪ と鼻歌を歌いながら、アリナは受付嬢へと戻るため、愛しのおうちへと足を運ぶのだった。また明日からも頑張ろう!っと残業なんて怖くない!っと気持ちの中で力強くガッツポーズを決める彼女の姿がそこにはあった。

 

 




あとがき

 ナガレボシです。まずはここまで読んで頂きまして、ありがとうございます。
 消えた文章の記憶をたどりながら、なんとか書きました。前半はライトノベル風、アリナが町を出て村へ歩くシーンは、文学風?、食事シーンは孤独のグルメ風 といったようにしたつもりです。タイトルのように優雅かどうかは人次第かもしれませんが、アリナさんにとっては、優雅に過ごせたようなので、よしとして頂ければ嬉しいです。
 それでは、ここまでのおつきあい、ありがとうございました。
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