ジェイド・スクレイド。 イフールのの強者だけで構成されたパーティ『白銀の剣』のリーダーであり盾役でもある。その超人的な体力と防御力、指揮官としての判断力は、同世代の若者を遥かに凌駕しており、最強のパーティのリーダーの名を不動のものにしている。またその整った顔立ちに、紳士的な態度から、女性冒険者や受付嬢たちから、ひそかにファンクラブまで作られるほど絶大な人気を誇っている。力と地位と名誉、誰もが望むものをすべてを手に入れた、最も成功した完璧な冒険者として、彼の名を知らぬ者はいない。 だが・・・。
「よう、アリナさん。これから昼食?よければ一緒にいかないか?」
「いやですわ白銀様、お戯れを」
彼はアリナ・クローバーに夢中だった。 話はかなり省略するが、アリナが『処刑人』として、自分に残業をもたらすボス『ヘルフレイムドラゴン』を倒した時、その場にジェイド達『白銀の剣』がいたのだ。と言うより、ヘルフレイムドラゴンに苦戦を強いられていた。アリナにそのつもりはなかったが、結果的に処刑人はヘルフレイムドラゴンを倒し、白銀の剣を助ける事になった。ただ予想外に、目の良いジェイドは暗闇でも処刑人の容姿を見抜き、その正体が、受付嬢アリナ・クローバーという結論まで自力で辿り着いた。 それからジェイドはアリナにつきまとい、パーティのトップアタッカーに加えようとしたり、自分たち専用の受付嬢にしようとしたりと、かなりやりたい放題していた時期もあった。しかし強敵を前にアリナとジェイドは共闘し、何度も共に視線をくぐりぬけ、今では戦友とも呼べる間柄になっている。ジェイドだけでなく、白銀の剣の黒魔導士ロウ、白魔導士ルルリも、アリナの事を仲間と思っている。
しかしこれがライトノベルや漫画なら、そのまま展開が進むのだろうが、そうはいかないのが現実の厳しいところだ。
「アリナ、白銀のジェイド様に失礼でしょう?ここはいいから、お相手して差し上げなさい」
ジェイドの誘いをやんわりと断ろうとするアリナの横から、先輩受付嬢が口を挟んできた。
「いえ、しかし先輩・・・」
「白銀の剣のジェイド様は、ギルドの幹部でもあられるのよ。そんなお方のお誘いをお断りするなんて、受付嬢としてはいかがなものかと思いますよ?」
「う・・・」
「ジェイド様、アリナはこの通り、まだまだ未熟者でございます故、ジェイド様のお誘いに困惑しています。そんなアリナを選んで下さった事を、先輩として心からお礼を申し上げますわ」
「あ、いえ、俺は別に、そんな・・・」
「ではアリナ、くれぐれもジェイド様に失礼のないようにね」
「はい。ご配慮ありがとうございます。先輩」
アリナはカウンターの書類をさっと整理し、先輩に軽い引継ぎをしてからギルドを出た。
「あの、アリナさん、なんだかその、ごめん」
イフールの穴場のペンチで、ジェイドは頭をかきながら言う。
「何を仰っていますの白銀様。私のような駆け出しの受付嬢が、白銀様のような一流の冒険者の方と一緒にお食事が出来るなんて、とても光栄ですわ」
アリナはニコリと笑顔をつくり、優しい声を出す。しかしその目と彼女から出ているオーラーは、笑顔のそれとはかけ離れたドス黒いものだった。
「う・・・あの、その、その白銀様って言うの、やめて頂きたいのですが・・・」
「あら?ジェイド様の方が宜しいですか?」
「いえ、そういう事じゃなくて・・・」
「では、どういう事でしょうか?」
「せめてご主人さグボァ・・・!」
ジェイドの腹のど真ん中にアリナの膝蹴りが炸裂した。彼の頑丈な鎧がへしゃげてボゲシャと嫌な音がした。
「申し訳ありません白銀様、足が滑ってしまいましたわ」
「そ、そう・・・ですか・・・。ゲフ・・・。え、っと、あ、そうだ」
アリナに殴られ慣れているジェイドは次の瞬間には立ち直り、思い出したように手を叩いた。
「白銀の剣のメインアタッカーだけど、今回の募集で、優秀なヤツらがたくさん集まってくれたよ。明日は訓練と試験もかねて、ダンジョンに潜るよ」
「・・・そうですか。それはおめでとうございます」
アリナはさっさとサンドイッチを口に頬張るが、ジェイドはなかなか食事が進まない。アリナは明らかにメチャクチャ怒っている。それはジェイドが今までに見た事がないくらいに。しかしジェイドにはなんでアリナがそこまで怒っているのかが理解できない。
(今までのアリナさんだったら、怒っているならハンマーで殴ったり、クソだのゴキブリだの、死ねだの言ってくるのに。最近のアリナさんは様子がおかしい。そうか!)
「アリナさん、ひょっとして女の子のhブグァ!!」
とんでもない事を口走ろうとしたジェイドの顔面に巨大なハンマーがめり込んだ。明らかに人間からしてはいけない音がむごたらしく響いた。
「それでは白銀様、今日はこれで失礼致します。とても楽しかったですわ」
(絶対にうそだ・・・)
ジェイドは鼻血を拭きながら、「ま、またな」とアリナの背中に声をかける。アリナはもう振り向かなかった。
アリナは少しでも早く、この場を立ち去りたかった。今はジェイドと一緒にいたくはなかった。
(白銀のアタッカー?そこには私がいるじゃない。今までだって、一緒に頑張ってきたのに・・・!!)
腹が立ち、少し涙が滲む。同時にそれが自分勝手な我儘だということにも気が付いていた。
(私は平穏な受付嬢でいられれば、それでいいのに・・・。そんな私を気遣って、ジェイドは新しいアタッカーを探してくれてるのに・・・)
正式に白銀の剣のアタッカーになるためには、処刑人の正体を明かさないといけない。しかしそれはアリナ・クローバーの受付嬢人生に終止符を打つ事を意味している。アリナの平穏に立ち入らないため、ジェイドは新しいアタッカー探しをしてくれているのだ。それなのに・・・。
「それなのに、私は・・・」
いつの間にか自分の息が切れている事に気が付いた。思わず走っていたのだ。 悲しくて、怒りが込み上げて、寂しくて、悔しくて・・・。色々な感情がごちゃ混ぜになって、言葉と整理が追いつかない。こんな気持ちは初めてだった。
ギルドに戻ると、早速昼の仕事と、先輩のいびりが待っていた。
「アリナおかえりさない」
「・・・ただいま戻りました。先輩にいらぬ気を遣わせてしまい、申し訳ありませんでした」
「それはいいのよ。ジェイド様に失礼はなかったでしょうね?」
「はい。私なりには・・・」
「まあ、いいわ。それなら仕事に取り掛かって頂戴」
そう言うと先輩は、書類の山をアリナの目の前に置いた。アリナのカウンターを代わった先輩が受けたクエストの受注書だ。またか、とアリナは歯を食いしばる。
「それから、カウンターでは冒険者の方がお待ちよ。しっかりと対応よろしくね」
「はい」
アリナのカウンターには、冒険者の列、その殆どが女性の冒険者で固められていた。 彼女たちは態度と笑顔こそいつも通りだが、クエストの受注におしゃべりをしてきたり、ジェイドとの間を聞いてきたりして、明らかにアリナの手を止めにかかっていた。アリナはそんな彼女たちの真意に気付きつつも、いつもように笑顔で応対し、片手間で書類を整理していた。
(こりゃ今日も残業か・・・)
目に見えない悪意と、女の嫉妬心に囲まれたアリナは、心の中でため息をつき、悔し涙を流した。それを表情に出さないのは、受付嬢として成長した証だろう。こんな形で自分の成長を実感できるとは、皮肉もいいところだ。
「お疲れ様アリナ。それでは残業頑張ってね」
「お疲れ様でした」
「でもねアリナ、忙しいのはわかるけれど、勤務時間中に仕事を片付ける事も大切よ。もう3年目になるのだから、もう少し効率よく仕事を回せるようにならないとね?」
「・・・・!! も、申し訳ありませんでした」
脳内の血管がすべて破れそうになったが、どうにか押さえつけた。
誰もいなくなった事務室で、アリナは山積みになった書類を茫然と見つめガクリと膝をついた。 もう1週間以上、いや10日か? いつまでこんな日が続くのだろうか?
「私が、なにしたって言うのよ・・・!」
当たり前だが誰も応えてはくれない。静寂が夜風を引立てるだけだった。アリナは仕方なくデスクにつき、書類の山にペンを入れ始める。
「白銀のアタッカーといい、先輩やら女冒険者やらの嫌がらせとか・・・。あぁ、私の平穏は何処へ・・・」
これがダンジョンのボスのせいで残業が増えるのならなんとでもなる。処刑人としてボスを倒せばいいだけなのだから。しかし嫌がらせとはいえ、誰もルールは破っていない。あくまでも業務の範囲の出来事なのだ。
「先輩や女冒険者を闇討ちで始末すれば・・・。いや、それは受付嬢どころか、人として終わる気がする・・・」
アリナにとって、それはボスを倒すより容易くできることなので、理性を失えば余計にやりそうで怖い。人間はドラゴンより脆いし、誰もがジェイドのように強靭な肉体を持っているわけではないのだ。
(みんな弱いから、私に嫉妬する・・・)
それはそうだなと考える。末端の、しかも新人に毛が生えた程度の受付嬢が、冒険者ギルド最強のイケメン、幹部クラスの大金持ちのジェイド・スクレイドから想いを寄せられるなど、普通はありえない。これを女の職場で嫉妬するなと言うのが無理な話だった。しかしかと言って、いつまでこんな生活が続くのだろう・・・?
「先輩、いるんでしょう?アリナ先輩」
「あ、ライラ。どうしたの?」
考え事に夢中になっていると、いつの間にかライラが入ってきていた。
「これ、差し入れです。コロッケパン。まだ暖かいですよ」
そう言ってライラは袋に入ったコロッケパンを差し出した。
「ありがとうライラ。 でも今の私に優しくするとライラまで・・・」
「水臭いな。そんな時は一緒に残業すればいいんですよ」
ライラは笑顔で言いながら、自分もデスクに着いた。
「書類、半分下さい。私も手伝いますんで」
「え、でも・・・」
「いいから。早く終わらせて帰りましょう」
「ライラ・・・、ありがとう・・・。もう、これじゃどっちが先輩だかわかんないじゃないの」
「アリナ先輩らしくないなそういうの」
うるりと涙を流すアリナに、ライラはえへへへと笑いながら言う。
「ねぇ先輩」「ん?」
書類の山に囲まれて1時間くらいだろうか? ふいにライラが話しかけて来た。
「ジェイド様に助けてもらったらいいんじゃないですか? ジェイド様が一言いえば、こんなイヤがらせすぐに終わりますよ?」
「・・・・・」
アリナはしばらく考えてから、ため息をついて口を開いた。
「いやだ」
「まあ、先輩の事だからそう言うと思ってましたけど・・・。それでも・・・」
「私は、まっとうな仕事をしたいの。例え残業をしてでも。そりゃ、百年祭の時はジェイドに助けて貰ったけど・・・。イヤがらせを権力で黙らせたところで、なんにもならないの!」
アリナは握り拳を作り、椅子に足を乗せて言った。
「イヤがらせやいじめなんて、真向から受け止めて、体当たりで打ち砕く!!これが誠実な人間の在り方なのよ!!!」
「いや先輩、もうそれってただ要領悪いだけですからね・・・」
「と に か く! いやがらせになんて屈してたらこの仕事は続けられない!私はなんとしても、このいやがらせ地獄を1人で乗り切って、絶対に平穏を取り戻してやるんだから!!」
ライラはため息を吐きつつも、アリナの言葉が根拠のない強がりである事を見抜いていた。その声は元気なようでいつものように張りがなく、力強いようで、拳がしっかり握れていない。アリナが本当に助けてほしい時のサインだった。そしてこういう時のアリナほど、絶対に誰にも弱音を吐かないし、助けなんて求めない事も知っていた。いつもならこのタイミングで処刑人が現れて、ダンジョンのボスを倒して、アリナを残業地獄から解放してくれるが、今回はそうもいかないようだ・・・。
(ここは、ライラが一肌脱ぎますか)
書類にペンを奔らせながら、ライラは先輩のために、小さな決意を固めるのだった。
あとがき
ナガレボシです。まずはここまで読んで頂き、ありがとうございます。
今回はわりとリアルな話にしてみました。まあ、女性の職場というのは色々あるのです。アニメや原作ではそこに触れていないので、思い切って踏み込んでみました。
それでは、今回もおつきあい、ありがとうございました。