早朝。 ジェイド達『白銀の剣』は、アタッカー候補5人を連れて、上位ダンジョン『ドラゴンの谷』へ来ていた。この谷は最下層以外は、崖と洞窟で構成されており、下へ行けば行くほど強力なドラゴンが出てくる。足場は悪いし、ドラゴン以外のモンスターも手強いものが多く、おまけに有毒ガスが発生している場所もある。その難易度の高さから、冒険者ライセンス2級以上の冒険者の修行場として知られている。逆にこのダンジョンを制覇できるようならば、一流の冒険者だという事が証明されるわけだ。ジェイドたちも昔はここで鍛錬に励んだものだ。
「・・・・・」
「ジェイド、どうしたのですそんなに難しい顔をして?」
「あ、いや、なんでもないよ」
いつも最初は明るく、アタッカー候補に声をかけるジェイドだが、今日はいつになく難しい顔をしていた。ルルリは何か察したように小声を出した。
「アリナさんの事ですか?」
「いや、なんでもない。それより今は、探索に集中しよう」
白銀のヒーラーを務めるルルリは、アリナの親友でもある。故にアリナの愚痴を聞いており、多少は今のアリナが置かれている状況を理解していた。それと同時に今回の事はジェイドが変にでしゃばる場面ではないとも考えていた。
「アリナさんなら大丈夫です。自分でなんとかできます」
「そ、そう、だよな」
「それよりもリーダ」
いつになく真剣な声を出したのはバックアタッカーのロウだ。
「このダンジョンの異様な空気、わかってんだろ? 油断はできないぜ?」
「ああ。彼らの連携を見つつ、俺たちは調査をする。今日は様子見だけだ」
ジェイドの真剣な顔を見て、ロウは安心したように口を開いた。
「リーダーがいつも通りで安心したぜ」
ジェイドは平静を保ってはいたが、少しでも気を抜けばアリナの事が思考を埋め尽くすのだった。
それは昨日、やはりアリナの事が気になり、いつものように残業をしているであろう彼女の所へ向かう途中だった。アリナの後輩ライラと鉢合わせた。
「あ、ジェイド様、丁度良かったです!アリナ先輩の事で相談が・・・」
「アリナさんが、どうかしたのか?」
ライラの話ではアリナは今、職場で陰険なイジメを受けているとのことだ。先輩受付嬢に、女冒険者に・・・。
(俺が彼女たちを止めるのは難しい話じゃない。だがそれはアリナさんの意思に反する上、根本的な解決にはならない)
相手が男ならどうにでもなる。アリナにナンパしたり、追いかけまわそうものならば、冒険者としても人としても再起不能にしてやればいい。だが女性となるとそうはいかない。
(俺に相談してくれたのは嬉しいけど、悔しいくらい何もできない・・・)
とりあえずジェイドは今の仕事に専念する事しかできなかった。ここでアタッカーが決まれば、少なくともアリナを『処刑人』として引っ張り回さなくてもいい。ジェイドは自分に言い聞かせ、頭を切り替える。
ジェイド達は、当初目的としていた場所より、随分と深くに潜っていた。最初に思っていた以上に調査が進んだのと、アタッカー候補の5人の戦闘力が予想を超えて高かったためだ。
「ジェイドさん、やはりこの辺りの魔物からは、何やら異質な印象を受けます」
ジェイドに報告に来たのは、候補の1人で唯一の女性冒険者、シュリナ・ヴァレンだった。
「君も気が付いたか。それでどんな印象を受けた?」
「ええ、殺気だっているし、興奮もしています。ですが、体力と理性のバランスが取れていないようでした。強力な攻撃を繰り出してくるのに、防御は脆く、味方同士で争ったりします。ドラゴンのような賢く、群れで行動しているものが連携を乱すというのは、あまり例をみません」
「そうか。報告ありがとう。しばらく休憩していてくれ」
「はい」
シュリナはさっと下がった。
アタッカー候補は5人いるが、中でもこのシュリナが一番の候補だと、白銀のメンバーの意見は一致していた。彼女は長剣と短剣の二刀流使いで、スキルは風を操るスキルを持っていた。このスキルは武器や鎧に風をまとわせ、攻撃力や防御力を上げるというものだ。また彼女は風属性の魔法や回復魔法も扱える万能アタッカーだった。短く青い髪と鋭い目が特徴的な細身の美女であり、年齢は17歳、年齢以上に冷静な判断力と、前衛とは思えない広い視野を持っていた。冒険者としては長く活動しているようだが、イフールにやってきたのは、ほんの数か月だという。数年早く来ていれば、先代のアタッカー・ガンズではなく、彼女が『白銀の剣』に選ばれていたかもしれない。そう思えるほど彼女は優秀だった。
「彼女が白銀に入ってくれれば、アリナさんを戦いに巻き込まずにすむかもしれない」
そう言うジェイドの表情は何処か寂し気だった。
「アタッカーもだけどよ。ここまでの調査で、リーダーはどうみるよ」
ロウが鋭い声を出し、ルルリの表情にも緊張が奔る。
「このダンジョンには『魔神』に近い何かがいる。だがそれは魔神とは明らかに違うものだ。2人はどう思う?」
ロウとルルリは顔を見合わせてからコクリとうなづく。
「俺もリーダーと同じ意見だ」「私もです」
「だとしたら・・・」
ジェイドは深く考え込むような姿勢を取る。
「候補生たちもいる事だし、ここは撤退してもいいかもしれない。5人の力もあらかた把握できたし、魔神に近いものがいるとなるとアリ・・・」
言いかけてジェイドは口をつぐんだ。ロウとルルリはその続きがわかっていた。
「なあリーダー、ここは思い切って奥へ進んでみないか?」
「・・・どういうことだ?」
「アリナさん、いや処刑人以外をアタッカーにしても、遅かれ早かれ魔神とぶつかる。だが今は裏クエストは見つかってない。という事は魔神がいたとしても、復活している可能性は極めて低い。なら奥まで行って様子を見るくらいはしてもいいと思う」
「私もロウと同じ意見です。処刑人さんに頼らなくても、いつか私達は戦わなくてはならないのです」
「・・・・・」
ロウとルルリの顔を交互の実て、ジェイドはしばらく考えた。
「もし危なくなったら、候補生を連れて逃げると、約束してくれるか?」
「「・・・・・」」
一瞬の間があったが、ロウとルルリはジェイドを見据えてうなづいた。この時の白銀の剣のメンバーは、自分自身の焦りに気が付いていなかった。もし気が付いていれば、ここで引き返すという選択が出来たかもしれないが・・・。 処刑人を、アリナをアタッカーから解放したい。彼女の求める平穏をこれ以上乱したくない。3人は同じ気持ちだった。
「あぁ、定時帰りって素晴らしいぃいい!!!」
その頃アリナは、珍しく定時帰りを勝ち取り、我が物としてご機嫌にお気に入りの店でケーキを頬張っていた。
「先輩、いいんですか?私まで奢ってもらっちゃって・・・」
上機嫌のアリナに対し、ライラは若干申し訳なさそうにケーキを口へ運ぶ。
「いいのよ気にしないで。ライラだって残業手伝ってくれたじゃない。今日は思い切り好きなケーキを食べていいわよ」
「あ、ありがとうございます・・・」
ライラはアリナの前に山のように置かれたケーキを見ながら、自分の食欲が少しずつ失せていくのを感じた。
(この華奢な身体の、どこにこれほどの大量のケーキが入るんだ・・・!!)
「ん?どうしたの?」
「い、いえ、今日は先輩たちや女冒険者さんたちも大人しかったなと思いまして」
「あ~~あれね。 今日は白銀の剣がダンジョンに潜ってるからね。ジェイドがいないから、私をいびろうにも、理由を作れなかったんでしょ。それに」
「それに?」
「最近女冒険者のリーダーみたいになってる『シュリナ・ヴァレン』ってのがいるんだけど、あいつがジェイドの事すごく好きみたいでね。だから私に絡んでくるのよ」
メンドクサイと言いながらアリナはケーキを頬張る。
「でもまあ、リーダーの冒険者さんとジェイド様がいなければ何もできないって、みんな可愛いとこあるじゃないですか」
「まあ、所詮は女子供ってことね」
「私達も漏れなくその分類に入るんですがね・・・」
アリナはケーキを食べ終えた後、買い物をして、散歩をしながらゆっくりとおうちへ帰るのだった。
一方その頃、ジェイド達はダンジョンの最深部まで来ていた。ここまで来ると自然に出来たような谷や洞窟は無くなり、大理石の床に壁、魔法光といった、先人たちが作った人工物が多くみられる。数年前までこの先にボス部屋があり、氷を操る『プリザードドラゴン』が王座に君臨していた。
「この先にドラゴンがいる」
ジェイドは五感を鋭くするスキル『シグルスビースト』を発動していた。それはこの回想の嫌な気配を捉え、更に奥で待ち構えるドラゴンの存在を探知していた。
「そこって、昔私達が倒したプリザードドラゴンがいたフロアですよね・・・?」
「でもリーダー、この気配は、ただのドラゴンじゃ・・・」
「ああ」
ジェイドはその『嫌な雰囲気』に覚えがあり、これ以上先へ進むのは危険だと判断した。
「みんな、ここまで来て悪いが、今日の調査はあらかた終了したし、みんなの実力もわかった。最深部まで来させたのに悪いが、今日はもう戻ろうと思う」
ジェイドの思わぬ提案に、シュリナ以外のアタッカー候補は不服を隠そうとはしなかった。
「ドラゴンなら俺の大剣で倒してみせます!!」
「ドラゴンを倒したヤツが、白銀のアタッカーでよいのでは!」
と誰もが引く気はないとばかりに声を荒げた。ジェイドはどうしたものかと、次の言葉を考え始めたその時だった。
「グオァアアァアアアア!!!!!!!」
迷宮内を振動させる激しい雄叫びが響いた。かと思うと、今度はドゴンドゴンと激しい地震が起きた。
「みんな、伏せろ!!」
「これは・・・」
その場にいた全員は、この異様な現象の根本をすぐに眼の当たりにする事になった。まるでこちらの帰還を許さんとばかりに、大理石の壁を破壊しながら、ボスフロアから飛び出してきたのは、全身に炎をまとう赤黒い巨大なドラゴンだった。
「こいつは・・・!!」
かつて見たことのあるそのドラゴンに、白銀の剣は驚きで声を失った。
「・・・ヘルフレイムドラゴン・・・、だと・・・!」
それはかつて白銀の剣を窮地に追い込み、処刑人によって倒されたヘルフレイムドラゴンだった。
あとがき
ナガレボシです。まずはここまで読んで頂き、ありがとうございました。
今回はつなぎということで、文章が若干説明っぽくなっています。ただ次回で話がまとまりますので、そこで爽快感を得て頂ければ嬉しいです。
それでは、ここまでのおつきあい、ありがとうございました。