バッハ「私たちは友達だからだ」   作:ホネホネ

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Shooting Star

 

「うおおおあああおああああああ!!!」

「絶叫とは余裕だな。頼もしい限りだぞ、ジーク」

「主よ!あとでこのクソガキを力いっぱい殴ることをお許しください!マジで!」

 

ユーハバッハの体を抱きかかえながら、ジークフリードは鬱蒼とした森の中を駆けていく。

そしてそんな彼らを追いかける白い化け物の群れ。

 

今のジークフリードに背後を振り返る余裕はなかったが、背中に迫ってくる数多の霊圧の正体が容易くこちらに死を与えられる存在であるということだけはわかっていた。あまりにも生々しい恐怖に、逃走しか選ぶことができないだけ。

 

なにせ彼は虚を倒した経験がなかった。

それどころか、虚を至近距離で見たのさえこの屋敷での一度きり。

滅却師としての力はあれど、実践どころか遊び程度にしか使ったことがない。エアガンしか触ったことのない子供を戦場に放り出すようなものだった。

 

さて、エアガンしか触ったことのない子供を戦場に放り出した張本人であるユーハバッハはジークフリードに抱きかかえられながら、彼の肩に顎を乗せて背後を眺める。

 

「ふむ、まだ5体か。場所が場所だからか案外集まりが悪いな」

「もう5体も集まってきて俺を追ってきてんの!?」

 

正確にはユーハバッハを、である。

虚は高い霊力の人間を喰らおうとする。撒き餌に込められた霊力はユーハバッハのものだけであり、それに釣られてやってきた虚は当然その霊力の主人を狙ってくる。

 

つまるところ、仮にジークフリードがユーハバッハを置いて一人で逃げていたら、彼が虚の群れに追われることはなかったのだ。 

しかし虚を目の当たりにした彼は当たり前のように真っ先にユーハバッハを抱きかかえて走り出した。

想定通りの結果に、ユーハバッハは満足げに笑う。

 

「だが、ジーク、逃げてばかりでは何も変わらん。いや、むしろ、変わって(・・・・)しまうぞ」

「はあ!?何の話だ!」

「虚は霊力のあるものを狙う。だから今は私たちを狙っているが、頓着が続けばもっと食べやすいほうに目移りするぞ。大した霊力はなくとも数のある屋敷に、な」

「……ッ!」

 

ユーハバッハの言葉にジークフリードの表情が焦りに歪む。無意識に向けた屋敷への視線。そこに母がいる以上、守るべき場所だ。あちらに行かせるわけにはいかない。

そう思った瞬間、ジークフリードの体の中で霊力の奔流が巡り始める。

 

「ユーフェンてめえ好き勝手しやがって!後で泣くまで説教してやっからな……!」

「ほう、面白い。どっちの説教だ?」

 

揶揄うようなユーハバッハの言葉にジークフリードは無理矢理に口角を上げる。

恐怖は消えない。業火の景色も、あの時の悲鳴も、また。

だからもしもまたあの時と同じ景色がやってきた時に、あの時とは違う行動ができるように。

もしも本当に戦わなくてはならない時が来た時に、決して後悔しないように。そのためなら、この荒治療だって受け入れよう。

 

「お前が嫌いなほうの説教だよ!」

 

ジークフリードは体ごと振り返る。数メートルそばまで迫ってきていた虚の群れに怯みながらも足を止め、真正面から見据える。

瞬間、二人の周囲に数多の矢が構築される。

 

矢を作り、放つ。

ジークフリードは単純なそれしか知らない。

それでも狙い撃てば遠くの小さな鳥を穿つ程度には精度があり、現実の矢よりは高い威力を持つ。

 

けれど、初めての戦闘に加熱する頭の奥に残る冷静な思考がそれでは足りないと呟く。

数えるほどの余裕はなくとも敵は多くいる。今の自分に狙い撃つ余裕はないし、当てられる自信もない。抱きかかえた子供を危険に晒すわけにはいかない。

 

だから物量で押し潰すしかない。

狙いを定める必要がないくらいの数で、相手が攻撃に転じられなくなるくらいの勢いで、相手を滅却(ころ)し切るまで攻撃し続ける。

 

それを最適解と判断した瞬間、ジークフリードの周囲に浮かんでいた大量の矢が虚に向かって射出された。

 

それと同時に周囲にある霊子を無理矢理自分の方へ引き寄せては新たに矢を作り射出し、虚を穿って崩れた矢の残滓のような霊子さえ再回収して再び矢を作る。それを延々と延々と延々と繰り返す。

 

ユーハバッハは自分を抱きかかえていたジークフリードの手が緩んだのを見て、地に足をつけ、彼の戦闘を眺める。

その時、前方にいた虚を盾に、後方にいた虚がジークフリードの弾幕から逃れようと逃げ出す。直線上の矢を避けようと横にそれた虚に、けれどジークフリードの矢は追尾するように曲がり、逃げるその背を穿った。それを追うようにさらに大量の矢が虚を刺し、針の筵になったそれが悲鳴をあげながら消えていく。その時にはもう盾になるような虚も消えていた。

 

「……さながら猟犬(ルード)だな」

 

今の追尾をジークフリードが意識的に操作しているとは思えない。おそらく無意識の産物だろう。恐怖と怯えの裏返しか、想像以上に徹底的で、想定以上に血の気が多い。

 

今のジークフリードのそれは、暴力を振るった経験の無い人間が加減がわからずに必要以上に強い力で人を殴ってしまう様に近い。

頭は熱に浮かされたまま、目を見開いているがそこには何も映っていない。目の前の結果など見もせずに、ただ霊子の循環を続けることだけに集中している。

 

「ジーク」

「…………」

「ジーク、もういい」

「…………」

「ジーク」

 

ユーハバッハはジークフリードの頬を軽くはたいた。

瞬間、びくりと体を震わせた彼の焦点が戻り、ようやく視線が重なり合う。

 

「ジーク、もう全部滅却した。もう撃たなくていい。ここを壊す気か」

「あ、え、………おわっ!?」

 

全ての虚を滅却してなお放たれていた矢のために陥没し、数多の穴が開いた地面にジークフリードはギョッとして声を上げる。ジークフリードは辺りを見渡し、そこに白い影が無いことを確認するとようやく呼吸を思い出したかのように息を吸った。

それからバッとユーハバッハへ目を向け、そこに彼がいることを確認すると、眉尻を下げてからフラフラとしゃがみ込んで頭を抱える。

 

「どうしたジーク」

「……こ、」

「こ?」

「怖かったあ!」

「そうか、それは虚もだったろうな」

「何でお前は説明もなしに勝手にこういうことすんの!次やったら本当に怒るからな!」

 

むしろ今回はまだ怒ってないのか、と思ったが口にしなかった。わざわざ薮をつつく理由もない。

しゃがみ込んだままのジークフリードの肩にユーハバッハは無言のまま首を両腿で挟むようにして座る。「なんで?」と言いつつジークフリードは立ち上がった。いわゆる、肩車の状態である。

 

「なにがしたいんだよお前は」

 

肩車されたユーハバッハは近くの樹木の太い枝に手を伸ばすとそれを掴んで体を引き上げる。そうやって木に登ったユーハバッハは枝に腰掛けて、ジークフリードを見下ろした。

 

「さて、元より大した霊子の量ではなかったからな、撒き餌の効果もそろそろ無くなる」

「やったぜ」

「次のが最後だぞ」

「次ィ!?まだ来んの!?」

 

驚いた顔のジークフリードを見下ろしながら、ユーハバッハは木の幹へ軽く手をつく。

 

「大方、我々を喰った虚を喰おうと後から悠々と来たのだろう」

「食物連鎖かよ……つか、虚って虚を喰うんだ」

「ああ、強い力を得る可能性のある虚、成長の余地のある虚が無意識に力を欲して共喰いをする」

「成長すんの?虚が?……なんか色々気になんだけど、とにかく次の奴はさっきの奴らより強いってことか?」

「すでにいくらか虚を喰っているのなら格が違うだろうな。……悠長にしているうちに、ほら、来たぞ」

 

そう言った瞬間、ジークフリードの体に空気が罅割れるような強い圧力が降りかかってきた。

崩れそうになる膝へ咄嗟に力を入れて圧力に耐える。

そんな彼の様子を上から見つめていたユーハバッハの傍の幹に白く巨大な手が巻きつく。

 

ともダ

チぃ

 

ずるりと木の影から顔を出したその虚は、割れた仮面の隙間から長い舌を出すと、反響した音を更に無理やり歪めたような声で嗤う。

そして求めていた霊力の根源たるユーハバッハへ手を伸ばそうとする。

 

次の瞬間、虚の手の甲に鋭い矢が撃たれた。

 

「汚ねえ手で触んじゃねえよ」

 

木に張り付く虚をジークフリードは下から睨め付ける。今まで浴びたことのない霊圧の虚を前に恐怖と虚勢はあれど、戦う意志は確かにあった。

 

ジークフリードはじっと虚を見据える。

木に絡みつく身体に対してバランスが悪いほど大きな手、仮面の隙間から覗く瞳孔は横長で、舌もやけに長い。ジークフリードはなんとなく蛙を想起した。

 

アは

は、あは

アハは、ハハ

あそん

クレ

のォ!

 

矢を構築して追撃しようするジークフリードへ、標的を変えた虚は木をバネに地に立つ彼へ飛び掛かる。

 

真正面から飛びかかってくる虚へ、ジークフリードもまた同じように真正面から受けて立つかのように矢を放とうとして──。

 

「馬鹿か」

「ふぎゃっ!」

 

真横から勢いよくどつかれて、ジークフリードは地に転がる。次の瞬間には首根っこを掴まれたまま、高速で引き摺られていた。一瞬で離れた距離。

それまでジークフリードがいた場所に向かって撃たれた虚の掌打が地を抉るのが遠目に見えた。

 

「ぐっ……!ユーフェン……!いつのまに……ッ!」

「お前の初撃が効いていなかったのが見えなかったのか。力の差がある虚相手に真正面から受けて立つなど、死んでも文句は言えんぞ」

 

その小柄な体のどこにそんな力があるのか、ジークフリードを引き摺ったまま、ユーハバッハは空中を滑るように素早く移動する。

 

「言っただろう、滅却師は虚に対して魂の抗体を持たない、と。些細な擦り傷が致命傷になりうる」

「う……それは、そうだったな……」

「なぜ滅却師が弓を使うのか、それは虚との距離を取るためだ。虚の体も攻撃も血肉さえも猛毒と思え。常に距離を取り、真正面から戦うなどもってのほかだ」

「言われてみりゃあそれはそうなんだけど、そういうことって先に教えといてくんねえかな!?」

「お前にはこれから滅却師のみが使える秘技の移動方法を伝える」

「だからさあ!そういうことって先に教えといてくんねえかな!?」

 

思わず声を上げるジークフリードを無視して、ユーハバッハは話を続ける。

 

「霊子は動きを持つ物質であるが故にベクトルを与えれば方向性さえ操れる。原理はそれと同じだ。己の足場へ方向性を与える。それだけでいい」

「わかったから首根っこ掴むのやめろ!締まってんだよずっと!」

「では離すぞ」

「おう!」

 

ユーハバッハが手を離した途端、素早く体勢を整えたジークフリードが彼の隣で並走する。理解と実行の早さに微かに感心すれば、得意げな顔をされた。

 

いかケッこ

ォ?す

きぃ

 

そんな二人の後を先ほどの虚が追う。大きな手で地面を掻き、獣のように四つ足で駆けてくる。けれど速さはそこまで無い。滅却師の歩行方法を知ったばかりの今のジークフリードでも追いつかれはしないだろう。

ジークフリードは走りながら肩口で振り返って、虚の手の甲を見る。初撃で攻撃したはずのそこには傷一つ付いていなかった。ユーハバッハの言う通り、先ほどまでの虚とは格が違うのだろう。

 

「矢が効かねえなら勝ち目なくねえか?」

「一本の矢だけで判断するのか?」

「……それもそうだな!」

 

霊子の上を滑りながら背後を見やったジークフリードが軽く腕を上げると、周囲に数十本の矢を構築される。その腕を虚へ向けて振り下ろした途端、それらの矢が虚へ向かって一斉に射出されていく。

 

真正面からの弾幕攻撃に、虚は素早く手の甲で自身の体を守る。体を覆い隠すほど大きな手によってジークフリードの矢は弾かれた。

相手の攻撃を無力化したと嗤う虚は、しかし次の瞬間背中に刺さった矢の痛みに悲鳴を上げる。

 

ィア!

「硬いのは手だけなのか」

 

霊子操作に物理法則は無い。それ故に放った矢の軌道さえ、操ることは可能だ。

ジークフリードは撃ち出した矢の一部の軌道を捻じ曲げると、手で体を隠すことで視界を失った虚の背中へ矢を当てていた。

ジークフリードの火力のせいか、致命傷では無さそうだが悲鳴を上げている様子から効いてはいるらしい。

 

おいか

っこ!ボク

がオニ

!ボク

がオニ

「よく喋る虚だな、まるでお前のようだ」

「「お前」ってもしかして俺のこと?」

「しかし、手が面倒なのは事実だ。ジーク、あれを捕まえられるか?お前が兎にそうしてきたように」

「え?無視?」

 

攻撃されたためか絶叫しながら再び二人迫ってくる虚。後ろ足をバネのように使って四つ足で駆ける様は確かに兎に似ていなくも無い、とジークフリードは思った。

むしろそう思えたから、捕まえられると思った。

 

鬱蒼とした森の中、虚が頑丈な樹木と樹木の間を通り抜けた瞬間、その足元にあった霊子で作られたワイヤーの輪の中に前脚が入る。

瞬間、ワイヤーが素早く締まり、虚の前脚を拘束した。不意に効かなくなった前脚につんのめった虚が頭から地に転がる。

素早く罠を仕掛けたジークフリードは、くくり罠の要領で虚を捕まえると、七転八倒する虚を見つめながらユーハバッハへ声をかける。

 

「捕まえたぞ」

「よくやった」

「……え」

「なんだその顔は」

「お前って人を褒めたりできるんだな……」

「その「お前」とはもしや私のことか?」

「他に誰がいんだよ」

 

軽口を叩き合いながら、ユーハバッハはその手の中に弓を作り出す。

 

「前々から思っていたが、ジーク、なぜ弓を使わない?」

「あ?だって矢があれば弓はいらないって言ってたろ」

「弓が無くとも矢は撃てると言っただけで不要とは言っていない」

「とんち?」

 

ユーハバッハにはやや大きなその弓は、ジークフリードが持つには丁度良い大きさだった。

それを渡されたジークフリードはこちらを見上げる紅い瞳を見つめ返す。その脳裏にはいつか見た、弓矢を使っていたユーハバッハの姿があった。

 

「滅却師の使う弓の名は神聖弓(ハイリッヒ・ボーゲン)、そして矢の名は神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)。堕ちた魂を滅却(ころ)し切る退魔の力だ」

神聖(ハイリッヒ)……。ずいぶん仰々しい名前だな」

「弓に矢を番え、力を込めて弦を引き、狙いを定めて撃つ。一連の動作を行うことで、これから自分が何をしようとしているのかを自分自身の身体に理解させるのだ」

「自分が、なにをしようとしているのか……」

「お前のやり方が間違っているわけではない。モーションも無く放たれる無数の矢の弾幕は脅威だが、自動的(オートメーション)だ。あれら一本一本にお前の意思はほとんど介在していない。時に意思のない数多の矢より、意思ある一本の矢が強いこともあるという話だ」

「……確かに、それもそうだな」

 

前脚を拘束されバランスの悪いまま起き上がった虚がケタケタと笑い声を上げた。先ほどまでの勢いを失いながらも一歩一歩こちらに近づいてくる。

 

おハナし?

オトモダチ?

おともだち?

タべて

クダいて

ノみコんで

おなかのナカ

ヒトツに

マゼ

テあげる

「どういう思考回路だよコイツ」

「余計な世話だな。……ジーク」

「なんだよ」

「恐ろしいか?」

 

問いかけるユーハバッハに、ジークフリードが静かな表情で対となる弓と矢を番えた。ユーハバッハはその背を支えるように掌を添える。

微かに感じる掌の感触に、鼓舞するようにジークフリードは口角を上げた。

 

「怖くねえよ。……お前がいる」

「……ああ、そうだ、私がいる。ジーク、前を向け」

 

虚は歩みを止めると仮面が割れそうなほどに大きく口を開けた。

そして二人へ向けてその咥内から長い舌を射出してくる。

 

「ためらうな。討つべき敵を見据えろ。そして──」

 

番えた矢と交わる弦を引く。細い弦が指に食い込む微かな痛みの感触。弓の先に見える虚の姿。浮かされるような熱はもう無かった。全てが鮮明な現実。

そばにいると伝えるような掌が、嬉しかった。

 

「──放て」

そうして、指を離す。

 

結末は決まっていて、すべては一瞬のことだった。

真っ直ぐに打ち出された矢は光を纏って進む。そして、突き出された虚の舌を裂き、虚本体を穿つ。

清浄なる光の軌道の先に魔のものは残らなかった。

一瞬の輝き、そして戻ってくる世界。

光が通り抜けた痕跡を追うように吹き抜ける風が、木々を少し騒がせるだけ。

 

ゆっくりと弓を下ろしたジークフリードはそれをユーハバッハへ返す。受け取ったユーハバッハはそれを元の霊子へ還した。

もうなにもいない森を見つめながらジークフリードは呟く。

 

「……今の、流れ星みたいだった」

「詩人だな」

「なんだよ、揶揄ってんのか」

「いいや、私には無い感性だと言っているだけだ」

 

ジークフリードはその場にすとんと座ると、仰向けで大の字になって寝転がった。

葉の隙間から零れる木漏れ日がジークフリードの顔にまだらの模様を作る。そんな彼を、そばに立ったまま不思議そうに顔を覗き込むユーハバッハ。ジークフリードは彼を見つめながら、ずっと抱え込んでいた問いかけを口にする。

 

「なあ、ユーフェン」

「どうした」

「お前って、何者なんだ?」

 

それはいつかによく似た問いかけ。

あの日、そう問われたユーハバッハは肉体(なまえ)能力(ちから)を答えた。けれど、今日は違う。ジークフリードの求めるものはそこに無かった。

 

「……博識過ぎるんだ、お前は。普通の知識だけじゃない。虚のこととか、滅却師の力とか、ずっとこの屋敷にいただけのただの子供がどうしてそんなことを知ってる?」

「…………」

「お前を疑ってるわけじゃない。糾弾したいわけでも、秘密を暴きたいわけでもないんだ。ただ、少し、お前のことを知りたいだけ……」

 

ジークフリードは目を瞑る代わりに自身の目元に手を当てた。視線から逃れるように、自らの視線を隠すように。

しばしの沈黙。返ってこない声に、言わなければよかったのかもしれないとジークフリードは思った。微かな疑問に目を瞑ったまま、今までと同じように生きていくことだってできたはずだから。この好奇心が二人の間に生まれていた信頼を殺すのならば黙り込んでいたほうがマシだった。

自分が知りたいと思ってしまったことで、ユーハバッハを傷つけることだけが怖い。

 

「……いつか、話さなくてはならないと思っていた」

 

そばにある気配は変わらずそこにあって、不意に言葉を落とす。ジークフリードは瞼の代わりにしていた手を離した。途端にこちらを見つめる瞳と視線が合う。

紅い瞳の中には微かな躊躇い。眉間に皺を寄せながらも下がった眉が珍しい。

 

「……原初、一人の男がいた。滅却師という存在のルーツとも呼ぶべき存在。私はその男の持っていた『退魔の力』そのものの具現であり、権化。真の意味において私は人では無く、この肉体さえ仮のものだ。本当に私と呼べるものは魂にしかない」

 

ぽつぽつと溢された言葉、その意味のすべてをジークフリードは理解しているわけでは無かった。けれど、遮ることもこちらから問うこともなく、ただ黙って頷く。

 

「……朝と夜が繰り返されるように、私は何度も生と死を繰り返してきた。死ぬたびに、これから生まれていくはずだった魂へ寄生し、その魂を私のものに塗り替えて生まれ出ずる」

 

他者を奪わなければ、喰らわなければ、生まれてくることさえできない。そういう在り方の存在だった。生まれた後でさえも、喰らい続けなければ肉塊に成り果てる。そんな、救いようのない魂。

 

ジーク。ジークフリード・ジンツァー。

その響きを好ましいと思っていた。

お前の名を呼べることが嬉しかった。

お前がお前のまま生まれてきたことが嬉しかった。

お前に会えたことが、嬉しかった。

 

不意にユーハバッハの喉にひとつの問いかけが迫り上がった。震える唇でそれを問いかけようとして、やめる。無意味だと、わかっていたから。

 

 

──ジーク、お前は私のことを覚えているか?

 

 

 







ユーハバッハとは一体何者だったのか?という考察は数多にありますが、本作においては霊王から生まれた滅却師の力の具現であり、何度も転生を繰り返している説でいきます。

それを踏まえて、ユーハバッハは何者なのか?ジークフリードは何者なのか?この屋敷の不穏なあれこれはなんなのか?あたりの種明かしパートに入っていく予定です。
これまでも大概ですが、今後もかなり俺が考えた最強設定で好き勝手にやっていくのでよろしくお願いします。

あと5話くらいでこの章が終われば良いなあと思っています(思ってはいる)(できるとは言っていない)
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