バッハ「私たちは友達だからだ」   作:ホネホネ

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A bit like you and me

 

首の無い死体、部屋に散乱する血と骨と脳髄、吐瀉物。ベッドの縁に腰掛けて楽しげに窓の外の月を眺める少年と、彼のそばにくっつく兎が一匹。

 

少年は、──ユーハバッハはふらふらと足を揺らしながら待ち人が来るのをただ待っていた。

 

待っているその間に、ひとつ、またひとつと還ってくる魂をユーハバッハはただ当たり前に受け入れる。

ユーハバッハは還ってくる魂のあらゆる経験や記憶さえ己のものとする。それ故に、その魂の過去の持ち主が感じた間際の死の恐怖さえも当然彼に還ってくる。

 

けれど、その夜は異なった。

どの魂からも死の恐怖を感じることはなかった。

優しく、殺したのだろう。友の行いに気がついて、微かに口の端を緩める。本当にお前は私を傷つけない。

 

一人で待っている間に寂しくないようにと造って置いていった兎がユーハバッハの脚に乗り掛かる。それを好きにさせながら、ただ友の帰還を待つ。こんなにも長い夜を、しかしこんなにも待ち遠しく過ごすことは初めてだった。

 

そうして還ってくる魂も絶え、始まる最後の戦いを静かな部屋の中で察する。

やがて、不意にこの屋敷に響いた轟音と振動に兎の耳が警戒にピンと立った。周囲の霊子を片っ端から無理やり収束して大技を放ったジークフリードを感じながら、ユーハバッハは宥めるように兎へふれる。

 

微かな霊子さえ引き集めるほど必死なくせに、それでもこの兎の霊子を持っていかなかったジークフリードに思わず笑う。

その甘さを笑いながら、その甘さを慈しむ心もあった。

 

それから幾ばくか、全てを終えてきたのだろう、慣れ親しんだ魂が段々とこちらへ近づいてくるのを感じる。

耐えきれずに扉の方へ体を振り返らせれば、同じように兎もまたそちらへ跳ねるように体を向けた。

 

果たして、彼はそこにいた。

疲労に纏わりつかれた身体を引き摺りながらも、確かにユーハバッハの元まで帰ってきた。

 

……あの男をその手にかけて。

 

この屋敷の悍ましい事実を知り、そしてユーハバッハのこの穢れた肉体を知ってなお、それでもジークフリードはユーハバッハを救うことを選んでくれた。

 

ジークフリードが敬虔な信徒であったが故に、この事実を知ってユーハバッハを嫌悪する可能性を否定しきれなかった。この部屋に戻ることなく屋敷を去る可能性だって、砂漠の中の一粒の砂程度であろうとも存在しているはずだったから。

 

けれど、そうはならなかった。

だから、賭けはユーハバッハの勝ちだ。

その事実にユーハバッハは胸の底から湧き上がるような歓喜を覚える。

 

静かにユーハバッハの元へ歩みを進めていたジークフリードは、彼のいるベッドへ辿り着く前に不意に足を止める。

離れた距離のまま、彼は無表情でユーハバッハを見つめていた。

普段から好であれ嫌であれ、表情豊かな彼が見せた感情の映らない顔にユーハバッハは微かに首を傾げる。不思議な沈黙に、彼の名を呼ぼうとユーハバッハが唇を開こうとした時だった。

 

「ユーハバッハ」

 

ジークフリードが、その名を呼んだ。

慣れ親しんだその声が紡ぎ出す慣れないその呼び名にユーハバッハ自身心臓を打たれたかのように驚く。

 

その名でジークフリードに呼ばれるのは初めてのことだった。

敬虔な青年は主の名を呼ぶことができない。だからこそ、彼は友の名を呼ぶこともできなかったのだ。それが覆る。その事実の意味と価値が理解できないユーハバッハではない。選ぶために捨てられてきたものを識って、失われたものへの追憶が胸によぎる。

 

そんなユーハバッハを前に、不意にジークフリードは眉を下げて、少し苦笑するように、それからどこか照れたように表情を緩めた。

 

「……なんか、呼び慣れねえなあ」

 

そう言って自嘲するように笑う青年に、ユーハバッハは口角を上げたままゆっくりと首を横に振った。

 

「いい、お前の好きなように呼べ。お前が呼ぶ名が私を意味するのならばなんであろうと私は応えよう」

「……ああ、それもそうだな、ユーフェン」

 

ジークフリードはいつもの呼び方でユーハバッハを呼ぶと、軽い足取りでベッドに近寄った。それからユーハバッハの傍に立ち、その瞳を見つめて微笑む。

 

「……ただいま、ユーフェン」

「ああ、よく私の元へ戻った、ジーク」

 

ユーハバッハが満足げに頷けば、ジークフリードは「態度デカ、玉座にでも座ってんのか」とつられるように笑った。それからジークフリードはユーハバッハの隣に腰掛ける。

 

そして、唐突に泣き出した。

それを見たユーハバッハは目を丸くし、兎も耳を立てる。

 

「う゛、う゛ううぅ………!」

「…………ジーク、どうした、何故泣く」

「いだいぃ………」

「は?」

「ほんとむり、手ェ超痛い……うええ、ほんとに無理過ぎる、めっちゃ刺された……すげえ怖かったし……なにまじ意味わかんない、俺戦いとか争い事とかほんと好きじゃない……なんでこんなことすんのまじで……」

「刺されたのか、どれ、見せてみろ」

「うええん………」

「ほう、随分綺麗に穴を開けられたな。切断された骨どころか、穴越しに向こうの景色まで見えるぞ」

「あー!あー!馬鹿!具体的に言うな!俺怖くて自分の傷見れないんだぞ!」

「なかなか無い機会だ。穴に指でも通してみるか」

「あーーー!ばかばかばかばか痛い痛い痛い痛い!」

「痛いのか?」

「痛いに決まって……!って、あれ?痛くない……」

 

唐突に左手から消え去った痛みに、ジークフリードは何が起こったのかわからずキョトンと困惑する。それからユーハバッハに掴まれている左手へ恐る恐る視線を向けた。

 

その目に映るジークフリードの左手には、何一つとして傷が残っていなかった。

先ほどまでの痛みも傷も、全てが初めから無かったかのように。

 

驚きに目を丸くしながらジークフリードは自身の左手からユーハバッハへ視線を映す。そして、その紅い瞳を見つめながら問う。

 

「なんで?」

 

今行われたのがユーハバッハの分け与える力による修復だということが理解できないジークフリードではない。

だからその問いかけは別の意味を持つ。その意味を察しながらもユーハバッハは敢えて問いかけを返す。

 

「……ジーク、それはどういう意味だ?」

「だって、お前が俺を治す理由は無いはずだろ?お前はもうこの屋敷から出ていける。後は俺の中にあるお前の魂を取り戻せば、お前は完璧だ」

「…………」

「必要なのは魂であって、身体じゃない。だから治す必要なんて無かった。今ここで魂だけ奪えばいい」

 

ジークフリードは治された左手でユーハバッハの右手を掴むと、その掌を自身の左胸に当てさせる。

薄い衣服の向こう側、温かい肉体とさらにその奥で穏やかに繰り返される鼓動の感触。奪ってもいい、奪われてもいい、とジークフリードは言外に伝える。

その意思を受け止めながら、ユーハバッハは静かに唇を開く。

 

「……ああ、お前の言う通りだ。お前の魂を奪えば、私は今度こそようやく完全な魂を取り戻すことができる。完全で、完璧で、一欠片の欠失もない魂に」

 

掌に感じる鼓動が絶えることを想像する。動かなくなった冷たい身体で横たわるジークフリードのことを想像する。

そしてその代わりに手にするもののことを想像する。

 

これまでに何度も繰り返してきた天秤による裁定を、ユーハバッハは最後にもう一度だけ頭の中で行う。

 

奪うもの。

得るもの。

その果てにいる己自身のこと。

何度天秤にかけても結果は同じで、きっともう辿り着く答えは決して変わらないのだろう。

 

だからもう、躊躇うことはない。

 

「だが、ジーク、お前から全てを奪い、私の魂が完全となったその瞬間、 私の心は欠失する(・・・・・・・・)のだ」

 

完全な魂を得たとしても、ジークフリードという友を失えばユーハバッハの心は欠ける。

 

そして、失った心が埋まることは二度とない。欠けた心のまま独りで幾年も幾千年も生きていくことができるのならば、きっと初めから心が欠けることさえ有り得なかった。

 

我が親友、我が英雄、我が運命。

お前と出会うことがなければ知ることさえなかった心。それを失うことなどもうできない。

ユーハバッハは穏やかな表情を浮かべるとジークフリードへ向けて微笑んだ。

 

「だから、奪わない。そのために魂が永劫欠け続けるのならば、その不完全さえ私の完全として受け入れよう。その喪失も含めて、私なのだ、と」

 

掌から伝わる鼓動が何よりも尊いと知っている。

ユーハバッハは、誰かに生きていて欲しいと、初めて心の底から願った。

 

「……いいのか?後悔するかもしんねえぞ」

「ああ、いい。後悔してもいい。いつか後悔するとしても、今、お前を失わずに済むのならば私の選択はひとつだけだ」

 

一度深く瞼を閉じ、それから目を開く。そして十字架の硬い感触の無いジークフリードの胸から手を離した。

隣に座り合ったまま、互いにお互いを見つめて、それからどちらともなく表情を緩める。緊張感ばかりが続いていた時間が終わり、弛緩した空気が心地よかった。

 

本当のところ、ジークフリードもユーハバッハがその選択をするとわかってはいたのだろう、それでも少しの意地悪を込めて確かめるように問いかける。

 

「ほんとーにいいのかよ、魂欠けたまんまで。あとで困って泣きついてきても知らねえからな」

「構わん、元より爪の先ほどの割合だ。その程度の魂でお前を永久に犬のように扱えると思えばお釣りが来る」

「そうかよ。……いや待て、なんで俺がお前の犬になることが決まってんの?」

「元はと言えば、お前が私から魂を持っていったことが原因だろう。贖罪の意を込めてその生涯をかけて私の下僕となるくらい当然だ」

「元はと言えば、お前が俺の魂乗っ取ろうとしたことが原因なんだけど!?」

「終わり切ったことに対してネチネチと……大した違いはないだろうに面倒な男だな。どうしてもというのならお前に媚びへつらい、殊勝な態度で強請ってやってもいいが」

「なんなんだよこいつ、被害者ヅラが上手すぎるだろ……。いや、もういいわ、その発言の時点でもう殊勝とはほど遠いしよ」

 

いつもの不遜な様子に戻ったユーハバッハを見て、ジークフリードは呆れながらも安堵して笑う。それからあることに気がついて瞬きをする。

 

「あ?そういや、ユーフェン、髪伸びたか?」

 

気がつけばユーハバッハの短い黒髪は、肩につくほどまでに長くなっていた。

その姿は千年以上先の未来で生まれる、ある死神代行の卍解「天鎖斬月」が具象化した姿に酷似している。正しくはその「天鎖斬月」こそが現在のユーハバッハに似ている、というのが正しいのだが。

 

そんなことを知る由もない2人は顔を見合わせたまま話を続ける。

 

「ああ、分け与えていた魂が私に還ってきたからな。肉体が成長……いや、老化したのだろう」

「ふーん?まあ、いいじゃん。その長さも似合ってるしな。背もちょっと伸びたか」

 

ジークフリードはユーハバッハの黒髪の先を指先で掬い上げてから離す。己の見目にさして興味の無いユーハバッハは「そうか」と返すだけだった。

それに笑って、ジークフリードはふと窓の外へ目を向ける。まだ星が残っているだろうと思っていた空はいつしか遠くの地平に光を抱いていた。

 

一瞬の瞬きの間に、暗く冷たかった世界が一変する。

 

遠く、この世の果てから登ってきた太陽が二人を光で射抜いた。一瞬で明るくなった空は太陽に灼かれて赤く染まる。

どこまでも、果てしなく赤い空。

 

開いた窓から入り込む風は夜の冷たさを記憶したまま、二人の身体から熱を奪う。それでも窓を閉めようとは思わなかった。

 

空の果てで赤く輝く太陽と、それに染められた紅の空。落ちていく満月は太陽の隣に並んで少しずつ姿を失っていく。

 

迎えた朝焼けを見つめながら、ユーハバッハはその赤く染まりゆく空に、友の暁のような髪の色を見た。

あの美しい空は少しだけ、お前に似ている。言葉にせず、ただ静かにそう思う。

 

「ユーフェン」

 

ただ静かに朝焼けを見つめるユーハバッハへジークフリードは呼びかける。呼ばれるがままに彼へ視線を向ければ、そこには躊躇いのない笑顔があった。

 

「あの赤い太陽は、お前の瞳みたいで綺麗だ」

 

太陽を指して、そう何の躊躇いも恥じらいもなく言い放ったジークフリードに、ユーハバッハは呆れるような、居心地の悪いような、そうでもないような、そんな感覚になる。

 

「…………ジーク、お前は……」

「あ?俺が、なんだよ」

「はあ……」

「なんなんだよその溜息はよ」

 

不意にユーハバッハは自分がいつか見た未来(ユメ)を思い出す。

 

──あれはどこまでも広がる空。

赤く色づいた世界の始まりのような景色の中で、誰かの冷たさに寄り添っていた己の姿。

 

少しだけ、未来は変わっていたのかもしれない。

だって、冷たくなどない。夜が残した風に体を冷やされようとも、この心はこんなにも──。

 

「……ジーク」

「ああ」

「私はきっと、お前がいなくても生きていける。例えどれだけ心が欠け、孤独の道を歩むことになろうとも」

「ユーフェン……」

「だが、それでも私はお前に生きていて欲しい」

 

あなたに生きていて欲しい。

それはささやかで普遍的な祈り。

生きる者ならば誰もが大切な人にそう願う。

だからユーハバッハも同じようにそれを祈る。

そこに貴賎はなく、善悪もない。

 

「……傍にいてくれ。果てしないほど長く。例え十の天が堕ち、地獄の門が崩れ、アケローンの川が枯れ果てようとも」

 

ほんの少しの違いは、ユーハバッハには力があること。

己の祈りを貫くためならば、この世界をぐちゃぐちゃに救うことも滅ぼすこともできるということだけ。

 

ジークフリードは知らない。けれど仮に知っていたとしても、同じ選択をしただろう。

 

「言ったろ、ユーフェン。俺はお前を護る、って。お前の傍にいないで、どうやってお前を護るんだよ」

 

その言葉と微笑みに、ユーハバッハは穏やかに頷いた。

 

「ユーフェン、行こう。この屋敷を出て、もっと広い世界を見て、いろんな人と出会って、お前のしたいこと、俺のしたいこと、たくさんしに行こう」

 

立ち上がったジークフリードはユーハバッハへ手を差し伸べる。

 

明けてゆく空と共に新しい一日が始まる。

数多の犠牲と罪を抱えて、それでもなお命は続く。

例えその最果てにあるのが避けようのない破滅であったとしても、交わし合った約束だけが確かな鎹。

 

「……ああ、共に行こう、ジーク」

 

差し出されたその掌を、ユーハバッハは躊躇うことなく握った。

繋ぎ合った手だけは決して離さないと、その胸に誓いながら。

 

 






◇背教者編あとがき

HELLSINGのショタアーカードが強姦されるシーンで欲情しなかったものだけが私に石を投げなさい。

身体に触ることで奇跡を起こす美少年なんて幼年期にえっちなことされまくってたに違いない。
そう思った瞬間この話が生まれました。

でも幼子が酷い目に遭うのは辛すぎるので、子供に手を出した連中全員を鏖殺してくれる騎士も必要だな。
そう思って生まれたのがジークフリードです。

書いてる間、男同士の友情にしてはなんか湿度と熱が高くね?とは思ったんですが、BLEACHの人間関係で湿度と熱が高くない関係性はねえだろうがよ!と開き直りました。

それはさておき、たくさんの閲覧と感想、評価、ここ好き等本当にありがとうございました。
読んでくれている人がいること、感想を伝えてもらえること、本当に嬉しいです。猫も踊っています。

今後のプロットの修正と、ちょっとの幕間ののちに次の章を始めたいと思っています。
これからは週一くらいでのんびり更新できたら嬉しいンゴねえ。
まだ書きたいストーリーがあるのでエタらないように頑張ります。お暇な時にでもまた覗いてください。

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