バッハ「私たちは友達だからだ」   作:ホネホネ

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私は松明となって
深い夜の森を往くあなたを照らしたい
あなたが迷わぬよう
あなたが怯えぬよう

例えいつか明けゆく空
美しい花畑を前に
あなたが私を打ち棄てる日が来るとしても




対岸の瑕疵編
Es werde Licht


 

光の帝国(リヒトライヒ)の起源は、滅却師たちによる決して大きくはない共同体からだ。

 

その場所はユーハバッハが霊王から生み落とされて初めて人としての肉体を得た、謂わば始まりの地。

今はもう遥か昔、初めて肉体を得たユーハバッハは今世でそうしたように、他者に力を与え、そして奪うことで成長していった。

 

彼がその地で数多の人間たちに力を与え、そのうちの耐性のある人間たちが滅却師としての力を得る。

やがて始祖となるユーハバッハがその地を去っても、力を得た者たちはその土地で生き、子を残す。

そして血が続く限り、滅却師の力は受け継がれていく。

 

そうして種族としての母数を増やしていく最中、滅却師たちはやがて自らが持つ特別な力と、それによる弊害に気がつく。

 

虚を滅却する力を持ちながら、いや、持つが故にか、虚を惹きつけ襲われる存在。

そして虚という天敵にほんの少し触れられただけでも滅却師は通常の人間以上にその肉体と魂を傷つけられる。

 

虚によって殺害された同胞の無惨な亡骸は残された滅却師たちに死の恐怖と、天敵への憎悪を生んだ。

滅却師の悲哀は滅却師にしか理解することができない。

 

それ故に、滅却師たちは共同体を築き上げる。

それは互いの力を理解している者たちが共に互いの身を守り合うためのもの。

 

そうする他に種としての生存率を上げる手段が無かったとも言えるのだが。

 

 

 

 

 

聖帝頌歌(カイザー・ゲザング)というものを知っているか?」

 

不意にそう問いかけたユーハバッハに、ジークフリードは眉間に皺を寄せながら「まただ」という顔をした。

時折ユーハバッハはこうやってジークフリードへ彼が絶対に知らないだろうことを問いかけては困惑する表情を愉しむ悪い癖があると、長年の付き合いで知っていた。

 

馬の背に跨り、横に並んで平原を進みながら二人は雑談に興じる。

ユーハバッハにとっての始まりの地にある、まだ随分と遠くに見える集落を目指しながらも、彼らは決して急ぐことはない。二人にとって時間とは無限に近しいものだったからだ。

 

ユーハバッハからの問いかけを受けたジークフリードだったが、知らないことを知っていると嘯く悪趣味も無かったがために、馬の鬣を軽く撫でてやりながら素直に答える。

 

「知らねえな、なにそれ?」

 

そう答えればユーハバッハは普段の氷の彫像のような顔つきを緩めてその問いへ答えを返す。

 

「端的に言ってしまえば、詩だ」

「詩?」

「お前も経験があるのではないか?子守唄や教会の聖歌、故郷に伝わる伝承童話に、口ずさんだソネット。聖帝頌歌とはこの始まりの地の滅却師たちに伝わるそういった類のものだ」

「それにしちゃあアンセムみたいな仰々しさがありそうだけどな」

「讃美歌としての側面は否定しないが」

 

ユーハバッハはそう言って微かに微笑う。

その横顔を見つめながら、ジークフリードは好奇心のまま「なあ、歌ってくれよ」とねだった。

 

「せっかくだ、滅却師の始祖の歌う滅却師の詩を聴いてみたい」

「ふ、高くつくぞ」

「いいさ、どうせ俺には安い」

 

そう軽口を叩き合ってから、ユーハバッハはその色の薄い唇を開いて歌った。

 

 

封じられし滅却師の王は

900年を経て鼓動を取り戻し

90年を経て理知を取り戻し

9年を経て力を取り戻し

9日間を以て世界を取り戻す

 

 

それはかの王を讃える詩。

それはかの王の帰還を待つ詩。

それはかの王による世界の救済を願う詩。

祈り、それに等しい。

 

ユーハバッハの穏やかで心地の良い低音で紡がれるその詩に、初めこそ面白がるような心地で聴いていたジークフリードも段々と顔を引き攣らせていく。

歌い終えたユーハバッハがジークフリードへ視線を向ければ、彼は手で顔を覆い、天を仰いでいた。

 

「何をしている、ジーク」

「……あのさあ、この詩に出てくる滅却師の王って……」

「私のことだろうな」

「だよな、マジかよ、俺は讃えられる対象に讃える詩を歌わせたのかよ。神の子に「ダビデの村に」を歌わせたようなもんじゃねえか……」

 

「ああ、主は天から地に来られた神なるお方……」と天を仰ぎながら呟くジークフリードに、ユーハバッハは揶揄うように紅色の目を細めて「確かに似たようなものだな」と口にする。

含み笑いの声を聞きながらジークフリードは顔から手を離し、肩を落としてから「それで?」と話を続けた。

 

「なんでこの詩が伝わってるんだ?封じられたとか、あんま楽しそうじゃないワードも入ってるけど」

「恐らくだが、私が大体千年周期ほどでこの土地を訪れるからだろうな」

「……ん?どういうこと?里帰りの話?もっと頻繁に帰ってやれよ」

「違う」

 

茶化しを一刀両断してから、ユーハバッハは勝手に作られた己を讃える詩が当たらずとも遠からずのようなものになっていることに微妙な居心地の悪さを感じる。

 

「遥か昔に私はこの地に初めて生まれ落ち、ここで素質ある者へ滅却師の力を与えた。ここまでは話したな?」

「ああ」

「肉体が朽ちれば私は別の肉体に転生をする。だが、ある程度私の魂に適性のある人間を選ぶだけで、その者がどの土地で生まれる誰であるかは判別しようがない」

「まあ、生まれる前の話だし、自分がどこの誰に生まれるかはわからないよな」

「ああ、故にこの地から遥か遠く離れた場所に生まれることもある。生まれ直すたびにこの地に来られるわけではないのだ」

「そういうもんなの?」

「仕方あるまい、仮に生まれたとて取り上げた者の察しが悪いと産声を上げられない私は死産か、口が利けぬと判断されて産湯に沈められるのだ。……詩を踏襲するつもりもないが、確かにまともに生まれるためだけに900年ほどかかったこともあっただろうな」

「げえ……まあ、でも確かにすぐにはお前の性質に気がつけねえよなあ」

「ああ、自分で言うのもなんだが、ここまで老化できる今世は相当運がいい」

 

そう口にして、ユーハバッハはどこか老成したような顔つきで頷く。

 

彼が語った通り、ユーハバッハはただまともに生まれるということさえ困難な性質をしていた。生まれ、生きるということさえ難儀であり、この原初の地に戻ることなどそうそう出来ることではなかった。

 

その結果、滅却師が求める彼らの王は長い年月の中の合間合間にしか現れることのない、伝承の中の存在となる。時折現れる神の如き存在が起こす奇跡など、実際よりも仰々しく、そして神々しく残され、伝えられていくだろう。

 

そうして、不在の年月はより滅却師の王を彼らの中で神格化させ、やがて彼らの前に現れてそのか弱き魂を助ける救済の象徴となった。

 

つまりは「今は身を隠されているが、長い時間の果てに力を取り戻された我らの神がこの地に降臨し、我らを救済してくださる」という信仰と祈りである。

 

いつか滅却師たちの前に現れ、彼らを救ってくれる尊き王を待ち望むその信仰心を仰々しく表現したのがあの聖帝頌歌なのだろう。

 

あえて不完全なノベナの数字を重ねることで、未だ救われぬ滅却師たちの不完全さを示し、999年の時を経て現れた滅却師の王が彼らを救い、完全な存在へと導いてくれることを祈る、そんな詩。 

 

流石にユーハバッハにとっても予想外の扱いではあったが。

 

「……こんな詩まで勝手に作られるとは思ってなかった。確かに前にここへ来たのは千年ほど前になりそうではあるが」

「あーあ、お前がこまめに帰らないからこんな詩まで作られちゃって……」

「私のせいのように言うな」

「お前ってどこでも神様やってんな」

「好きでやっているわけではない」

「だとしてもここまでくるともう才能だよ。それで飯食えるぜ。ああ、食ってたか」

「あれは食っていたのではない。食わされていたのだ」

 

ユーハバッハのような特異な性質とカリスマ性を持つ存在が神と崇められないわけもないというのは当然ではあるのだが。

しかし、それはそれで大変だなと同情する心地を抱えながら、ジークフリードは「だからか?」と問いかけた。

 

「滅却師の王様は千年ぶりに故郷へ里帰りして我が子たちの顔を見に来た、ってのがこの土地に来た理由ってわけだ」

「今世ではそれだけではない」

「と、言うと?」

 

ジークフリードからの視線を受け止めながら、ユーハバッハはただいつもと変わらない声音で、しかしはっきりと答えた。

 

「この地に国家を興す」

 

ユーハバッハの言葉に、ジークフリードは何を言われたのかわかっていないような顔でぽかんと口を開く。それからその口の形のまま言葉を返した。

 

「……わーお、そりゃあまた随分とでっかいことを……」

「前々から考えていたことだ。前提として、私という信仰が根付いているこの土地は私が国を興すに都合が良い」

「まあ、何のツテもねえ誰も知らねえ土地に急に入っていくよりはよっぽど良いと思うけどさ。でも、もう滅却師だけの集落はできてるんだろ?国なんてデカいものを今更作る必要があるのか?」

「単純な数の話だ。10より100が、100より1000の方が強い。土地も人も戦力も」

「……まあ、そう言われりゃそうなんだが」

「そもそも滅却師は種としては決して強い存在ではないのだ。そして全ての滅却師が戦えるわけでもない。先天的に力の弱い者もいる。子供や老人、妊婦や病人のように戦えないものもいる。生きるために滅却師たちが助け合う場所と、彼らを正しく導く王が必要だろう。今は身を寄せ合うばかりのこの小さき共同体を、滅却師にとっての確固たる安全圏とすべきだ」

 

まるで我が子たる滅却師たちを庇護するためであるかのようにユーハバッハは語った。

 

もちろん、それは嘘ではない。

まずは生きられるように、生きていけるように守らなければならないのは事実。滅却師を生かし、その母数を増やす。

けれど彼の本質的な目的はその先。

 

滅却師には強くなってもらわなければならない。

──いずれ来たる血戦のために。

すべてはユーハバッハの思い描く未来と、理想の世界のために。

 

その真なる目的はまだ、ジークフリードにさえ語るつもりもないのだけれど。

 

嘘はつかれていないが、全てのことを語られたわけではないジークフリードはユーハバッハの言葉に微かに目を丸くして感嘆した。

 

「お前もそういう優しいこと考えるんだな……」

「なにか含みを感じるが?」

「いや、いいと思う。お前が王様の滅却師の国。……うん、なんか……すごくいいと思う」

「急に語彙を無くすな」

「ユーフェン、お前、多分だけど王様似合うぜ。髭も似合ってるし」

「髭は関係ないだろう」

「あるって!ほら、貫禄の話だよ!」

 

そう口にしたジークフリードも、そしてユーハバッハも、二人は誰がどう見ても30代程度の成人男性の姿をしていた。

 

壮年の男性として成長したジークフリードはユーハバッハを見つめて目を細める。

高い身長と厚みのある体、彫りの深いその顔はただ黙っているだけでどこか憂いを帯びているようにさえ見える。それでいながら、昔から変わらない肩口まで伸びた黒髪と、鋭い輝きを持つ紅い瞳。

変わりゆくものと変わらないもの。

そのどちらをも目を映してジークフリードは笑う。

 

「ユーフェン、お前オッサンになったな……昔はなんか可愛げがあったのに。……いや、可愛げは別に昔もなかったか、クソガキだったもんな」

「老けたのはお前もだし、クソガキだったのもお前だ」

 

かつてを懐かしむ程度には二人の間に長い時が流れている。

故郷と呼べるものは既に無く、あの狭い箱庭の屋敷の中での日々さえ遠い記憶の彼方。

 

ユーハバッハとジークフリードが出会って、すでに100年以上もの年月が経っていた。

姿形さえ大きく変わるほどに。

 

「ジーク、お前そういえば身長はそこまで……」

「言うな」

 

あんまり伸びなかった。

それはジークフリードだけに限った話ではないのだが、200センチほどあるユーハバッハと比較するとどうにも小柄に見えてしまう。

身長差は20センチ未満!と本人は主張している。

あくまでも本人の自己申告であるが。

 

弟分のように思っていた相手に背を抜かれたことを多少気にしてはいるのか、少しばかりつまらなそうな顔で馬の首を撫でるジークフリードに、ユーハバッハは微かに口元を緩める。

 

ユーハバッハとしては悪い気分ではない。

かつて幼い頃はいつものように見上げていた彼の顔を、今は上から見下ろせるのだから。

彼のよく通る好ましい声が、自分と話すためだけに僅かばかり張られることは嫌いではない。

 

「ユーフェン」

 

ジークフリードに普段のように名を呼ばれて、そちらに意識を向ける。視線を合わせれば彼はいつもの穏やかな顔を浮かべて言った。

 

「平和な国がいいな」

「…………」

 

ジークフリードがそう笑うのを、ユーハバッハは何も言わずに見つめる。

 

「こんな人生だから帰属意識なんて碌に無いけどさ、帰る場所ができるのなら嬉しい。……うん、ちょっと憧れてた、かもな」

「……お前には故郷を捨てさせた」

「捨てたわけじゃねえよ。お前と旅することを選んだだけ」

 

仮に今更故郷の地に戻ったとしても、そこはもうジークフリードの故郷ではない。母も司祭もおらず、住んでいた家もきっと無い。長い年月によって何もかもが様変わりしているだろう。もしかしたらもうあの小さな集落などとうに地図から無くなっているかもわからない。

けれど、それを悲しむような感傷さえ今の彼には無い。

 

「お前は頭も良いし力もあるし、きっと良い国になるよ。滅却師にとって平和で、……大袈裟な言い方になるけど、希望に満ちた国になると嬉しい。何ができるかわかんねえけど、俺もお前のこと手伝うしさ」

 

そう言って笑顔を見せてから、ジークフリードは馬の腰を足で軽く叩いて走らせる。

駆けていくその姿を眺めながら、ユーハバッハは彼の言葉に深い充足感を得る。

 

「……そうか、希望か」

 

そうであればいい。希望と栄光。

誰に見棄てられようとも、その胸の中で鼓動が鳴り続ける限り生きていかねばならないのだから。

深い闇の中で身を隠すようにではなく、降り注ぐ暖かな光の中であるがまま、なにも恐れずに生きていけるように。

 

お前が願う平和な国を作ろう。

そうだ、すべては平和のため。

平和のために 戦わなければならない(・・・・・・・・・・)

 

平和とは、生き続ける権利とは、他者から奪い取らねば得られないものなのだから。

 

そうやって生きてきたユーハバッハはそれしか知らない。

彼にとっての平和の調とはそういうものだからだ。

 

己と魂の半身との間に横たわる深淵のような断絶に気がつくこともなく、ユーハバッハは希望を胸に口元へ笑みを浮かべる。

 

──それを我らの国の名としよう。

 

Licht.

それは光。転じて希望を意味する言葉。

 

故にただ願う。光あれ、と。

 

 








ジーク「『いのちだいじに』!」
バッハ「おk、『ガンガンいこうぜ』」
光の帝国「あーもうめちゃくちゃだよこの国」



100年くらいフリーターしてたけど、ようやく定職着くかって働き出した感じの二人。
そんなこんなで色々100年以上吹っ飛ばして、光の帝国編です。
見ての通り、既に捏造設定でいっぱい。こんな感じで進んでいきます。(建国パートは)ないです。

またよろしくお願いします。
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