バッハ「私たちは友達だからだ」   作:ホネホネ

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そういや今日エイプリールフールじゃん、と気がついて慌てて書きました。

本編とは多分恐らく全然メイビー関係の無い感じの四月馬鹿です。
深く考えずに、その場のノリと勢いで読むやつです。ねこです。いやいぬです。よろしくおねがいします。




【番外編】Day Dream Beliver そんでこいつはDog

 

ユーハバッハは憂鬱だった。

 

午前中、何やら城が騒がしいと思ったら、敷地に入り込んできた犬を追いかけて騎士たちが大騒ぎしていたからだ。

 

田舎の中学校?

我が子たちとはいえ、仮にも帝国の騎士がそんなことで大はしゃぎしないで欲しい。

 

自身の執務室の窓辺に佇み、ユーハバッハは呆れたように内心でそう一人ごちた。そんな時、不意に部屋の扉が厳かにノックされる。

 

「失礼いたします、陛下。只今よろしいでしょうか?お耳に入れたいことがございます」

 

それは側近たるハッシュヴァルトの声だった。

その声にユーハバッハは窓の外から部屋の扉へ視線を向ける。相も変わらず真面目で硬い声。この声にユーハバッハはむしろ安堵さえ感じる。

 

ハッシュヴァルトは他の騎士たちのように犬如きではしゃいだりなどしない。むしろそんな騎士を統率してくれるだろう。親友とは異なる意味で己の半身である第一の息子に思いを馳せながら返事をする。

 

「入れ、ハッシュヴァルト」

「はっ、失礼いたします」

 

そうして金の髪の伸ばした美しい顔立ちの青年──ユーグラム・ハッシュヴァルトはユーハバッハの執務室へ入室した。

 

小脇に犬を抱えて。

 

犬。ハッシュヴァルトが小脇に犬を抱えている。

 

整った顔立ちに真面目な表情を浮かべながら、柴犬くらいはありそうなまあまあちゃんとデカめの犬を抱えている。

背の高いハッシュヴァルトに抱えられたそのデカめの犬は地についていない足をパタパタさせながら間抜けな顔で舌を出している。どこからどう見てもアホそうな犬だった。だからこそハッシュヴァルトに容易く捕まったのだろうと想像がつく。

 

その姿にユーハバッハはハッシュヴァルトの成長を思った。

出会ったばかりの時はむしろオドオドと気の弱いところのある少年だったハッシュヴァルトはこの帝国での日々を経ていつしか些細なことでは動じない精神を持つ青年へと成長した。内面の成長だけではない。栄養の足りていないかのように小柄で細かった彼も、今や190センチ以上の高い背丈と制服がよく似合う立派な体格となっていた。

ハッシュヴァルトに身長を抜かされた時のジークフリードの顔など今思い出しても笑える──。

 

……などと現実逃避をするユーハバッハに声がかかる。

 

「陛下?どうかなさいましたか?」

 

お前こそ犬を抱えてどうした。

そう思ったが何か理由があるのかもしれないと思い、ぐっと言葉を飲み込む。

 

「…………いや、気にするな。私へ連絡があるのだろう。聞こう」

「はい、ジークフリード様が犬になりました」

 

ユーハバッハは黙ったまま、ハッシュヴァルトと犬から視線を離し、窓の外を見た。

嗚呼、いい天気だ。花は咲き誇り、鳥たちは高く飛んでいる。こんな素晴らしい日にはもういっそこの帝国滅ぼそうかな。信じて力を与えてきた滅却師たちがみんな犬にはしゃぐアホだった。

ユーハバッハはもう一度、扉の方へ視線を向けた。

 

やはり、いる。

ハッシュヴァルトと、ハッシュヴァルトに小脇に抱えられたデカめの犬が。

 

ユーハバッハは黙り込んだままそれを見つめる。

ハッシュヴァルトは皇帝の言葉を待って黙り込む。

 

元より二人とも寡黙な質である。どちらも口を閉じれば部屋の中には犬の元気な「ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ」という吐息だけが響く。気が狂いそうだ。

 

「ジーク……」

 

思わず親友の名を口にした。友を呼んだというよりかは、意味合いとしては「ジーザス」に近い。

 

途端にハッシュヴァルトの腕の中で大人しく収まっていた犬がバタバタと暴れ出した。

押さえ込もうとしていたハッシュヴァルトだったが、デカめの犬の突然の動きに思わず手を離してしまう。

 

瞬間、矢のような勢いで犬がユーハバッハの元へやってきた。

 

足元にやってきた犬はユーハバッハを見上げて千切れんばかりに尻尾を振る。警戒心の無さがアホのそれだった。犬はユーハバッハは足の周りを元気よくぐるぐる走り回ったかと思うと、熱心に匂いを嗅ぎ、それからにんまりと笑ったかのような顔で再び彼を見上げる。

赤い毛に碧い瞳。要素だけを抜き出せばジークフリードっぽさはあるが、やはり見た目はデカい犬である。

 

「……ハッシュヴァルト」

「はっ」

「なぜこの犬をジークフリードだと?」

「城の敷地内で乱雑に放られたジークフリード様の制服のそばにこの犬がいたからです」

 

そんな理由で。

絶句するユーハバッハにハッシュヴァルトは真面目腐った顔で続けた。

 

「この犬がジークフリード様で無いのなら、ジークフリード様はこの犬に捕食されたということになるかと」

 

なるものかよ。

二の句が継げないユーハバッハに、ハッシュヴァルトは尻尾をぶん回す犬を見てから言った。

 

「それに、陛下に懐いておられるようです」

 

ハッシュヴァルトは満足げにそう言った。一体何にそんな満足を感じているのかわからないが、やけに嬉しそうだった。

 

「……………そう、か」

「撫でられてはどうでしょう。ジークフリード様も喜ばれるかと」

 

当たり前のようにこの犬をジークフリードとして扱うハッシュヴァルトに、ユーハバッハはなんとも言えない気持ちになる。

ハッシュヴァルトはそれなりにジークフリードには懐いていたし、それなりに尊敬の念を向けていたはずだ。

 

それなのに、犬。

尊敬する人が犬になっていて、犬として扱っていて、彼の中に疑問は無いのだろうか。

ユーハバッハはもう側近の心がわからなかった。「王に人の心はわからない」とは、こういう文脈の言葉だったろうか。

 

ユーハバッハはじっと犬を見つめた。

犬もまたユーハバッハを見つめた。

仕方なく手を伸ばせば、尻尾の速度が上がる。

頭に手を寄せれば、受け入れるように耳が倒れた。

 

溜息ひとつ。それから頭を撫でる。

触れた瞬間にユーハバッハは理解してしまった。

 

……ああ、魂がジークだ。

 

魂という概念においてユーハバッハは専門家のようなものである。触れれば他者の魂を認識することができ、時には与え、奪うことも容易い。

それゆえにこの犬に触れた瞬間に、その魂がジークフリードのものと同一だと理解してしまったのだ。

 

魂は確かにジークフリードのものだが、その精神はすでにすっかり犬のものになっているのだろう、もっと撫でろとばかりにグイグイと頭を押し付けてくる。

精神が人間のジークフリードのものだったのならばそんなことはしまい。こちらに助けを求め、もっと狼狽えるはずだ。

 

……ジークフリードが犬になってしまった。

 

そんなわけのわからない事象を、ユーハバッハは頭でなく魂で理解してしまった。

犬の体の中にあるジークフリードの魂。ということは、ジークフリードの魂の中にあるユーハバッハの魂も犬になっているのだろうか?そう思うとなんか、その、なんか、こわい。

 

困惑するユーハバッハに、ハッシュヴァルトは告げた。

 

「陛下、それでは私はここで失礼いたします」

「この犬を置いていくのか」

「ええ、ジークフリード様も陛下と共におられる方が安心されるかと。それに私はジークフリード様を追いかけ回した騎士たちを我が天秤に掛けなければなりませんので」

 

犬を追いかけ回して楽しかったか?幸福だな。

それは私の敬愛するお方だ。その方を粗雑に扱われて私は不幸だ。お前を粛清する。

 

据わった目をしたハッシュヴァルトは帯刀した剣の柄を握り込んだまま、部屋を出て行った。こわい。

 

置いて行かれたユーハバッハと犬──ジークフリードは、ぱたんと閉じた扉を見つめて、それから互いに顔を見合わせた。

 

「……ジーク、なのか」

 

名前を呼んだ途端、犬はぴょんぴょんと跳ね、ユーハバッハの周りをクルクル周り、彼の長い脚の間を8の字に駆け回った。

 

「燥ぐな、ジーク。止まれ」

 

そう言えば、犬はぴたりと止まった。その場でちょこんと足を揃えて座り、ユーハバッハを見上げる。言うことは聞くらしい。

 

確かにユーハバッハはジークフリードを忠犬や猟犬のように評したことはある。

しかしその犬扱いとて、あくまでも比喩表現である。

本当に犬だと思っているわけではないし、犬になって欲しいわけでもない。

 

戻るのだろうか?それだけが不安である。なぜか今のユーハバッハにはジークフリードの未来がよく見えない。

 

なんだか精神的にとても疲れてしまったユーハバッハはソファに腰掛ける。途端に犬もついてきた。

ゆったりと腰掛けたユーハバッハの隣に上がり、その腿に手を置いて彼を見つめる。

 

「…………」

 

視線に耐えられずに頭を撫でれば常にパタパタと振られている尻尾が音速でビュンビュン振られる。その柔らかい頭に手を置いたまま、ため息をつく。

 

「今のお前では矢も作れまいよ、ジーク」

「ハッハッハッハッハッ」

「ハッシュヴァルトもおかしくなってしまった」

「ハッハッハッハッハッ」

「……私を護ると言っただろうに、今のお前にそれができるとは思えん」

「ハッハッハッハッハッ」

「私にはお前が必要だというのに」

「ほんとに?」

 

その瞬間、誰かがそう言った。

それから笑い声。

 

声の先へ視線を向ければ、執務用の大きな机の縁に腰をかける誰かの姿があった。

 

それが誰なのか、ユーハバッハにはわかっている。

わかっているのに、どうしてか不自然に顔に影がかかってよく見えない。どんな顔をしているのか、どんな表情をしているのか、少しも。曖昧になる記憶。思い出せない。顔も声も。何かがおかしいと気がついた時にはもう遅かった。

 

彼の名前を呼ぼうとして、それより先にその人物が口を開いた。

 

「俺の顔、忘れないって言ってたじゃん」

 

聞き慣れた声より、微かに幼い。その声に心臓を貫かれて、呼ぶべき名を忘れそうになる。

 

違う、と口にしたかった。違う、お前を、お前の顔を忘れたことなどないと否定したかった。

けれど体はまるで肯定するかのように硬直して、指一本動かせず、唇は震えることすらできなかった。顔に影を落とす青年は嗤う。嗤う。嗤う。

 

「嘘つき」

 

手が落ちる。犬が消える。青年が消える。ひとり、置き去りにされる。嗤い声だけが響く。

 

 

これは悪夢だ、とようやく気がついた。

 

 

 

 

 

 

玉座で目を覚ます。

明けゆく空に懐かしい赤を見た。

酷い夢だった、と少しも失われていない夢の記憶を辿る。

 

立ち上がり、煩わしい髪を後ろへ流す。伸び切った髪は腰のあたりまである。緩やかに畝るそれを切るべき者はとうに失われていた。

 

「お目覚めですか、陛下」

 

響いた声はハッシュヴァルトのものだった。

視線を向ければいつもと変わらない、何かに耐えるように押さえつけられた無表情。未来さえ見通すその目を持ってしても、今のユーハバッハにはもう彼の心の奥底は視えない。

 

あの悪夢はお前が見せたものなのだろうか?

お前が私へ向ける非難と糾弾が形を成したものなのだろうか?

それともお前ではなく、私自身の絶望から来るものなのだろうか?

 

……或いは、お前なのだろうか、ジーク。

 

どれであろうと何も変わりはしないのだけれど。

もはや進むほかないのだ。

何を失おうとも、何を忘れようとも。

 

「星十字騎士団を招集せよ、ハッシュヴァルト」

 

蓄えた口髭の下、色の薄い唇を開いてユーハバッハは告げる。

 

「尸魂界への侵攻を開始する」

 

犬を撫でたあの感覚だけが、未練のように掌に残っていた。

 

 

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