目を開いたまま、ジークフリードはベッドに横たわっていた。
特に何も考えていない。思考も感情も空っぽのまま、目を開いたまま仰向けになって横たわっている。どこにも焦点のあっていない目でぼんやりと天井を眺めている。天井が視界には入っているが、視界に入っているだけで見てはいない。仮にこのあと天井の模様や色を訊ねられても何も答えられないだろう。
ただぼうっと、横たわっていた。
「病人でも怪我人でもねえ奴が病棟のベッド占領してんじゃねえ!叩き出されてえか!」
「……ドクター、俺は心に傷を負ってんだよ」
「なァにが心だ、唾でもつけとけ」
ジークフリードからドクターと呼ばれた老年の男は心ここに在らずといった様の彼へ吐き捨てた。呼び名の通り、彼は騎士団における軍医である。
城内にある病棟は閑静だ。閑静でない医療施設など碌なことが起きていないに違いないのだから、閑静なことはいいことだ。
そんなことをぽやぽやと考えているジークフリードをドクターは眉間に皺を寄せて見下ろした。
怪我もしていないどころか、むしろ怪我人を作って運び込んできた側のくせに、勝手にやってきてのうのうと病棟のベッドに寝転がっているジークフリードに舌を打つ。
そんなドクターを寝転がったまま見上げて、ジークフリードは右の口角を上げる。
「冷てえなあ、少しは慰めてくれよ」
「けっ、こっちに来んじゃねえ。ヘラヘラしたツラしてなきゃ、お前だって女の一人や二人引っ掛けられんだろ」
「?……なんで急に女の子の話になるんだよ」
「…………はあ、俺ぁお前んとこの嬢ちゃんが可哀想で仕方ねえよ」
ドクターは呆れ返った顔をしながら拳でジークフリードの腹を殴ると踵を返した。大して痛くもない腹を撫でながら、彼は半身を起き上がらせる。
彼のいるベッドの左右には白いベッドがあり、右側のベッドはカーテンで中が隠されている。
ジークフリードとて、右側のベッドが無人だったのならドクターに怒られるとわかってまでここにいない。
ドクターは近くにあった椅子を引っ張っては腰掛ける。古びた椅子が男の体重に悲鳴を上げるのも気にせず、彼は「聞いたぜ」と口火を切った。
「公衆の面前で陛下に叱られたってな」
「叱られてねえよ。「こいつぶっ殺しますか?」「ぶっ殺しません」「わかりました」っつーやり取りをしてただけ。コミュニケーションだろ」
「サイがツノをぶつけ合うのを人間はコミュニケーションって思えねえんだよ、馬鹿畜生共がよ。それを近くで見る羽目になった人間様のことを考えろ」
「はっはっはっ」
彼は帝国および騎士団のトップ2に対して躊躇いなく馬鹿と言い放った。
ジークフリードはそれを笑って受け入れる。歳を取るとこうやって怒られることも少ない。だからジークフリードはこの口の悪いドクターが好きだ。
ヘラヘラと笑うジークフリードにドクターは口を開いた。
「お前さんが落ち込んでんじゃねえかと思ってたがよ」
「あの程度で落ち込むかよ、喧嘩じゃあるまいし」
「むしろ陛下と喧嘩したことあんのか」
「あるさ、一緒に旅してんのに3年くらい口を利かなかった時がある」
「会話も無しによく離れなかったもんだ」
「会話は無かったが、二人で作った秘密の言語で筆談はしてた」
「それもう喧嘩じゃなくてそういう遊びだろ」
「既存の文字を別の使い方したせいで公用語を書くのが苦手になった」
「こんなに馬鹿でも生きていけるもんなんだな」
「俺にとってzは母音なんだよな」
非常に呆れた顔をされた。思っていた通りの顔にジークフリードはケラケラと笑う。
ユーハバッハと口を利かなかった時期のことを本当の意味で喧嘩をしていたとは彼自身思わない。
だからと言って一度も喧嘩をしたことがないというと嘘になる。本当にやらかした時の喧嘩は赤の他人に気安く話せるものではない。
笑った顔のままジークフリードは唇を開く。
「でも子供を泣かせたのは本当にショックだった。そんなつもりなかったんだよ」
ジークフリードは先ほどのことを思い出しながら、そう本心を口にした。
大きな瞳にいっぱいの涙を溜めて必死に友人の命乞いをする子供の姿はあまりにも痛ましく、一度騎士としての鎧を脱いだジークフリードにはその景色が矢のような罪悪感として刺さり続ける。
内心の感情を察してか、ドクターは言葉尻を和らげて言った。
「だからお前は殺さなかったんだろう」
「あいつが殺さなくていいって言ったからな」
「そう露悪的な言い方をするな。結果の話をしているんだ」
「殺さなかったが……生きてるのか?」
数刻前、自分が徹底的に叩きのめした子供のことを問いかける。殺すつもりだったから、再起させることを一切考えずに攻撃した。
ジークフリードの問いかけにドクターはわかりやすく機嫌を損ねる。
「お前が殺しかけた子供の処置してやった医者の前でよくもそんな事をほざけるな」
「治療ありがとうドクター、靴とか舐めようか?」
「きたねえ、汚れる」
ドクターの視線がジークフリードの隣のベッドを囲むカーテンへ向かう。その視線に促されて、掌を差し入れてそれをそっと割り開き、中で眠る赤毛の子供を見下ろした。
側から見ればただ子供が眠っているだけである。ドクターはすっかり外傷を治しきっていた。割れて肉の抉れた顎にも、腱を切った四肢にも傷は薄く残る程度。よく見なければ傷跡もわからないほどに治された子供を無表情で見下ろしながら、ジークフリードは呟いた。
「これ、見た目は治ってるが、意識はもう二度と……みたいなやつか?」
「お前の意識を終わらせてやろうか?寝てるだけだ、そのうち起きる」
小さな体が繰り返す呼吸は深く間隔が長い。よく見なければその胸が動いていることもわからない。
ジークフリードは手を伸ばし、その首元に触れようとする。指先が肌に触れるそのほんの少し手前で、無意識に一瞬、躊躇う。一度、意識的に行う呼吸。それから慎重にその頸動脈に指の腹を押しつける。
そうすれば薄い皮の向こう、太い血管がジークフリードの指を押し返すように脈拍を繰り返していることが感じられた。
……生きている。
「後遺症は?」
「人の腕を疑ってんのか。ねえよ、数日は骨が脆いだろうが」
「…………そうか」
「なんか言うことあるか」
「ありがとうドクター、欲しい臓器とかあるか?」
「汚そうだからいらねえ」
ジークフリードは笑って、先ほどまで自分が寝ていたベッドの縁に腰掛けた。そこから隣のベッドに横たわるまだ成長途中の子供。グッと眉間に皺が寄った寝顔は夢を見ているのだろうか。
自分のものとよく似た赤髪に、ジークフリードはいつかのように自身の髪を一房摘んでみた。しかし眠り続ける少年がそれを目に映すことはなく、彼は内心で自嘲しながらすぐに指を離す。
殺しておくべきだったのだろうか。
ブラック家を滅ぼした時に、ユーハバッハの戯れのような静止を振り切ってでも。
ユーハバッハがこの子供を見逃したのは何故だろう。脅威にもならないとわかっているからなのか、利用価値があるからなのか。
ジークフリードにはわからない。ユーハバッハが何を考えているのか、その心の奥までは。
「……あいつ、なんて言ってたっけか。確か、価値がどうとか……」
ブラック家を滅ぼした夜にユーハバッハから言われた言葉を思い出そうとする。この子供を殺そうとした時にユーハバッハが言った言葉を。
「……う、んん…………」
その時、聞きなれない小さな呻き声がジークフリードの鼓膜を揺らした。視線は自然とベッドに横たわる赤毛の少年へ向く。
悪夢の中にいたかのような深い皺が微かに緩み、やがてその瞼がゆっくりと持ち上がる。その奥から現れた緑の瞳。無意識に何かを探すように周囲を見回すように動いた顔がジークフリードの方へ向く。
そして焦点の合わなかった瞳がやがて現実を直視した。
世界を反射するその緑の瞳の中で赤毛の男はまるで感情のないような顔で目を覚ましたばかりのバザードを眺めている。
瞬間、少年の脳裏に想起されるのは数刻前の記憶ではなく、もっと前。3年前に一族を滅ぼしたあの男。そして、それよりも前に森の中で見かけたあの時の男だ、と。
バザードの心は油の中に火を投げ込んだかのように発火する。
「……ッ!てめえ!ユーハバッハの──」
「ユーハバッハ様、あるいは陛下、だ。言葉に気をつけろ」
素早く起きあがろうとするバザードへ、ジークフリードは右手の人差し指を向ける。
「動くな、喋るな、抗うな。俺に攻撃する意思はない。無論、お前が大人しくしていればの話だが」
指先に収束させた霊子は少年が不審な動きをすればすぐに矢に変化してその体を貫くだろう。それに気がついてバザードの動きが止まる。
目が覚めたばかりのバザードは自分が何故ここにいるのか、ここがどこなのか、自分を取り巻く状況も碌に把握できていなかった。
わかっているのはやけに全身が重いこと、そして目の前の相手は真正面からやり合って勝てる相手ではないということ。
それ故にバザードは苦々しい顔をしながら、抵抗の意思がないことを示すために体から力を抜いてベッドの上に座り込む。
冷徹な目でこちらを見下ろしてくる男の視線に、バザードは目の前に腹を空かせた肉食獣がいるかのようなそんな感覚に陥る。
そうやって無表情のままバザードを見つめるジークフリードは不意に唇を開き、言葉を彼に降り注がせた。
「……その、なんだ、痛いところはないか?」
「は?」
口を開いたジークフリードは突然バザードを心配するような発言をした。まさかそんなことを言われると思っても見なかった少年はポカンとした顔のまま男を見つめ返す。
「な、なんだよ急に……」
「俺は全然悪くないが、お前に怪我をさせたのは事実だからな、俺は全然悪くねえけど」
「怪我?」
バザードは目を丸くしながら自身の両腕を視界に入れると、手や脚や胴など自分の視界に入る体の全てに目を向けた。けれどどこにも怪我なんてない。
「してねえじゃんかよ、怪我なんか」
「してたんだよ。さっき俺がお前をボコボコにして、そこにいるドクターがお前を治した」
バザードはジークフリードに攻撃されたことを覚えていない。攻撃されたと認識する前に意識を飛ばされたからだ。どれだけ無惨な姿にされたのかを、当の本人だけは知らない。
それ故に訝しげな顔をするバザードに、ジークフリードは「さてはお前信じてねえな?」と呟く。
「さっきまで顎は割れてるわ、肉は抉れてるわ、四肢の腱は切れてるわで大変だったんだからな、お前。まあ、やったの俺だけど。それを綺麗に治してやったわけ。やったの俺じゃねえけど」
「……なんだよ、わけわかんねえ。なんで攻撃しといて、治したんだよ」
「……いろいろあんだよ、大人には」
「てめえを殺しかけたことを陛下に怒られたから慌てて担ぎ込んできたんだよ、こいつは」
「ドクター!だから怒られてねえっつの」
ドクターからの茶化しにジークフリードは反論しながら肩を落とす。それから再び赤毛の少年へ視線を向けると言った。
「しかしお前、蛮勇にも程があるぞ。親衛隊に喧嘩売るわ、ユーハバッハに攻撃しようとするわ。自殺志願者か?命を大事にしろ、天国に行けねえぞ」
「…………てめえがそれを言うのかよ」
命を大事にしろ、なんて人殺しのくせに。
内心で仄暗く腹立たしい気持ちになりながらそう吐き捨てるバザードに、ジークフリードは気にせず「俺は天国に行く気がねえからな」と返した。
「まあ、元気そうならいい。あー、俺はジークフリード・ジンツァーだ。で、お前、名前は?」
話の流れで軽くそう問いかけたかのように装いながら、ジークフリードはすでに目の前の少年が何者なのか知っていた。
バザード・ブラック。
ブラック家の嫡子であり、あの夜の生き残り。
ユーハバッハを、親衛隊を、光の帝国を恨んでいるのだろう。
ユーハバッハに近づくために騎士団に入ることを画策したに違いない。もしもそうだとしたらあの片割れの金糸の少年もまたユーハバッハに近づけるべきではないのだろうか。
平素に見える表情の奥で思考を巡らせるジークフリードに、バザードは躊躇うことなく仮初の名前を口にした。
「バズビー」
「あ?」
「だから名前。バズビーだっての」
「バズビー?ファミリーネームは?」
「……ねえよ、そんなもん」
ベッドの上で座るバザードは微かに俯きながら、そう返す。
一族を殺された時からすでにバザードに帰る家はなく、今の彼にファミリーネームを名乗る理由もない。
それを名乗る時が来るとしたらそれはユーハバッハを殺すその瞬間だけ。
お前が、お前たちが殺し損ねた過去がお前たちを殺すのだと伝えるその瞬間だけだ。
「……なるほど」
感情を抑えたバザードの反応にジークフリードは呟く。
素直に正体を明かすほど馬鹿ではないらしい。とはいえ、名前の捻りのなさは子供らしさか、それとも家への矜持か。
ふと、シュトゥル・ムフートは本当に任務のためにつけられた名前だったのだろう、と過去に殺した人間へ思いを馳せる。
バズビーと名乗る少年に「お前の正体を知っているぞ」と言うのは容易かったが、そこに益がないことも知っていた。気がついていないフリで泳がせるのが最良かと思いながら、まるで納得したかのような顔をしてみせる。それにファミリーネームが無いというのは……。
「……同じだしな」
「は?」
「いや、独り言だ、気にするな。それより、お前はなんだ?騎士団に入りたいのか?」
飛躍しかけた思考の手綱を握って、話を変える。
先ほども考えたが、目的は復讐だろうと見当は付く。騎士団に入って、ユーハバッハに近づき、その命を狙う。
それにしては先の街での様子を見るに、ユーハバッハへの悪感情が制御できていないようだったが。
「……だから騎士団に入団希望っつったろ」
「その割には喧嘩腰だったみたいだが」
「あのへんでお前らに良い感情持ってるやつなんかいねえよ」
「そりゃあ耳が痛いな。なんだ、前の領主は慕われていたのか?」
「…………」
何か言いたげに口を開き、しかし結局俯いて黙り込むバザードにジークフリードは少しばかり困ったように嘆息する。
その様子を見ていたドクターが口を挟んだ。
「あのへんってあれか、ブラック家の領地だったところか」
「ドクター」
「無闇に手を出さなきゃ滅ぼされなかったろうに。陛下の元に鼠なんぞを放つからいけねえ。真面目そうな奴だと思ってたがな、ジンツァーもよく構ってやってたろ」
「ドクター。お喋りが過ぎるぞ、部外者の前だ」
「わかったわかった、そんな顔をするな」
「……ねずみ?」
反応したバザードの様子に気がついていながら、ジークフリードは見なかったふりをした。その呟きも聞かなかったことにして話を無理やり進める。
「そんな話より今後のお前の処遇だ。悪いが君の友人はこちらで身柄を引き受けることになった。寂しいだろうが、さよならを知る日だったと受け入れることだな」
「……ゆう、じん……。ッ、お前らユーゴーをどうするつもりだよ……!」
憎々しげにこちらを睨みつける赤毛の少年を前にジークフリードは軽く息を吐く。「どうもこうも」と何でもないことのように口をする。
「あの場で言った通りだ、陛下の側近として騎士団に迎え入れる」
「……なんで」
「あの子には特別な力があると言っていただろう。その力こそが陛下が側近に求めていたものだからだ」
「……っ」
その言葉にバザードは数刻前のことを思い出す。
ずっと目指していたユーハバッハの側近という立場。そしてそこに当然のように、特別なように選ばれたハッシュヴァルトの姿を。
そしてその時に感じてしまったあの時の燃えるような嫉妬心のことも。
腹の奥に溜まる複雑な感情に押し黙るバザードを見て、ジークフリードは息をついて言葉を紡ぐ。
「いいか、勘違いするなよ。お前が選ばれなかったわけじゃない。あの子しか選ばれる権利がなかった。ただそれだけのことだ。俺でもなく、他の親衛隊でもなく、特別な力を持ったあの子だけにその権利があったんだ」
「……特別な力って、分け与えるとかなんとか言ってたやつだろ。不全の滅却師……そんなの御伽噺かなんかだと思ってたけどよ……」
「ああ、碌でもねえ力だよ」
ジークフリードは不意に昔のことを思い出してそう吐き捨てた。分け与える、などと言えば聞こえはいいが、ジークフリードから見れば他者から搾取されるだけの力だ。
その素っ気ない言葉が気になってバザードはジークフリードを見つめる。その視線に気がついて、ジークフリードは己の内心から滲む感情を自覚する。
「お前も意図せず友人から力を得ていただろう。分け与える、なんて都合の良い言い方だ。奪われているのと何が違う」
「……別に欲しくて奪ったわけじゃ……。つか、なんだよ、あんた怒ってんのか?」
指摘されるまでもなく自覚していた。
──特別な力なんて、くだらない。
そんなものがなければとずっと怒っておきながら、それがなければユーハバッハに出会うことも、今自分が生きていることもないということが、時折ジークフリードをひどく空虚にさせる。
無意識に左の掌を握り込む。その掌の中心に残らなかった傷のことを思い出す。
唯一の友のために負った傷さえ今は記憶の中にしか無い。
「怒っていたらおかしいか?」
「なんで」
「……不全の滅却師はお前の友達ともう一人しかいない。俺はお前の友達のことは知らないが、もう一人のことなら知ってるつもりだよ」
それは暗に、不全の滅却師であるが故にユーハバッハが碌でもない人生を歩んできたと知っていることを示唆していた。そしてその事実にずっと怒りを抱いていた、と。
「まあ、君の友人も、自分の力の使い方もわからないまま周囲の不理解に晒され続けるよりは騎士団にいたほうがマシなんじゃねえかと俺は思うがね」
無意識に力せていた肩に気がついたジークフリードは小さく息を吐くと、バザードから目を離し、窓の外へ視線を向けた。感情の薄いその横顔。バザードはそんな彼を見つめながら、湧き上がる疑問を口にする。
「あんたとユーハバッハって、なんなんだ。どういう関係なんだよ」
「友達だって言ったら信じるか?」
そう口にして男はニヒルに笑った。バザードは答えを返さず、質問を重ねる。
「……あんた、自分が街の人間からなんて呼ばれてるか知ってるか?」
「褒め言葉以外は聞きたくねえな」
「ユーハバッハの猟犬」
「ギリ褒め言葉か……」
「犬でいいのかよ」
「犬はいいだろ。で、それが?」
「対等な関係だと思われてねえって話」
「他人からの評価なんか気にして生きてきたことねえよ」
「つか、あんたがどう思ってようと、ユーハバッハのほうはあんたのこと友達だと思ってんのかよ」
「思ってるよ」
そう言って目の前の男は笑う。
彼が強がりでも冗談でもなく、本気でそう思って口にしたことをバザードは不思議と理解する。それまで滲ませていた苛烈な感情は絶え、口元に微かに浮かべた笑みは穏やかだった。
その表情にどこか惹き込まれるような感覚を覚えながらバザードは呟く。
「……あんたとユーハバッハって、なんなんだよ」
「なんでもっかい聞いた?さっきのやり取りなんだったんだよ」
呆れたような声を受け止めながら、何も知らない、とバザードは思う。
目の前の男のことも、この国の玉座にいる男のことも、なにも。
目の前の男は家族を殺した仇だ。けれど、ここでこうやって気安く話をしているのも本当だ。あいつは友達だ、とまるで普通の人間みたいに笑う姿に嘘があるとは思えなかった。
──なんなのだろう。
お前たちは何者なんなんだろう。
なんで俺の一族を殺したのだろう。
なんでユーゴーの力を必要とするのだろう。
俺は知らない。何も知らない。
でも、俺は知らなくちゃいけないんじゃないのか?
ブラック家の嫡子として。
そして、ユーゴーの……友、として。
……どうしたらいい?どうしたらここにいられる?
知りたいことを知るためにはきっと此処にいる必要がある。ユーハバッハやユーゴーの近くにいなければ何の手がかりもつかめない。
バザードは思考を巡らせる。騎士にならなくてはならない。騎士団に入らなくてはならない。そのためにはどうしたらいい。試験だとか選ばれるだとかそんなものを待ってはいられない。
不意に顔を上げれば、目の前の男と目が合う。
今のバザードが持っている、騎士団との唯一の繋がり。それを掴むことに最早恥も外見も無かった。
バザードは真っ直ぐにジークフリードを見据えると、唇を開いてはっきりと言った。
「なあ、あんた、俺を弟子にしてくれ!」
「やだね」
切羽詰まった表情をするバザードの言葉に、ジークフリードはあっけらかんと拒否を答えた。興味なさそうに椅子の上で脚を組むと、自分の爪を見つめて少し伸びた中指の爪を親指の爪で引っ掻く。
驚きも一瞬の思案もない返答にバザードは素っ頓狂な声を上げる。
「はあ!?あんた強いんだろ!なら弟子にしてくれよ!」
「強ええよ、お前なんか小指で殺せるね。でもやだ」
「なんでだよ!!」
ほとんど掴みかかるようにして寄ってくるバザードを邪険にしながらジークフリードは答えた。
「だってお前なんかを弟子にしたらヒューベルトがもう二度とプライベートで喋ってくんなくなるもん」
「それは今もそうだろ」
ドクターの素っ気ないツッコミが病室に響いた。