「すげえとこに住んでたんだな、お前ら」
「はっ、お綺麗な城に住んでる騎士様にはわかんねーだろうよ」
「テントなんか長期的に住む場所じゃねえよ。金無くなって人様の馬小屋に隠れ住んでた時の俺らの方がマシだわ」
「なんて?」
主君に似てワーカホリックなきらいのあるジークフリードは久々の休日に、かつてブラック家の領地であった地域にやってきていた。
渋々案内を許したバザードによって連れられてきた森の中、彼とユーグラムが暮らしていたというテントまでやってきて、ジークフリードは呆れた顔をする。
そして自分より背の低い子供を流し目で見て溜息ともつかない息を吐いた。
道理で発育が悪いわけだ。特にユーグラムは背も低ければ恰幅もない。痩せぎすの子供を思い出して今度こそ溜息をつく。何事においても資本は身体だ。騎士団に入ったからには山盛りの飯を食ってもらう。
……それにしても、だ。
「ガキ二人がこんなとこで暮らしてて、街の奴らは何も言わなかったのか?」
じろりと見下ろしてくるジークフリードの視線に、バザードは思わず視線を逸らす。
……言われなかったわけじゃない。
食べ物を買いに街へ出れば意味ありげな大人たちからの視線を受けてきた。それこそブラック家が滅ぼされた後、二人を心配して手を差し伸べてきた人達だっていた。……いた、けれど。
「……街の連中は関係ねえだろ」
結局それを選ばずにここにいることを選んだ。
ほんの少しでも空白が埋まるのが怖かった。穏やかな安寧なんてものに身を浸して、あの時の憎悪を忘れてしまうのが怖かった。
拒絶するように吐き捨てるバザードに、ジークフリードはガキだなと肩を竦めて鼻を鳴らす。
「バカだな、お前は。いいか?助けは求められるうちに求めておけ。手を差し出す側だって、掴み返されなきゃ助けられん」
「うるせえな」
「その態度は直しておけよ。うちは実力主義だが組織である以上チームワークと結束は求められる。輪を乱す奴は懲罰もんだからな」
ジークフリードはそれだけ口にすると、話はここまでとばかりに一度パンと手を打った。
「さて、クソガキ、非常に遺憾だがお前は次の試験を受かって騎士団に入らなきゃならねえ。だがお前の滅却師としての実力はミミズ以下。ボケナス蛆虫。クソザコナメクジ。その辺の糞尿の方がまだ人様の役に立つ」
「はあ!?なんでてめぇにそこまで言われなきゃなんねえんだよ!」
「見りゃわかるレベルの事実だからだよバーカバーカ。だが可哀想な俺はそんなナメクジを次の試験までに滅却師に育て上げなきゃならなくなった」
きっかけは賭けに負けた自分ではあるが、最終的にユーハバッハはバザード・ブラックが騎士団に入ることを受容した。
ユーハバッハが何を考えてそれを良しとしたのかまではジークフリードには分からないが、彼がそう言った以上、最早バザードは騎士団に入らなくてはならない。
そうなると、少なくとも自分が許可を求め、君主がそれを許可した以上、やっぱり試験に落ちました、では示しがつかない。
ジークフリードは変なところでクソ真面目な男だった。
「つーわけでバズビー、次の試験まで俺はお前をボコボコになるまで鍛え上げる。任せておけ、言ったからにはやる。お前が死んでも試験に合格させるからな」
「死んだら合格しても意味ねえだろ……いってぇ!」
「口答えすんな。お前が俺に言っていいのは「イエッサー」だけだ」
バザードの尻を蹴っ飛ばしながらジークフリードは言った。
それから深い森の中、木々のほうへ指を向ける。
「っ、てめえいつか絶対殺してやるからな……」
「やってみろクソガキ。まあそんな永遠に不可能な与太話は置いておいて、あそこに鳥が止まってんのが見えるか?」
「鳥だあ?」
ジークフリードの指の先へ視線を向ければ、遠い木の先に一羽の鳩が止まっているのが見えた。バザードが頷くとジークフリードは唇を開いた。
「ここからあれが撃てるか」
「……余裕だっつの」
バザードは霊子でクロスボウを構築すると視線の先へ矢を向ける。ここからでは親指の爪ほどの大きさにしか見えず、決して余裕といえる的では無かったが男を前にしてそんな弱々しいことを言えるほどプライドは低くない。
意識を集中させて慎重に狙いを定める。そして鳩が飛び立とうと翼を広げたその瞬間、矢を放つ。
次の瞬間、真っ直ぐに射出された矢が鳩の胴を穿っていた。
鳴き声を上げる間もなく鳩は地に落ちていき、そして刺さった霊子の矢をその身体に吸収して飛び始めた。
「……は?」
バザードの霊子の矢を取り込んだ鳩は何事も無かったかのように宙を飛ぶと、翼を羽ばたかせて二人の元へやってくる。
目を丸くするバザードに対して、さしたる反応もないジークフリードは腕を高く差し出した。飛んできた鳩はその腕に止まると、一度大きく羽を広げて、それから霊子となって霧散した。
「よしよし、このくらいはできるな。狙いを定めて撃つまでが亀みたいに遅いがまあ許してやろう」
「は!?なんだよ今の!」
「うるせえうるせえ、なんだよ」
「霊子の鳩!?アンタが造ったのか!?」
「騒ぐな、弓矢作るのと同じだろうが」
「同じなわけあるか!生き物じゃねーか!」
そんな霊子の使い方を見たことも考えたこともないバザードは驚いた顔のままジークフリードを見上げる。そんな子供の様子に彼は呆れたような溜息をついてからもう一度手の中に鳩を造り出した。
「形が生き物を模してるだけで生きてるわけじゃない。動きだっていくつかのパターンをオートで繰り返してるだけだっつの。こんぐらいやろうと思えば誰でも出来る」
そう口にするジークフリードの手の中で鳩はまるで本当に生きているかのように首を回している。呆気に取られた顔でそれを見つめるバザードの子供みたいな顔に、ジークフリードは微かに口角を緩める。
しかしすぐにその表情を引っ込めると「じゃあステップ2だ」と言って、その鳩を飛び立たせた。
「止まってる的を当てられるのは当たり前。次は動いてる的を当てろ。人間にしろ虚にしろ、戦闘中に大人しく止まっててくれるやつなんかいないからな」
飛び立った鳩は高い空で旋回を繰り返す。それからふっと森の方へ飛んで行った。それをほとんど顔を真上に向けて口を開いたまま見上げるバザード。
ジークフリードは少年の背中を掌でバンと勢い良く叩くと「よし、あれを撃ち落としてこい」と言った。
「あれを!?」
「できねえのかよ、だっせえ」
「できるわクソが!」
安い挑発に気軽に乗ったバザードは飛んでいく鳩を追いかけて走り出す。その元気な背中にジークフリードは微かに笑みを浮かべると、口の横に掌を寄せて声を張った。
「ちなみにその鳥はお前が一定範囲まで近づくと光弾を射出して攻撃してくるからなー」
「ぎゃあああ!!てめえそれ早く言え!!!」
眩い光の後、少し遅れてちゅどーんと気の抜けた音が森の中に響く。それを聞きながらジークフリードは木の幹に背中を預けた。
よく晴れた蒼穹へ目を向けながら、意識は自己の内部へ入り込む。
実のところ、争い事は嫌いだ。
どの面下げて、どの口で、というのは自覚している。
神様に仕える人を殺してからというもの、自分の中に当たり前のように生まれた「殺人」という選択肢を今となってはもうごく気軽に選べるようになってしまった。
それでも戦争は嫌だなあと思うのだ。
騎士団の顔ぶれを思い出す。愛しい子供たち。次に続くものを持たない自分にとってはどこまでも尊く美しい命たち。いつか散る花だとしてもそれを踏み潰そうとは思わない。
それから、今森の中で走り回っている赤毛の子供のことを考える。
うっかり世話を焼いてしまった。意識的に素っ気なくしているつもりだが、多分もう時間の問題だ。だって既に若干庇護の対象となりつつある。もうだめだろう。だって多分自分はそういう性質なのだから。
小さくて懸命な命。金髪の片割れもそうだが、どちらも10歳とちょっとくらいだろうか?そんなもの、ジークフリードからしてみれば生まれたばかりの赤子に等しい。
こんなものを戦場に放り投げるのか。
こんなものに人を殺させるのか。
そう思いながら、ユーハバッハの命令ひとつで彼らを容易く殺せる自分のことも自覚している。
まったく、こんな大人になるなんて思ってもみなかった。
「……平和な国が良かったのにな」
とはいえ、自分たちで作った血溜まりの中から抜け出してきた子供二人が造った国の末路なんてそんなもんかとも思う。
出会ったばかりの頃、幼いユーハバッハと遊んでいた時が一番平和だったと思う。けれど平和だと思っていたのはジークフリードだけで、当のユーハバッハは裏であんなことをされていた。それを知った以上、ジークフリードにはもうなにもかもを鏖殺する選択肢しかなかった。
結局何がどうあっても、出会った時点でこうなるしか無かったようにも思う。
せめてもう少し自分が賢かったら?
……気がつくのが早くなっただけだと思う。
せめてもう少し自分が強かったら?
……もっと上手く殺していただけだと思う。
陵辱された幼子の手を引いて誰も呪わずに屋敷から逃げられるだけの強さはあの時の自分には無かったし、今の自分にあるとも思えない。
同じ景色が今、目の前にあったのなら、きっとあの時と同じことをする。自分の意志で躊躇いなく矢を放つ。全員を殺して、彼の元に帰るだろう。
そんな自分の選択を悔いてはいないが、あれを最善だったとも思わない。
そうなるとどうにも、後悔する宛がないというのも存外に空しいものだ。
ジークフリードは自身の目頭を揉んだ。
ひとりで考え込むのは良くない。頭の中がとっ散らかって、最初の思考からどんどんとズレていっている。
とかく、過去を悔やんでいるわけではない。
しかし、現在に失望しているわけでもない。
けれど、うまく未来を見ることができない。
これでいいのか?
返ることのない自問自答をずっと繰り返してばかりいた。何を愛そうとも自分にとって大切なものはたったひとつだけだとわかっている。
そうやって自分は彼のために全てを切り捨てることができるとわかっているが、彼のために全てを切り捨てることが本当に彼のためになるのだろうか。
……ユーフェン、俺は本当にお前のためになれているだろうか。
そう思った時だった。
「ぜぇ、ぜぇ……!捕まえてきてやったぞこの野郎……!」
矢で射った鳥を手に、肩で息をしながら戻ってきた少年の姿が目に映る。鳩から余程抵抗を受けたのか、擦り傷だらけ砂まみれになっているが、爛々としたその大きな瞳には強気な光がある。
思考から現実に焦点を合わせて、少年を見る。
弱っちいのに必死になって頑張っている様は不思議と眩しい。なぜそこまで頑張るのか、その理由の全てをジークフリードは把握している訳ではない。何のためにと問うことが野暮なこともわかっている。
「バズビー」
「はあ……はあ……!っ、んだよ……!」
「お前、頑張れそうか?」
曖昧な問いかけだった。この修行の話だけでなく、もっと大きくて漠然としたもの。
問いかけておきながらジークフリードもその問いの意味をきちんと把握はしていなかった。ただなんとなく、ちょっとだけ自分に似ているような気がしないようなするようなやっぱりしないような気がしないでもないかもしれない子供へ抱く疑問。
その問いかけに目の前の子供は訳が分からないという顔をしてからすぐに大きな目でこちらを見上げて、犬歯を見せた。
「たりめーだ!ぜってぇ騎士団に入ってやるよ!」
強気で勝気な表情でそう吠える子供に微かな安堵を抱く。
それがどうして、どこから来るものなのか自分でもよくわからないけれど。
バザードの手の中で捕まっていた鳩が霊子となって霧散する。と次の瞬間には再び鳩の形になって彼の頭の上に止まっていた。
「うお」
鳩が乗っかった自身の脳天に意識を向ける少年へ、ジークフリードは両手を差し出す。バザードがキョトンとしたままその手に視線を向けた次の瞬間、その両掌の上にそっくり同じ形の鳩が造られる。
「よく言った」
ジークフリードは軽く笑った。バザードの頭の上と、ジークフリードの右手と左手の鳩が同時にクルックルーと気の抜けるような鳴き声を上げてから飛び立つ。
「じゃあ次は3羽な」
「あああああ!ちくしょう!やってやらぁ!」
別々の方向へ飛んでいく鳥を追いかける背中を、手を振って見送る。一羽相手に然程時間は掛からなかったのだし、どうせ三羽もすぐに攻略されるだろう。バザードにも言ったが、複数あるパターンをランダムに繰り返している程度の性能だ。本物の動物と違って命を守るための回避行動を取る訳でもない。パターンごとの対処がわかれば時間の問題だ。
物覚えは良さそうだし、筋が悪いわけでもない。
むしろこれからどう指導していくべきか悩む。
動物型の霊子兵装では限界がある。熊だの猪だのは生まれた村にはいなくてろくに観察したことがないから、上手に造れる気がしない。イメージだけで造ると、ノーガードで相手に突っ込んで行って爪や牙で急所を狙う人間絶対殺すアニマルを生み出してしまう。まあ、野生動物ってそういうもんだし。
適当に虚の数匹程度やって来てくれれば実戦代わりになるのだが……とまで思って、はるか昔、自分がユーハバッハにされたことを思い出した。
まだあの屋敷にいた頃、滅却師としての力を覚えたての頃に撒き餌で何体も虚を呼び寄せられて無理やり戦わせられた時のことを。
……今思うと確かに効率的だったな。
安全圏である程度体の動かし方を知った後に、虚を使って実戦形式で戦い方を教えるという流れ。
若干納得する自分がいる。
どうしたって、命の危険は感じておいた方がいい。
「そのうち軽く半殺しにするか」
前にバザードを殺しかけた時は初撃で意識を奪ったせいで逆に怖がられなかった。大事なのは恐怖を記憶に根付かせることだ。意識が落ちない程度にボコボコにして戦闘というものの怖さを教えておいた方がいい。少なくとも彼らは虚を殺すために集められた騎士ではないのだし、戦うのは虚ではなく人間の方がいいだろう。
まあ、試験まではあと1ヶ月以上ある。
休みの折に面倒を見て、ナメクジからせめて人間に育ててやろう。
ジークフリードは鳩に襲われるバザードの悲鳴を聴きながら笑顔で頷いた。
翌週。
「……おい、なんだこれ」
「鳩をデカくしてみた。3メートルくらいだ。的としてはデカくなるし飛行速度も落ちるが、代わりに耐久力と攻撃力が上がった」
「待て待て待てェ!なんか口から光線出してんだけど!森が焼け焦げてんだけど!」
「よし、これを撃ち落としてこい。ちゃんと制圧するんだぞ」
「まじか。……っ、まじか!おい!こいつ逃げるどころか襲ってくんぞ!」
「そりゃあ自分より弱そうな虫けらが目の前にいるんだ、鳥なら喰うだろ」
「ああああああああああああ!!!」
翌週。
「対空戦にばっか慣れても良くねえからな。改良してみた」
「……なあ、なにこれ」
「山羊の体に虎の頭をつけてみた。山羊は意外と機敏だぞ。崖とか余裕で登るし。あ、虎は俺の想像上の虎だから、人間を見つけ次第首を狙って噛み付くからな」
「は?」
「よし!倒してこい!」
「これを!?これを!?オレが!?うわあああ!!」
翌週。
「……もうやめろよ、アンタ。なんかもう、命に対するなんらかの冒涜だぜ、それ」
「命?ただの霊子兵装だぞ、これ」
「……で、なにこれ」
「より高い機動力!つまりは馬!より高い攻撃力!つまりは狼!よりデカいパワー!つまりはゾウ!ちょっと可愛く!つまりは兎!馬の身体にゾウの足、狼のしっぽに顔は兎!ただしサイズと鼻はゾウ!これが俺の答えだ!」
「作ってる途中でおかしいって思わなかったのかよテメーは!!その答え絶対間違ってるだろ!!脅威なのはほぼゾウの要素じゃねえか!!くそ!シンプルにデカいのが脅威!!!」
「粉砕!粉砕!」
「うるせえ!!!」
城の面々には内緒でこっそりバザードに稽古をつける日々の中、とある深夜のこと、いつものように屋根の上でジークフリードは無二の友であるユーハバッハに語った。
──もっと動物が見たい、と。
「創作意欲って言うのかな、これ。とにかくもっと新しいものを作りたいっていうか、もっと知識が欲しいっていうか。なんかわかんねえんだけど、脳味噌の中身が拡がった感じっていうか……自分に出来ることが増えたって感じがしてすげえ楽しいっていうか……!」
目をキラキラさせながら心底楽しそうにそんなことを語ってくれるジークフリードに、ユーハバッハは思った。
──なんかよくわからないが、我が親友が楽しそうでなによりだ、と。
なので城の図書室に動物図鑑があることを教えた。
翌週のバザードは地獄を見た。
翌週。
「帰りてえ……」
「泣き言言うんじゃねえ。よし、紹介しよう。見ての通り、顔はアリゲーター。ワニは地上では機動力が低いからな、補うために体をアナコンダにした。アナコンダもそんなに速くはねえんだが、地上のワニよりはマシだからな、締める力も強いし。しかし身体を蛇にすると顔から遠い尾が弱点になりやすい。だから、尾の先にはヤマアラシの針を搭載した。そして、顔がちょっとイカついので可愛さを足すために兎の耳が生えている。垂れ耳、可愛いな」
「クソ、無駄に知識を付けて弱点を補って特性を活かしてきた……。つか可愛くねえよ、怖ぇよ、それに可愛さを見い出せるのはアンタくらいだよ……」
「今日も張り切って、ゴー!」
「いやこれ流石に死……、おい待てこいつめっちゃ速くねえか!?」
「ほんとだ、思ってたより速え〜、すげ〜」
「ああああああああ!!!あとでブン殴ってやるからなクソ師匠!!!!」
翌週。
「うわっ……って、あ?今日は新しい化け物いねえの?」
「化け物とか言うな、可愛いかっただろうが。お前というクソザコナメクジを昆虫くらいにまでは育ててくれた、言わば兄弟みたいなもんだぞ、感謝しろ」
「つーことは先週までずっとその兄弟に殺されそうになってたことになんだけど」
「残念だがあいつらは今日はお休みだ。代わりに俺が相手だよ、バズビー」
「……ようやくかよ」
バザードは目の前で軽く伸びをするジークフリードを見つめながら口角を上げた。
いつまでも虚じみた霊子兵装と戦ってはいられない。騎士になれば人間を、死神を相手にするのだから。
「俺から一本とってみろ」
「……ハッ!腕か?脚か?」
「髪の毛でもいいぞ、やれるもんならな」
瞬間、ほとんど不意打ちのような速度でバザードは霊子構築した弓矢をジークフリードへ向けて素早く射出させた。
二人の間にあったのは約1.5メートル。至近距離からの攻撃に普通の人間ならば反応することなどできないが、バザードの前にいるのは普通の人間ではなかった。
「おっと」
自身の顔目掛けて飛んできた矢を掴んだジークフリードはそれを握力だけで折る。そして距離を取ろうとするバザードを追うと脚の甲でその顎を一線した。
「ガッ……!」
「はい、実戦なら死んでいましたー」
「っ、ぐぅ!……ってぇ……!」
「二撃目のことも考えろ。もうちょい頭を使って戦おうな、はい次行くぞ」
地に倒れたバザードの首根っこを掴んで、放り投げる。
立てないのならどうしようかと思ったが、バザードは親の仇のような目で──実際そうなのだが──ジークフリードを睨むと揺れる脳味噌に耐えながら立ち上がる。
ガッツがあるのはいい事だ。立てない奴をいたぶるのは好きではない。教えるべきは戦い方であり、痛みの耐え方ではないのだから。
そんなわけで、先週までのバケモノブラザーズが天使に思えるようなほど、以降の訓練日の度にバズビーはジークフリードに扱き回された。
とはいえ単に痛めつけられたというわけでもなく、動きが悪かったり短絡的な時にしばかれたというのがほとんどであり、考えて出した良い動きは言葉にはせずとも評価された。
ジークフリードは元よりどちらかというと身体で覚えさせるタイプであり、バザードもどちらかというと感覚的なタイプだったので変なところで相性が良かったのだろう。
とかくそんなこんなでジークフリードは一ヶ月半ほど自分の休日のすべてを赤の他人の子供に捧げ、バザードは気がつけば一族の仇が滅却師としての師匠になっていた。それでいいのか。
さて、そんな日々が過ぎた頃、勤務中のジークフリードは城の中をアルゴラと共に歩いていた。
先日、入団試験の試験官役をしたというアルゴラと話をしながら歩いていれば、城前に例の新兵たちが並ばされているのが見える。
その様子を見てジークフリードは舌を出した。
「……新兵ねえ、数増やしゃあいいってもんでもないと思うがね」
「必要な足切りはしてるぞ。それに新兵が今すぐに上澄みほど強くなる必要は無い。下が育てば今まで中堅がやっていた仕事を下に任せて、中堅がもっと上の仕事ができるようになる。悪いことでもないだろう」
「……それもそうか。ダメだな、そういう考えは俺には出て来ない」
「お前は長生きだからな、ジークフリード」
「自分に無い思考が出るという点は組織の良いところだな。数多の思考をひとつにまとめられるかどうかは別としてだが」
「だからこその陛下だろう」
「……あいつが比較的話を聞く気がある暴君であることに感謝した方がいいぞ。ああいう奴が独裁者になると洒落にならん」
「暴君と思ったこともないが……。何よりお前とザイドリッツ殿もいる」
「他人の良いところしか見えないのがお前の悪いところだよ、アルゴラ。ヒューベルトやニキータじゃ厳しすぎると思って試験官を任せたがろくに落としてないんじゃねえの?」
「必要な足切りはしたと言ったろ」
並ぶ新兵の中に群を抜いて背の低い人物がいるのが見えてジークフリードは視線を向ける。
自分が被っていた白帽を軽く上げて自らの赤髪を指先で摘むと、その小さな新兵もまた教官に気が付かれない角度で軽く制帽を上げるとその中の赤髪を摘んで見せた。
ジークフリードは一度深く息を吐くと、上がりそうになる口角を隠すように白帽を被り直す。それから憎まれ口を叩くように呟いた。
「どうだかねぇ」