バッハ「私たちは友達だからだ」   作:ホネホネ

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お前は俺だ / No time to sleep!

 

 

かつて住んでいた屋敷での記憶は鏖殺や陵辱の惨たらしいものだけではなかった。初めて年の近い友人が出来たこと、母の穏やかな顔が見られたこと。

それらは希望と呼ぶには頼りなくとも、世界への失望を塗り潰す程度のものではあったのだ。

 

「……なんか、マジで懐かしいな」

 

子供の頃に過ごしたユーハバッハの部屋を見渡してそう思う。そこは記憶の中と変わりなく、時が止まったままかのようだ。違うのは、時間だけだろうか。

 

視線を向けた窓の外には星も月も塗りつぶしたかのように黒い闇だけが広がっている。

部屋の中は暗い。テーブルの上で蝋燭の火が揺れていた。光源はそれだけ。

子供の頃にユーハバッハの部屋で遊んでいたときはいつも昼間だったから、夜の部屋の景色は新鮮で不思議だ。

 

背もたれに深く体重をかければぎぃっと音が鳴る。

いつしか15歳の姿ではなく、それから200年経った後、騎士として生きていた頃の姿になっていた。高くなった視線でテーブルの向かい側に座る子供を見下ろす。記憶の中の姿より随分と──

 

「……小さくないか?」

「お前が成長しただけだ」

 

溢れた涙を拭いながら、呆れたようにそいつは言った。

ユーフェンと同じ顔をした、けれど絶対にユーフェンではない、なにか。そいつは俺を見つめながら口を開いた。

 

「……ずっと子供のまま、幸福な日々を繰り返して、あの戦争のことを忘れて此処にいればよかった。そう思わぬのか」

 

問いかけられて、苦笑する。別に思い出したくて思い出した記憶でもない。ただ忘れられなくて、消えなかっただけだ。それが唐突に鮮明に蘇っただけ。絶えることのない熾火のように。

蝋燭の火へ視線を向ける。ずっと炎が怖かった。自分の無力さを思い知らされるから。それを思い出す。

それでも、と俺は首を横に振った。

 

「……嫌なこと忘れて、悲しかったこと無かったことにして、都合の良い思い出だけ抱えて生きてる俺は本当に俺か?」

 

これまで生きてきた中で得た失望も幸福も、どちらも抱えてこその俺なのではないか。そういうものの積み重ねが今の俺を形作っているんじゃないのか。

それが無い俺なんて、ただ俺の姿をしただけの別人だろう。

そう口にすれば、ぐっと眉間に皺を寄せた顔でそいつは言った。

 

「絶望がお前をお前たらしめる、と?」

「別に絶望だけじゃねえけどさ。でも、そういうもんだろ」

「……私はそんなお前でも良かった。それでお前を外の世界の苦痛から遠ざけられるのならば」

 

そいつは耐えるような表情でそう言った。

悪い奴じゃないということはとっくにわかっていた。ずっとこちらを案じていたことを知っている。

その理由だけを知らない。

知りたくて、問いかける。

 

「……お前はユーフェンじゃない。俺はあいつにも炎へ恐ろしさを感じる理由を教えたことはないんだ。でもお前は知ってる。……なあ、お前は一体、何者なんだ」

 

揺れる蝋燭の火が子供の顔に影を作る。無表情のはずなのに影の揺らめきのせいか、どこか悲しげな顔に見えた。

沈黙が続く。耳鳴りが鳴るほどの静寂。動いているものは蝋燭の炎だけで、他のものはすべて凍りついたかのようだ。

答える気がないのかと思い始めた頃、ようやく子供が口を開いた。

 

「……私は誰よりもお前のことを知っている。誰よりも長く近くお前の傍にいた。あの男よりもずっと」

 

紅い目が確かにこちらを見ていた。重々しく告げられる言葉が鼓膜を揺らす。

 

「かつてお前を転生体とするはずだったあの男が、お前の中に取り零した魂の欠片。お前の持つ滅却師としての力。それこそが私。私もまたユーハバッハそのものであると言えるだろう」

「……俺の中にある、ユーハバッハの魂……」

「正確に言えばお前の魂に接触したあの男の魂の一部が混ざってそのまま癒着したものに転生批判外典の記録が刻み込まれたものだ。むしろ私はお前の魂そのものと言ってもいいし、そうでないのかもしれない」

「なんか色々とゴチャついてるな……」

「正直に言って、私という存在を正確に定義することは難しい。……長く、私は私を見失ってしまっていたのだ」

「おお、モラトリアムだな」

「ここぞとばかりにツッコむのはやめろ。お前の魂の問題だぞ。誰彼構わず土足で踏み入られおって」

 

テーブルの下から足蹴されて、調子が出てきたなと思わず笑う。

どうあれ丁重に、まるで宝物のように扱われるのはむず痒い。それが好意であったとしても。様付けをやめないユーグラムの顔が浮かんだ。好意であることはよくよくわかっているのだがあんまり人前でジークフリード様とか大きな声で呼ばないでほしい。恥ずかしいから。

 

子供は先ほどのやりとりでいくらか肩の力が抜けたようだった。表情は変わらないが、どこかやわらいだようにも聞こえる声で言った。

 

「私が私を見失っていたのは過去の話だ。今はもう違う。お前が私に名をつけた。お前が私の名を呼んだ。それでいい」

「そっか……」

「問題はそこではない」

 

先ほどまでのやわらいだ表情はどこへやら、ユーレインは再び不機嫌そうな顔をすると話を変えた。

 

「……お前は此処を出ていきたいのだろう。この世界の外へ出て、あの男の元へ行きたいのだろう。……あの新たな戦火の中を駆け抜けて」

 

此処とはつまり、この夢の中のような世界のことだろう。現実世界ではないとはわかっていたがしかし、自分の意思で出ていける場所だとも思っていなかった。思わず素っ頓狂な声を上げる。

 

「えぇ?ここから出れんの?俺はてっきりもうとっくに死んだものかと……」

「死んではいない。お前は人の形を失って影と化し、一度でも接触した滅却師を己の中に引き摺り込んでは一定時間以上の外部への離脱を許さない影の領域(シャッテン・ベライヒ)と成っているだけだ」

「……なにそれ、知らん……怖……」

 

なに?影の領域(シャッテン・ベライヒ)って。

つか、ユーフェンって俺の魂の中に混ざってもネーミングセンスは据え置きなんだな。

 

しかしまあ、勢いで知らんと言ったが、多少は身に覚えがあった。確かにあの死神との戦争の最中、自分の影の中に滅却師たちを引き摺り込んだ記憶がある。……人の形まで失った記憶はないのだが。

 

「滅却師を護ろうとしたお前の無意識がそうさせたのだろう。他者をより護りやすいように自らの形を変異させた……お前にしかできぬことだ」

「俺、ちゃんと人間に戻れんの?」

「お前が望むのならば。お前が思うよりもずっと、世界はお前の思うようにできている」

 

望むのならと言うくせに当のユーレインは少しも望んでいないような顔をするので笑ってしまった。そうも後ろ髪を引っ張られては立ち上がり辛い。

椅子の上で脚を組み直してからテーブルに肘をついて前のめりになる。視線を合わせてやれば、恨めしげな顔をされた。

 

「……お前は私を置いてこの世界から出ていくのか」

「まあ、そうだな。ユーフェンのことも心配だしよ」

「外がどうなっているのかも知らないというのにか。どれだけの時が流れたのか知らないというのにか。わかっているはずだ、お前が愛した国はないと、お前が愛した民はいないと、お前が愛した王はいないのだと。美しい記憶だけを残してすべてはあの日に燃え落ちたのだ」

 

ユーレインはその腕を開くと窓の外を指し示した。視線だけは変わらずこちらを見つめながら。

 

「見ろ、この夜闇を。これが護るべき国と愛する隣人を亡くしたお前の絶望だ。お前が絶望するほどに深まる闇と永久に明けぬ空。これがお前の停滞であり、失意なのだ。ならば此処にいればいい。これまでのように、変わらず私の傍に……」

 

ユーレインの言葉は後ろ髪を掴み、縋り付くような恨み言だった。だからこそ、心は安らいだ。何かを振り切って生きていくのならば、せめてそれくらいの重みを抱えたかったから。

 

静かな部屋の中でユーレインは言葉を続ける。短くなった蝋燭の火が強くなっては弱くなって、ゆらゆらと今にも消えそうに揺れる。それに反して、窓の外の夜闇が遠くの方から少しずつ明るくなっていく。

 

「……それなのに、嗚呼──」

 

部屋の中に朝日が差し込む。

遠く、届かない、懐かしい過去が想起される。

あれはいつかの誓い。誰かを殺してでも護りかった命と尊厳だったと、今もそう思う。

 

「──どうして夜が明けてゆくのか」

 

炎は絶えていた。部屋の中に光が満ちる。世界はすでに朝を迎えていた。穏やかな始まり。走り出したその果てにあるものが救いようのない終わりだとしても、時は流れ、すべては始まっていく。

起きなくてはならない。寝ている場合なんかじゃない。もう目を覚まして、立ち上がらなくては。

 

その時にもう俺は自分が絶望なんて初めからしていなかったと知っていた。俺はもうここから出ていける。己の意思のままに生きていけるのだ、と。

けれど目の前の子供は違う。俯いたまま黒髪に表情を隠しながら、苦しげに言葉を吐き連ねる。

 

「ジークフリード、お前の護りたいものは、私の護りたいものではないのだ。許し難くも此処から出ればお前はまた戦いのなかに身を投じることになる」

「……ああ、わかってる」

「ならば聞かせてくれ、お前は何のために戦うのか。停滞を振り払い、終わりに向かって駆け出す理由を」

 

……この屋敷を、憎みながらも愛していたと思う。

それでも出ていくことを決めたのはあの日の幼い自分だ。外へ連れ出したのは、もっと明るいところにいて欲しかったから。

窓の外を見つめる。朝日が昇る。朱く光る、なによりも大きな星。そこにお前を見る。対岸の向こうに行きたいとずっと思っている。並んで同じ景色を見たい、とずっと思っていたんだ。外を見つめたまま、なんでもない顔で唇を開く。

 

「俺はさ、ユーフェンに会うまでずっと、────」

 

そうして問いかけに俺は答える。

今まで誰にも伝えたことのない自分の心のなかにある原初の理由を。

それを最後まで聞いたユーレインは呆れた顔をして、けれど本当はこいつも俺の魂だから、何もかもわかっていたのだろう。深く息をついてから頷いた。

 

その理由を躊躇いなく口にできたのは目の前にいるのがユーフェンではなく、ユーレインという自分自身の魂相手だったからだろう。ユーフェン本人になんて、恥ずかしくて言えるはずもない話だ。

 

「……そうか、わかった。……お前が救いようもない男だということが、な」

 

顔を上げたユーレインは少しだけ黙って、それから小さく頷くと、部屋の扉を指差した。そうしてわざとらしく素っ気なく続ける。

 

「ふん、ならばもういい。お前などどこへでも行ってしまえ。私の庇護も安寧も忘れて、首輪を失くした犬の如くどこへでも駆けていくがいい」

 

そうやって吐き捨てられた言葉を前に、俺は思わず小首を傾げながら気の抜けた声を上げる。

 

「…………えぇ?」

「……なんだその顔は」

「いや、だって、なんでお前は来ない気なんだよ」

「は?」

 

俺は立ち上がると扉ではなく、ユーレインのほうへ向かった。座ったままこちらを見上げるそいつの首根っこを掴んで持ち上げる。思っていたより軽かった。

 

「は?何をする!」

「おら、暴れんな」

 

抵抗するように手脚を振る子供を小脇に抱えて部屋の扉へ向かう。背中や腹に子供の膝や拳が飛んでくるが大して痛くもない。言い聞かせるように言ってやった。

 

「お前は俺の魂なんだろ?なら俺と一緒に来るのは当たり前じゃねえか。なに此処で留守番する満々なんだよ」

「……そんな話では……くそ、この愚か者め」

 

不満げな声に笑う。扉の前に立ち、ドアノブに手をかける。小脇に抱えたユーレインを視線を向けてできるだけ優しい声を出してみる。

 

「なあ、お前は生まれる前から俺の傍にいてくれた。お前は俺なんだろ?」

「……そうだ」

「じゃあ死ぬまで……ああ、いや、違うな」

 

軽く抱え直してから言った。

 

「俺と一緒に死んでくれ、ユーレイン」

 

俺の魂である以上、望まなくても死ぬまで一緒にいる羽目になるのだ。置いていく気かと恨み言を言われたって、置いていけるわけもない。

どうしたって死ぬまで同じ十字架を背負うしかないのだ。嫌がられたって困る。

 

「ジークフリード……」

「なんだオラ、文句でもあんのか」

「煩い。文句など……」

 

だから諦めて、生きている限りは俺と生きて、死ぬ時はもう俺と一緒に死ぬしかないんだぞと言ってやれば、ユーレインは黙り込んで無抵抗になった。深い溜息が聞こえる。

 

「……あるものか」

 

観念したような声音に、思わず自分の喉がくつくつと鳴った。笑い声を我慢していても揺れる体の振動に気がつかれて、八つ当たりのように腰の骨を殴られる。

 

「いて、暴力反対」

「先にあの男へ言え」

「俺はオメーに言ってんの」

 

手をかけていたドアノブを回して、ゆっくりと押す。強い光が差し込んできて先は見えないけど、躊躇いも恐れもなく一歩前へ進む。

 

「ジークフリード」

「おう、なんだ」

「お前が話も聞けぬほど短気なせいで伝え損ねたことがあるから今から言う」

「あ?喧嘩か?」

「まず外はお前が影の領域となってから千年経った。滅んだ光の帝国(リヒトライヒ)の代わりに新たな滅却師の国が建ち、今は再びの尸魂界侵攻と三界の崩壊を進めている。尸魂界は壊滅状態だが、滅却師もまたほぼ壊滅状態だ。……誰のせいかは興味もないがな。あの男は千年前に大きく破損した肉体に霊王の力を無理矢理捩じ込んでいるせいで肉体や人格に多大なる影響が発生しており、恐らくお前の知っている姿や魂からは大きく乖離していることだろう。救いようのない男だ。早々に見捨てて私の元へ還る事を勧める。とかく、間もなく三界は滅びる。すべては一に戻り、死は永久に失われ、懐かしい原初の海が世界を満たすことだろう。物語に語られる大洪水のように、な」

「……なんて?」

「躊躇うことなく進め。お前にできることなど何一つなくとも、な。お前はそういう男だ」

「待って?なに?何の話?一旦部屋戻って座って話すか?」

「戻る先などない。振り返るな、塩の柱になるぞ。引けば老い、臆せば死ぬだけだ。進む他に道は無い」

「ユーレインさん!?」

 

腹括ったらもう人の話聞かねえところが本当に同一人物だよお前らは!

慌てて部屋へ戻ろうとしたが、振り返る前にそれまで踏みしめていたはずの地面がストンと消えた。瞬間、重力の存在を思い出す。

 

「え」

 

ふ、と体の中の臓器が浮くような感覚のあと、そのまま身体が何もない空間の中へ落ちていく。

 

「うおおおあああおああああああ!!!」

「絶叫とは余裕だな。頼もしい限りだぞ」

「うるせえバカ!言ってる場合か!」

 

耳元でびゅんびゅんと激しく鳴る風の音によって、自分がどれだけの速さで墜落していっているのかを理解させられる。小脇に抱えていた子供を万が一にでも手放さないように身体の正面から抱え直した。

 

「ジークフリード」

「あァ!?なんだ!?」

「私はお前が生まれた日の空の色さえ知っている。お前が生まれた時から……いや、生まれる前からお前を見守り続けてきた」

「次は何の話!?」

 

急に全然関係ないことを言い出したユーレインに目を剥けば、それまでの幼子じみた態度を失くして彼は微笑む。穏やかに、嬉しそうに、寂しそうに。

どうしてか、遠い昔に母の背を追い越した時のことを思い出す。

 

「……大きくなったのだな、ジークフリード」

「お前……」

「そら、歯を食いしばれ。もう夢から醒めるぞ。お前の望んだ明日が来る」

「……っ!」

「恐れるな、私はお前であり、お前は私だ。我らは分かたれることなく共にあると知れ」

 

その言葉に、両の腕で仕舞い込むように子供を抱きかかえながら強く目をつむり、やってくるだろう衝撃に備える。

 

そうして、次の瞬間。

 

「いっでぇ!」

 

背中になにかが刺さったような感覚に思わず悲鳴を上げた。身悶えする度に身体に何かがぶつかって身体に痛みを感じる。

 

混乱しながらも目を開けば、目の前には青天井……いや、灰天井か?とかく、遮るもののない曇り空が広がっていた。それを目にしてようやく、自分がどこか屋外で寝転がっているのだと気が付く。

 

身動ぎした途端に傍の瓦礫がガラガラと崩れる。上体を起こして周囲を見渡せばあたりは瓦礫の山ばかり。崩れた建物の残骸はかつての光の帝国を思わせるものだったが、霊子に満ちた空気は尸魂界のものだ。

 

……ユーレインはなんと言っていたんだったか。

ここはあの戦争から千年経っているとか、世界は終わりかけとかそんな感じだったような。

 

ふと自分が腕の中になにかを抱えていることに気がついた。そしてつい先程までのことを思い出す。夢の中で抱きかかえていた子供のことを。

 

「……っ!ユーレイン!?」

 

咄嗟に腕を開いてみれば、そこには黒髪の子供ではなく黒いテディベアがあった。

人の肉の柔らかさではなく、布や綿の柔らかさ。やけに温かく感じていたのは自分の体温が縫いぐるみに移っていただけのことらしい。ユーレインがいないのは当たり前か、と肩を落とす。あいつは夢の中のような世界にいる存在なのだろうし。

 

そんなことを考えてから、改めていつのまにか自分の腕のなかにあったテディベアをマジマジと見つめる。

黒い布で作られた身体と、赤いボタンで縫い付けられた目、それからわざわざ作られたマント。

 

……これ、アルゴラがユーフェンに作ってやったやつじゃねえの。

 

合点がいって、それから首を傾げる。……何故ここに?

アルゴラからプレゼントされて以降、後生大事にユーフェンが私室に置いていたはずだ。身代わりの御守だとかなんだとかアルゴラが言っていたとかなんとか。

やや曖昧な記憶ながら、これは自分が持っていていいものではないということは確かだった。これはユーフェンのものなのだから。

とりあえず預かっておくか、と自身の影の中に入れておく。

 

「……さて、と」

 

纏っている制服の汚れを掌で払い、帽子を被り直しながら瓦礫の中で立ち上がる。辺りを見渡せば目に入るのは崩れた建物の残骸と黒装束の死骸、それからぽつぽつと転がる白骨死体。

近づいてから、それをしゃがみ込んで眺める。滅却師のものと思われる白の制服を纏ったまま、骨だけになって死んだ人間。

 

通常、人体を骨にするには肉を焼くか、肉を腐敗させるかのどちらかだ。

焼けば骨になるのはジークフリードも経験として知っているが、焼かれた骨は少なからず劣化する。

肉が腐れば骨が残るが、溶け切らずに張り付いた肉片や脂や集った虫で汚れる。

 

しかし、目に映る白骨死体は違う。

骨が脆くなったような様子はなく、そして骨も制服も綺麗なもの。つまり骨になった原因はそれらじゃないということだ。

 

……ひとつ、原因に心当たりがあった。

命も肉体も魂も、他者から何もかもを奪い去る方法。

人知を超えた、望まぬ力。これは──

 

「見ねえ顔だな。お前も聖別(アウスヴェーレン)から生き残ったのか?」

 

低い女の声が背後から掛けられた。気の強いその声のほうへゆっくりと振り返れば、瓦礫の山の上、その細い身体で逆光を作りながらこちらを見下ろす少女と目があった。

 

絡まることを知らない金色の髪。

透き通るような意志の強い瞳。

何物にも決して折れることのないだろうその姿。

 

そこに一瞬だけ、可愛がっていた金色の髪の彼女の姿を想起した。悔恨が胸に小さな痛みを残し、耐えるように目を伏せる。けれどそこにいるのは彼女ではないと、すぐに目の前の少女へ意識を向けた。

そんなこちらを小柄な彼女は頭から爪先まで値踏みするような目で眺めると、立てた親指で後方を示した。

 

「オレらはこれから舐めた真似しやがったユーハバッハをブチ殺しに霊王宮へ向かう。てめーはどうする?」

 

風が吹いた。毛先が揺れる。汗ばんだ体に吹き抜ける風が心地良い。

僅かに目を細めて、空を見上げた。

わからないことばかりの世界に放り出されても、どこへ向かうべきはわかっている。

 

ユーフェン、俺はお前に会いにいくよ。

飛び石を渡って、川の向こう側へ行くみたいに。

 

 

 








というわけで駆け足ながら、光の帝国篇は完結です。
幕間を挟んで、ようやく原作軸である千年血戦篇に突入します。

ほぼオリジナルで自由に書けることもあって、光の帝国の話はいくらでも続けられる気がしたのですが、流石に終わらな過ぎると思って色々削りました。具体的に言うとニキータとのデート回とかメゾン・ド・ジンツァーとか。

さて、アニメでは知らねえストーリーが放映されまくっている2026年8月29日現在、この連載の大まかな道筋はすでに決まっているものの場合によってはアニメの内容を取り入れつつ進めていこうと思っています(すでにニキータも登場させていますし)

また、今更ではありますが原作のストーリーとは異なる道筋・結末を迎える予定です。
引き続きよろしくお願いします。

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