色々と捏造設定が出てきます。
「ジークフリード、人は死んだ後どうなるとお前は考える?」
「そりゃあ、あー……」
「狂信者が何を今更言い淀む」
「誰が狂信者だコラ!いや、まあ、その、教えでは召天して、肉体を離れた魂は主の元へ向かい、そこで審判の日が来るまでを過ごすと聞いているが……」
「ハッ」
「オイなんで今鼻で笑った?」
静寂の屋敷、揺れるカーテン。
開いた窓から吹き込む風は穏やかで、まるで先ほどの悪魔との邂逅などなかったかのようだった。
ソファにゆったりと腰をかけるユーハバッハに対して、近くの椅子に逆向きでまたがり背凭れに腕を置く形で腰掛けるジークフリードは先ほどまでのことを思い返す。
突如現れた悪魔──ユーハバッハは虚と呼んでいたが──と、それを弓と矢で撃ち倒したユーハバッハ。
虚という自分にとっての恐怖と異常の象徴と、ユーハバッハという自分にとっての日常の象徴になりつつある存在が不可思議に混ざり合ったあの瞬間のこと。
何が起きたのか理解しきれず説明を求めるジークフリードへ、ユーハバッハは死後の話を始めた。
「前提にそこまで間違いは無い。人は死すれば肉体から魂が離れ、霊体となる」
「いわゆる幽霊ってやつか」
「そうだ。そして大抵の魂は尸魂界……お前たちの言うところの、フッ、天国とやらに行く、フッ」
「なんで今鼻で笑った?なんで二回も笑った?」
ジークフリードのツッコミも無視してユーハバッハは続けた。
「だが、中には現世に留まったままの魂も存在する。魂のみになった霊体には胸元に「因果の鎖」と呼ばれる生前の肉体と魂魄を結びつける鎖がある。その鎖は時間の経過と共に消滅していき、やがて完全な消滅を迎えた時にその鎖の根本に孔が生まれるのだ」
「ん?おお、えーっと?」
「わからないか、ならば図解してやろう」
「は?」
紙にペンでなにやら描き始めたかと思うと、さして待つ間もなくその絵をジークフリードへ見せてくる。
「えっ」
出てきたのはホラー映画の子供が描いたような化け物が2体並んでいるイラストだった。
「いいか、左側の絵を見ろ。こちらの変質する前の魂魄にはその胸元に鎖が生えている。その鎖が消滅し、孔が開くとお前たちの言うところの悪魔や悪霊──虚に変化する。お前から見て右側だ」
「待て待て待て待て、変質する前とか後とか右とか左とかっていうか、どっちも化け物にしか見えねーんだけどなにその絵」
「だからこっちからこっちになる」
「だから化け物が化け物になってるようにしか見えねえんだって!すげえよお前!絵が下手すぎて図解が理解を阻害してんの初めて見たわ!つかなんで急にお絵描きした!?システムエンジニアかお前は!」
「……これでわからないとは……目が、いや頭が悪いのか?」
「本気で心配そうなツラすんな!紙を置け!ペンを捨てろ!」
「寺島修司かお前は」
やれやれと言った顔で肩をすくめたユーハバッハは紙を置くと、ジークフリードを見つめて再度唇を開いた。
「ともかく、虚の成り立ちは理解したな」
「ああ、今夜お前の絵でうなされそうなくらいにはな」
「続いては滅却師の話をしよう」
「おう、頼む。ちゃんと理解したいから絵は描くな。ペンを置け。おい、ペンを置けっつってんだろコラ」
ジークフリードからペンを取り上げられたユーハバッハは酷く不満そうな顔をしながら、渋々といった顔で腕を組み、話を再開した。
「滅却師とは、虚という変質した魂魄をこの世界から完全に滅却させる能力を持つ者を指す。それと同時に虚に対しての抗体を一切持たない存在でもある」
「……は?」
「やはり絵が必要か……」
「違う違う違う座ってろ。あー、えーっと、滅却師はあの悪魔……じゃなくて、虚を倒せる。ここまではいい。その、抗体を持たないってのはどういうことだ?なんで倒せる力は持ってんのに抗体は無いんだよ」
首を傾げるジークフリードに、ユーハバッハは答える。
「通常、人間ならばその魂魄に虚への耐性を持っている。当然だ、そもそも虚自体が人間の魂魄から生まれた存在なのだからな」
だが、とユーハバッハは続けた。
「滅却師は虚に変質した魂と接触すると過剰な拒絶反応を起こして魂魄が崩壊し、通常の人間より容易く死に至る。……これはむしろ拒否反応を示してしまうからこそ滅却師なのだ、と言えるのかもしれないがな」
「……どういうことだ?」
「何故虚を倒せる力を持っているのに、抗体を持たないのかとお前は言ったな。それは因果が逆だからだ」
「因果が、逆……?」
呟いたジークフリードは考え込んだのを見て、ユーハバッハは唇を閉じる。
ぐっと皺が寄った眉間、いつもより早いペースで繰り返される瞬きを見つめながら、ジークフリードが答えを導き出すのを待つ。
そう時を待たずに顔を上げたジークフリードの視線をユーハバッハは静かに受け止めた。
「……抗体を持たないから防衛反応として虚を倒すことができる力を持ってる。……虚を倒せる力こそが滅却師にとっての抗体ってことか?」
「ああ、その通りだ」
自分と同じ結論に至ったジークフリードに、ユーハバッハは満足気に頷いた。
「そして、霊体や虚を視認できる人間は総じて一定以上の霊圧を持っている。当然、滅却師もだ。そして虚は自らの渇きを癒すためにそうした強い霊圧を持つ者を喰らおうとする」
「となると、滅却師は魂魄の抗体が無いのに、普通より霊圧があるから天敵の虚からは襲われやすいってことか……」
「その通り。だからこそ滅却師は己の身を守るためにも虚と戦わねばならないのだ」
「最悪じゃねえか……お前大変だな……」
憐れむような目を向けてくるジークフリードに、ユーハバッハは一瞬キョトンとしてから、すぐに理解したように口角を上げて言った。
「正確には『私』ではなく『私たち』だがな」
「あ?なに言ってんだ?」
「お前こそ、なにを他人事のように言っている」
「……は?……いや、待て待て、他人事のようにっていうか、他人事……だろ?」
「なるほど、自覚が無かったのか。いや、それも道理だな」
ユーハバッハの愉しげな表情に、ジークフリードは何かを察したように顔を引き攣らせる。
まるでジークフリード自身もそうであるかのような口振に、けれど見に覚えのない彼は首を勢いよく横に振った。
しかしそれを否定するようにユーハバッハははっきりと断言する。
「ジーク、お前は私と同じ滅却師だ」
「は……?」
告げられた言葉にジークフリードは固まったまま、ぽかんと口を開く。それから驚愕を抱えたまま早次に言葉を吐き出す。
「い、いやいや、んなわけあるかよ!そんなん初耳だぞ!」
「お前が自分自身のことを知らず、そして平凡な周囲も知らなかっただけだ」
「だって俺は虚と戦ったことなんかねえし、お前が使ってた弓矢だって見たこともねえよ!」
「当然だろう。生まれた瞬間から狩りの仕方を知っている獣はいまい」
「つか今まで虚に襲われたこともねえし!」
「それは知らん。いくらか仮説は立てられるが、断言できるほどお前の事情を把握してはいない」
「急に放り出すな!いや適当言われるよりマシだけども!」
「ジーク、私はお前の過去を知らないが、今の話ならしてやれる」
そう告げるユーハバッハに、それまできゃんきゃんと言葉を吐き出していたジークフリードは戸惑いながらも口を閉じる。
一体いつから自分が滅却師だったのか、それによって自分がどうなっていくのか、なにもわからないジークフリードが求めていたのは過去でも未来でもなく、今現在の話だったからだ。
「……なんだよ、今の話って」
「単純なこと、お前が滅却師としての力を持っているということだ」
「……滅却師としての、力」
「お前が過去どこから来た何者なのか、この力がお前の未来をどう変えていくのか、そんなことはどうだっていい。此処にあるのは事実だけだ。お前が力を持っているという現在の事実だけ。それを知った以上、知らなかった頃には二度と戻れまい」
陰っていた雲間が途切れ、大地に陽の光が降り注ぐ。それによって窓辺を背にしたユーハバッハの姿が逆光となった。影がかかる表情の中、それでも鮮明な赤がジークフリードを穿つ。
「今のお前には翔ける翼があり、裂く爪がある。それでも羊のように生きたいのならばそれでもいいだろう」
美しい紅玉が細い月のように歪む。
笑っているのだ、とすぐに理解する。
「先ほど、己の無力を知りながらも虚に立ち向かったお前にその生き方が選べるのならば、な」
その瞬間、幼い頃に見たあの業火が脳裏に帰ってくる。あの夜、本当は知っていたのだ。
ジークフリードが気がついていることを知ったあの人が砕かれながら、壊されながら、それでも確かにこちらへ助けを求めていたことを。
あれは何かの間違いでは無かった。幻など見ていなかった。この目は、この耳は確かに現実を認識していた。
……助けてと叫ぶ声を、確かに聞いていたのだから。
「……俺に力があれば、救えたのか?」
「己が理解していることを他者に問うな。答えはとうに持っているだろう」
「はっ、それもそうか。……なあ、ユーフェン」
ジークフリードは不器用に片頬を上げる。
戸惑いはあった。躊躇いも、また。けれど目の前にある最善を選ばない理由など彼には無かった。
「滅却師の力の使い方を教えてくれないか。どうせお前しか頼れねえんだ」
ジークフリードはそう言って眦を下げる。問わずともわかりきっていた答えに、しかしユーハバッハは酷く満足な心地だった。
「ああ、お前ならばそう言うとわかっていた」
「けっ、後出しジャンケンで勝った気になるなよ。……って、なんだよ、ユーフェン、その顔」
「何の話だ」
突然片眉を上げてユーハバッハを見つめるジークフリード。
その不審な様子に理由を問えば、彼は不思議なものを見たかのように目を瞬かせて呟いた。
「いや、なんか、いつになくお前が嬉しそうな顔をしてるから」
そう言われて、ユーハバッハは自身の唇に指先で触れる。なぞるように辿れば、それは確かに笑っているかのように歪んでいた。少し考えて、思い至る。
──それは間引かれ続けた未来の末路。
何度も絞められた首と、産湯に沈められた赤子。
還るべき場所を失い、それでも次を求めて彷徨う魂。
繰り返された断絶の果てを越え、辿り着いてもなお開かれることのない舞台の幕。
縫われた目蓋。
塞がれた鼓膜。
枯れ果てた喉。
捥がれた四肢。
全てを取り戻し、自ら斬り落とした幕の向こうにお前がいた。
お前だけが、そこにいた。
「……ああ、喜んでいる」
「なんだ、えらく素直だな」
「当然だろう、ようやく手にした同胞だ」
ユーハバッハは微笑んだ。
「このような幸福もそうあるまい」