バッハ「私たちは友達だからだ」   作:ホネホネ

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Turning a blind eye to the truth

 

夜更け、一人きりの部屋。ベッドの上に座り込んだユーハバッハは霊子を操作する。

 

手慰めのように造り出されたのは耳の長い小動物。自分で造り上げたそれを眺めて、微かに首を傾げた。昼間のことを思い出す。ジークフリードにできたことが自分にできないはずがない。

 

しかし、果たして兎とはこんな姿だっただろうか?

兎にしては多い脚でそれはうねうねとベッドの上を這いずり回った。

 

 

 

(「お前はきっと興味が無いから──」)

 

そんな昼間のジークフリードの発言を否定はしない。

ユーハバッハは世界に対して酷く無関心だった。

 

己の指先一つで滅却される虚がどんな姿をしていようが興味もなかった。

鳥や兎がどんな姿をしていようが、どうだってよかった。

 

ユーハバッハはこの屋敷の敷地から出たことがない。

故に彼にとって鳥とは窓の向こうに見える小さな影であり、兎とは皿の上に乗った肉塊だった。

鳥がどのように空を飛ぶのか、兎がどのように野を駆けるのかなど、知るはずもない。

 

屋敷の人間のことだってどうでもよかった。顔を覚えることに何の意味があるのだろう。いずれその全てを簒奪し、ユーハバッハの贄となるだけのただのリソース。

畏怖も感謝も信仰もどうでもよくて、他人なんて、自分以外の命なんて下らない。そう思っている。そう思うようにしている。そう思わなければ、他者の死に際の恐怖を呑み下せないから。今世で己がまだ一度も経験したことのない死の恐怖を、けれどユーハバッハは生きるごとに識り続けている。

 

仕方ない。そうしなければ生きていけないから。

目蓋を縫われたかのように目は見えず、喉が枯れ果てたかのように口はきけず、鼓膜を塞がれたかのように音は聞こえず、四肢を捥がれたかのように動くことさえできない、あんな肉塊には戻りたくない。あんなもの、死よりも救い難い。

 

そのくせ、世界を見る喜びを知ってしまった。

他者の名を呼び、他者に名を呼ばれること。握った手の温みを知ってしまった。

知ってしまった喜びを忘れることはきっともうできない。

 

嗚呼、けれど、とユーハバッハは思う。

 

私が他者を奪い尽くすだけの救いようの無い化け物だと知っても、お前は変わらず私の隣で笑っていられるのだろうか。

お前の手の温みを知った私は今更になってお前のことを、これまで消費してきた他人と同じ糧だと思えるのだろうか。

 

その自問に自答は返ってこなかった。

問わずともわかりきっていた。

 

一歩踏み出した以上、二度と戻れはしない。

果てのない三千世界の地平を孤独に歩き続ける他ない。

一体どこの誰が、他者を喰らわなければ生きることすらままならない化け物の傍にいてくれるというのだろう。

 

生きることが怖い。

死ぬことが怖い。

肉塊に戻ることが怖い。

得たものを失うことが怖い。

独りは、怖い。

蜉ゥ縺代※谺イ縺励。

望みはきっと叶わない。

幸福などあり得ない。

 

それなのに手の届く明日を楽しみに思ってしまう。

己の未来の最果てにあるさいわいを、願ってしまう。

 

 

 

ユーハバッハは静かに遠い未来から目を逸らした。

 

ベッドの上で這いずる兎を捕まえて、抱き上げる。

温みも心音もない人形。それなのに、捨てられない。

抱きしめたままベッドに横たわり、目を瞑る。窓の外の雨音は軽い。きっと晴れるだろう。明日への希望を抱いたまま、このまま静かに眠ってしまいたかった。

 

「ユーハバッハ様」

 

……真夜中の来客。重い扉を叩くノック音。

こちらの名前を呼ぶ声に微かな抵抗感。

 

恭しく鳴らされるノックの音が好きではなかった。特にこの、深夜のそれは。

だからろくにノックもせずに入ってくるジークの行動が好ましかった。本人にその意図は無くとも。

 

扉が開く。目蓋を開ける。兎が消える。

終わることを許されなかった今日が継続される。

 

……明日が楽しみだった、のに。

 

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