柳ノ一刀   作:シュシュら

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九振り目

 破壊音が止んだ。

 頭頂部の狐耳を動かして、サンジョウノ・春姫は顔を上げる。

 彼女は現在、最上階である七階にいた。その傍らには、このファミリアの主神であるシユウの姿もある。

 

「…………敗れたか」

「え……?」

 

 酒甕から直接呑んでいたシユウは、甕を口から離して呟く。

 春姫が首をかしげると同時に、彼らの居る部屋の扉が開かれた。

 

「…………あ、ここで正解か」

「!天元様!」

 

 その姿を認めた春姫は、喜色を浮かべてその名を呼ぶと立ち上がって駆けていく。

 

「お怪我はありませんか?どこか痛む所や、苦しい所は御座いませんか?」

「問題ねぇよ…………そっちが、ここの頭目か?」

「――――如何にも」

 

 酒甕を置いて、シユウは部屋に入ってきた少年を見据えた。

 

「我が、このシユウ・ファミリアの主神、シユウである。もっとも、貴様にその大半を切り捨てられたようであるがな」

「最初に喧嘩売ってきたのは、そっちだろ?欲深の代償って奴だ」

「………ふっ、違いない」

 

 片膝を上げた胡坐をかいた姿勢のシユウは目を細める。

 

「どうだ?貴様が望むのなら、新たな団長としてそこの小娘と一緒に重用してやる事も出来るぞ?」

「断る。興味ねぇんだよ、そういうの。そもそも――――」

 

 鈍ら刀の切っ先が、シユウへと向けられる。

 

「テメーは、今この瞬間俺に殺されるとか思わねぇのか?」

 

 間合いだぜ?と天元は告げる。

 実際の所、数M程度は彼にとって何の障害にもなりはしない。

 

「…………我を殺す、か。末恐ろしい小僧よ」

「あ?」

「神殺しが、この世界におけるどの様な所業か理解しておらんのだからな」

 

 泰然とした態度を崩さないシユウ。

 

 この世界の魂は、輪廻している。それは、天より見下ろす神々からのアンコール故の事。

 裏を返せば、神々からの不興、例えば神殺しなどを成してしまえば、その魂の行く末は輪廻の先まで地獄の有様となるだろう。

 

 余裕な態度に目を細める天元だったが、とりあえず鈍ら刀を下した。

 

「とりあえず、こっちの勝ちで良いのか?」

「ああ、そうだな。我の手駒も最早残ってはおらぬ。だが、小僧。一つ問いたい」

「あ?」

「貴様は、それほどの力をどうやって得た」

「んなもん、剣振り回して体鍛えれば良いだろうが」

「戯けた事を言うな。小僧、貴様のソレは明らかに人の範疇を逸脱しているではないか」

 

 シユウの指摘。即ち、レベルをものともしないその力。

 

「神の恩恵により人に齎されるレベルというのは、いわば魂の位階だ。偉業を成し遂げレベルが上がれば、ソレは我ら()に一歩近づくという事。そして、レベルの差は、絶対的な差だ。にも拘らず、貴様は格上を悉く仕留めてみせた」

「…………で?」

「貴様を危険視するもの、英雄視するもの。これから先の道中では、溢れんばかり見る事になるだろう」

「ハッ!そりゃ良いな。ツエー奴らと戦えるってんなら、俺としちゃ本望だ」

「死ぬ事になってもか?」

「戦って死ぬなら、本望だろ」

 

 そこには虚勢も楽観も無い。ともすれば、楽しそうな笑みすら浮かんでいる。

 彼は既に、剣と闘争に魅入られた修羅であるのだ。

 同時に、シユウは朧気に目の前の少年の在り方を把握しつつもあった。

 

(剣鬼。これほどの未知が、下界にまだまだあったとは)

 

 実に惜しい。あと数年早く、それもオラリオで眷属として獲得できていたならば自分の立場はもっと違う事になっただろう。

 惜しいと思えど、時計の針は戻らない。神々は、下界においては無力であるがゆえに。

 

 去って行った少年少女を見送って、シユウは盃を一つ手に取るとそこに縁一杯にまで酒を注ぐ。

 

 後の世に待ち受けるであろう混沌を見据えながら、男神は盃を干すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「~♪」

 

 機嫌よさげな鼻歌が響く。

 朝から始まった血腥い舞台は、凡そ半日ほどの時間をかけて幕を下ろした。

 鞘に納めた鈍ら刀の鞘先を持って右肩に立て掛けながら歩く天元。その足元は、素足である。

 戦いの余波で、脱ぎ捨てた下駄が瓦礫に巻き込まれてしまい壊れてしまったからだ。とはいえ、よっぽどな場所を歩かなければ素足でも怪我をする事は無い程度には頑丈な足裏を持っている。

 そして、上機嫌な少年の斜め後ろをついて行くのは何処か所在なさげな春姫である。

 何かを言いたいのか、顔を上げては俯くを繰り返していた。

 

 天元は自発的に春姫に声を掛ける様子はない。そも、彼は今回の一件に対して一切の苦情が無いのだから。

 その理由は言わずもがな、強者たちとの連戦。一歩間違うだけで命を落とす事に繋がる緊迫感の中で得られた、自分がどこまでも行けるという全能感。

 改めて、天元は自分が戦いの中でしか生きる実感を得られないのだと理解する事になった。そして、それで良いのだと、その態度を改める気が無い。

 

「…………天元様」

「んー?」

 

 街中心のざわめきが聞こえてきた頃、春姫が意を決したのか口を開く。

 

「天元様は、神様からの恩恵を………受けるべきと考えていらっしゃいますか?」

「恩恵?………要らねぇな」

 

 少しの間を挟んで、天元はバッサリと言い切る。事実、彼は神の恩恵より得られるレベルに対して、興味を持ち合わせていない。

 

「俺は、ツエー奴と戦えれば、それで良い。恩恵やら何やらも、欲しいってんなら否定しねぇよ。好きにすればいい」

「…………」

「何だ?恩恵が欲しいのか?だったら、さっきの神の所にでも戻るか?」

「い、いえ!そ、そういう訳では………」

 

 否定する春姫。だが、言葉尻がどんどん萎れていく。

 天元がシユウ・ファミリアに乗り込んだ時、春姫は春姫でボンヤリ過ごしていた訳ではない。

 

 サンジョウノ・春姫に対して、シユウは語った。神と恩恵とファミリアについて。

 自分たちの目的。即ち、ここ華湾(カワン)を拠点として力を付けて、いつしかオラリオへと舞い戻り、戦いと混沌の坩堝とする野望。

 

 結果的に、ヤギュウ・天元は意図せずに世界の混乱への一歩を阻む事になった。彼として、寧ろシユウの野望が果たされた方が只管に戦えることから喜んだかもしれないが、それはそれだ。

 

 前々から分かり切っている事だが、サンジョウノ・春姫は箱入り娘の武力皆無。だからこそ、天元の旅路についてこれたのだが、自衛の一つも出来ないのはどうなのか、と彼女は思ってしまったらしい。

 

「…………天元様!」

「何だ?」

「私に武芸の手解きをしては頂けないでしょうか!?」

「嫌だ」

 

 再びバッサリ。春姫の覚悟を決めた言葉は取り合われる事無く、叩き落される。

 

「面倒くさい、怠い。そもそも、俺は人に色々と教える様な知見がある訳じゃないんでな」

「で、ですが!………私は、何もできません………」

 

 俯いて、歩みの止まる春姫。その数歩前方で天元は立ち止まると振り返る。

 

「出来る出来ないが、そんなに重要か?」

「ッ……」

 

 春姫は、唇を噛む。

 

 彼女の始まりは、絶望(母親の死)と共に在る。11歳となるまで、肉親である父親にもその存在を疎まれ、事あるごとに詰られてきた。

 ある出会いを経て、外の世界へと興味を覚えたが、それすらも父親は握り潰してきた。

 

 勘当され、人攫いに遭い、そして少女は月の下で修羅と出会った。

 

 無理を言ってついてきて、挙句の果てには攫われて、そして争乱の火種となってしまった。

 

 恩人(天元)は傷一つ無かったが、少女の手には無力さだけが残った。

 

 思ってしまった。父の言うように、自分はただそこに存在するだけで不幸を呼び込む“破滅の存在”なのだ、と。

 

(どうしたもんか)

 

 右肩に鞘入りの鈍ら刀を立て掛けて、左手で顎を扱く天元。

 この歳(13歳)で修羅となっている彼にとっては、戦闘以外の全てが些事でしかない。

 

 旅をする事は好きだ。だがその目的は、強敵探しに繋がる。

 食事が好きだ。食べねば戦うための肉体を作れず、体力がつかないから。

 眠るのも好きだ。休まねば、心の底から闘争を楽しめないから。

 

 人としての善性を持ち合わせていながら、それはそれとして戦闘を求める修羅。

 

「――――俺は、戦うのが好きだ」

「えっ……」

 

 故に、修羅は修羅なりに、答えを示した。

 

「強敵との戦いは、胸が躍る。ツエー奴が敵なら猶の事、滾る。今回、奴らと戦えたのは、お前のお陰だ、春姫」

「わ、私…の……?」

「俺は戦いたいから、戦う。斬りてぇから、斬る。それ以上でも、以下でもない。俺がやりたいからそうやってる――――お前はどうだ?」

「私、は……」

「お前は、()()()()()()俺についてきたんだろ」

「……」

「だったらそれで良いじゃねぇか。俺はツエー奴と戦える。お前は、自分の目的を見つける。あんまりグチグチ考えてると禿げるぞ」

 

 もう少しマシな励ましの言葉は無いのだろうか。

 

 とはいえ、禍福は糾える縄の如しとも言う。それで不幸が勝っているように思えるのは、偏に人の記憶に深く刻まれるのが悪い記憶である場合が殆どであるからだろう。

 踵を返して歩き出す天元。その背を、春姫は呆然と見つめる。

 

 外の世界が見たかった。例えソレが、綺麗なものではなくとも。

 あの日憧れた、そして高鳴った心臓を確かに覚えているから。

 

「自分で決めて……」

 

 あの日、縋れる相手が一人だけだった。そうであっても、春姫は確かに()()()()()()

 

 まだ何も分からない子狐は、それでも修羅の後をついていく。

 

 それが確かな、自分の決めた事であったから。

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