とはいえ、ちょっと短めです。次話は12月中に投稿する……したいな。
ピヨピヨと遠くから何か聞こえてくる。騒音という訳ではないが、薄っすらと聞いているだけで意識が覚醒していく。そうして漸く鳥の鳴き声だったのだと理解する。それと同時に四肢の末端から血が巡り熱を覚える。楽しい夢の時間は終わり、新しい一日の始まりを認識しながら、もぞもぞと身体をゆするように動かす。するとついこの間までは感じることの無かった温もりがそこにはあった。
「ふふっ……」
ベルの特徴的な赤い瞳は閉じられて穏やかな寝顔を無防備に晒している。そんなベルとアイズの距離は殆ど無かった。なんならベルに抱きついて寝ていたアイズは、一晩中ベルの体温を感じながら眠りについていたし、この後起きたとしてもできるだけ引っ付いているだろう。少なくとも、ここ数日の二人はそうして過ごしていた。
朝起きて剣を振らなくなった代わりに、こうやってベルを愛でる時間が出来た。アイズにとってそれは始めての経験だったし、こんなことになるなんて思ってもみなかったことだ。それでもアイズはこの時間に言いようもない幸せを感じていた。ベルが目覚めてから過ごす時間も素敵だけど、こうして自分が一方的にベルを見ているというのも良いものだ。何というか少しの独占欲を刺激すると言えばいいのだろうか。
思い返せばその兆候は以前からあったのだ。例えばベルに戦闘を教えているのが自分だけではないと知った時。例えばベルが普段とは違う着飾った服装に身を包んでアイズじゃない少女とオラリオを歩いていた時。そんな時、少年は毎回アイズの心をかき乱していた。今とは違ってベルに向ける感情が恋愛のそれだったかは別として、アイズはもう長いことベルのせいで心を乱されていたのだ。
「……君は悪い男の子だね」
ベルを起こしてしまわないように、小さく呟いた声には隠しようの無い愛情と少しのいたずらごころが込められていた。それだけでは飽き足らず、えいえいとベルの頬を突くアイズの姿をもし以前からアイズを知る者が見れば腰を抜かして驚くこと間違いない。それ程までにアイズは年相応の少女のようだった。人形姫と揶揄されていた時の雰囲気とは全く違う様子に驚かない者は居ないだろう。
そんな風に未だに夢から醒めないベルを堪能したアイズはえいやっと意を決して
アイズは立派なオトナなので、同じ失敗を繰り返すようなことはしないのだ。いそいそと身支度を整えて、一階にある小さな
◇◇◇
アイズから少し遅れて目覚めたベルと一緒に朝食を摂ってから少し。アイズは
少し申し訳なさそうに何かさせて欲しいと言ってきたベルの表情に少しキュンとしたのをアイズは思い出した。やっぱりベルはやさしいね、なんて小さなアイズが言っているのを、嬉しそうに肯定するアイズは、ほんの数日でベルとの生活が気に入ってしまっていた。
勿論、最初から楽しくて仕方が無かったのだが、そこに安心や穏やかな幸福が加わった。それはアイズが、夢想しては否定していた家族で過ごす幸せな時間そのものだった。アイズの表情にもそれは表れていた。人形姫とも評されたアイズだったが、徐々に穏やかな顔をするようになってきていた。誰もが分かる訳ではないだろうけど、少なくとも表情豊かになったとベルが指摘するぐらいには変わっていた。
これは良いことだとアイズは思う。英雄は現れない。だから剣を握った。いっぱい斬って、たくさん戦った。そんな自分が、自分では手に入れることができないとばかり思っていた、普通の少女に近づいていることを、アイズは理解していた。これまでのアイズなら戸惑っただろう。普通の少女に近づくということは戦えなくなるということだ。普通の少女は剣を持って迷宮に潜らない。傷つきながら怪物と戦わない。
そうなってしまえば、アイズの復讐は潰えてしまうのだ。この幸せを受け入れても良いのか、迷ったことだろう。けれど、もう違うのだ。アイズにも英雄が現れた。ボロボロになりながらも迷宮の奥深くまで助けに来てくれた兎の人形。黒い災厄からアイズを救い出してくれた少年。いつだって誰かのために走っていた彼は、こんなアイズを好きだと言ってくれたのだ。
だからもう大丈夫。
大好きな人から山ほどの愛情を注がれる生活は、アイズにとって夢のようだった。夢ではないと確認するようにベルに引っ付いているのもアイズにとっては死活問題なのだ。今更この生活を取り上げられては堪らない。いくらお姉さんとはいえ、泣いてしまうだろう。そんなアイズをベルは見たくないだろうから、と自信の行動を正当化させていると、聞こえていた水音が消えた。
どうやらベルが一仕事終えたらしい。くっついているのは危ないからと、ベルから離はなれていた時間を取り戻すべく、アイズは立ちあがった。まだベルは本調子じゃないのだ。お茶を飲みながらお話しをして、ちょっとしたらお昼寝をしよう。きっと楽しいし、気持ちいいはずだ。だって、二人一緒に居られるのだから。
「ベル、終わったの?」
そう言ってアイズは、ベルの下に進んでいく。布で手を拭いているベルに腕を絡ませ、自身が座っていた長椅子に誘導するアイズが浮かべる慕情は、二人を知らぬ者が見ても瞬時に理解する程度には大きく表出していた。
◇◇◇
夜。月明かりが差し込む寝室に横たわる二つの人影があった。湯浴みも終え、寝巻に着替えてから楽しんだお喋りも、ベルがあくびをした辺りでお開きとなった。もう当然のように寝台を共にしている二人だが、それは一線を越えたことを意味してはいなかった。
それは、いつもアイズに下卑た視線を向けて来る一部の冒険者では考えられないような貞操観念を、ベルが持っているから。……とかではなく、単純に身体がまだ癒えておらず、そういった欲求よりも、睡眠や休息を求めてしまっているというだけの話だ。
横になってからは、驚くべき寝つきの良さを発揮したベルだったが、その傍らのもう一人は違っていた。当たり前のように足を絡ませ、ベルの背に手を回しているアイズは、朝と同じように密着したベルを愛でる。
とはいえ、朝と違って起こす訳にはいかないので、あまり刺激を与えるようなことはしない。そんなアイズは、幼子を寝かしつけるように、優しくベルの背を叩いていた。昨日は、背後から抱きついてお腹を摩っていたし、その前は頭を撫でていた。
恋人、ひいては夫にすることなのかは分からないけれど、アイズはこうしたかったのだ。思い返されるのは、幼い頃の自分の姿。両親と幸せに暮らしていた時、母はこうしてアイズが眠れるようにしてくれた。
他の人には言ったことはないけれど、リヴェリアにもされたこともあった。まだ、ロキ・ファミリアに入ってすぐの頃。今考えれば、リヴェリアも距離を測りかねていたのだろう。それでも、慣れない環境に幼くして、放り出されてしまったアイズを思ってのことだったということは分かっていた。
アイズは、自分の大切な人にしてもらったことを、されて嬉しかったことを、アイズの
それを聞かせるのがベルだけなのか、それとも、まだ見たことのない誰かも一緒になのかは分からないけれど。そうなれたらいいな。そんなことを考えながら、アイズも眠りに落ちていく。今日も夢の中で白い兎と戯れよう。一緒に遊んで、楽しく過ごそう。起きた時に覚えていられるかは、分からないけれど。薄れていく意識にも、あるかも知れない喪失にも恐れはない。だって次に目覚める時も、
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