来月の初旬辺りまで忙しくなりそうなので、次回はちょっと遅くなるかもです。
今回ちょっと長めだから許してください(小声)。
僕が歴代でも最大の失態を自覚してから、数時間が経った頃。僕はあれから暫くして逃げるようにシャワーを浴びに行き、今朝目覚めた寝室に戻っていた。流石にお風呂にまで付いてくることは無かったけど、それ以外の時間は殆どアイズさんと一緒にいた。そうしてシャワーを浴びても一向に僕の記憶から消えることの無いアイズさんから感じた質感。あれは間違いなく現実だった。それが何を意味するのか。理解するのが怖いけど、嫌でも理解してしまう真実がそこにあった。
今日、目が覚めてからの時間は本当に夢心地だった。憧れていた、恋焦がれていた女性と同じ屋根の下で過ごす時間は幸せで仕方がなかった。けど、こうして時間が経って冷静になると話が変わってくる。
アイズさんと、アイズ・ヴァレンシュタインさんと暮らす。僕はアイズさんと一緒の家に住むらしい。アイズさんはさも当たり前のことのように言っていたけど、それが普通じゃないことくらい僕にも分かる。恋仲でもない若い男女、それもロキ・ファミリアの幹部とヘスティア・ファミリアの団長が、だ。
下手しなくてもオラリオは大騒ぎになる。だからこそ僕には分からなかった。こんなことになっている理由も、それを当然のことのようにアイズさんが言う理由も。それに、アイズさんの言葉を信じるなら、少なくともリヴェリアさんとフェルズさんはこのことを知っているらしい。
いっそ全てが夢か僕の妄想だったら楽なのに……、そう思ってしまう。けれどそんな風に全部を投げ出す訳にはいかない。だってこれは現実だ。今現実逃避をして精神の平穏を得ても長続きはしないことを僕は理解してしまっている。
だから僕は考えないといけない。アイズさんが可愛らしく「お風呂、入ってくるね」と言って出ていって生まれた一人きりの時間で、僕は考えないといけなかった。
まず一つ目。アイズさんは、アイズさんと僕が一緒の家で生活することが至極当然のことだと認識しているみたいだった。……。何で!? これが、その、つ、付き合ってる、とかそういう間柄なら納得できるけど! 残念ながらそんなことは無かったはずだ!
僕はアイズさんのことが大好きだけど、アイズさんが僕のことを、す、好き……っていうのはあり得るんだろうか。確かにアイズさんは、僕のことを英雄だと言ってくれた。僕もアイズさんの英雄になりたいって、そう言った。
けど、それだけだ。一人で泣いてる女の子を見て、しかもそれが好きな人で。そんな悲しそうにしないで欲しいという僕の我儘から出た言葉。それを聞いてアイズさんは笑ってくれた。子どもみたいに顔をくしゃくしゃにして笑うアイズさんを僕は初めて見た。涙は流れたままで、その涙すら美しいと思ってしまった。
そんな僕のことをアイズさんはどう思ったんだろう、と思った所で気が付いた。僕はアイズさんのことを知らない。大英雄アルバートと大精霊アリアとの関係の事じゃなく、彼女がどんなことを考えて生きているのか。そういうことを僕は知らないんだ。
きっと僕はそれを知らないといけない。僕のことを英雄だと言ってくれた
というか、このまま幸せな生活を受け入れることの方が怖い。そこまで何もかもをかなぐり捨てられるほど、僕は恐れ知らずじゃなかった。……そうできたらきっと幸せなんだろうけど。
次に、アイズさん以外の人もこの有り得ない同棲を知っているらしいということ。これも不思議でしかない。少なくともリヴェリアさんとフェルズさんの二人はこのことを知っている。リヴェリアさんは娘のような存在のはずであるアイズさんが、僕と暮らすことをどうして受け入れたんだろう。
フェルズさんもだ。フェルズさんが各地に拠点を持っていることは知っていたけど、それを貸してくれているらしい。黒竜との決戦の場にフェルズさんも居たから、それで何かのやり取りがあったんだろうけど……。
駄目だ……。分からない事が多すぎる。考えても考えても結論が出ない。頭を抱えて寝てしまいたくなるけど、思考を放棄することはしてはいけない。そうして考えが煮詰まって頭が沸騰しそうになった頃、ガチャと音が響いた。
「おまたせ、ベル」
そう言って寝室に入ってきたアイズさんは、これまで見たことのない姿をしていた。当たり前だけど、僕はアイズさんのお風呂上りの姿を見たことは無い。……いや水浴びを覗いちゃったりとかはあったけれど、こういう状況は初めてだった。
何が言いたいのかというと、色々考えていたことが全部吹き飛ぶくらい、アイズさんは可愛かったということ。普段からサラサラと揺れる豊かな金髪が、しっとりしていて艶やかな色気を醸し出している。少し水滴が残った肌もいつもよりプルプルとしていて見ちゃいけない物を見ているような背徳感を覚えてしまった。そして何よりも、アイズさんが身に付けている服。そういうことに詳しくない僕でも高いんだろうなと想像出来る造りをした淡い緑色の肌着を着たアイズさんは、僕の知る誰よりも綺麗だった。
「ベル? どうしたの?」
アイズさんの可愛さに目を奪われて呆然としてしまい返事も出来ずにいた僕に、アイズさんは近づきながら話しかけてくる。その度にアイズさんからフワフワといい香りが漂ってきて、僕はどうしようもなく恥ずかしくなってしまった。そのまま僕が腰かけていた
こんな状況になって初めて僕は何が大切なのかを思い出せた。どんなに良く分からないことがあろうと、僕がアイズさんのことが大好きだっていう事は変わらないんだ。アイズさんが大切で、アイズさんの力になりたいって、そう思った。黒竜を相手に折れなかったのもアイズさんが居たからで、僕はそういう大事なことを忘れちゃいけないことだった。
常識がどうとか、言ってる場合じゃないんだ。そうして僕は漸くするべきことが分かった。要領も察しも悪いけど、それを理由にして逃げるんじゃない。僕が言わないといけないことは、
「アイズさん。いきなりですみません。もし良ければ、僕の話を聞いてもらえませんか?」
「……? うん。いいよ」
きっと、
「僕はアイズさんに憧れてました。ミノタウロスから助けてもらった時からずっとです」
こういうことなんだ。
「一目惚れでした。僕を助けてくれた
心臓の鼓動がうるさい。ダンジョンでもない、普通の民家だというのにこれまでにない程緊張している。口の中が乾いて舌が思うように動かない。それでも僕は話し続けた。
「アイズさんに追いつきたくて冒険をしました。色んな人と出会って、冒険をして、それでもアイズさんを想っていました」
アイズさんがどんな顔をしているのか分からない。話し続けるだけで精一杯だ。自分でも何を言っているのか良く分からない。でもアイズさんは隣に居てくれている。だから
「だから、アイズさんが僕のことを英雄だって言ってくれて本当に嬉しかった。僕のことを好きだって言ってくれて夢みたいだって思いました」
ちゃんと言わないと。今日、アイズさんが僕に言ってくれた言葉を受け止めて、返さないといけない。そうしないと、僕はアイズさんを好きでいる資格を失ってしまう気がしたから。
「今日アイズさんと一緒に居られて本当に幸せでした」
そう。幸せだった。幸せ過ぎて、何があったのか曖昧なところもあるけど。あの言葉だけは忘れていない。
「アイズさんが僕のことを好きだって言ってくれて、嬉しかったんです」
言った。言ってしまった。結果がどうであろうとこれで元には戻れない。自分の想いを伝えるのがこんなに大変なんだって、僕は初めて思い知った。恥ずかしい。怖い。もしかしたらアイズさんと一緒に居られなくなるかもしれない。彼女の好きって言葉が家族に向けるものだったら。僕の事を男として見ていなかったら。アイズさんに嫌われたくない。少しでも長く一緒の時間を過ごしたい。そういう面から考えれば、この告白は限りなく無駄なことだ。多分、こんなことをしなくてもアイズさんは僕と一緒に居てくれる。今日一日をアイズさんと過ごして、それは理解していた。
けど、僕はそれ以上にアイズさんが好きなんだ。英雄とお姫様は僕の好きな英雄譚みたいで憧れるところもあるけれど、やっぱり曖昧な関係だと思う。僕はアイズさんの一番に成りたい。僕がアイズさんのことを好きだってして欲しい。全部分かった上で僕はアイズさんと一緒に居たい。
「僕もアイズさんのことが好きです。ずっと、ずっと好きでした。僕も
これまでなんとか口にしていた言葉も、もう尽きてしまった。何を言えば良いのか分からなくなってしまって黙った僕を見たら
反射的に振り向くと、アイズさんが僕の肩に頭を預けていた。陽が落ち、暗くなった部屋の中、背後にある窓から差し込まれる月明かりに照らされて、アイズさんの髪がキラキラと輝いている。その髪が僕の肩から腕、手に沿って触れていた。微かに揺れる髪にくすぐったさを覚えて、固まっていた指先がピクリと動く。
部屋に満ちるのは僕とアイズさんの息遣いだけ。存在する要素は数分前と変わらないのに、きっと何かが変わっていた。僕はアイズさんの体温を感じながら、ただそこに居た。僕が話すまでアイズさんがそうしてくれたみたいに、僕もアイズさんを待っていたいと思った。
そうしてどれくらいの時間が経ったのか。窓から覗いていた月もすっかりと雲に隠れてしまって、部屋からは光源が失われていた。その間もずっと、アイズさんは僕にもたれ掛かっていた。それだけで、僕は嬉しくて幸せだった。
そうやってゆっくりと時間が過ぎていた中、これまでよりも強くアイズさんが息を吸った。
「ベル。私も君のことが好きだよ」
そう言ったアイズさんは僕の手を取って、しっかりと握った。ただそれだけで、僕は今日何度目かも分からないけど胸が高鳴ってしまう。はっきり分かる。顔が熱い。嬉しい、嬉しい、嬉しい! 色んな感情がごちゃごちゃになって、それでも分かるのはアイズさんの言葉。好き、とアイズさんは言った。今すぐにでも転がり回りたくなる衝動に襲われるけど、そんな衝動もアイズさんが続けた言葉で吹き飛んだ。
「私、ずっと
「けど、一年前に君と出会って、なんだか変になった」
隣りから聞こえてくる内容を、僕は知らなかった。アイズさんの目的も、僕との出会いが何かの影響を与えたらしいことも。驚かなかったと言えば嘘になる。けれど、そんなことを言うアイズさんの声音が優しくて、すっと落ち着いてしまった。すると、アイズさんも僕の様子を気にかけていたのか、くすっと笑ってから話を続けた。
「最初は迷惑を掛けちゃったから、何かしたかっただけだったんだけど、ちょっとすると、君が何でそんなに速く強くなれるのか、気になるようになったかな」
「あの市壁の上で君と特訓をして、膝枕をしてるとね。なんだか心に溜まった黒いものが無くなってくの」
「君は凄いね、ベル」
えらいえらい、と言うかのようにアイズさんは僕の頭を撫でる。カッと身体が熱くなるのを感じながらも、僕は黙ってアイズさんの言葉に耳を傾ける。
「少しずつ、君と過ごす時間が大切になっていった。私が私でいられる場所を、君がくれた」
「ふとした時に、君のことを考えることが増えていった。色んなことがあったけど、君が頑張ってるのを見ると私も頑張ろうって思えたの」
「私はね、ベル。君が私の英雄になるって言ってくれて、本当に嬉しかった」
「他の誰でもない、君が私の英雄になるって言ってくれたから、嬉しかったんだよ?」
そう言ってアイズさんは僕の肩から頭を外して、僕の方を向いた。殆ど密着したまま、僕もアイズさんの方を向く。こんなに近くにアイズさんがいて、見つめ合うなんて経験は僕には無かった。つまるところ、照れてしまうし、恥ずかしい。
まじまじとアイズさんと見つめ合うと、アイズさんの頬がまるで僕みたいに赤く染まっていることに気が付いた。照れているのかな、なんて考えが脳裏をよぎった瞬間、遂に僕の脳が現実に追いついた。
あぁ、本当にアイズさんは僕のことが好きなんだ。
嬉しい。嬉しい嬉しい嬉しい!! 初めて言われてからもう数時間が経っているけど、今になって漸く実感が湧いてきた。アイズさんが僕のことを男として見てくれている。アイズさんが僕のことを好きだって言ってくれた。アイズさんアイズさんアイズさん!
脳味噌が破裂してしまうんじゃないかと心配してしまう程に、次々とアイズさんに対する想いが溢れて来る。何から言えば良いのかも分からず、顔を真っ赤に染めているアイズさんを見つめていると、ふと視界が塞がれた。
元より暗い室内だったけれど、今度は本当に真っ暗闇だ。けれど、そんなことを気にする間もなく僕は頭に何かが触れたのを感じた。柔らかくて温かい、つまるところアイズさんの身体だった。アイズさんは僕の頭に腕を回して、胸元に抱きしめていた。これまで感じていたアイズさんの甘い香りがより直接、暴力的なまでに僕を襲う。
視界が無い分、他の感覚が鋭敏になっているのか、単に近いからなのかは分からないけど、これまで以上にアイズさんの存在を強く感じる。着ているのが薄い肌着だけというのもあって、僕はアイズさんの柔らかさをいやという程叩き込まれていた。密着しているだけあって、僕の耳にはアイズさんの鼓動音すら聞こえてくる。トクントクンと少し速いペースで奏でられるアイズさんの心音は、聞いているだけで愛おしさが溢れて来る。
アイズさんからもたらされるとんでもない情報の数々を処理しようと必死になっている僕をアイズさんは抱きしめたまま、腰かけていた
「な、なななな……!?」
「駄目、見ないで」
もう、ベルってば。なんてアイズさんは言うけれど、僕が何かしてしまったのか本当に分からない。というかこの状況がご褒美なのか拷問なのか、もう僕には分からない。恐る恐る何でこんあことをしているのか問いかけると、アイズさんは言った。
「そんなに見つめられたら、恥ずかしい、でしょ?」
めっ、と揶揄うように、軽く叱るように言うアイズさんの顔を僕は見れなかったけれど、きっと笑っていた。年相応なアイズさんを見れたような気がして、気が抜けてしまった僕もつられて笑ってしまった。すっかり寝静まったメレンの街の一角にある小さな家の寝室には、僕とアイズさんの笑い声が響いていた。
けれど、それも束の間。緊張の糸が途切れたのか、急激に瞼が重くなってくる。強烈な眠気に逆らうことも出来ずに眠りに落ちた僕が最後まで感じていたのは、僕を抱きしめたままのアイズさんの鼓動だった。
「……本当に大好き、だよ。ベル、これからは、ずっと一緒に居よう?」
だから僕は眠りに落ちる寸前でアイズさんが言ったことをキチンと聞き取ることが出来なかった。
「……ずっと、ずっと、ね?」
◇◇◇
翌朝、僕は目覚めた瞬間、アイズさんの顔が目の前にあるというビックリドッキリな体験をした。間違いなく幸せな一時だったんだけど、一つの問題が生じてしまった。アイズさんと一階に降りて朝食を取っている時に起こった衝撃を、僕は忘れることは無いだろう。アイズさんが玄関から取って来て
『祝!
僕は飲んでいたお茶を噴き出して、叫んでしまった。
「何でッッッッ!?」
そんな僕と向かい合って座っていたアイズさんは、何だかポカンとした表情のままこう言った。
「……何で?」
◇◇◇
想いが通じ合っても、何かいい感じに一緒に住むことになっても、決定的な所ですれ違っている。僕、ベル・クラネルはそんな確信を得た。
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