今回、僕の意識が正常に戻るのに掛かった時間は、驚くべきことに10秒も無かった。ハッキリ言って凄いことだと思う。普段ならほとんどしない自画自賛をしてしまう程、これは僕にとって重大な事だった。
何せ、これまでだったら意識が遠くなったらそのまま夢の国へ直行、ってこともあったのだ。そんな僕が、いつの間にかアイズさんと結婚していることになっていて、しかもそれが新聞で大々的に報じられているなんて現実を数秒で受け入れられたのは大きな成長だろう。
こんな形で成長したかったのかと言われると、少し、いや大分怪しいけど、今回はこの成長に助けられたと言える。だって、これでまた倒れでもしたらまたアイズさんに看病されて、何だかえらいことになってしまうかもしれないのだ。
アイズさんが身体を拭くとか言ってきたらどうしよう。きっと僕は耐えられない。なんていうかもう無理だろう。そうならなかっただけでも、幾分かはマシだと言えるはずだ。
なんてことも考えつつも、まだ疑問が僕には残っていた。それは、何故新聞に僕とアイズさんの結婚の記事が載っているのかと言う点。加えて、それに対してアイズさんが何ら疑問を持っていないと言う点。
まあ、前者は分からないでもないのだ。結果として僕とアイズさんは黒竜の討伐に一定の貢献をしたのだし、アイズさんが言っていたようにオラリオも凄い騒ぎになっているはずだ。そんな中で出てきた噂みたいな感じで、僕とアイズさんが結婚したのだと報じられているのかもしれない。
けれど、後者はそうじゃない。アイズさんは明らかに僕が驚いたことに対して驚いていた。つまり、アイズさんの中ではあの新聞の記事が正しいということになっているのだ。要はアイズさんは僕と結婚している、つもり……らしい……。
んんんんん!?いや、まあ昨晩の告白は結構熱烈な、今思い出すだけで顔が赤く染まってしまいそうなぐらいには熱烈なものだったとは思うけど、だからってそれが結婚に結びつくのかと言われるとそうじゃない。……はずだ。
少なくとも僕はそうだった。勿論結婚したいとは思っていたけど、そういうのはこのままお付き合いをしていって、何というかこう、より親密になってから改めてするものだと思っていたのだ。
もしかして、オラリオではこれが一般的なのだろうか。ここに来てオラリオでの活動歴の短さが足を引っ張ってくる羽目になるなんて思いもしなかった。アイズさんの考えが分からない。
と、普段の僕ならこれで終わっていたかもしれない。けど、今の僕は違う。何せアイズさんとお付き合いをしているんだ。これまでとは心の持ちようがはっきり言って違いすぎる。何があっても笑い飛ばせるんじゃないかとすら思えてくるほどの多幸感に身を包まれて、何だって出来そうに思えてならない。
聞いてみよう。ちゃんと話をするんだ。ここで踏み込まないと致命的な行き違いが解消されることなくことが進んでしまうかもしれない。そうなったら本当に後戻りが出来なくなる。
「あ、あの。なんでアイズさんは驚いていないんですか……?」
あっ、なんか情けない感じになっちゃった!?かっこよく決めようと思ったのに、これじゃ今までと変わらないっ!?
なんて状況にそぐわない
するとアイズさんは予想外にも首を横に振った。
「私も驚いてるよ」
あぁ、良かった。やっぱり勘違いだったんだ。さっきのポカンとした表情は僕に向けたものじゃなくて、この新聞に向けたもので
「ベルがびっくりしてるから、なんでだろう、って」
やっぱりそっち!?一瞬とはいえ希望を持っただけに衝撃が大きい!けど、理由が分からない。僕とアイズさんが結婚していると言われていることも、それが翌朝の新聞に大々的に載っているのも僕にとっては衝撃的な現実だけど、アイズさんはなんで驚いていないどころか、それを当然みたいに受け入れている!?
「昨日ベルが告白してくれたのが凄く嬉しかった、から」
そう言ったアイズさんが近くの棚から何かを取り出して、僕に見せてきた。ソレに僕は見覚えがあった。丸い水晶のような魔道具。それは
「
「うん。リヴェリアが、何かあったらすぐに連絡しろって、置いてったの」
「あ、あの、アイズさん。それじゃあ、
「うん、そうだよ」
「何を……話したんですか?」
僕がそう言うと、アイズさんはほんの少しだけ頬を赤く染めて呟いた。
「……ベルがプロポーズしてくれたって、リヴェリアに言った」
プロポーズ!?あれ、プロポーズだったんですか!?僕、アイズさんにプロポーズしてたんでしょうか!?プロポーズって、あれだよね、求婚。僕と結婚してくださいってお願いすることだよね!?
薄々察してはいたけど、改めて現実を突き付けられた気分だ!僕がただの告白のつもりで送った言葉を、アイズさんはプロポーズだって思ったんだ。きっと、僕がアイズさんの英雄になるって言ったこととか、アイズさんにとっての英雄がどんな存在なのかとか、色んなことが重なってこうなっている……んだと思う。
しかもそれがあのリヴェリアさんに伝わってしまった。いや、そもそもこの家に僕とアイズさんだけを残してるのも、リヴェリアさんたちが僕とアイズさんの関係を何か勘違いしているからなんじゃないのか?背筋がゾクゾクする。興奮じゃなくて恐怖で。今、リヴェリアさんたちは僕らのをどんな関係だと思っているんだろうか。
「それで、その……。リヴェリアさんは何と……?」
「うん。おめでとう、良かったなって言ってた」
受け入れられてる!!リヴェリアさんに僕とアイズさんが結婚することが受け入れられてる!喜んでいいのか、駄目なのか自分でも良く分からなくなってきた!そんな僕に追い打ちをかけるようにアイズさんの言葉が続けられた。
「それと一回こっちに来るって。ベルとも話したいことがあるみたいだよ?」
大丈夫なヤツですか、それ!?お前にアイズはやらんとかされるんじゃないですか!?そもそも僕、まだ結婚するつもりはなかったんですけど!こうして混乱する僕を見ていたアイズさんがクスっと笑いながら僕の背後に回ってきた。
「ベル、新聞読んでたの?」
そう言ってアイズさんが僕の肩から顔をのぞかせた。頬と頬が触れ合ってしまいそうな近さに、今の今までしていたのとは違う衝動に駆られる。アイズさん、可愛い。いい匂いする。凄い、女の人。一瞬で速くなった鼓動がアイズさんに聞こえていないか心配しながら、ぎこちなく質問に答える。
「は、はい。あの、一面が、その、僕とアイズさんが結婚したって、記事で。びっくりしちゃいました」
「うん。流石にちょっと恥ずかしい、かも」
アイズさんが照れてる……。か、可愛い。って違う違う!いや、アイズさんは凄く可愛いんだけど、今はそうじゃない。アイズさんは何で新聞にこんな記事が載ってるのか知っているのか、それを聞かないといけない。
「けど、なんで僕とアイズさんのことを知ってるんでしょう?」
「多分、見られてたから?」
「見られてたって、昨夜のあれこれをですか!?」
もしそんなことになっていたら、僕は二度とオラリオには帰れない。恥ずかしすぎて死ぬ。そんな僕を見かねてかアイズさんは口を開いた。
「うーん、違うと思う。その、黒竜を討伐した後のこと。まだ皆居たから……、見られちゃった」
「な、何を見られたんでしょうか……」
「私がベルを膝枕してるところ」
「ヒッ」
「……あと、ベルのほっぺにキスしてるところも」
「なッ」
僕、アイズさんにキスされてたの!?しかも僕は覚えてないし、色んな人に見られながら!?嬉しいんだか悔しいんだか分からなくなってくる!
「ベルと結婚するって、皆に知られちゃった、ね?」
クスクスと笑いながら囁くアイズさんは、これまで見たことがないぐらい艶っぽくて、心臓が高鳴って仕方がない。そんな中でも、今回はキチンとアイズさんの言葉を受け止めることができた。
結婚。アイズさんは確かにそう言った。予想はしていた。きっと、アイズさんは僕と結婚したつもりになっていると。けど、それはあくまでも予想だったのだ。僕にとって都合が良すぎる夢みたいな妄想。
それが、アイズさんによって明言された。それを認識した瞬間、僕はアイズさんの方に向き直って、口が勝手に開いていた。
「アイズさん。その、昨晩の告白は告白のつもりだったんです」
「うん、嬉しかったよ?」
「あ、ありがとうございます。僕もアイズさんに受け入れて貰えて、好きって言ってもらえて嬉しかったです」
けど違うんです、そう言ってしどろもどろになりながら僕は口を動かす。
「あれは告白だったんです。……プロポーズじゃなくて」
「……え」
「その、まだお付き合いしていないと思っていたので、僕の恋人になって欲しいなって」
「……駄目だよ、ベル。お姉さんを揶揄うのは、駄目」
「だってベルは私の英雄になってくれて、一緒に黒竜も倒してくれたんだよ?」
さっきまでの笑顔から一変。今にも泣いてしまいそうな、迷子みたいに寂しそうにするアイズさんがそこには居た。違うんです。そうじゃない。僕はあなたにそんな顔をして欲しくない。
「僕はアイズさんと恋人に成れて嬉しかったですけど、アイズさんにとっては違ったんですね」
「恋人じゃなくて、ふ、夫婦になったんだって、そう思ってくれた」
アイズさんが息を呑む。不安にさせてしまっているんだろうか。きっとそうだろう。夫婦になったつもりだったのに、そうじゃなかったって言われているんだ。不安に思わない訳がない。ごめんなさい、アイズさん。それでも僕はきちんとしないといけないと思うんです。
「……うん、そうだ、よ。ベルと結婚して家族に成れたって、思った。私だけの英雄。お母さんにとってのお父さん。現れるわけないって、居る訳がないって思ってた。だから、ベルが私の英雄になるって言ってくれて凄く嬉しかった」
「はい」
「けど、ベルは違うんだね。ベルは皆の英雄だから、私だけの英雄じゃ、ない」
「……」
「ごめんね、ベル。あの、一緒に住むのも嫌だったら、もう……」
思いつめたアイズさんを前にして、僕は少しだけ、ほんの少しだけ笑ってしまった。無自覚だったその笑みを、直ぐに意識すして続ける。笑みが零れるのも自然なことだと思う。だってこれは、悲しいことじゃない。本当に些細な行き違いがあって、それを直すだけだ。その先の幸福のために。
「アイズさん、僕と結婚してください!!」
「……へ?」
「あの、行き違いがあったのはそうですけど、僕はアイズさんのこと、大好きです」
そう、これはそんな大事ではないのだ。よくある行き違い。ちょっとばかり規模が大きくなってしまったけど、それだけで僕がアイズさんを嫌いになるとか、そんなわけがない。寧ろ僕と結婚しても良いって思ってくれていたなんて、嬉しいに決まってる。
だからこれはケジメだ。僕とアイズさん、二人の人生を行き違いのまま決めてしまうのはあまりにも不誠実だっていう僕の身勝手。一瞬でもアイズさんを傷つけてしまった僕の偽善。そんな僕の言葉を聞いてアイズさんは、昨晩よりも顔を赤らめていた。嬉しいって思ってくれるかな、なんて勝手なことを想像しながら僕とアイズさんは見つめ合っている。
「昨晩のは告白で、プロポーズはしてなかったので、その、どうでしょうか?僕と結婚、してくれますか?」
何もかもが想定外で、かっこよくはいかなかった。お付き合いを始めた翌朝に求婚をするなんて想定のしようもないけど、それでも間違いじゃなかった。
「うん、これからもよろしくね、ベル」
涙を目尻に浮かべながらぎこちなくも満面の笑みを浮かべたアイズさんは、世界中の誰よりも綺麗で、何処にでもいる普通の女の人みたいだった。
◇◇◇
こうして僕とアイズさんは夫婦になった。浮かれに浮かれて抱き合ったり、何時かみたいに踊ったりしながら話をして、これからの新婚生活に胸を躍らせていた僕たちは大事なことをすっかり忘れていた。
昼前、玄関をノックされて我に返った僕たちは言い合わせるでもなく、同時に声を上げた。
「リヴェリア(さん)、早くない(ですか)!?」
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