朝6時半の空気。
普段よりやけに冷たくて、やけに花なんか香りがすることからここが自分の家でない事を思い出す。
おもむろに起き上がったけれど、少し体が痛くて本当にその動きは緩慢としたものだった。ギシと鳴るのはベッド代わりのソファか、それとも身体の悲鳴なのか、どうでもいい事を考えながらスマートフォンに触れる。
けれど、人の表情がなんとか読み取れる程度に薄暗い部屋でそれは煌々と光って、慌てて操作して、すぐに画面の明度を下げる。1m程度離れたベッドを見て、静止したままであることに安堵して操作を続け、自分のアラームを解除する。
時刻は6時34分。アラームまでは26分。
26分間は静かにしていなければならない。
そっと立ち上がって、テーブルの缶チューハイをキッチンに持っていく。潰すと音が鳴るからそっとシンクの端に置いて、そのままキッチンに雑に下げられた料理の余りを捨てて、流しに皿を置く。
音が立てられないから、片付けも何もできない。
どうしたものかと思いながら、スマートフォンに触れた。
時刻は6時38分。アラームまでは22分。
とても中途半端な時間。
もう起こしてもいいけれど、あと20分程度ならそれくらいの間は寝かせてあげていい気もする。と言っても、20分も起こさないよう気をつかって静かにしているのも無駄に疲れる。本当に中途半端。
ひとまずトイレに行って、用を足した。
手を洗って、雑に拭いて、まだ少し濡れた手でスマートフォンに触れる。
時刻は6時40分。アラームまでは20分。
ここで一つ思いつく。
そういえば、歩いて3分程度のところにパン屋があった。
一度も入ったことはないが、通りすがりにとても良い匂いがして、何度もそれに言及した店だった。
開店時間は知らないが、空いていなかったらそれはそれで散歩で時間を潰しただけのこと。
もう心はパン屋の方を向いていた。
上着を羽織って、財布をポケットに突っ込んだ。
こっそりと玄関を出ると、外は随分寒くて、早くもパン屋に行こうと思ったことを後悔する。けれど、同時に戻っても仕方がないとも思った。
震える体を無理矢理前に進ませて、マンションの階段を降りる。
道に出れば、出勤の早いサラリーマンが歩いていたり、朝練か何かだろうかジャージの学生が自転車で走り去っていったり、一日の始まりを実感する。車通りはそれほど多くないが、それでも往来に朝を感じる。
なんだか穏やかな気持ちになって、はぁと息を吐くと、予想通りにそれは白く雲のように溶けゆく。
そのまま、歩き出した。
意を決して、などと宣うような距離ではなかったから、外に出た瞬間の嫌な気持ちなどなかったかのような存外に軽い心持ちだった。
人通りも車通りもあるのに、タ、タ、と自身の小さな足音がよく聞こえる。
あぁ、朝だと思った。
思っていたら、いつの間にかパン屋には着いていた。3分の距離なのだから不思議でもなかった。
ふとスマートフォンを見た。そろそろ、起きているかなと思ったから。
時刻は6時47分。アラームまでは13分。
パン屋は開いていて、入ると良い匂いがする。
ワクワクしながらトレイを取った。
クロワッサン、アップルパイ、食パン、ベーコンポテトパン。
悩みながら、朝食で食べ切れるはずもない量のパンを取って、レジへ向かう。
お会計を済ませて外に出て、スマホを見る。
時刻は6時58分。アラームまでは2分。
足早に来た道を戻り始める。
戻ってきて、マンションが視界に入ると、部屋の明かりがついているように見えた。
時刻は6時59分? アラームまでは恐らく1分。
階段を急ぎ駆け上がり、廊下を走って、玄関扉を開けた。
その瞬間、オーブントースターの匂いがした。
時刻は7時。だって、たった今アラームが鳴り出した。