私は木製の風呂椅子に座る。もちろんここにはシャワーがないので、風呂に入ったお湯を桶ですくってかぶるしかない。でも、私は何もしない。やるのは式紙。式紙が風呂のお湯を汲む。
「ご主人様、いきます」
私の頭からお湯がかけられる。熱くはない。さすが私の式紙。私のことを分かっている。そして、私の体は式紙に洗われた。シャンプーとかボディソープなんてものはない。あるのは石鹸です。
こうして考えると未来の技術ってすごいんだなと思う。まあ、作り出そうと思えば作り出せるんだけどね。でも、下水道なんてない。私1人とはいえそれをどこかに流すわけにはいかない。それに比べ石鹸は環境にいい。だからこれを作り出し、使った。
私は風呂に入る。やっぱり風呂は大好きです。こうやって風呂の中で体を伸ばすのが気持ちいい。式紙は風呂の傍でしゃがみこみ、待機していた。
「ねえ、私と入らない?」
「すみません。ご主人様の命令とはいえ、命のない道具の私が一緒に入るなど恐れ多いです」
私は立ち上がる。風呂のお湯が大きな波を立てた。それは風呂の淵に当たり、こぼれる。
「今、なんて言った? 命のない道具? 私は確かに家事とかの命令はさせているよ。でもね、それは道具としてではない。命ある使用人として、家族として。だから、私は命令口調じゃない。次、言ったら分かっているわよね?」
「申し訳ございません。でも、それでもわたくしには命はありません。わたくしが動くのは御主人様からの霊力の供給があるため。そして、わたくしは命令にしか従うことしかできないのです」
「分かっているよ。でもね、それでももう言わないでね」
「分かりました」
私は再び湯に浸かる。はあ~、やっぱり自我を持つ式紙なんてできないのかな? 研究を続けるしかない。いつか見つかるかもしれないから。しばらく式紙の術式を何度も考え続けていた。
もちろんそれと同時に自身の封印のことも考えていた。失敗は何度もできない。私が失敗するたびに多くの命が失われることになる。命が消えていくことが嫌いな私にはそれが怖い。
失敗しないようにと思うと拳に力が入る。爪が手のひらに食い込み、血がにじむ。血は湯に落ち消える。
「もう上がるから、バスタオルお願いね」
「分かりました。少々お待ちください」
そして式紙が持って来たのはふかふかなバスタオル。あきらかに今の時代だとありえないもの。だが、そこは私の能力。バスタオルくらい出すことができる。風呂から上がった私はゆっくりと脱衣所へと向かう。式紙は後ろから付いてきた。
脱衣所にたどり着くとすぐに後ろからバスタオルが私を包んだ。式紙は私の体を拭く。そこに脱衣所に待機していた式紙が前から頭にバスタオルをかぶせてきた。そして撫でるように髪を拭かれた。
体も拭かれる。2人は丁寧に丁寧に体を拭いた。拭き終わると体を拭いていた式紙が寝間着を持ってきた。私は両手を肩の高さまで上げ、着せやすいようにした。式紙は私に服を着せる。
「ありがとうね」
「いえ、命令ですから」
終わったあとに礼を言った。返された言葉はとても痛いものだった。私は風呂場を後にした。その後は今後のことをずっと考え眠りについた。
◆ ◆ ◆
それから数日後。私は破壊した森を修復した。しかし、未だに生き物は戻らない。きっとまだ時間がかかるだろう。これからは放置するしかない。今からは私の力を抑える封印の実験だ。
今回は前回のような失敗があっても被害が及ばないように強力な結界を張った。もし暴走しても一回くらいは耐えられると思う。耐えられなくても被害は小さくなるようにした。
「それじゃやろっか」
私が改めて作った霊力も封印する札に霊力を込め、それを胸へと当てる。札は体へと吸い込まれていった。しばらくすると札が作用し、霊力と妖力が小さくなっていった。しばらくするとそれ以上は無理なのか、二つの力が小さくなるのは治まった。
「えっと、終わり?」
あまりにも静か過ぎて思わず問いかけた。もちろん誰も答えを返してはくれない。ま、まさかこんなにあっさりだとは思わなかった。あれ? 私の服がずるりと肩から落ちた。
このままでは全裸になるので服を押さえた。おかしいな。なぜだか知らないけど袖がぶかぶかだ。とりあえず終わったので結界を解除し、家へと戻った。それにしても体がだるい。
きっとさっきまで大きかった力が一気に小さくなったせいだろう。妖力も霊力も思うように操れない。試しに火と出したら何も出なかった。いつも力を抑えながら出しているので、出なかったようだ。
うう、また練習が必要みたい。家へと帰ると式紙が待っていた。
「ご主人様、おかえ……り………な、さ…………い………………ませ?」
「ん? どうしたの?」
おかしいな。なんだか式紙が大きく感じる。いや、大きい。気のせいじゃない。
「ご主人様、その体はどうしたんですか?」
「え? なにが?」
「気づいてないのですか?」
「だから何によ」
「いえ、気づいていないのならいいのです。それでその様子だと今回は成功したようですね。今日の夕食はお祝いでいきますか?」
「いや、いいよ。いつもどおりで。それじゃ自室にいるからね」
「はい、分かりました」
私は式紙の横を通る。うん、やっぱり式紙が私より大きい。おかしいよね、これ。今日の朝までは私と式紙は同じ背だったのに今は、式紙が大きくなっているだなんて。私が妖力や霊力を封印したせいなの?
だとしたらどうしよう。やっぱり改良が必要だね。今回はとりあえず封印には成功したけど、今度はどのレベルまで落とすかだね。今の私はおそらく妖怪二人分。とりあえず一人分にしたい。
部屋に入るとすぐに布団の上へ倒れこむ。
「まさか式紙があんなに大きくなるなんて。でも、私は一応供給される霊力が少なくなっても大気に残る霊力で動けるようにしたんだけどな。それにしても何でこんなにぶかぶかなの!! もう邪魔!!」
私は服を脱ぎ捨てる。新たに巫女服と作り出し着るが、これもまたぶかぶかだった。おかしい。私はちゃんと自分に合うサイズの服を出したはずだ。なのになんでこれもぶかぶかなの!?
「式紙!! ちょっと来て!!」
私は怒りながら式紙を呼ぶ。襖を開けさっきとは別の式紙が入ってくる。やっぱり私よりも大きくなっている。もしかして式紙全体に影響が出ているの?
「どうかしましたか?」
「今すぐ私の服を作って!! さっきから作っているんだけどサイズが全然合わないの。こうなったら手作りよ」
「分かりました。では寸法を測りますね」
「なんで測るの? そんなのしなくても分かるじゃない」
「もしかしてとは思いますけど、ご主人様は今のご自分の変化に気づいておられないのですか?」
「あなたもなの? だから何によ。ちゃんと言ってよ」
私は寒くないように布団を羽織った。
「分かりました。言います。今のご主人様は体が小さくなっているのです」
「え? なんて言ったの? よく聞こえなかったんだけど」
「ご主人様の体が小さくなっているのです」
「私の体が……小さく?」
「ええ、そうです。正確には幼くなっているのです」
私は自分の手を見た。そこにあるのはいつもの手ではない昔の私の手だった。私が狐ではなく今の人間に近い姿になったときの姿だった。つまりは幼い体のときの手。
「う、うそ……」
手の次は胸を見た。そこには二つの山があるのではなく二つの丘が存在していた。わ、私の胸がち、小さい……。それは結構ショックだった。昔はこのまま成長しないのではと思い心配していたが、やっと成長して胸も大きくなってうれしかった。
それが……それが!!
「こんなになっちゃうなんて!! どうしよう!! うう……」
「ご主人様、大丈夫ですよ」
「どこが!! だって……だって!! あの胸の大きいあの私の体が気に入っていたのに!! それなのにまた小さくなるなんて!!」
「私が思うにそれはご主人様の封印の副作用です。封印を解除すればあの体にもどるはずです。試してはいかがでしょうか?」
「……そうだね。そうしよっか」
思えば家の中が全部大きく感じた。どうして私は気づかなかったのだろう。私ってバカだな。
「じゃあ、この札を持ってきて。これは封印用の札だから」
「分かりました」
私はぶかぶかな服を着て、外へと出た。まだ日は沈む途中だ。さっそく家と札を持った式紙から離れ、そこで封印の解除にかかる。しかし、とても時間がかかる。強力な封印のため一度封印封印すると解除に時間がかかる。
うーん、ちょっと不便だね。これも改良しよっか。封印の意味は無意識での妖力の具現化を防ぐため。だから封印の解除がしやすくても問題ない。私は五分ほどの時間をかけ、封印を解いた。
解いた瞬間、二つの力が大きくなりそれととも周りが小さなるように感じた。つまりは私の体が大きくなったのだ。自分の体を見てもあの胸の大きい体だ。
「やった! やった! 元に戻ったよ! うん、やっぱり私はこの体だよね!」
私は胸を触りながら言う。さっきのつるぺたよりこの感触。これこそ私の胸だよ! 傍から見たら自分の胸を触りながら喜んでいる変態にしか見えない。ここに誰もいなくてよかった。
そこへ札を持った式紙が来る。式紙は私の服を整える。
「ほら見て! このとおり戻ったよ! どう? やっぱりこっちのほうが似合うでしょ?」
「はい、そうですね。それよりも封印しますか?」
「なんかどうでもいいみたいに言ったよね? 気のせい?」
「気のせいじゃないですよ。もう一度言いますけど封印しますか?」
「どうでもよかったんだ!! 私にとってはどうでもよくないよ!!」
「分かりました。どうでもよくないですよ。あと、そろそろ答えてください。封印しますか?」
「ふふん、やっぱりこっちのほうが似合うよね」
私は片手を頬へ持っていき、もう片手を胸の前に持く。あー、私もこの姿が一番似合っているって思うよ。だって女の子だからね。スタイルがいいほうがいい。あの幼い姿が嫌いと言うわけでもないが、それと比べるとこっちがいい。
思わず妖力弾を放って、空を血のように真っ赤に染め上げてしまいそうなくらいに、気分が高揚する。失いかけて初めて気づくものってあるね。今回のことみたいにね。
「別に自分が世界一美しいとか言うつもりはないけど、自分の容姿にはちょっとは自身がふぎゃっ」
「そろそろ怒っていいですか? さっきから封印するか聞いているんですけど」
私の額に手刀を落とした式紙の顔は無表情なのに怖く感じた。お、おかしいな。一応私が主人なんだけど。
「ごめんなさい。封印します」
「はい、分かりました」
式紙は私に一枚の札を渡す。ああ、でもまた封印したらあの姿になっちゃうんだよね。だけど、するしかない。私の力は危険なのだ。無意識に妖力を具現化し、大規模に破壊をしたくない。
私は札を胸へと持っていった。それに力を込める。札は吸い込まれ二つの力は小さくなった。
「ご主人様、その姿も似合っていますよ」
「それって褒めているの?」
「ええ、もちろんです。可愛いですよ」
「そ、そう? 可愛い?」
「はい、可愛いです」
「えへ、えへへへ」
「……………………単純ですね」
「え? 何か言った?」
「いえ、何も言ってませんよ。さ、帰りましょう」
そっか。可愛いか。そう言ってくれるならこの姿でもいいね。私はぶかぶかになった巫女服の裾を引きずりながら家へ向かって歩いた。しかし、すぐに私は式紙に抱きかかえられた。
「その土だらけの服で家に入られたら掃除が大変です。ご主人様は長年を生きたのでプライドがあると思いますけど、今は我慢してくださいね」
「分かっているわよ。我慢する。だけどこれじゃ脇が痛いからお姫様抱っこしてよ。そっちの方が楽だから」
「そうですね。私も抱えやすいです。では……っと」
式紙は私を姫抱きで抱えた。こうされるのはきっと初めてだ。異性が最初かと思ったけどまさか私の初めては式紙だったのか。それもいいね。もう長く生きたせいで異性とかもうどうでもよくなってきた。
なんだか不安になってきたな。私が好きになるのは異性じゃなく、同性になるんじゃないのかと。うーん、いくらなんでもそれは嫌だな。誰かいい人はいないかな。でも、私は人間ではない。
だから私から好きにはならない。こんな私を受け入れる人が私を好きになったとき、好きになるだろう。
「どうしたんですか、そんなさびしい顔をして」
「してた?」
「してましたよ。可愛い顔が台無しです。ご主人様は笑ったほうがいいです。ほら、笑ってください」
「に、ニコッ」
頬を引き攣りながら笑う。どう見ても自然の笑顔には見えない。それにしても私がさびしい顔をしていたなんて、私は愛を求めているからだろうか? その求めた愛は私にやってこない。だからさびしい顔をしていたのだろう。