放たれた魔力弾が男の頭へ向かい近づいたとき、フェリが仕掛けた細工が作動した。
魔力弾が破裂して中から強烈な光が溢れたのだ。
「ぐあっ、目が、目があああ!!」
その光をまともに見た男は目をやられる。同時に攻撃も止んだ。
男は両の手で目を押さえて、空中でも悶えた。
それはフェリが逃げるチャンスだ。
そのチャンスを見逃すフェリではない。
フェリは魔力弾をいくつか展開した後、さらに加速しその場から離脱した。
あの魔力弾はすべてあの烏、じゃなくて堕天使の男へ向かい、当たり爆発した。
どの程度ダメージを与えたのかは、フェリは確認しなかった。というか、できなかった。
それからフェリはずっと飛び続けた。あの男も飛ぶことができるのだ。追いつかれる可能性はあったからだ。
約一時間後、フェリはどこかの山へと来た。どこかは分からない。おそらくは昔に見かけはしただろう山だ。もう記憶にはない山だ。
「はあはあはあっ、もう……いいでしょうか?」
フェリは肩で息をしながら、呟いた。
幸い荷物は背負ったままという可笑しな格好で先ほどまで戦っていたのだ。
フェリは背負っていたリュックサックを下ろし、その場に四肢を投げ出す。そして、体を丸め膝を抱えた。
「ぐすっ、本当に……もう……嫌だ。なんであんな烏に狙われるの? 何もしていないじゃん。ただ通っただけなのに。本当にこんなとこ嫌だ。お母様と燐さんだけでもういい。ほかはいらない。いなくなっちゃえばいいのに」
フェリは涙目になりながらそんなことを呟く。
もうフェリの心の耐久度はゼロに近かった。
「お母様、もう限界です。泣きそうです」
フェリは御魂の姿を思い出そうとする。
しかし、長く会っていない、長く見ていない夢ではない、本物の御魂の姿を完全に思い出すことはできなかった。思い出そうとしてもピンボケした写真のようになるのだ。
「うぐっ……思い……出せない! お母さんの顔が……えぐっ……思い出させない!」
それはフェリにとって最悪なことだった。
今のフェリにとって御魂は生きるための支えという奴なのだ。その相手の顔を見れないのだ。このままいけばフェリは生きる支えを失うということに繋がる。
だがまだ大丈夫だ。今は御魂の顔がぼやけるという程度だ。
フェリが生きる気力をなくすときは、完全に御魂の顔を忘れたときだ。そうなれば生きる気力がなくなり、どうなるのか……。
「早く、見つけないと……」
フェリは濡れた目元を服の袖で拭った。
このまま御魂の顔を思い出せないという恐怖があったのだが、そのまえに見つければいいと前向きに考えて自分を奮い立たせた。もうそうでもしないと無理だった。
と、そのときフェリに突然衝撃が走った。
なんだろうと思って自分の体を見ると自分の胸から光る棒のようなものが生えていた。
「……え?」
その棒を触ろうとするが、その前に光の棒は消えた。それと同時に光の棒があった自分の体から赤い液体が噴き出した。
それが自分の血だと認識すると同時に鋭い痛みが走った。とても痛いもので、思わず意識が飛びそうになった。体の力も抜けたので前倒れになりそうになったが、何とか体勢を整える。
(これ……は、攻撃! ここで意識を失ったら……死ぬ!! こんなとこで、死ぬわけには!!)
フェリは下唇を噛み、何とか意識を保つ。
「ほう、まだ息があるのか」
「!!」
いきなり声がかけられて振り返ればそこには先ほどの堕天使の男だった。
だが、男のほうは体全体に傷を負っており、所々から血を流していた。どうやらフェリのあの攻撃のせいのようだ。
「げほっ、あ、あなたは先ほどの!!」
「そうだ。全くしてやられたよ。流石と言って褒めたいくらいだ」
男はフェリに攻撃されて怪我をしたにも関わらず、なぜかご機嫌のようだった。
「今までは全く手ごたえのない相手だったが、お前は違う。アレだけの攻撃をされながらも逃げ回り、あまつさえ攻撃をしてきた。普通は逃げるのに必死でそんな暇はないのだがな。しかも止めに最後の閃光。本当に油断したよ」
男は傷を触りながら言う。やはりその顔には笑みしかない。
「ははっ、全力でと言っておきながらこうだ。どうやら私は全力を出していなかったらしいな。それを気づかせてくれた。お前には感謝すら覚える」
「光栄でげほっ……ですね。そのお礼として見逃してくれませんか?」
「まあ、その傷だし、そうしてもいいのだが、お前ほどの獲物を自分の手で殺さずにここで失血で死なせるなどもったいない! すまないがそのお礼は一思いに殺すということで我慢してくれ」
我慢できるか。そう言いたかったが、口の中が血まみれで上手くしゃべることができなかった。
男は光の槍を展開させる。
狙いはフェリの頭部だ。
男は先ほどの言葉通り一思いに殺す気だ。
これはゲームであるが、同時に狩りだ。獲物で楽しむのだが、殺すときはじわじわとは殺さない。
(ふう、傷はもう少しで治りますね)
フェリは傷を見た。
傷は体に風穴を開けるほどの大怪我だったが、今はもうほとんど塞がっていた。
これはフェリの種族的の能力だ。
フェリの種族は妖怪であるが、後天的な吸血鬼だ。
この吸血鬼という種族がフェリの傷を治したのだ。しかも尋常じゃないほどのスピードでだ。だが、これでも遅い。いつもならすでに完全に塞がっていたはずだ。なのに、まだ傷が残っているのはやはりあの光の槍のせいだろう。
だが、いい。
動くには問題なかった。
「さらばだ。最高の獲物よ」
男はニヤリと笑いゆっくりとした動作で光の槍を投げてきた。
それに反して槍のほうは先ほどと同じような速さで向かってきた。
男はフェリの傷でこれを避ける力はないと見ていた。
だが、フェリのほうは相手が油断しているということで自分の生きる道を見つけた。
フェリは魔力を使ってこっそりと自分の身体能力を上げた。
そして、光の槍がフェリとの距離を詰めていき、当たるとなったときフェリは一気に足に魔力を込めた。
その瞬間、フェリは消えた。
「なっ!?」
いきなり消えたフェリに男は驚いた。
光の槍は地面を大きく抉った。
「ど、どこへ行った!! くそっ、手負いのはずなのになぜ!!」
男は周りを見回す。しかし、どこにもフェリの姿はなかった。
「あの傷では……ぐあっ」
男は血とともに声を上げた。
いきなり痛みが走り、血がのどを這い上がってきたのだ。
「な、なんだ?」
男はゆっくりと自分の体を調べる。
すると自分の胸から美しい女性の腕が生えていた。その腕は血で塗られていた。
「この……腕は?」
「私のです。ちなみに心臓と肺ははずしていますよ」
答えは男の後ろから返ってきた。
フェリがあの攻撃を避けたアレは高速移動だ。御魂が言うに『瞬動術』だそうだ。
それを使い後ろへ回ったのだ。そこからは魔力を込めた手を手刀にし、男の背中から突き刺したのだ。
「なぜ……動ける?」
「それは傷が治ったから、と言えばいいですか?」
「ふ、ふふふ、くはははっ!! 治った!? 治っただと!? あの短時間でか!!」
「ええ、治りました。きれいにね」
「くっ、そうか……。だが!」
「っ!!」
その瞬間、フェリの突き刺した腕に痛みが走った。
どうやら男が自分の体を貫通させたフェリの腕を引き千切ったようだ。
フェリは一旦距離を取る。
再び対面するのだが、男の手にはフェリの腕があった。
「さすがに傷の治りが早くてもこうすれば無理だろう」
どうやら男はフェリの腕を奪うことで自分とフェリの戦力差を埋めようとしたようだ。
「そうだと思いますか? たかが腕をもぎ取られただけで治せないとでも?」
「なっ!? まさか!!」
「もちろんのこと治せますよ、ほら」
フェリの腕が先ほどとは違い完全に腕が修復された。そして、男が持っていた腕は灰となり消える。
フェリは再生した腕を確かめる。思ったとおりに動き何の問題もない。
「ふふふ、どうやら狩るほうはあなたではなく、私だったようですね」
自分が優位に立ち、フェリは先ほどとは変わり目の前の男を殺す気でいた。
なにせこの男は自分に恐怖を植え付けてきたのだ。さらに死ぬかもしれないという思いをしたのだ。許せるはずがない。
「ではまずは!」
フェリは魔力を水に変換させ、自分の前に水の球を出した。
フェリの得意の系統は水だ。こういう得意は個々で決まっている。フェリは水、御魂は火と。そういうのが決まっている。
「な、何をするつもりだ?」
「ふ、ふふふ、決まっているでしょう? ゆっくりといたぶって殺そうということですよ」
「くっ、一思いにやらないのか!」
「ええ、やりませんよ。だってゲームなんでしょう? なら楽しまないといけないじゃないですか。ちょうどストレスが溜まってやばかったんです。ふふふ、それに一度だけいたぶりながら殺したかったんですよね。いつもお母様がいて無理でしたし」
フェリは狂った笑みを浮かべた。
これはフェリの本性なのか、それとも狂った結果なのか。
どちらにせよフェリはこれから始まるゲームを楽しみにしている。それも一方的なゲームだ。
男はすでに胸に穴を開けて、満足に動くことはできない。一方のフェリは怪我をしてもすぐに再生する体を持っている。
もはや満足に動けない体と不老不死に近い体。
「さて、まずはその翼を切り裂いて上げます」
フェリの前の水の球から細い何かが飛び出て、男の翼を縦に通った。
「へあ?」
そんな間の抜けた声が男からした。
しばらくして男の翼が落ちた。
「なっ!?」
男の体を覆うことができる大きな翼は地へと落ち、ドスンという重たい音を響かせた。地に黒い羽が散らばる。
男の翼の傷口からは鮮血が吹き出て、その鮮血が描く放物線は血の翼のようにも見えた。
「おや、やっぱり翼じゃなくて力で飛んでいるんですね」
本当に翼だけではなく力を使って飛んでいると知って、フェリはまた一つ賢くなったと一人思った。
「な、何をした?」
「何を? ただ水で切っただけですよ」
「水で? 水でこんなにきれいにか?」
その傷の断面図は引きちぎられたようなものではなく、ある一種の芸術的な技によってつけられたようなきれいなものだった。
これが風の刃でやったというならまだしも、水でやったのだ。どうやればそうなるのだろうか。
「教えてあげます。あの細いものが出たでしょう?」
「ああ、出たな」
あちらこちらから血を流す男が思い出す。
「あれは水流です」
「水流? 水流だと?」
「そうです。ただし音速を超えた水流ですけどね」
「音速を超えた水流だと!?」
「ええ、お母様が言うに『ウォーターカッター』というらしいですけど。これで翼を切ったんですよ。こうやってね」
次はもう片方の翼、両足に向けてウォーターカッターで切断した。
胴体から離れたそれらは地へ落ちて、やはり重い音を響かせた。
その地はそれらと血で染まっていた。
「ぐあっ!!」
ついに痛みに耐えられなくなった男はそのまま空中に留まることができずに落ちてしまった。
男は背中から落ち、ゴキッという嫌な音がした。その衝撃で血を口と傷口から血を吹き出した。
そんな男をフェリは笑みを浮かべていた。
(ああ、楽しい! こんな一方的なことが楽しいなんて! ふふふ、この烏野郎がやる理由が分かりますね)
フェリはゆっくりと地へ下降しながらそう思っていた。
足が地へ着くとゆっくりと足を進める。そして、フェリの足が男の一部とその血溜りに踏み込んだ。フェリが歩くたびに、ネチャネチャと粘りのある音を立てる。
血の海の真ん中の男の前まで来ると足を止めた。
「ふふふ、無様な姿ですね」
「貴様……!」
「私だったら再生できるんですけど、あなたはできない。不便な体ですね」
「ふんっ、生と死から逃げた存在が!! げほっがはっ」
男が血を吐く。
「かけないでくださいよ。こっちの服はもうないんですから」
フェリはこの状況でそんな余裕なことを言う。
全く合わないタイミングだ。
「こんなタイミングで言うなんて、貴様は狂っているな……」
「いえ、狂っていません。どちらかというと正気になったんです」
実はフェリは狂っているのではない。
この戦闘を通してフェリは大きく成長したのだ。
最初は相手を強大な敵と見て、逃げることだけを考えた。だが、それは無理で追われて攻撃されて恐怖して死ぬと思わされたのだ。それが一変して逆に相手の隙をついて立場が逆転した。これによってフェリに戦闘に自身が付いたのだ。
今後の戦闘ではもうただ逃げるだけではない。戦いを楽しんで楽しんだ後、逃げるのだ。もうフェリは一種の拳と拳のぶつかり合う戦闘を楽しむ、というわけではないが、一方的な戦闘を楽しむようになったのだ。
それは相手が勝てない相手でも、だ。フェリはそんな相手と出会ってもまずは戦って相手をいじって逃げるだろう。フェリはそうなってしまったのだ。それは決して狂ってはいない。ただそういう遊びを知ったというだけなのだ。
「ありがとうございます。おかげで自信が付きました」
「ならば……さっさと殺せ」
「ええ、そうしましょうか。ただし苦しみながら、ですけどね」
フェリは水を操作する。
ただしその水は水蒸気という名の液体ではなく、目に見えない気体だが。
それに男は気づかない。それはすでに重傷という死に掛けということもあった。
だから、息をするたびにフェリによって魔力から水へ変換された水蒸気が男の肺へと潜り込んだ。
(さて、そろそろ十分の量ですかね)
そろそろ肺に溜まった水蒸気(フェリが変化させた水)が十分に行き渡ったt思って、その水蒸気を操る。
「!! げあっぐはっ……! な、何を……した!!」
「何って……ただ水蒸気だった水を固体にしただけです。ただし棘だらけですけど」
今、男の肺の中にあるのは鋭い棘を持った氷だ。しかも球体型である。それが肺の中を転がっているのだ。
男の肺は穴が開き、上手く酸素を取り込むことが困難になっていた。大きく息をしても小さく息をしたようになる。大半の酸素が肺の穴から抜け出ているのだ。
フェリは足元で呻く男を見ながら笑う。
本当はあの棘を長くして内側から串刺しなんてできるのだが、楽しむということであえてこうしたのだ。
フェリは十分に楽しんだ後、そろそろ飽きたので始末することにした。
「もう殺してあげます。よかったですね♪」
「あっ……あうっ……ああ……」
男にもはやしゃべることなど無理だった。
「『貫け!!』」
「がっ…………」
その言葉とともに男の胸から氷の棘が突き出た。
氷の棘は男の血で染まる。
男は目を開けたまま息をしなくなった。
「あ~楽しかったです♪ ふふふ、これからもこういうことがあればいいんですけど」
フェリは魔力を水ではなく火に変化させる。フェリの手のひらの上で火の玉が踊る。
その火を男の死体に投げつけた。
火は男の死体に当たると勢いよく燃え上がった。
火は炎へと変わる。
男を薪代わりに燃える炎はまるで男の死体を食べているかのようにも見えた。
「さて、これでこの烏野郎の仲間がいてもしばらくは大丈夫ですね」
フェリはこのような戦いを望んではいるが、すぐにとか何度もとかではない。ただ自分が満足できればいいのだ。今は満足しているので、もうお腹いっぱいというわけで烏の仲間を気にしているのだ。
死体は僅か数分で肉の塊から骨へとなった。
それを確認したフェリはリュックサックを下ろした場所へと向かった。
「はあ……やっぱり血で汚れていますね。あとで洗わないと」
フェリの視線の先にはフェリの血で汚れたリュックサックがあった。
フェリがあの男から逃げて油断していたところに攻撃されて付いた血だ。
リュックサックに付いた血の面積は大きく、一度丸洗いしなければならないほどであった。
「でも、傷はないみたいですし、よかったと思うべきでしょうね」
なにせ最初に弾幕というほどの攻撃をされていたのだ。リュックサックや服などに穴が開いていてもおかしくはなかった。どちらにも開いていないのはフェリが回避能力が高かったということと運がよかったからだ。
フェリはリュックサックを拾うと目的を母探しに切り替えて再び旅を始めた。