母親を斬りその感触を感じるというトラウマにもなりそうな体験をした咲夜は、大きな声を上げて泣き続けた。流れる涙は御魂の血に濡れた肌に沿って流れる。御魂の着る和服はフェリによって前部分を切り裂かれていたままだった。
「母様、もうこんなことはしたくありませんからね!!」
「わかっておる。私もお主らを悲しませたくはない。ちゃんと気をつける」
「絶対ですよ!」
咲夜は御魂を見上げながら言う。そこにフェリが咲夜の頭を撫でてきた。
「でも、お母様が封印状態でよかったですね。もしも封印を解除された状態だったらお母様の餌になっていました」
「そうじゃな。そうなっていたじゃろう。私もそうならないでよかったと思う。これからはそうならないためにもちゃんと血を飲むから」
「絶対ですよ。私の可愛い咲夜を泣かせるようなことをしないでくださいね」
フェリは御魂に対して悲しむような怒ったような顔をした。咲夜はフェリに撫でられて気持ちよさそうだった。ふと御魂から視線をはずしそれを見てフェリは微笑ましくなる。フェリはこの出来事で咲夜への愛情が深まっていた。
前は恥ずかしいと思っていたためといつもは撫でられる側だったので、こうやって堂々とはできなかった。でもそれでもフェリは咲夜の頭を撫でたかったので、前は咲夜が寝ている知らぬ間に撫でていた。
しかし、今はこうやって堂々と頭を撫でている。今回のおかげで愛情が深まったフェリはこうやって堂々と撫でることができる。ちなみに本人が起きて撫でられたのは片手で数える程度だ。
「む、何をいっておるんじゃ。言っておくが咲夜は私のじゃぞ」
「いえいえ、それはこっちのセリフです。咲夜は私のです」
「じゃから私のと言っておるじゃろうが!」
「何を言っているんですか!! 私のですって!!」
「早起きして寝ぼけているのか? 私のものじゃ!!」
「なっ! そっちだって歳でそろそろボケているのではありませんか? 最近のお母様は私に慰められることが多いですからね! ボケて幼児化したのでは?」
「い、言いよったな!? そっちだっていい年して私に甘えてくるくせに!!」
「私はいいんです! 娘が母親に甘えて何が悪いんですか!!」
「うぐっ……じゃ、じゃからといって咲夜を渡さんぞ!!」
「おや、話を逸らしましたね。言い返せなくなりましたか?」
御魂は咲夜を抱きしめつつ、フェリは咲夜を撫でつつ言い争う。すでにさっきの出来事を忘れているというわけではないが、重苦しい空気はなくなり和んでいた。咲夜はなんで私をはさんで言い争っているのだと思った。
それに話の内容が自分の意思を無視されているように感じる。いや、無視どころかあっても関係ないで話が進んでいる。だから、咲夜は怒った。
「もう!! 私は二人のものではありませんよ!! 私は私のものです!! 私は物ではないんですから!! そんな無意味な争いなんて止めてください!!」
咲夜は二人から離れる。そして、両手を腰に当て、
「分かりましたか!!」
一喝。怒った顔で睨み二人を見る。しかし、二人は、
「見てください、この咲夜を。怒っても可愛いです。咲夜と過ごしてきましたけど、私はまだ咲夜の魅力に気づいていなかったみたいですね」
「ははは、それで自分のものといっておったのか! 私は気づいておったぞ!」
「くすっ、そういうお母様は本当に気づいているんですか? お母様がいないときに私に甘える咲夜を。それはもう可愛らしいのですよ。お母様が旅に出たときの間なんて私に寂しいから一緒に寝てくださいって恥ずかしそうな顔で言ってきました。ああ、可愛かったです」
「くっ、まさかそんな!」
二人は咲夜の魅力を武器にすることによって、再び別の言い争いへと発展した。母親と姉が妹をめぐって争うのは、本人にとってはとても複雑だ。うれしいことはうれしい。しかし、どちらかを選ぶことはできない。
選べば選ばれなかったほうは絶対に号泣するだろう。だから止めようとした。そういう心遣いだったのに。なのになのに! 二人は止めるどころか再び争い始めた。つまりは争いの種を生んでしまったのだ。
「うぐ、うわああああん! 黒歌~! 白音~! 母様と姉さまが私の話を聞いてくれません!!」
「あらあら、かわいそうにね。いい子いい子。もう大丈夫にゃ」
どうしようもなくなった咲夜は黒歌と白音に泣きついた。それを黒歌があやす。咲夜の頭を撫でる黒歌もまた二人の気持ちがよく分かった。白音は見ているだけ。
(白音には敵わないけど咲夜ちゃんも可愛いにゃん♪ なんだか妹が二人になったみたい)
白音という妹がいる黒歌もシスコンだ。妹が可愛くて仕方がないというシスコンの黒歌は咲夜を妹として認識しかけている。咲夜の刀としての年齢は千年以上だ。しかし、人型としてはまだ黒歌のほうが年上で白音も咲夜より年上なのだ。
実は咲夜がこの中で一番歳が低い。それに気づいていないのは咲夜自身とまだ家族になったばかりの白音と黒歌だけ。だから、黒歌が咲夜を妹だと思うことは別に問題ない。そして、白音がそう思うことも。
しかし、いくら咲夜と家族となったとはいえ、血の繋がりのある姉が自分以外の血の繋がりのない者を撫でる姿を黙って見ていられるほど、白音の精神は強くない。
「はあ……姉さま、咲夜さんの頭をいつまで撫でる気ですか? 撫ですぎです」
「うにゃ? ふふ、もしかしてヤキモチかにゃ?」
「ち、違います!」
にやにやとする黒歌に白音は顔を真っ赤にして否定した。白音の気持ちを察した黒歌は、
「心配しなくても私がちゃんと撫でてあげるから。ほらおいで」
黒歌は空いた手を白音へ向けた。黒歌は二人を同時に撫でるつもりだ。手が二つあって一つは咲夜を撫でてもう片方が空いている。なのに順番ずつなんて黒歌にはありえない。空いているなら同時にする。
そうすれば白音も納得するはず。黒歌にとってヤキモチを焼いてくれるのはうれしいが、どちらかというとそうなる前になんとかしたいのだ。黒歌はそう思っていた。
「だから違いますって!! ………………………………本当はうれしいですけど。そこの御魂お姉ちゃんたちもしっかりしてください!! とくに御魂お姉ちゃんです!! いつまでそんな服であって服じゃない服を着ているんですか!! 着替えてください!! エッチです!!」
御魂の服の前部分は切り裂かれ、服としての意味を成していなかった。そんな服を着たまま未だに咲夜についてフェリとしゃべり続けていた。そのままでいる御魂は傍から見ると露出狂の変態でしかない。何十万歳も歳の離れた白音に怒られた御魂は、尻尾で体を包み服代わりにした。
家に帰るまでの処置だ。毛に覆われた尻尾は布団代わりにもなる。つまり体が冷えることはない。そして大事な部分は器用に尻尾に隠れていた。服の代わりとしての意味は十分に果たしているだろう。
「今はこれでよいか?」
「尻尾で、ですか。……まあいいでしょう。はあ……なんだかもう疲れました」
白音は額に手をやりうなだれる。この中でまともなのはどうやら白音と咲夜のようだ。フェリと黒歌はシスコン、御魂は家族のためならなんでもする親バカなのだから。
「もう帰りましょう。ふわああ……今日はちょっと早起きしたので眠くなりました」
口を手で隠しあくびをする白音。白音はまだ育ち盛りのため睡眠時間も長い。まだ寝たりないのだ。
「そうか。じゃが、まだ寝るなよ?」
「分かってます。まだ……寝ません。朝食は昼食と一緒がいいです。いいですか?」
「よい。昼までゆっくりと寝よ」
あまりよくない生活習慣だが、こうなったのも御魂が原因であるのでそれを許した。これくらいは許さないと。そこに咲夜を撫でることに十分に満足した黒歌が、腕を組んで御魂の傍に寄ってきた。
「御魂ちゃんは甘いわね」
「そうか? 別に甘くないと思うが」
「私なら今から昼まで寝ることなんて許さないのに」
「まあ、今日は見逃せ。今日のは私のせいじゃからな。私の願いじゃ。これではダメか?」
「……まあいいわ。でも、あまりこういうことを許さないでね」
渋々といった感じでよしとした。黒歌は白音の姉だ。数歳しか差がないが、親代わりでもある。だから、こういうことには厳しくしている。
帰ろうと思った御魂はフェリに近寄り、潤んだ瞳で見上げる。フェリはそれで御魂が何を求めているのかが分かった。やれやれとしながら御魂の脇に手をかけ抱きかかえる。御魂の小さな体はフェリの腕に収まった。
その際尻尾は九本から一本になっている。抱きかかえられた状態で九本はさすがに収まりきれない。
「ねえ、なんでフェリちゃんは御魂ちゃんを抱きかかえるの?」
黒歌はふと思った疑問を口にする。
「さあ? 分かりません! でも可愛いからいいじゃないですか!」
「自分の親を可愛いなんて言うのってどうなの?」
「私も抱っこしたいな! 姉さまだけずるいです!」
「ねえ、どうなの? 聞いてる?」
「でも、姉さまみたいに背が高くないから、あんなふうに抱きかかえることは無理ですね! なら、おんぶしかないです!」
「私の話、聞いてないわよね?」
咲夜は自分が御魂をおんぶする姿を想像して満足そうな顔をしていた。もういいや。黒歌は咲夜をほっといて眠さでうとうととする白音に近寄る。すでにまぶたが閉じそうだった。
黒歌は白音の肩に手をかける。
「まだ寝ちゃだめよ」
「でも……もう、無理です。眠すぎて……ふわああ…………」
「仕方ないわね。ほら、お姉ちゃんがおんぶしてあげるからこっちで寝なさい」
「うん……」
ふらふらとする足で黒歌の後ろへ回り、黒歌の首に手を回して背中に寄りかかった。
「んしょっと」
白音をうまく背負う。白音を背負ってすぐに黒歌の耳元で寝息がしてきた。
「ねえ、白音が寝ちゃったから早く帰ろう」
「ふむ、そうか。寝てしまったか。ならばすぐに帰ろうか。しかし、家までが遠いな」
御魂は離れた家を見る。確かに少々距離があった。距離は約一キロと半分。成人女性の体に近いフェリからしてみればそこまでない距離。しかし体の小さい御魂からしてみれば、その程度の距離は遠い。だが、それは御魂を除く者たちの意図的なものだ。
今いる御魂たちがいる地面は所々えぐれている。これは御魂との戦いのせいだ。もしもこれが家の近くであったら、家に被害はあっただろう。それを避けたのだ。フェリと咲夜にとっては冥界にあるこの家は第二の家。
親しみのある家だ。そこには思い出や執着もある。それを壊されるわけにはいかない。それは黒歌と白音もだ。わずか数日だったがこの家での過ごした日々は黒歌が悪魔になる前の幸せを思い出させた。
悪魔となって確かに食生活には結構余裕ができた。しかし、余裕ができたからといってそれが幸せとは限らない。むしろ悪魔になる前のほうが幸せだと感じていた。だから黒歌たちも家付近での戦いを避けた。まあ、まず最初の攻撃で家付近に焼けた地面がすでにあるのだが。
「お母様はこうやって私に抱きかかえられているじゃないですか。歩くのは私ですよ。そういうのはこっちの台詞ですよ」
「姉さま! 私もお願いします!」
「咲夜も何を言っているのですか。自分で歩きなさい。もしおんぶをしようにもお母様を抱えている状態では無理ですからね」
「なら、家でお願いします!」
「なんのためにですか……。意味ないじゃないですか」
「ただの自己満足のためです! 妹なんですからいいですよね? もしかして……私をおんぶするのは嫌なんですか?」
「まったく……ちょっとだけですよ。でも、ご飯を食べてからです。いいですね?」
「えへへ! わーい! 姉さま大好きです!」
「ほら、行きますよ!」
フェリはすぐさま咲夜から顔を背け、御魂を抱きかかえたまま家へと歩き出した。いや、早歩きで。フェリの腕の中で御魂は見た。咲夜の言葉に照れて頬を赤くするフェリを。御魂は照れるフェリと喜ぶ咲夜を見て微笑ましくなった。
「あっ、待ってください! 置いてかないでくださいよ~!」
「フェリちゃん、ちょっと足、速くない? というか、こっちも白音を抱えているのになんでそんなにスピードがでるの?」
そんな静止の声を聞かずフェリは進んでいく。フェリは母親の御魂はともかく、ほかの三人にはこの頬を赤くした顔を見られたくはなかった。恥ずかしすぎる。フェリはこの中では長女なのだ。
シスコンだがしっかりもののフェリは、そういう姿を見せるわけにはいかない、と思っていた。こうして早足でフェリたちは家まで帰った。家に帰ったあと、黒歌は白音を布団に寝かせた。だが、困ったことに白音は黒歌の服の裾を掴んでいた。
黒歌が指を一本ずつ丁寧にはずそうとするが、悪魔のルークである白音の力は強すぎて無理だったし、本気ではずそうとすれば本当ははずすことはできるのだが、黒歌自身あまりこういう状況が嫌ではなかった。
それに妹が甘えているのに自分が指をはずすなんてできるわけがない。なので黒歌は白音のそばにいることとなった。
御魂も寝室に一緒にいる。服はすでに着替えて巫女服ではなく、ボロボロになる前の和服と同じものを着ている。今は巫女服よりも和服がマイブームなのだ。
「ねえ、やっぱり白音は可愛いわよね?」
寝ている白音を見て、黒歌はふと呟いた。
「そうじゃな」
「ふふん。やっぱり御魂ちゃんもそう思うにゃ。白音が一番にゃん♪ 白音より可愛い人なんていないにゃ」
「ふっ、まだ甘いのう、甘い。とても甘い」
「な、なによ! それってどういう意味!? 白音が一番じゃないっていうの!?」
「そうじゃ。白音は一番ではない。聞くがお主は何を基準に決めているんじゃ?」
「それは自分よ! 自分が可愛いと思えば可愛いということなの!」
「くくく、ならば余計に白音は一番ではないな」
御魂の唇が弧を描く。
「私は違う。そして私からしてみれば、お主は間違っているのじゃよ」
「ど、どこが!!」
「全てじゃ」
「っ!!」
御魂の言葉に驚き、何も言えなくなる。
「どうした? 白音が一番なんじゃろう?」
「……そ、そうよ」
力の弱い返事を返す。御魂は寝ている白音の頬に触れる。白音はうれしそうにうっすらと笑った。その行動を見た黒歌にとってはそれは挑発されているような気がした。負けてもないもないのに、負けたかのようだ。
「私の意見は違う。この世に一番などない! したがって白音は一番ではないのだ!」
「なっ!?」
「お主は言ったな。白音を一番にした基準は自分だと。だとしたらその基準は一番を決めることには全くもって意味がない。人の好みは十人十色じゃからな。だからな。私は思うのじゃよ」
御魂は襖と襖のわずかに開いた隙間から見える日を見ていた。その表情はなにか遠いものを見るようなものでもあった。そしてかっと目が開かれた。
「この世に誰もが認める一番はなく、全てが一番なのだと! つまり皆が一番なのじゃ!」
「み、みんなが一番……!」
黒歌の頭上に電撃が走ったような感覚に襲われた。黒歌は御魂の考えによって、新たな道への扉を見つけた。それが今、開かれようとしている。新たな扉の鎖が少しずつ壊れていく。
「そうみんなが、じゃ。私もお主も白音も一番。自分が認めればみんな一番じゃ」
「な、なんてすばらしいの言葉なの!?」
「ふふふ、どうじゃ? お主にも理解できたか? この私の考えを」
「理解どころじゃないにゃ。私の考えまでにも影響したわ。そう。私は……間違っていたのね」
黒歌は手を畳に付く。顔は長い髪で見えない。
「いや、そうではない。ただこういう道もあったということじゃ。これは今の私の考え。お主の考えである誰かが一番というのも分からなくはない。私もかつてはそうじゃった。じゃがな、フェリや咲夜、そして新たに増えたお主らが家族となった。みんな可愛い。なのに誰かを一番などできるはずがないじゃろう。そこで至ったのじゃ。みんなが一番じゃと。それなら誰が一番などそんな難しいことはせんでいいし、私としてもすっきりする」
「そう……ね。みんなが一番でいい。一番が一人なんて誰も決めていないにゃん。だったらみんな一番で……!」
ついに黒歌の扉は鎖が全て壊れ、完全に開かれた。黒歌は寝ている白音を見て、御魂と目を合わせた。その目にはなにかの決意がある。黒歌はそれを言葉にした。
「私は言うわ。御魂ちゃんも一番可愛いから!」
「な、なにを言っておるんじゃ?」
いきなりで御魂は困惑する。まさか本人を目の前にして言われるとは御魂も思わなかった。しかし、御魂は照れて頬を染めることはなかった。