というよりもびっくりしてうまく飲み込めなかったのだ。ただ返事をするだけの余裕はあった。やっとのことで飲み込めたときには思考も冷静だったので、頬を染めて照れることはない。念のため大きく深呼吸した。
そして、御魂は改めて目を合わせた。
◆ ◆ ◆
なんだか黒歌の目が潤んでいるような気がする。しかも、頬が赤いし。あとなんでこっちに迫っているの? 私は今、迫ってくる黒歌とは反対に後ろへのげぞっていた。
「ねえ、御魂ちゃんには好きな人はいる?」
「ほ、本当にいきなりなんじゃ!? なんで聞く!?」
「別に……いいじゃない。とにかく答えて」
黒歌が私の体に身を乗り出す。もう私の上に覆いかぶさっていると言っていい。この状態は数日前を思い出される。思い出したせいで私の体が熱くなる。一瞬だけ私が暴走したときの感覚が、本能が蘇りそうになった。
しかし、ついさっき血を飲んだおかげでそれは暴走までとは行かなかった。きっと暴走してたらこのやわらかそうな黒歌の首元に齧り付いていた。そして、自分が満足するまで食べていたはず。
私はその光景を想像した。そんなの吐き気がするだけだ。
そう真面目に思ってもこの状態は変わらない。ピンチじゃないのになんだかピンチのような感じがする。なんでかな。ここには寝ているが白音もいるのに。
「答えて。いるの? いないの?」
怖い。本当に怖い。やっぱりピンチだよ。内容は別に恐ろしいものでもないのに。ただ好きな人がいるかどうか聞かれているだけなのに。こんなに怖く感じたのっていつ以来だろうか。久しぶりだ。
私はとにかく逃げるためにこの状態から物理的に逃げ出そうとするが、黒歌が私の両肩に手を置き押さえ込み逃げさせないようにされた。もう物理的では無理。誤魔化す? うん、誤魔化そう。
「そ、それよりもあの実が生っているぞ。食べないか?」
「別にいい。もうすぐで朝食だもん。それで早く答えて」
誤魔化せなかった!!
「い、嫌じゃ! 答えたくない!」
「……いるんだね」
黒歌は泣き出しそうになる。なんで!? 私、まだ答えていないのに! なのに、なんで!? どうしてこうなった。そんな泣きそうな顔を見たくはない。
「ごめん」
「待て!!」
黒歌は起き上がろうとした。しかし、なぜか私は引き止めた。なぜだろう。だけど、止めなければと思ったのだ。
「す、好きな人は……」
ちょっと迷った。だけど、言おう。誤魔化さずに。
「今はいない」
あえて『今は』と言った。つまりは『昔は』いたということだ。私にだって好きな人。ん? 人、なのかな? まあ、いいや。好きな相手はもちろんいた。私は何十万年生きた。
その中で好きな相手くらい一度くらいはいた。まあ、そういう思いがあったのはたったの一度だけだったのだが。うん、少ない。精神的にはまだとても若いのに。十代くらいなのに。十代と言ったら青春なのに。
私の答えに黒歌は表情を一変させた。泣きそうだった顔からちょっとうれしそうな顔になっていた。ただそれを隠そうとしているようだが。全く隠れていない。分かりやすい変化だ。黒歌が私の上からどいたので私も起き上がる。
「へ、へえ~、そう。いないんだ。そう、ありがとうにゃ。でも、今はってことは昔はいたんだよね。ち、ちなみに聞くけどその相手はどんな人だったの? 別に聞きたいわけじゃないの。うん、興味もない。ただ、ただね? うん、一応知りたいなと思って。本当に興味はないけど、念のために知っておこうと思っただけ」
どっち? 知りたいの? 知りたくないの? というか、念のためってなによ。
「まあ、いいじゃろう。別に知られても昔の話じゃからな。さて、まずお主は私が何十万年も生きていると知っているか?」
「ううん、知らなかったけど結構長く生きているだね。でも、私はそんなこと気にしてないから。だから、歳を知って失望していなくなるなんてことにはならないにゃん」
「あ、ありがとう。それで今から数万年前の話。今でもはっきりと覚えている。私がこんなにはっきり覚えるなんて滅多にないことじゃぞ。なにせ何十万年も生きているんじゃからな。まだ忘れたことのほうが多い。覚えていることのほうが少ない。これも思い出話になるが、はっきり覚えていることは私の母親と兄妹との日々、今の家族の日々、そして今から話す友であり私が好きになった者との日々じゃよ」
「………………………………のろけ」
「ん? なにか言ったか?」
「ううん、なんでもないにゃ」
「そうか」
私はゆっくりと思い出す。私が狐だった頃から今までを。こうやって思い出すと忘れていたことも思い出す。嫌なことから楽しいことまでを。さて、本当はもっと思い出に浸りたいけど、今は黒歌とのお話。
「ごほん、あやつらに会ったのは――――」
「ちょっと待って! 『あやつら』ってことはまさか複数人なの?」
「う、うん。そ、そうじゃな」
「……なんで頬を染めているの」
「と、とにかくあやつらに会ったのは友達を作るためじゃった」
「友達を? なんで?」
「な、なんででもいいじゃろう」
言えるわけがない。従者である式紙に友達を作れと叱られたなんて。とても恥ずかしすぎる。絶対にフェリたちにも知られたくはない。
「私が会ったときあやつらは喧嘩をしておった。それだけなら別に何もなかったし、無視していたので友とはならなかったじゃろう。しかしじゃ。しかし! あやつらは私のことを小娘と呼んだんじゃ!! この姿ならともかくそのときはあの封印解除した成人した姿じゃったのにじゃ!! 今ならモデルにもなれるくらいの体つきなのにじゃぞ!? なのに子ども扱いされたんじゃ!! いや、ある意味それは若く見られているということかでは……? ふむ、じゃがいくらなんでも小娘はな……。せめてもう少しなにかあったと思うのに」
「ちょっと。話が逸れてない?」
「ああ、すまん」
「それでどうなったの?」
「むかついて倒した。もちろんボロボロに」
「なんでもちろんなのよ……。でも、やっぱり御魂ちゃんって強いんだ。聞くけどその人たちってどのくらいの強さなの?」
「そうじゃな……。昔の話じゃしな。多分魔王よりは上じゃった。」
「うわあ、魔王以上じゃなくて魔王より、なんだ」
「私が戦った中では一番強かったな。まあ、こうしてボロボロにしたおかげで仲良くなれたのじゃ」
「な、なんだか複雑なものね」
そうだろうか。私はあまりそう思わなかった。そういえばあの時私やお姉ちゃんたちが死んで以来の大怪我だったな。いや、そのときよりもひどかった。だって上半身と下半身が真っ二つになったのだから。
でも、怪我大きすぎたから逆に痛くはなかった。これも脳の働きのおかげだ。人間での脳の話だが、人間は一定の痛みを超えると痛みを遮断することがあるらしい。なので大怪我をした直後は痛みを感じないとか。
私は妖怪だがおそらくそれと同じような効果が得られているのだろう。もしもそんな機能が働かなかったらあのとき、気絶していた。そう思うと今度からは油断しないことが大事だと思った。
うう、今考えても気絶したら食べられていたかもと思う。しかもその私を食べる相手が自分の好きになる予定の……。でも、世の中にはそういう愛もあるらしい。愛する人を食べることで自分の愛を満たす。
そんな愛も。まあ、これは食べるほうの視点だけど。そして、逆に愛する人に自分を食べて欲しいとかも。例えば自分の寿命が相手よりも短くて、だから自分を食べてもらうことで自分は愛する人の中で行き続けると考えたりと。
もちろん私はそんな愛はいやだ。ちゃんと愛し合いたいよ。互いに生きて。
「それからは交流が多くあって、親友になって、じゃな」
「片思いだったの?」
「いや、私はあやつらを好きになって、あやつらは私を好きになっておった。じゃが、だからと言って私はあやつらに夫婦的な関係になろうとは言わなかった。いや、言えなかった、じゃな」
「なんで?」
「私とあやつらがへたれじゃったから。あと、あやつらがいなくなったせいじゃ」
「いなくなった? なんで?」
「知らん!! なにも言わずにいなくなりおった!! 本当にふざけるな!! 言葉にはしなかったけど、私たちは互いの気持ちを知っていたのに!!」
思い出しただけでも怒りが湧き出てくる。そして、悲しみも。その悲しみは家族を失ったときと同じで、その怒りは自分の無力を責めたときと同じだった。それはもう止められない。
感情が暴走した。そして、暴走した感情に私の力が呼応した。部屋が私の力によってきしみ始める。だが、それに気づいているのは黒歌だけ。私は感情が高まり気づかなかったのだ。
「だから、私の気持ちだって知っていたはずなのに!! 私たちは約束した!! ずっと一緒だよって!! だけど、破った!! 勝手にいなくなった!!」
「分かった、分かったからちょっと落ち着いて!! 家が壊れちゃう!!」
「落ち着く!? 無理に決まっているでしょう!! 私はショックで数年寝込んだんだよっ!! そして、泣いた!! 毎晩毎晩ずっあぐっ」
言葉の途中で私は殴られた。目の前で話を聞いていた黒歌に。殴られた私は畳の上に横たわる。左頬が痛んだ。痛い。とても痛い。黒歌は平手打ちじゃなくグーで殴った。多分骨が折れた。だが、それは確認はできない。
すでに吸血鬼の再生力が働いていたから。でも私はそれで少し落ち着いた。あのままだったらきっと封印が解けていた。そして、ここら一帯を吹き飛ばしていただろう。
「落ち着きなさいと言っているでしょう!! 家を壊す気!? ここには白音も寝ているのよ!!」
「す、すまんかった。あと……ありがとう」
「御魂ちゃんがショックなのは分かるけど、今は娘であるフェリちゃんと咲夜ちゃんがいるのよ。それでも昔の好きな男を引きずるの?」
「そ、そういうわけじゃないし、私はまだ付き合ってもふられてもいない。じゃから別引きずってはいない。ただ……」
「忘れられないの?」
私は小さく頷いた。そう、忘れられないのだ。勝手に私の前からいなくなったから。だから忘れられない。
「そう。忘れられないんだ。ねえ、なら忘れよう?」
「……どうやって」
簡単に忘れられるならもうそうしている。できないから思い出したとき、あんなに感情が蘇ったのだ。多分、忘れられない。だって、本当に好きだったんだもん。本気だったんだもん。そんな好きな相手を簡単に忘れるなんてできるわけがない。
しばらく黒歌は恥ずかしそうに頬を染めて、何かを考えていた。こっちは色々と感情を暴走させたためクールダウン中。そして、何かをやっと決心したのか、私と視線を合わせた。
「あ、新しく好きな人をみ、見つけるってのはど、どう!?」
「…………」
「そうよ! 新しい人を見つければいいのよ!」
「さっき娘がいるからって言ったじゃろう……」
「そ、それは……別にいいの!! それよりも見つければいいのよ!! そ、そういう人は近くにいないの?」
「近くに、か」
新しい好きな人。誰がいるだろうか? 思い浮かべてみる。私が知って関係が深い異性。誰がいる? まず思いつくのはサーゼクスだ。サーゼクスとは咲夜を取り戻した時からの付き合いだ。
プライベートでの付き合いは多い。例えば食事とか。よく夕食を一緒に食べた、二人きりで。ん? 思い返せば二人きりで食事をしたときに何か殺気のようなものを感じていたけど、それってまさかとは思うけどグレイフィアの嫉妬からきたものだったのだろうか。
……………………………。あ、ありえる。自分の夫が別の女性と一緒に食事だもん。嫉妬して当たり前だ。それにいつもその食事の翌日のグレイフィアは私に対して冷たかった。あれはそういう意味だったのか。
今頃気づくなんて本当にグレイフィアには申し訳ないことだ。今度からは色々な誤解をさせないためにもグレイフィアも連れて行こう。
うん、やっぱりサーゼクスはないね。サーゼクスのことは好きだけど、それはどちらかというと友人としての好きだもん。それにすでに既婚者だもん。グレイフィアから奪うわけにもいかない。
さて、サーゼクスはないから次は誰だろう。私には異性の知り合いなんてあまりいない。いや、あまりどころか数人くらいしか。そうなると堕天使のアザゼルくらいか。アザゼルともプライベートの付き合いがある。
主にアザゼルの研究についての、だが。でもそれは結構面白いものだった。今でも分からない自分の謎の知識が役立っていた。本当に昔の私は何をしていたのだろうか? 自分が怖くなるよ。
二天龍との関係をちょっと変えました。