咲夜が向かったのを見送った後、フェリは黒歌に向き直る。
「ごほん、とにかくいいですね」
「う、うん、分かったわ」
「ならいいです」
どうやらさっきのことで説教をする気が失せたらしい。あっさりと終わった。まあ、いいんだけどね。こっちも恋人となった黒歌が説教させられるのを見続けるのは嫌だった。私たちの自業自得だけど。
説教が終わったフェリは先ほどまで白音が寝ていた布団をきれいにした。これは白音のためだ。白音は朝食を取らずにこのまま寝る予定だからだ。
「お母様、白音をこちらに」
「ん、そうじゃな」
もうすっかりと熟睡してしまっている白音を横抱き、つまりお姫様抱っこで抱える。うん、やっぱり軽いね。そう思うほど白音は軽かった。私の身体能力のせいとも考えられるが、それでも軽かった。
私も同じくらい軽いのだろうか。私と白音の背丈はまだ差はあるが、それでもあと数年で同じくらいの背になる。だから今の白音よりちょっと重いくらいでいいだろう。やっぱり同じくらいだね。
「うぅ~、いいないいな~。白音ばっかりいいな~。私だってされたいのになあ~」
白音を見て羨ましがった黒歌が頬を膨らませて言う。
「お主は白音の姉じゃろう。ちょっとは我慢せい。あと体格差があって無理じゃ」
「そうだけど我慢にも限度があるにゃん。白音ばっかりキスされたり今みたいに抱えられたり……。それに御魂ちゃん、白音に自分のだえ―――」
「わああああああぁぁぁぁっ!! そ、それ以上言うな!!」
本当は手で塞ぎたかったのだが、白音を抱えていたため大声で遮った。あ、危なかった。もしあのまま言われたらフェリの説教が始まったり、私が恥ずかしさのあまり倒れるところだった。幸いフェリにはばれていない。ただ黒歌の嫉妬を微笑ましく見ていた。どうやらこれは許されるらしい。
「ほら、お母様。黒歌といちゃつくのは後にして白音を寝かせてください。あとあまり大きな声を出されると白音が起きます」
「だって黒歌が……」
「はいはい、分かりました。それよりも早く渡してください」
フェリは白音を受け取って、そしてそうやって受け流した。くっ、全部黒歌が悪いんだ! 黒歌があんなことを言うから! 私は黒歌を涙目で睨んだ。だが、黒歌には聞かないどころか、勘違いされて、
「うにゃ? どうしたの? そんなに私のこと見つめて」
と、ニコニコ顔で言われた。見つめていない! 睨んでいるの! そう言いたいのだが、きっとまた都合よく勘違いされるに決まっている。
「私は先に行きますので、早く来てくださいね」
「分かっておる」
「分かっているにゃん」
私もお腹空いたんだもん。すぐに行くよ。
「特に黒歌」
「なに?」
「お母様を襲わないように!」
フェリは黒歌にそう注意した。え? それ、どういうこと? 黒歌は私を襲わないよ? そう思い黒歌を見るのだが、黒歌はあははと乾いた笑いをし、顔と目をフェリから逸らしていた。そして、その状態で、
「も、もちろんにゃ! 襲わない!」
私は思った。もしフェリが注意しなかったら私、襲われていたんだと。でも痛くされないのなら襲われてもいいかなと思ってしまった。やっぱり私もちょっと頭がおかしくなったようだ。本当にもっと自重しなければ。
フェリは黒歌のその言葉を聞いてジト目で黒歌を見ていた。そしてため息を付く。どうやらあきれているらしい。
「えっと、お母様、この子どうします? 追い出したほうがお母様の身のためじゃないですか?」
「そ、そうかな?」
「そうです」
きっぱりと言われた。やっぱり黒歌のことあまりよく思っていないのだろうか。そう感じてしまう。でもフェリのことだから多分本気で言ったわけではないのだろう。しかし、私は本気になってしまい、ちょっと怒りがこみ上げてきた。私は鋭い目でフェリを睨むように見る。フェリは一瞬、びくりと震え、顔が強張った。
「言っておくが黒歌は追い出さぬ」
「……それは黒歌がお母様の恋人だからですか?」
「それを抜きにしてもじゃ。黒歌はすでに家族じゃ。私の家族となった以上、黒歌を追い出さぬ」
「……分かりました」
フェリは私に頭を下げた後、黒歌に向き直る。黒歌は別に先ほどの会話について特に気にしていない様子だった。いや、冗談と分かっていたからだろうか。
「黒歌、ごめんなさい」
頭を下げた。フェリも冗談で言ったが、思うところがあったようだ。本気で謝っていた。
「気にしてないわ」
「ありがとうございます」
「でも」
「でも?」
黒歌がちょっと悪戯心を働かせる。
「満面の笑顔で黒歌、だ~い好きって言ってくれたら嬉しいかな」
「!! い、言えるわけありません!」
「そ、そっか。そうだよね……。本当は私のことなんて……」
黒歌が今にも泣き出しそうな顔をする。私にはそれが半分以上本気だと分かった。……残りはいたずら心だね。
「ち、違います! そういうわけではありません! 別に黒歌のことが嫌いとかじゃなくて、その」
「ん? なに?」
フェリがそうじゃないと言ったせいか、泣き出しそうな顔はなくなり、その代わり完全に楽しむような顔になった。あっ、何か言うつもりだな。そう思った。
「じゃあ、本当は好きなの?」
「き、嫌いか好きかと言われれば好きですが……」
「なら言って」
「で、ですから!」
「やっぱり……本当は……」
「違いますって!! ちょっとは話を聞いてください!!」
黒歌は顔を伏せてわざとらしく泣き出しそうな顔をしていた。その姿はフェリからはよく見えずに私のほうからはよく見えていた。ちょっと笑っている。
「ほら、顔を上げてください」
黒歌が顔を上げる。
「え、えっとですね。黒歌の好きな人はお母様ですよね?」
「うん、じゃないと恋人にならならないもの」
「そうですよね。ならそういう言葉はお母様に言ってもらうほうがいいと思います。私が言う言葉ではありませんよ。だから言うわけにはいけません。ですから言わないのは黒歌のことを嫌いとかではないんです。分かってくれましたか?」
「うん」
黒歌は頷いた。しかし黒歌はくすりと笑う。その顔は先ほどの話を納得していなかったものだ。
「でもね、それでも言ってもらいたいな~って」
「さっき言ったことを聞いてなかったんですか!? 私がなんて言ったかもう忘れたんですか!?」
「もちろん覚えているにゃん♪ 御魂ちゃんに言ってもらえって言ったよね」
「覚えているなら何故!」
「好きってね、色々と種類があるのよ」
なんだか私を恋人にするときに言った言葉が始まったように感じた。あの時も黒歌が言った言葉によって私の考え方が変わって黒歌のことをそういう意味で好きになった。もしかして黒歌は同じようにフェリの何かを変えるつもりなのか。
そして何かを変えられたフェリは黒歌の言ってほしいその言葉を簡単に言ってしまうのだろう。フェリ、もしそうなっても大丈夫だからね。私も同じようにそうなったから。心の中でフェリに言った。
「私が白音に抱く家族としての好きとか、何か可愛いものに対する好きとか、友人としての好きとか、そして私と白音が御魂ちゃんに対して抱く好きとかね。私がね、フェリちゃんに対しての持っている好きはね、友人として家族として好きなの」
「つ、つまり?」
「私が言ってほしい大好きは御魂ちゃんに対してと同じ好きじゃなくて、家族や友人としての好きなの。だからね、フェリちゃんが私に対して告白じみたことを言っても問題ないということよ♪」
「いえ、告白じみたことを言う時点で問題かと……」
「そう? 私は気にしないから問題ないけど」
「気にしてください」
私は黒歌と同じであまり気にしないけど、度が過ぎれば嫉妬に狂うかも。あのバカ二匹が姿を消したせいでいなくなること、奪われること、とにかく私の前から消えることについてひどく心を動かすのだ。だからいくら娘とはいえ、恋人を奪われるとなると嫉妬に狂いちょっとひどいことをしてしまうかもしれない。それほどまでに消えることに恐怖しているようだ。
「そういうことだから言って? ね?」
「ですが……」
「私のこと嫌いじゃないんでしょう?」
「そうですけど、でも……」
「ねえ、お願い。言って。本当にお願い! 言ったら多分、いえ、絶対に今よりは仲良くなれるから!」
黒歌が上目遣いでフェリに急接近し頼む。二人の間に隙間はなく、密着した。黒歌の成長途中の胸とフェリの完全に成長し大きくなった立派な胸が互いの服越しに触れ合った。触れ合うと同時に二人の胸は形を変える。特にフェリの胸は服越しでも分かるほど。今の私では起きない現象だ。その二人の姿はとても仲のいい者同士に見えた。
「あっ」
そんな声を上げたのはいきなり急接近されたフェリではなく、ただ横で見ていただけの私だった。声に気づき二人は私を見る。
「うにゃ? どうしたの?」
「どうしましたか?」
「い、いや、なんでもない」
きょとんとした顔で尋ねらた。それに動揺を隠すことができずに答えてしまった。しかし、二人がそれを気にした様子はなかった。再び黒歌が上目遣いで頼み始めていた。私はなぜ自分が声を上げたのかは理解していた。それは嫉妬なのだ。
黒歌とフェリが密着したことで嫉妬した。けれどその嫉妬は黒歌がフェリにくっつき、フェリの魅力で黒歌を奪ったとかではなくて、難しいことだが、フェリとそういう風に近づいたりするのは私だけという嫉妬と黒歌にそういう風に近づかれるのは私だけという嫉妬が重なった嫉妬だったのだ。
奪われることに恐怖するが故にこういう変なふうに考えてしまうのだろう。これは独占欲なのだ。二人が私のこの独占欲の存在を知ったらどうなるだろうか。不安になりそんなことを考えてしまった。私はやっぱり幼い。成長したのは体だけということか。……今は子どもの体だけど。
二人がそういうものではないと分かっているのに嫉妬してしまうなんて。本当に本当に幼すぎる。
「で、どう? 言っておくけど言ってもらえるまでずっとこうだからね」
「うぐっ、で、でも朝食が」
「そうね。ならなおさら早く言ったほうがいいんじゃないの? 咲夜ちゃん、また泣いちゃうかもよ?」
「黒歌の選択肢には言わなくていいというものはないようですね」
二人は私が一人負の感情に包まれている中、密着したまままだ続けていた。私はその間に自分を落ち着けていた。
「ねえ、言って言って!」
「はあ……分かりました。言います。言ったらいいんですよね?」
「うん、そうよ」
「えっと、黒歌、だい―――」
「あぁ、そうそう。ちゃんと笑顔で言ってね。じゃないと何度も言ってもらうからね」
適当に言おうとしたフェリが途中で止められ、あまつさえ衝撃的なことを言われたので口を開いた状態で固まった。そして、口をパクパクとさせた。しばらくしてフェリは落ち着く。
「や、やらないとダメなの?」
「ダメ!」
「う、ぐぐ、わ、分かりました」
フェリは眉を寄せて難しい顔をしたが、すぐに元通りの顔になった。フェリは大きく息を吸って吐く。どうやら決心したようだ。なんだか死にに行くみたいな顔だよ。別にそういうのじゃないよね。ただ笑顔で言うだけだよ。
フェリはゆっくりと笑顔になっていく。ゆっくりゆっくり。そして完全に笑顔になった。……頬が引きつってとても不気味な笑顔だったが。
「く、黒歌、だ、だ~い好き!」
「「……………………」」
私と黒歌は静かに見ていた。時間が少し経つのに私はともかく、言って、とお願いした黒歌は全く反応せずに表情が固まっていた。正直フェリのそれは反応したくてもできないものだった。なんだろうか。あまり良いものじゃなかった。
いつもの調子のフェリが素の感情でそう言ったなら私はフェリに抱きついて可愛い! って言うだろう。でも、このフェリに対しては無理だった。
「ぐすっ」
何も反応がなかったのでフェリがついに泣き出しそうになった。だんだんと目元に涙が溜まる。
「ご、ごめんね! 泣かないで! ただ可愛すぎて反応できなかっただけだから! 本当に! うん、本当にとても可愛いかった!」
黒歌が慌ててフェリを慰める。内容は絶対に嘘だ。娘大好きの私でさえいいものだな~と思わないのだ。まだ家族になったばかりの黒歌がそう思うのはありえないと言っていい。
「黒歌……」
「ね? うん、可愛かったにゃ」
「嘘です」
「え? ちょ、ちょっと待って。な、なんで?」
「だって……」
「だって?」
本当になんで? と私も思っているとなぜかフェリが私を見てきた。
「だってお母様の顔がそうじゃないって言っていますから!」
黒歌がばっと振り返り私を見た。フェリに言われて慌てて顔に触れる。確かにそのようだ。全く可愛いとか思っている顔ではない。
「御魂ちゃん!!」
「す、すまぬ……」
私は謝るしかない。だが、
「ちゃんと隠してよ!!」
黒歌のこの一言は余計だった。この一言は黒歌が言ったことは全部、嘘だって言ったと同じだからだ。フェリはもう泣き出していた。
「もういいです。いいですよ。ぐすっ、似合わなかったことをしました……。後悔しています……。こんな惨めな気持ちになるならやらなければよかったです……」
私は本当にねと思わず心の中で同意してしまった。ああ、どうやって慰めればいいの? フェリを慰めたかったけどなんと言っていいか分からなかった。
あれ? おかしい。本当はこの話で朝食食べて次の物語に行くつもりだったんです。本当です。けれどなぜかまだ続きます。
でも、まさか二匹の猫の話だけ今までの話のおよそ半分を占めるとは思いませんでした。
原作突入した際のシナリオはすでにできているので、そちらを早く書きたいのですが、猫の話でこのくらいなのであとまだかかりそうです。
アドバイス等ありましたらよろしくお願いします。