生き残った奴ら全員二周目の【推しの子】   作:カノンだよ

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『Bのリベンジ』

夜。町の灯りが緩やかに消えていく頃、ルビー、壱護、ミヤコの三人は決まって事務所の奥へと集まる。部屋の隅に置かれた小さなランプだけが、空間に静かな明かりを落としていた。

 

「……よし、これで準備は整ったな」

 

「ええ、記憶持ちとは大方合流できたし、必要な情報をすべて洗い出せた」

 

壱護とミヤコの前には、膨大な量となったメモや写真、書類の山が積みあがっている。これらは全て、ここ数か月にわたり仲間たちの力を借りて調べ上げたものだ。

 

ただでさえ多忙な普段の仕事と並行しながらの情報収集に、睡眠時間は削られ、慢性的な寝不足。アイやアクアの前では平然を装っているものの、それも次第に難しくなりつつあった。

 

だが、それすら些細な問題に過ぎない。

 

――カミキヒカルを殺さずに勝利し、全員で未来を迎える。

それが並大抵の事ではないのは、最初から分かっていたはず。だからこそ、この結末を掴むために惜しむ余力も、弱音を吐く暇も、残されてはいない。

 

「……? どうした、ルビー」

 

ふと、傍で押し黙っているルビーに気づき、壱護が目を向ける。彼女は視線を落としたまま、拳をギュッと握りしめていた。

その様子を見て、壱護は数秒黙ったのち、ポンと優しく頭に手を乗せる。

 

「……怖いか?」

 

「…………うん」

 

小さくかぼそい声。強がりもせず、怯えを素直に認める姿に、二人はそっと息を吐く。

当然だ、全てを失ったあの日が、再び訪れようとしている。焦燥感や恐怖を募らせ、現実から目をそむけたくなるのか当然の事。

 

「……そっか。俺も怖えから、安心しろ」

 

自分自身、そんな励ましになっていない無茶苦茶な言葉をかけるのが精いっぱいだった。

戦って、戦って、戦い抜いた果てに――手の中に残ったのは、僅かな希望と、その何十倍もの絶望だけ。この恐怖を振り払う方法があるとすれば、自分達の力で、結末を捻じ曲げる以外に存在しない。

 

ならば、これはリベンジだ。

 

遠い未来から舞い戻り、自分を責め、絶望し、もう限界だと嘆き――それでも立ち上がった者たち全ての思いが詰まった、全員でのリベンジ。

故にその結末は、誰もが「よく頑張った」と自分を褒められるような、そんなハッピーエンドの他にあってはならない。

 

ガキどもは今日まで、本当によく頑張ってくれた。ここからは、俺たち大人の出番だ。

 

 

 

「……全部、終わらせるぞ」

 

――ついに、彼らの二週目の戦いの火蓋が切られる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日、新野冬子――ニノの口から語られたのは、苺プロの連中が僕を警戒し、ドーム公演当日に菅野良介を差し向ける計画すら予期しているという話だった。

一度も口にしたことのない計画が、何故漏れたのかは分からない。だが、何も問題はない。

 

何故なら僕は、現時点で何もしていない。誰も傷つけていない。彼らがどれだけ警戒しようと、それはただの「疑い」に過ぎないからだ。

そして、これから先も僕は誰も殺さない。だからニノに聞かれても、僕はあくまで無邪気に首を傾げた。

 

「僕がアイを……? 何のことだろうね?」

 

物騒だなぁと軽く苦笑しながらニノの言葉に返事をする。

僕はずっと、人の話を聞いて、ほんの少し導いてあげるだけ。虫一匹も殺せない優しい紳士だ。

殺人教唆にだってなりはしない。だからこそ僕は――他者の命の重さを、何の負担もなく享受し続けることが出来た。

 

ドーム公演当日は諦めるしかないが、まあそれでもいい。

 

アイの熱狂的な信者『菅野良介』を仕向けてのアイ殺害。

本来、あれはいつだって構わないのだ。ドーム公演の日を予定していたのはほんの粋な計らいで、それ以上の意味はない。

こうなった以上、一度アイのことは諦めて――

 

 

 

「……いや」

 

無理だ、無理だ、無理だ、無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ。

中止なんてあり得ない。延期することさえ、到底許容できそうにない。

一分、一秒でも早く。この手で君の命を終わらせ、その重みを、わが身に刻みつけたい。

 

だって、あれは特別だった。

 

誰よりも美しい器を持ちながら、その中は限りなく空虚で、歪な魂。

吸い込まれるような宝石の瞳。男を無条件に欲情させるしなやかで健康的な肢体。天女ですら霞むどこまでも透き通る声。

あれはもはや人ではない、芸術品の類。神が作りたもうた――人類の欠陥品だ。

 

やはり死んでもらおう。延期も耐えられないのなら、そうだ。逆に期日を速めるのはどうだろうか。奴らの思惑を、こっちが利用してやればいい。

 

「……十二月二十五日、ドーム公演当日。当然、そこで何かあるかもと警戒してるよね」

 

だからこそ、結果としてその直前。来る日に備えている数日前が一番『緩む』のだ。そして、ドームの直前でアイが確実に家にいて、菅野良介の襲撃が上手く行く日付となると、

 

「――十二月、十一日」

 

本番二週間前。そこが唯一、リハも仕事もない完全休養日である、アイが一日中家にいる日。本来彼女の細かな予定など知る由もないが、幸い彼女の方から教えてくれた。

 

『うちの子たちは賢いし、私達のこともきっと分かってくれるよ』

 

アイが僕に子供たちにあって欲しいと住所を伝え、僕が忙しいからと断った、その予定日。

 

「……ふっ、あははっ」

 

抑えきれずに、笑みがこぼれる。日頃、冷静沈着な紳士を演じている自分にとっては、実に悪い癖。だけど仕方ない。こんなにも素晴らしい舞台が整ってしまったのだから。

菅野良介には、こう言えばいい。

 

――ドーム公演までに君がアイに気持ちを伝えられる、最後のチャンスだよ、と。

 

ほんの少しの善意を装い、彼に住所を伝えればいい。

アイに裏切られたと信じてやまない、身勝手なファン。彼が持つ愛憎の狂気は、きっと僕の期待を裏切らない。

 

「さあ、僕の手足となって――アイの最も美しい最期を、届けてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつん、かつん。

 

舗装された道路を踏みしめる硬質な足音が、静寂の中に響く。

一歩、また一歩と、その場所へと確実に近づいていくたびに、指先がじっとりと汗ばむ。

それが緊張なのか、それとも昂ぶりなのか――自分でも分からない。

 

視界の先に悠然とそびえたつのは、中目黒前の高級タワーマンション。

内部にはバーやプールといった豪華な設備が揃い、周辺のアクセスも抜群。芸能人や資産家がこぞって住む、まさに『選ばれた者の住処』だ。

俺たちが彼女を応援したい一心で費やした金。その行先は――こんな湯水のような使われ方なのか。

 

「……ははっ」

 

喉の奥で乾いた笑いが込み上げる。

 

ああ、なんて滑稽なんだろう。

アイドルという仮面をかぶり、ファンの愛を食い潰して、豪華な暮らしを享受しているくせに。そのくせ、平気な顔で嘘をつく。誰よりも愛される資格があるかのような顔をして、俺たちを欺き続ける。

 

そんな存在が、許されていいはずがない。

 

「……子供(ガキ)なんて、こさえやがって」

 

タワーマンションのエントランスに続く階段を、一歩ずつゆっくりと上る。その際、手のひらに滲む汗を、そっと花束の茎に擦り付けた。

腕に抱えた十数本の白薔薇。これは、ドーム公演のお祝いだ。そして、その奥に潜ませたもう一つの『贈り物』もまた、彼女への祝福に他ならない。

 

タワーマンションの入り口。

厳重なセキュリティも、住人の後ろにぴたりと続けば突破できる。正直ここがかなりの難関なのだが――何故か問題なく通れた。

先に通過した住人――メガネを掛けた小学生くらいのガキとガタイの良い父親。この親子が鈍感なお陰だ。

 

ここさえ超えれば、後の話は早い。ああ、早く会いたい。会いたい会いたい。彼女に、

 

最推しだったアイドル――星野アイに。

 

 

 

そうして気づけば、アイの住む部屋の前に来ていた。

 

「この中に……アイが……」

 

ここまで驚くほどあっさりと辿り着けた事実に、心がざわつく。手のひらにじっとりと汗が滲み、抱えた白薔薇の花束をぎゅっと握りしめる。懐に隠した贈り物――煌びやかなナイフの感触を確かめ、静かに息を整えた。

 

ピンポーン。

 

澄んだ電子音が、静まり返った廊下に響いた。

その瞬間、胸の奥で何かが跳ねる。どくん、どくん、と心臓が嫌に大きな音を立てる。指先がかすかに震え、喉が渇く。

 

来る。

 

部屋の中から、ドタドタと足音が近づいてくる。

それがアイならば、すぐにナイフを突き立てる。もし子供が出てきたなら、アイの目の前に晒して、出来る限りの絶望を与えてやる。どの道一人も逃がす気はない。

 

カチャリ――。

 

ドアノブが回る。息を殺し、指先に力を込める。ナイフの重みを確かめ、心の中で手順を確認する。

アイか、それとも子どもか――どっちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、新聞か? 悪いがうちはそういうの、間に合ってるぞ」

 

「……………………は?」

 

現れた人物を前に、良介は凍りついた。

無理もない。アイじゃなければ、子供でもない。そこに立っていたのは――自分より一回り大きな無精髭の中年男だったのだから。

そして、突然の事態に脳の処理が追いつくよりも早く、

 

「……なんてな!」

 

「――あぐっ!?」

 

情けない呻き声と共に、視界がぐらりと揺れた。

 

腹を思い切り蹴られた。その衝撃で体はのけ反り、廊下の地面に思い切り叩きつけられる。何が起こったのか分からぬまま、反射的に懐からナイフを取り出すが――それすらも知っていたかのように反応され、足で手首ごと弾かれた。

 

ナイフは廊下をカランと転がり、そちらに気を取られた瞬間――背中に重い衝撃。

体に伸し掛かられ、床に組み伏せられている。

 

「おーおー、若い体ってすげえな。自分の想像よりずっと動く」

 

「…………っ!!」

 

視線を上げて、自分に覆い被さる男の顔を睨みつける。首まで伸びた茶髪のロン毛。それを後ろで束ねた、どこかだらしない風貌。

 

――誰だ、こいつ。

 

こんな男、見覚えがない。アイの知り合いか?

いや、そうだとして、なんでこいつはアイの部屋から出てきた。カミキさんの話じゃ、今日はアイと子どもしかい家にいないはずなのに。なのに、何故。

――いや、そんな疑問は全て後回しだ。

 

「いやー案外俺もスタントマンとか目指したりしてみても――」

 

「ふんっ!!」

 

「うおっ!?」

 

何やら独り言を呟きながら浸っている男の隙をつき、思い切り体を捻る。拘束が一瞬緩んだのを見逃さず、渾身の力で抜け出した。そして、

 

「……がっ!!」

 

その体にナイフを突き立て、男が苦しみで丸くなった隙に走り出す。

助かった。どうやら、ボディーガードなどプロの類ではなかったらしい。

 

今は逃げ切れれば。捕まらなければ、またやり直せる。何度だってアイのところまで辿り着いて、何度だって殺してやれる。むしろ、自分を狙っている存在が公になれば、彼女は日々怯えて暮らすことにもなる。

 

それも悪くない。

 

いつの日か、絶対に殺す。俺の人生を食い潰して裏切って、一人だけのうのうと幸せになろうとしているあの女に弱者の一撃を喰らわせてやる。そうだこれは下剋上だ俺という一人の人間が結果を示す事で多くの弱者達の希望となりいつの日か世界にはしんのびょうどうとこうへいがおとずれるそしておれはそのだいいちにんしゃとしておおくのひとたちにほめてもらえるのだそうだこれはおれがやらなければやらなければやらなければやらなければやらなければやらなければやら――

 

「逃さないよ」

 

「――――っあ」

 

ノイズの混ざる思考の中、その声が聞こえると同時に、全身に強い衝撃が走った。

筋肉が強張り、視界がぐらりと揺れる。強い痺れと共に、膝が言うことを聞かなくなる。

 

「お前ら……誰なん、だよ……」

 

暗闇が迫る中、最後に目に映ったのは、淡々とこちらを見下ろす影。そして、良介の意識は――完全に途絶えた。

 

 

 

少し遅れて追いついた無精髭の中年――五反田泰志は、地面に伸びている菅野良介を確認し、ほっと息を吐いた。

どうやら、ひとまず目的は達成できたらしい。

 

「まったく……大事な局面で、妙なやらかしは勘弁してほしいね。いい大人なんだから」

 

「大真面目に喧嘩するなんて初めての経験だったんだよ。緊張すんだろ普通」

 

「のわりには、ずいぶん楽しそうだったけどね。防刃ベストがあるとはいえ、怪我でもしてたらどうするんだ」

 

「……うぐっ」

 

相変わらず、ぐちぐちとうるさい男だ。

とはいえ、今回は自分のヘマをフォローされてしまった手前、強く言い返せる立場ではない。実際このベストがなければ、俺もお陀仏だった。

 

五反田の向かいに立ち飄々と声を上げるのは、五反田よりもいくらか明るい茶髪の目立つ同じ中年―― 鏑木勝也(かぶらぎまさや)。一周目では、『15年の嘘』のプロデュースを手がけた拝金主義のくせ物だ。

その手には小型のスタンガンがあり、これを使って菅野良介を気絶させたのだと見て取れる。

 

そんなものがあるなら、早く言って欲しかったんだが。

 

「まあ、ちゃんと予想した日にきたし、結果として上手くもいったしで……良しとしようか」

 

「ゆうてここが突破されても、第二第三の刺客が待ち構えてるしな」

 

菅野良介を襲撃。これの相手は如何に天才であろうと、ガキどもに任せる訳にはいかないため、大人連中を何人も配置してある。ララライの代表とか、マジックフローの代表とか。

ていうかもっと若くて動けそうな奴いるのに、なんで俺がタイマンさせられたんだよ。

 

まさか、俺が良介に一回刺されといた方が後々判決で有利とか考えてないよな。いや、うちの鬼畜な天才ブレーンならあり得る。

 

これ以上は考えないようにしよう。

 

「まあ、いいや『こっちは無事終了』……と」

 

携帯で勝利報告のメールを送信する。

カミキが仕向けた菅野良介がアイの自宅にナイフを持って現れた事実は作れた。そして無事確保することも出来た。あと俺が謎に痛い思いをした。

 

だから、

 

「あとは、任せたぞ……社長」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「後のことは任せとけ……ってやつだな」

 

メールを確認しながら、斎藤壱護はニヤリと笑みを浮かべた。

そうして、大通りを外れた脇道へと入り、地下へと続く階段をゆっくりと下りていくと、その先にあるのは、わずかに錆びた扉。手を伸ばし、迷いなくそれを開いた。

 

視界に飛び込んできたのは、稽古場にしては狭い部屋と、乱雑に置かれた小道具や衣装。――劇団ララライの稽古場の一つだ。そしてその奥に、静かに佇む、

 

「よお、初めましてだな……カミキヒカル」

 

――因縁のクソ野郎。

 

予期せぬ来訪者に、カミキは一瞬目を見開いたが、すぐにいつもの胡散臭い笑みを浮かべた。

 

「……一応ここ、施錠されてるはずなんだけど」

 

「ああ、知ってるよ……だが、うちのメンバーに一人、ここを出入りさせてもらってる奴がいるんでね」

 

その言葉に、今度は間違いなく、うすら笑いが少し崩れる。カミキヒカルは考え込むような素振りを見せ、やがて――何かに気づいたように、視線を上げた。

 

「……まさか」

 

「ああ、新野冬子――ニノは最初っから、こっちの味方だ」

 

そう告げて、壱護は「どうだ」とでも言いたげな勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

ニノに記憶があるかなんて、こっちに来た日の夜には確認していた。壱語が次の日、いち早くカミキヒカルの居場所にたどり着けたのだって、彼女の協力あってこそ。

彼女には部分的な情報をこいつに流してもらい、襲撃日を速めるところまで誘導することが出来た。ここまでの作戦は、完全にこちらの勝利だ。

 

となれば、あと成すべきことは――、

 

「そのくっせえうすら笑いを、どう崩すかだ」

 

「……さっきから何の話をしているのかな?」

 

のらりくらりと、一連の事態に知らんぷりを決め込むカミキヒカル。

その余裕綽々とした態度が崩れないのは、たとえ襲撃が失敗しようと、自分が捕まるリスクはなく、何度でもやり直せると確信しているからに他ならない。

 

だけど俺たちは、この日のために、皆で必死に積み上げてきた。

殺人教唆すら問えない巧妙な手口。他者に隙を与えない感情のコントロール。おまけに現時点では未成年とかいう化け物。

 

それに勝つための、方法を。

 

「教えてやるよ、カミキヒカル……俺たちが、どれだけお前を嫌っているのかってことを!!」

 

ここは【推しの子】二周目の世界。その始まりを締めくくる戦いは最終局面へ――行く。

 

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