――化け物に勝つ算段。その模索は当初、困難を極めた。
菅野良介を捕まえるだけなら難しくはない。
奴は自ずとアイを狙って犯行に及ぶし、雨宮五郎の死体を遺棄した場所が割れている以上、それを暴露するだけでどのタイミングでも起訴できる。
ただ、それでは意味がない。
周囲の人間を巧みに操り、自分は決して手を汚さず、安全圏から人を殺し続ける。元凶であるカミキヒカルを捉えなければ、何も解決しないのだ。
どうすれば奴を罪に問えるのか。手がかりを求め、何度も情報を洗い流す。
それでも決定打は見つからず、暗闇の中を手探りで進むような日々が続いた。そんな中解決の糸口を見つけたのは、やはりと言うべきか。
配られたカードの中で、最も鋭い頭脳を持つ少女――黒川あかねだった。
「というわけで、この方法なら、カミキヒカルを確実に罪に問えると思います。それも、かなり重い奴で」
「……これは、なるほどな」
壱護は手にした資料を見つめ、感嘆の声を漏らす。
それは確かな効力を持ちながらも現実的で、尚且つ二周目だからこそ可能な計画だったのだから。
しかもこいつは、カミキヒカルを殺したくて仕方がなかったはずなのだ。それなのに、その衝動を押し殺し、こちらの考えを汲みとって動いてくれた。そう思うと、自然と言葉がこぼれる。
「ほんと、すげえ奴だよお前は……こっちは、助けられてばっかりだ」
「いえ、あの時止めてくれたこと、感謝してるので。私、アクア君の覚悟を、無駄にしちゃうところだった……それに」
あかねは一度言葉を切り、少し目を伏せる。
「この方法だって、私一人じゃ思いつけなかった。これは、アクア君が残してくれたんです」
「……アクアが?」
あかねは静かに頷き、資料の束を指先でなぞりながら続けた。
アクアが一周目の世界で辿り着いた結末。それがどんな影響を残し、どうやってこの作戦に繋がるのか。その全てを。
カミキヒカルに勝つ――その突破口は、彼が命を懸けて残した、たった一つの光だった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「カミキヒカル……お前は、自分が何一つ罪を犯していないような面をしてやがるが、それは違う。お前はアイから受け取った住所を菅野良介に伝えた。しかも、あいつがどれだけアイを恨んでいるか、それを知っていながらだ」
壱護はポケットから、指先程の小さなボイスレコーダーを取り出す。中心にあるボタンを押すと、ノイズ交じりの音声が流れ始めた。
『うちの子供達は賢いし、私たちの事情もきっと分かってくれるよ』
『……そうだね。生憎その日は忙しくて行けないけど、また折を見て行くから、住所だけ教えといてくれないかな』
『分かった。え〜っと、うちの住所はね……』
流れてきたのは、アイとカミキのやり取り。彼が自然な流れでアイの住所を聞き出し、それを伝えたことを示すものだ。
一週目の世界。アイの住所がどこから漏れたのかを推測するのは、さほど難しいことじゃなかった。アイは割と平気で嘘をつくし、子どものことならともかく、自分のことに関しては危機管理が甘い。
だからこちらでアイの行動を監視し、盗聴させてもらった。
結果は案の定。正直、複雑な気持ちがないでもないが、住所の漏洩元はやはりアイ本人であった。
「ちなみに、菅野良介がアイを強く憎んでいたとお前が知っていたってことも証拠はあるぞ」
壱護はそう言うと、懐からもう一つのボイスレコーダーを取り出す。
「ニノがな、良介の会話を盗聴してくれてたんだよ。その中には、アイに対する過剰なまでの恨み言をお前に話してる音声もバッチリ残ってる。そんな奴にアイの住所を渡した時点で、お前は完全に殺人教唆だ」
カミキは余裕の表情を崩さないが、わずかに目の奥が揺れた。
用心深いカミキ自身が言葉を漏らすことはなくとも、彼の周囲――アイや良介の言葉を盗聴することで、十分な証拠を集めることができる。
そして、なにより決定的だったのは――
「後にも先にもない、らしくねえミスだな。さては相当、アイにご執心だったらしい」
こいつ自身が、アイに対して並々ならぬ執着を持っていたこと。そのせいか分からないが、この事件に関しては、強引でお粗末な部分が目立つ。
それが、証拠を残さず人を操るこの男の、唯一の隙。
「…………ふっ、あははっ」
僅かな沈黙の後、カミキは堪えきれなかったように息を漏らす。それは徐々に高笑いへと変わり、薄暗い稽古場に響き渡った。
「あれだけの啖呵を切ってきたから、何を用意したのかと思えば……それだけかい?」
「……あ?」
「個人情報の漏洩、殺人幇助。確かにこれは僕の罪だよ。……だけど、僕は未成年だ。君の口ぶりからして、まだアイは生きてるんだろ? たかが一件のみ、それも未遂で終わったのなら、更生施設に送られるか、数年やそこら牢屋で過ごせば済む話だ」
ミスは犯した。だが、それはリスクを背負ってでも目的を成し遂げたかったというだけであり、後先を考えていなかった訳じゃない。
それは、壱護たちを悩ませた最大の障壁でもあった。奴の言う通り、アイの殺害事件が起きた時点では、こいつは十八歳の未成年なのだ。
一件の殺人教唆未遂では、最低三年ほどで刑務所から出てきてしまう。
――だが、そんなことは織り込み済みに決まってる。
「――
突如、壱護が口にした名前に、カミキの笑いがピタリと止まる。壱護はカミキの反応を確認することもなく、淡々と言葉を続けた。
「享年28歳。2007年、病院近くの崖から転落死」
「…………」
「山崎陽菜――享年16歳。2009年、いじめに耐えきれず、自宅で首吊り自殺。坂本優子――享年22歳。2010年、帰宅途中にストーカーに刺殺。こっちの二人は人気女優と読モ……如何にもお前が好きそうな奴らだな」
「…………なんの、話かな?」
「とぼけんなよ。知ってるだろ? これらはお前が関わってたかもしれない事故および事件、その概要だ」
壱護を前に、カミキヒカルは思わず眉をひそめる。
理解が追いつかない。なぜ、このタイミングでこんな話を持ち出してきたのか。
確かに、驚かされた。
これらの事件は、確かに自分が仕向けたものだ。特に雨宮吾郎の件に関しては死体の場所すら公になっておらず、今現在も行方不明として扱われているはず。
それをこいつらがどうやって調べたのか、そこには興味がある。
だが、今考えるべきはそこじゃない。
これらの事件には、決定的な証拠がない。
今回のようなミスは一切犯していないし、自分がやったと証明できるものは何もない。
当然だ。だからこそ、これまで自分は捕まることなく自由でいられたのだ。
自分で「かもしれない」と言うあたり、それは分かっているのだろう。それなのに、なぜこいつらは今さらこれを持ち出してきた?
「……何が言いたいんだい?」
カミキが慎重に探るように尋ねると、壱護はニヤリと笑って答えた。
「確かにこれらはどれも殺人教唆にはギリギリ届かないものばかりだ。証拠不十分で、罪には問えねえ。だが、アイの殺人教唆未遂。これだけは言い逃れできねえよな? ……そして、この殺人教唆が一つでも確定すると、どうなると思う?」
「…………」
「それまでスレスレだった過去の事件が、一気に黒に変わるんだよ」
これは信用の問題だ。
嘘をついた人間が他の素行まで疑われるように、一度でも殺人に手を貸した者は、それまでの関与すら疑いの目を向けられる。
「もちろん、怪しいから他の事件も全部こいつのせい! みたいな雑な法律じゃないけどな。それでもニノやその他実行犯たちの証言は信憑性が増すし、しっかりとした再捜査も行われる」
この日のために壱護たちは事件の実行犯たちを人海戦術で探し出し、裁判の場で証言してくれるよう協力もお願いした。事件当時の情報も極限まで精査し、いつでも警察に提出できるようになっている。
本当に、本当に骨が折れたが――これが、自分達の用意した全て。
「計三件の計画的殺人と未遂が一件。もうお前は未成年だからって庇いきれねえ――極悪人だよ」
「――――」
気づけば彼の表情から、余裕が消えていた。威嚇するような鋭い視線が、こちらを捉えている。
ようやく気づいたのだろう。自分が高を括っている間に、確実に追い詰められていたことに。そして今自分はこの男に、気持ちよく勝ち誇られているのだということに。
「……さっきから言わせておけば」
カミキはたまらず机を叩き、勢いよく立ち上がる。
理解できない。許せない。何なんだこいつらは。世間的には関係すら知られていない三件の殺人事件。どうやって情報を得て、どんな執念で調べ上げたというのか。
その顔をやめろ。これは、つまらない。
「好き勝手言ってくれるけど……それで本当に立件される自信が、どこにあるんだ? 再捜査だの、信憑性だの、全部確証もなく、ただ理屈をこねまわしているだけじゃないか。だいたい」
「――ある」
「…………は?」
「この方法が上手くいく確証ならある。お前は覚えちゃいねえが……俺たちは見てきたからな」
確証なら、ある。何故なら――
『アクア君が、残してくれたんです』
『……アクアが?』
『はい。アクア君の死後、汚名を着せられたカミキヒカルの再捜査が本格的に始まりました。あの時点で彼が殺した被害者八名が明らかになったのは間違いなく、ニノさんの証言とあの行動の結果です。だからこれは……アクア君のおかげなんです』
『……なるほどな。まさに全員での、リベンジってわけだ』
何故なら俺たちは、見てきた。
一人の少年が、己の人生を、幸せを、未来を、そして――命を懸けて戦い抜いた物語の顛末を。
星野アクアは、たった一人でカミキヒカルに挑み、決着をつけた。そして、あいつの残した結果は今こうして時を超え、俺たちに道を示してくれている。
あの日、あの場所で、自分を刺すしかなかった少年の刃は――ついに、この化け物に届いたのだ。
「お前は既に一度、うちの可愛いシスコンに負けてんだ! だから、この名前をよく覚えとけ!」
壱護はカミキの胸倉を掴み、確信を持ってその名を叩きつける。
「――星野アクア! それが、お前の幕を引く、男の名だっ!!」
「……星野、アクア?」
言葉と同時に床に叩きつけられ、もはや力の抜けきったカミキは、その場で尻餅をついて動かなかった。
壱護はそんな彼を一瞥すると、ふっと息を吐き、用ずみとばかりに踵を返す。出口の扉に手をかけ、ゆっくりと外へ出ると、
「……終わったんですね」
「ああ。お前の処遇はまだだけどな――ニノ」
その先――そこには、一人の茶髪の少女が待っていた。
彼女の働きがあったからこそ、今回の作戦は成功した。だが、それでこれまでの全てを許せる訳ではない。何より彼女は、雨宮吾郎の死体遺棄にも関与している。
「お前には、菅野良介と一緒にカミキヒカルの殺人教唆の証言をしてもらう。お前の罪を隠すことはできない。だが」
「分かってます」
そう呟くニノの顔には、既に覚悟の色が滲んでいた。
「最後に、ドームライブに付き合えってことですよね」
「……今お前が抜けたら、B小町はあそこに立てねえからな」
短くそう言い残し、壱護はニノの横を通り過ぎる。彼の背中をじっと見つめ――彼女は、一度深く頭を下げた。静かに、感謝の意を込めて。
2010年 12月11日。
カミキヒカル及び菅野良介両名は、星野アイ殺害未遂及で署まで連行。時空を超えて続いた因縁の戦いは――ここに、完全決着を迎えた。
3
「ただいま〜!」
元気いっぱいに玄関を開けたアイが、白い息を吐きながら笑顔をこぼす。
「いや〜楽しかったね! 久々に三人で遊ぶの」
「にしても、なんで貴重な休みにやることが雪遊びなんだよ……わざわざ雪が積もってる山まで行って」
「だって、この時期に私が普通に遊園地とか行ってたら、その場の皆んなが大騒ぎしちゃうでしょ? それに、ルビーも雪合戦楽しかったよね?」
「うん! だって、私アクアに三連続で顔面ヒットさせたもん!」
「だから最近の子は嫌なんだよ! こういう時、躊躇なく顔を狙ってくるから!!」
アクアの悲痛な叫びに、アイとルビーが顔を見合わせて笑顔を見せる。
三人は今日、ミヤコに「せっかくの休みなんだから、たまには外で遊んできなさい」と促された。
かと言ってアイを普通の場所で遊ばせるわけにもいかず――結果として、童心に帰って一日中雪遊びに興じていたわけである。
雪合戦にかまくら作り、ソリ滑りまでフルコース。それでまだこの騒がしさを保っているのだから驚きだ。本当、この二人はあまりに体力がありすぎると思う。
疲れ果てたため息をつきながら、なんとかリビングの扉に手をかけると――
「……わお」
「マジでか、この人たち」
アイとルビーは、飛び込んできた光景に思わず言葉を漏らした。
そこにいたのは、ミヤコと壱護。二人は綺麗に並んで、まるで気絶しているかのように眠りこけていた。
「まだ明るいのに、二人仲良くお昼寝とは」
「すごーい、この光景は中々にレアだよね。……顔に落書きしちゃおっか?」
アイはニヤニヤしながら机の上の油性ペンを手に取り、悪戯っぽく笑って二人に接近する。
「……待って。今日は二人とも、寝かせてあげようよ。多分、すごく疲れてるんだと思う」
「ルビーが、まともなこと言ってる……!」
だが、意外にも、その悪事を静止したのはルビーだった。
あまりにも真剣な表情に、アクアとアイは思わず顔を見合わせる。
「じゃあ……仕方ないかぁ」
アイは少し残念そうにしながらも、ペンを元の位置に戻す。
アクアもまた、ぐっすり眠る二人の顔をじっと見つめた。目の下には薄くクマができていて、いかにも疲れ果てた様子。確かに、アイが人気絶頂の今、この二人の忙しさもピークだろう。
それなら、たまの休みににこうしていることは変じゃない。そんな、少しばかり呆れたような、それでいて感謝の念にも似た感情が湧いてきた。
これ以上騒ぎ立てない方がいいと判断し、三人はそっと部屋を後にする。その去り際、ルビーはふと立ち止まり、眠る二人を振り返った。
「……お疲れ様」
誰にも聞こえない小さな声で、ぽつりと呟いて。
静かに寝息を立てる二人の顔。それは、アクアとアイがいなくなってから、ずっと忘れていたものだった。
――喪失の痛みに囚われることなく、ようやく自分を許し、未来へと進もうとする者だけが浮かべる、穏やかな寝顔。
あの日止まった時間は、ようやく動き出す。
雪が降り積もる静かな世界の中で、確かに――。
筆者は法律に関して何の知識も持たない高校生です。
本作戦は「カミキヒカルつよすぎるんだけど、どうすんのこれ」とchatGPTに聞いたら答えてくれました。時代ですね!