生き残った奴ら全員二周目の【推しの子】   作:カノンだよ

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『これは絶対嘘じゃない』

人は皆、普通じゃないものを排除しようとする。

 

『みんなと違う』は『間違っている』。『分かりにくい』は『気持ち悪い』。『理解できない』は『怖い』。

 

そんな風に、簡単に決めつけてしまう。

 

もちろん、普通じゃないものをかぎ分ける力は生きる上で大切だし、私自身それを責めるつもりも権利もない。

――ただ、ほんの少しだけ。この世界は私には息苦しかったのだ。

 

私の『嬉しい』や『悲しい』は、普通の人とは少し違っていたから。正直に表に出せば、周りを惑わせ、時には傷つけ、そして私自身も傷ついた。

 

だから私は、自分の本心を偽るようになった。

 

食事にガラスを混ぜられないよう、本心を削った。

クラスの子に物を取られないよう、本心を殺した。

虐められないよう隠して、殴られないよう捻じ曲げて、塗りつぶして、粉々にして、作り変えて、

 

――ずっとそうしているうち、いつからだろう。

 

自分の何が嘘で、何が本当なのか。元の形がどんなものだったのかすら、分からなくなってしまったのは。

 

私はまだ、子供たちに「愛してる」っていった事がない。

 

怖いから。

 

この身を削るようにして生み落とし、命を吹き込み、日常のささやかな幸せを共にして、何よりも大切だと思えた、たった二つの存在。

もし、そんな子供たちの前でさえ、私が自分を偽ってしまうのだとしたら。もし、彼らの前でさえ、本心を隠さなくては言葉にできないのだとしたら――私が心を取り戻し、本当の愛を知る日は、きっと生涯訪れない。

 

その瞬間が、たまらなく怖い。怖くて、怖くて……。胸が締め付けられるほど、死んでしまいそうなほどに、悲しくなる。

 

だから、私は今日も嘘をつく。

 

いつかこの嘘が、本当になる日を願って――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

B小町。東京ドーム公演、本番一時間前。

 

待合室には、熱気と緊張が入り混じった空気が漂っていた。

 

壁掛けの時計の針は、刻一刻と進んでいる。スタッフの足音や遠くから聞こえる会場のざわめき。まだカウントダウンには早い時間のはずなのに、静かに、確実に、幕が上がる瞬間へと迫っている。

 

ソファに座って体をほぐす者。スマホでリハ映像を見返す者。目を閉じて集中する者。アイドル達は思い思いに出番を待つ。

 

「……やばい、手汗がやばい」

 

「ちょっと飲み物取ってくる」

 

「本番前にトイレ行っとかないとかな~?」

 

笑い声も交じって入るが、緊張を隠すための作り物に過ぎない。どこか落ち着かない空気が部屋全体に漂っていた。

そんな中、アイは何気なくポーチの中を探り始めていた。

 

「アイ、何してるの?」

 

声をかけたのはB小町の一人、メイメイだ。

 

「え? え~っと、大丈夫。確かここにあるはずだから、ほんとに大丈夫だから!」

 

アイは誤魔化すように笑いながらも、指先は僅かに震えている。そして、挙動不審を隠す余裕もないまま、彼女の手はどんどん速くなっていった。

ポーチの中を漁り、衣装のポケットを探り、荷物の隙間を一つ一つ確認する。それでも見つからない。

 

「…………嘘、でしょ?」

 

焦りが込み上げ、ついには荷物を全部ぶちまけるように広げる。床に散らばった持ち物をかき集め、視線を巡らせ、

 

「……ない」

 

「え?」

 

「イヤモニが、ない」

 

そう、珍しく血の気の引いた顔で、ポツリと呟いた。

 

『イヤモニ』――それは、ライブパフォーマンスで必要不可欠な音響素材。

爆音が渦巻くステージ上で、仲間の声や曲を正確に聞き分けるための命綱だ。これがなければ、歌もパフォーマンスも、他の皆と揃えることが出来ない。

 

「……え、だってそれ、さっき渡されたばっかじゃん」

 

「うん。それでポーチにしまったと思ってたんだけど」

 

アイとメイメイの会話がどうやら只事でないと気づいた他のメンバーたちも、二人の周りに集まってくる。

 

「ほんとに? でも、予備とかないの?」

 

「スタッフさんに言えば、替えとかもらえたりしない?」

 

「いや。本番用のイヤモニは、完全にカスタム品だから……替えはないと思う」

 

「は!? じゃあどうするの? 本番まであと一時間しかないよ!?」

 

たかみーの声に滲んだ総省は、瞬く間に全員へと伝播し、待合室に緊張が走る。

 

すぐにスタッフへ連絡を取り、予備のイヤモニがないか確認する。しかし、返ってきた答えは期待していたものではなかった。

アイ専用の一点ものをいますぐ用意するのは難しく、これから調整を試みるが、

 

「間に合うかは分かりません。最悪、精度の劣るリハ用でやる可能性も、考えておいてください」

 

その言葉と共に、通話が切れる無機質な電子音が待合室に響いた。

 

「……大丈夫だよ。私、なんとかするから」

 

その流れを断ち切るように、アイは声を上げる。

 

大丈夫だ。この日のために毎日毎日、練る間も惜しんで練習してきた。皆の歌うタイミングや間の取り方だって、この頭に全部入っている。だから、聞こえなくても大丈夫。むしろ、中途半端にズレるリハ用を使うくらいなら――、

 

「いや。大丈夫って、なに」

 

「……え?」

 

思考を整理しようとした私の言葉は、たかみーに遮られた。

 

「大丈夫じゃなくて、“ごめん”でしょ。謝るでしょ普通」

 

「…………ぁ」

 

その至極まっとうな指摘に、私はまた「やってしまった」と気づく。

 

私はただ、ミスに対して打開策を提示したつもりだった。どうすればこの状況を変えられるか、合理的に考えたつもりだったのだ。だって私なら、そういうことが出来るから。

 

でも、それだけじゃだめなんだ。だって――、

 

「アイなら出来るんだろうね、そういうことも。天才だからさ」

 

「ちょっとたかみー、止めなよ!」

 

「は? こんな調子でドームに立たれる方が無理でしょ。こっちは全力で、全部出し切って挑もうとしてるのに――」

 

だって怒りというものは、実際の損失だけじゃなく、その“態度”や“印象”に対しても向けられる。続行が可能かどうかなんて関係ない。

 

全員が全霊をかけて挑まんとするこの大舞台で、道具を無くす――そんな単純なミスは、

 

「アイは別に、ドームくらいなんとも思ってないじゃんっ!!」

 

「――――」

 

彼女の目にそう映っても、仕方のないことだった。

 

たかみーの怒りは本物だ。私の普通がまた、彼女を傷つけた。いや、彼女だけじゃない。

周りのメンバーも、口では私が庇ってくれているけれど、その目はどこか、凍り付いている。

 

当然だ。

 

私のミスで、この夢の舞台を台無しにされるかもしれないのは彼女たちの方だ。こうやって責められることはあまりにも当然の事だ。

 

だけど、だけどね――、

 

私だって、このライブを大切に思ってたんだよ?

毎日、喉がかれるまで歌って、足が震えるまで踊って、それでも立ち上がって。今日と言う日を、ずっと楽しみにしてたんだよ?

 

「……ちが」

 

「違くないでしょ。大事な物なくしちゃうくらいのモチベの癖にさ!」

 

だから、お願い。

 

私をどう責めても構わない。どう罵ってもいい。

だけど、どうか、私の本心をこれ以上、勝手に決めつけないでください。

 

 

 

これ以上私の心を――遠くに追いやらないで。

 

 

 

もはや本番前とは思えぬほどに彼女の罵声とメンバーの言い争いは激化する。そして、アイの目にうっすらと涙が滲みかけた――その時だった。

 

 

 

「――なにやってんの」

 

静かだけど、はっきりとした声が待合室に響いた。ピりついた空気の中でそれは妙に通る、感情を荒げることもない、落ち着いた声。

 

全員の視線が、入口にいる茶髪の少女――ニノへと向けられる。

 

「こんな不毛な争い。本番直前にやっている場合?」

 

「――っ、でも!」

 

「あったよ、イヤモニ」

 

「…………え?」

 

ニノの言葉に、アイが反射的に彼女を見る。

 

彼女はひょいと手を持ち上げて見せる。その指先には確かに、小さなイヤモニがぶら下がっていた。ウサギの装飾が施された、アイ専用の物だ。

 

「ドレスルームにあった。多分、衣装替えしたときに落としたんじゃない? アイに限らず誰でもやるミスでしょ。モチベがどうとか関係なしに」

 

ニノは淡々とした口調で言いながら、イヤモニを指先で軽く弾く。そのあまりにもあっさりとした解決に、メンバーたちが気まずそうに顔を逸らす。

たかみーは何か言おうと口を開きかけたが、正当な怒りのぶつけ先を失ったせいか、最後にアイを鋭く睨みつけ、

 

「……なんだよ、それ」

 

バツが悪そうにつぶやいて、踵を返して部屋を出ていった。他のメンバーたちも、彼女に続くように無言で部屋を後にする。そして、扉が閉まった後で、

 

「はぁ……。いやあ、大変だったね」

 

ニノはわざとらしい声音でそう言って肩をすくめる。

でも、軽い口調とは裏腹に、その瞳はまっすぐにアイを捉えていた。静まり返った待合室。その双眸はまるで、私の返事を待つかのように揺れている。

 

だけど、言葉が出てこない。助けてもらったのに、顔を上げることすらできなかった。

 

――まただ。

 

以前、今よりもずっと、たかみーやメイメイに嫌われていた時期があった。私がB小町に加入して、まだまもない頃。

私はその時、紆余曲折ありながらも、二人との仲を保てるように考え、努力し、結果として一緒に活動できるくらいにはなったのだ。

 

だから、私は勘違いしてしまった。自分が、少しは“変われた”などと。

 

「……私、またやっちゃったよ」

 

どうすれば、よかったんだろう。

どんな顔をすれば、どんな言葉を選べば。皆を傷つけず、あの場を丸く収められたのだろう。

 

分からない。分かるはずもない。

 

だって私は、彼女たちがなぜ怒ったのかさえ、きっと完全には理解できていない。あれだけ怒号を飛ばされ、必死の形相で訴えられても――星野アイに、それが本当の意味で届くことはない。

 

いくら上手く取り繕ったところで、その本質は母親に捨てられ施設に入れられたあの日から、一歩も――、

 

「アイ」

 

ふいに、点滅し始めた意識の中へ、ニノの声が割り込んできた。

顔を上げると、彼女は目の前のソファに腰を下ろして、じっとこちらを覗き込んでいる。

 

「合わない人って、いるよ。それはアイに限った話じゃなくて、みんなそう。全員と上手くやるなんて、最初から無理な話なんだよ」

 

「……で、でも」

 

「アイが変わろうって頑張ってたのも、ちゃんと知ってる。だから、断片だけ見て決めつけるような人たちなんて――放っておけばいい」

 

怒涛のように流れ込む励ましに、私は言葉を失った。

気づけば、差し出されたニノの手を、自然と握り返していたのだ。そして、引かれるままに立ち上がろうとしたけれど、

 

「――――」

 

アイを引く手は、途中で止まる。

 

握られた掌にはギュッと力が入る。アイが何事かと驚く間もなく、ぽたりと、ニノの頬に一粒の雫が伝った。

一滴、二滴。ぽたぽたとこぼれていたそれは次第に大粒となって、とめどなく零れ落ち始める。

 

「…………ニノ?」

 

異常を察知し名前を呼べば、彼女は涙を拭おうともしないまま、声を絞り出した。

 

「……ごめん、誰が言ってんだって、話だよね」

 

それは、アイが忘れてしまった過去を含めた、今までの自分の罪の全て。

 

「私も……アイに酷いことばっか言ってきた。泣いてるあなたを認めたくなくて、見て見ぬふりして、取り返しのつかないことを……ごめん……アイはこんなに、頑張ってくれてたのに……ごめん、ごめん、なさい……ッ!」

 

声は嗚咽にかき消され、涙は止まらない。

顎先からポタポタと滴り落ちて、床に小さな染みを作っていく。

ライブ直前だというのに、化粧が落ちそうなほどの涙が、頬を伝い続けていた。

 

「信じてもらえないかもしれないけど、今更都合が良すぎるけど……本当は私――ずっと、アイと友達になりたかったぁ……!」

 

嗚咽交じりで聞き苦しい。おまけに、“取り返しのつかないこと”なんて、私には心当たりがない。

だから正直、困惑で首を傾げるのが精いっぱいだったんだけど。それでも、目の前の少女が、先刻の自分の何倍も苦しそうなもんだったから、

 

「うん、いいよ」

 

「…………え?」

 

「なろうよ友達。今からでも全然、遅くないでしょ」

 

私は自然と、そう言葉を返していた。ニノは自分でお願いしてきたくせに、目を丸くして固まってしまう。

 

「いい、の……?」

 

「そりゃ、今までのことが嫌じゃなかったわけじゃないけど……なんかもう、全部どうでもよくなっちゃった」

 

あっけらかんと笑って見せるアイを前にして、ニノは暫く呆然としていた。けどやがて、涙を拭いながら小さく笑みを浮かべ、

 

「……アイらしいね」

 

そう言って、今度こそ手を引き、二人して立ち上がる。

 

アイは今度こそ無くさないよう、イヤモニを耳に装着。

その間も、何故か器用に片手をフリーにして――ぎゅっとニノの手を離さない。困惑する彼女を他所に、当たり前のように部屋を出ようとする。

 

「ちょ、ちょっと、アイ?」

 

「いいじゃんいいじゃん、暫くこのままでさ」

 

顔を赤くして慌てるニノをお構いなしに、アイは強引に通路へ出る。

本当にすべてどうでもよくなってしまったのか、メンバーとの喧嘩のことなど忘れたように、上機嫌で歩くアイ。

その横で、ニノの胸にはふと、重たいものが沈んでいった。

 

――謝らなくちゃな。思った以上に、喜んでくれたから。

 

「……ほんとに、ごめん」

 

せっかく友達にはなれたけど、私の旅は、このドーム公演でひとまず終わり。

遊びに行ったり、馬鹿みたいに笑い合ったり、そんな普通の時間は、もう持てない。

 

でも、もし。

 

もし、私が罪を全部償って、自由になった後――その時、もう一度彼女が「友達になろう」って言ってくれるのなら、そんな未来があるのだとしたら。

 

それなら私も、もう少し頑張ってみよう。

 

そう思いながら、ニノはアイの手をぎゅっと握り返す。

そして、アイと並んで――何十年ぶりに巡ってきたドームの舞台へと、こんどこそ踏み出した。

 

 

 

 

 

この後、B小町の東京ドームワンマンライブは大成功を収める。

 

後の数十年、伝説として語り継がれる、そのライブで。

星野アイは、まるで何かを振り切ったように、ただひたすらに輝きを放った。その光に引き上げられるように、他のメンバーも最高のパフォーマンスを見せる。

 

あれほど美しく、完璧なステージは、もう二度と生まれないだろう、と人々は語った。

 

 

 

 

 

そして、

 

 

 

 

 

 

「「「ドーム公演、無事終了おめでと〜!!!」」」

 

パンッ!!

 

勢いよく鳴るクラッカーの音が部屋中に響き、キラキラとした紙吹雪が舞い散る。

 

「今日のママ、さいっっっこうだった!!!」

 

「うん、本当に凄かった!! 歌も踊りも、何から何まで完璧だったよ!!」

 

ルビーが満面の笑みで飛び跳ね、アクアまでもが興奮気味に言葉を重ねる。

 

「ええ〜そんなに褒めちぎられると照れるなぁ」

 

アイは笑いながらも、少し落ち着かない様子で髪をかく。

普段は恥ずかしがり屋なアクアまで声を荒げるなんて、今日の自分は確かによくできていたのだろう。

 

「いや、マジで今日のは想像を遥かに超えてたな!」

 

「すごく楽しそうにしてたし、何か良いことでもあったの?」

 

ミヤコさんと社長もグラスを片手に笑っている。

 

テーブルの上にはピザやチキン、色とりどりの料理が並び、部屋の隅にはドーム公演の記念グッズまで飾られていた。ドームに向けてずっと禁じられていた糖質たち――その封印が、今、祝勝会によって解き放たれるのだ。おいしい。

 

「まあ、良いことはあったかな。私、友達できたし」

 

「アイに友達ッ!?」

 

「そんなに驚かなくてもよくない?」

 

声を上げたアクアを筆頭に、全員が目を見開いている。

 

その反応に、私は少し不服そうに頬を膨らませた。

……私って、そんなにボッチなイメージなのだろうか。二人の前では、友達百人いる設定にしてたはずなのに。

 

ふと、さっきまで握っていた手の感触が蘇る。ドームの熱気が冷めても、あの温もりだけは、まだ心の中に残ってて、

 

「ふふっ」

 

気づけば、頬が勝手に緩んでいた。そして、気分が良くなった勢いのまま。

 

「よ〜し! ママは今気分がいいからね! 特別に、アクアとルビーのお願い、何でも一個だけ叶えてあげる!!」

 

調子に乗った私は、その場で勢いよく立ち上がって、高らかに宣言した。

 

「おいおい、この大物たちにそんなこと言っちまって大丈夫かよ……」

 

心配そうに眉をひそめる社長。

アクアとルビーは「マジで!?」と目を輝かせて、すぐにひそひそと相談を始めた。

長時間の交渉の末、その権利を勝ち取ったのはルビーだったようで。涙目のアクアを横目に、ルビーは勝ち誇ったように私の前に立つ。

 

別に各々一個ずつかなえてあげようと思ったんだけどな……。アクアにはあとで、こっそり聞いてあげよ。

 

「じゃあね、私のお願いは……」

 

そう意気込むルビーを前に、私は今更少し緊張した。

 

だ、大丈夫。私は天下のアイドル。お金だってそんなに使ってないし、車の一台や二台くらいなら、問題なく買ってあげられる。

……だけど、どうしよう。ルビーのことだから、世界の半分くらいは要求してくるかもしれない。もしそうなれば、私はまず、海外でもアイドルとして有名になる必要がある。それから、お偉いさんと仲良くなって――、

 

 

 

「――じゃあ、“愛してる”って、言って」

 

「…………ぇ」

 

あれこれ考えていた内容とは、全くかけ離れたお願い。そのあまりに予想外な言葉に、思考は一瞬停止する。

 

「……え、え? なんで? 世界、は?」

 

「せかい? いや、その、まだ言われたことないなーと思って」

 

「確かに、そういや聞いたことないな」

 

悔しがっていたアクアまでもが、ルビーのお願いに感心したような顔をする。

そして次の瞬間には、二人そろって期待のこもった眼差しをこちらに向けてきた。

 

「……え~と」

 

どうしよう。これは完全に想定外。

子どもって、変なところで妙に鋭い。うちの子は特に天才だから、もしかして、私の心を読まれてるんじゃ――?

 

「……言って、くれないの?」

 

「うぅ……待って、言うから言うから!!」

 

ルビーに少し寂しそうな目を向けられて口を滑らせた結果、完全に逃げ道を失う。

 

どうしよう、怖い。

もしもこれを口にした時、これが嘘だと気づいてしまったら。それだけが怖くて、今日までずっと避けてきたのに。私は――、

 

 

 

――アイが変わろうって頑張ってたのも、ちゃんと知ってるよ。

 

「――!!」

 

いつもの私なら、お得意の嘘で適当に話をずらして、のらりくらりと目を背けていたんだと思う。だけど、だけど、今日だけは。

 

「うん、そうだった」

 

友達のかけてくれた言葉が、逃げようとする背中を抑えてくれた。

 

そうだ。私は変わるんだ。いつかでも、そのうちでもなく。今日。

例えその先にあるのが、残りの余生を全部塗りつぶすほどの後悔だとしても。友人に、自分に、家族に、恥じない自分であるために。

 

「……じゃあ、いくよ、いくからね?」

 

「そんなに気合い入れなきゃいけないことか?」

 

腕をグルんぐるんと回して大きく深呼吸。

あまりに苛烈な準備運動に、何も知らないアクアは疑問符を浮かべていたりしたが――準備は無事に整った。

 

だから、私は二人の我が子から視線をそらさず、真っすぐに――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「愛してる」

 

その言葉を口にした時、私の中で、何かが弾けた。

 

「……アイ?」

 

それきり固まってしまったアイを前に、アクアが戸惑いがちに声をかける。

 

「愛してる」

 

次の瞬間、アクアとルビー、二人の体は、勢いよくアイに抱き留められた。

 

「愛してる」

 

そして震える声で、もう一度。何度でも口ずさむ。

その度に溢れ出る感情の奔流に飲み込まれないよう、必死に堪えながら。

 

「愛してる、愛してる、愛してる……ッ、あぁ!」

 

言葉が口についてあふれ出す。言うたびに、胸の奥が焼け焦げてしまいそうなほどに熱くなる。

胸が苦しい、不快感は全くないのに。涙が止まらない、酷い事されたわけじゃないのに。これが、この不思議な感覚がそうなんだ。

 

やっと、気づいた。

 

ずっと怖くて、ずっと分からなくて、ずっと言えなかった言葉。だけどいざ口にしてみれば、こんなにも簡単で、なのに温かくて。

 

私は、愛している。この腕の中にいる小さな命たちを、心の底から。

 

「や、やっと! やっと言えた……!」

 

思い出した。いつの間にか忘れていた、心の形。

 

人に合わせて、捻じ曲げて、嘘で塗り固められて、いつの間にかどこにもいなくなっていた――本当の私を。

 

「ごめんね……言うの、こんなに遅くなって……!」

 

 

 

それは、普通とは違う形をしている。

それは、皆からすれば、気持ちが悪いらしい。

それは、やっぱりこの世界では、息苦しいかもしれない。

 

でも、それでも。決して色褪せない、確かな思い。

 

 

 

「アクア、ルビー、愛してるよ!」

 

――それは、私だけの、愛の形をしていた。

 

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