『アクア~、ちょっといい?』
『どうしたのミヤコさん』
『ちょっと聞きたいんだけど、あなたこの子のこと知ってる?』
『……いや、知らない顔だな。この写真の子がどうかしたの』
『実は、近い内この子が来て…………やっぱりなんでもないわ』
『なんで言うのやめた』
『いや、その……もし会うことがあったらよろしく言っといてね』
『なんで顔を逸らす。わざわざ呼んだんだから最後まで言ってよ』
『まあ、大丈夫よね。あの子は他の皆と比べてもしっかりしてたし。うん、大丈夫よ』
『気になるんだけど、その子が近いうちになんなの』
『…………なにか間違いがおきたらごめんなさい』
『なんであやまる』
※ ※ ※ ※ ※ ※
――2016年、4月。
時間の流れという物は恐ろしく速く、星野アクアは気づけば小学生になって久しい。
体感時間は年を取るごとに倍々で短くなっていくらしいけど、転生前の二十数年は含まれるのだろうか? もしそうなら、俺のこれからの人生は一瞬で終わってしまうことになる。
そんな恐怖を抱えたり抱えなかったりする今日この頃。アクアは下校前の教室で一人、読書を嗜んでいた。
「アクア、見て見ろよこれ」
そんな自分に声をかけてきたのは、小学生らしい短髪が特徴の少年――佐藤君。
彼は小学生たちに上手くなじめないアクアにとって、数少ない友達だったりする。
「今忙しいんだけど……」
「どうせまた難しい本読んでるだけだろ。いいから」
強引に肩を組まされ見せられたのは、スマホの画面。渋々視線を送ると、そこには一人の少女が映っていた。ツノのようなカチューシャが目を引く金髪の少女。彼女はカメラ正面の椅子に座り、「今日は朝何食べた~?」や「テストが難しかった~」等、他愛もない雑談をしている。
「……なにこれ?」
「知らないのか? 今大人気の女子高生配信者だよ」
「ああ、ユーチューバーって奴か」
「それそれ。これは昨日の雑談配信のアーカイブな」
ユーチューバー。それは、ここ数年で一気に市場を広げた『YOUTUBE』という動画配信サイトで活動する配信者たちのことだ。
動画の再生数に応じて広告収入が得られる仕組みで、トップクラスの人気配信者ともなれば億万長者も夢じゃないらしい。故に今日も数えきれないユーチューバーたちが動画投稿に励み、火花を散らしているんだとか。
彼が見せてくれたのは、その中の一人だった。
現役の女子高生。事務所無所属でありながら、圧倒的なルックスと高いトーク力、おまけに謎の包容力で一気に名を上げたユーチューバー。その名は――、
「め……なんて読むんだ?」
「
正直微塵も知らないが、佐藤君の反応を見るに、かなりの有名人らしい。そう言えばこの前ミヤコさんがそんな名前を口にしていたような気がしなくもない。
「ていうか、小学生でこれ見てるのはマセすぎてないか」
「分かってねえな~。同級生でも見てるやつ何人もいるんだぞ。京極夏彦のサイコロ本ばっか読んでるお前の感受性がおかしいだけだ」
佐藤君の遠慮のない一言が、アクアの癪に障ったらしい。眼光の奥が「なんだと」と細められる。
「喋ってる女の子を眺めてるだけの方が、よっぽどおかしいだろ」
「ち、違わい! 俺らは唯雑談してるのを見てニヤニヤしてるわけじゃねえ!」
ニヤニヤしてるなんて一言も言ってないが、そんな自爆はおかまいなしに彼の口調は勢いを増していく。
「MEMちょは可愛いだけじゃなくて、応援したくなる要素で溢れてんの!」
「……ほう」
「苦労人っていうか、不憫ていうか、元気なふりして時折すっごい無理してる感じがして、ここにくるまで色々大変だったってオーラがにじみ出てるんだよ。それでも、そういう重いところを上手く隠して健気に笑ってるのを見ると、応援したくなるじゃんかー!」
「……ふーん。例えば、どんなところを見て苦労してると思ったんだ?」
彼の言い分に、アクアは早速うさんくさいポイントを見つけた。
不憫で不幸な過去――そういうのは大抵、視聴者の人気を集めるために作られたキャラクターであることが多い。恵まれたスターにも、可哀そうで共感できる部分があったほうが、人は自分と重ねて応援したくなるからだ。上手く隠すように笑う、そこまで計算づくでやってるなんてのも珍しくない。
「そうだな~、例えば」
悲惨な過去エピソードだとか、わざとらしく見せる疲れだとか。そんなものでは、長年アイドルを追ってきた自分を誤魔化すことは、
「配信中に胃薬飲んでる」
「……ん?」
……なんだか、予想とは違う売り出し方だった。
「画面の隅にいっつも携帯してあって、一回の配信で二粒くらい飲んでる」
「それは単に胃が弱いとかじゃ……ていうか、本当に高校生なんだよな?」
「女子高生ってコメントで言われるたびに「そうだよ! 私今ほんとに女子高生だからね!」って露骨に元気になるから間違いないと思う」
女子高校生は普通、そんな言葉で喜んだりしないと思う。
胃薬も単なるキャラクターづくりにしては体を張りすぎだし……どうしよう、ちょっと面白そうだ。俺はアイ一筋だが、帰ったら家のパソコンで見て見よう。
そんな風に考えていた時、下校の時間を告げるチャイムがなった。
辺りを見回してみると、いつの間にか教室には自分と佐藤君しかいない。これ以上残っていても外が暗くなる一方なので、二人して鞄を背負い、足早に廊下に出た。
しかし、廊下を歩いている途中も、彼は熱心にMEMちょの配信画面を眺めている。
「一回でいいから会ってみたいな~。MEMちょもこの辺りに住んでるって言ってたし」
興味は持てたが、それはそれとして彼のハマり方はちょっとキモイ。
推し活自体は素晴らしい文化だが、その先にある末路も俺は知っている。医局内で誰これ構わず饒舌にアイを布教した前世の自分もきっと、こんな目で見られてたんだろうな……。
ここは先輩として、そして一人の友人として、一線を越える前に止めてあげるべきか。
「どうした? 本気にすんなよ。流石に俺もほんとに会えるとは思ってないって」
「本気にしたのは会えるかどうかじゃなくて気持ち悪さの方なんだけど……まあいいか」
やっぱり面倒くさそうだしいいや。失敗は若いうちにしておけ、少年。
それに、本当に会えることなんてないだろ。有名人の身バレ対策は想像以上にしっかりしてる。まだ女子高生とはいえ、そこら辺をふらついてるなんてことはあり得ないはずだ。
「……なんだ、あの人だかり?」
校舎を出た時、校門の十メートルほど手前に、やけに多くの小学生が固まっているのに気づいた。
彼らは校門の方を指さし、ポケットからスマホを取り出したりしながら、ひそひそと小声で何かを話している。自然とそちらへ目を向けると――そこにいたのは、パーカーと帽子を身に着けた普通の少女。
ボーっと突っ立ているかと思えば、時々周囲をきょろきょろと見渡している。誰かを待っているのだろうか。
「皆、なにジロジロ見てるんだ?」
「不審者かもと思ってんじゃね。失礼になるし、さっさと行こうぜ」
もっともな意見だ。多分誰かしらの保護者だと思うし、気にせず帰ろう。そう思い、二人は気にせず校門を抜けようとした。
――そんな時だ。
「――あ、いた」
「…………え?」
そう一言口にした少女が、移動を始めた。
焦る気持ちを抑えられないような若干の早足で、一人の少年に狙いを定めて歩み寄る。問題は、少女が接近し、立ちふさがったのが――アクアの前だったという事。
「え、っと……」
そして、その事に疑問を抱くよりも早く少女はしゃがみ込んでアクアに視線を合わせ、
「――――はぇ?」
直後――全身を包み込む柔らかな感触。気づけば、アクアの体は少女の腕の中に収まっていた。小さな頭を胸元に押し当てられ、アクアは身動きがとれなくなる。
これだけでも既に防犯ブザー案件だが、事態はそれだけに留まらない。勢いよくしゃがみ込んだ拍子に、頭から落ちた帽子。その下から覗いていたのは――、
「……やーっと会えたね、アクたん」
――特徴的なプリン頭と、どこかで見た童顔。
今し方佐藤君に見せられた女子高生配信者が、そこにいたのだから。
2
小学生たちはおろか、通りを歩いていた若者たちも、目の前の光景に息を呑む。
何故ならそこにいるのは、画面越しの存在でしかない人気配信者。ツノこそないが、頭頂部に茶色を残した特徴的な金髪と、人形のように整った童顔。
――人気JKインフルエンサー『MEMちょ』その人なのだから。
その異様な光景は、次第に広範囲へ広がっていった。最初は「似てる」程度のざわめきだったが、やがて「本物じゃない?」や「え、嘘……」等、確信を帯びた声へと変わり、最終的には、動揺と興奮の入り混じった歓声が、小学校前を支配した。
しかし、言うまでもなく、この場で最も衝撃を受けていたのは――、
「…………め、め」
「――MEMちょだぁっ!?」
抱き着かれているアクアのすぐ横に立っていた、ヤバいファンこと佐藤君だろう。
「……え?」
そのひときわ大きな絶叫に、ようやくMEMちょ本人も周囲の異様なざわめきに気づいたらしい。自分の頭の上を数度手でなぞり、そこにあるべき帽子がないことを確認する。
「あ、やばっ!?」
途端に顔色がさっと青ざめる。地面に落ちていた帽子をひったくるように拾い上げ、立ち上がると同時、大慌てでその場を後にした。
――何故かアクアを、小脇に抱えたまま。
「MEMちょ待ってえええぇぇぇぇ!!」
「俺の心配をしろさとおおおおぉぉぉ!!」
後ろ向きの状態で抱えられ、数秒前まで友だった男の顔が遠ざかっていく。あいつは後で絶対殴ろう。
「誰か助けむぐぐー!?」
「ちょー! アクたん静かにしてて! 周りの視線がどえらいことになってるから!?」
声を上げ出来る限りの抵抗を図るが、少女に口を塞がれ防害されてしまう。
マズい。こいつは俺の名前を知った上で待ち伏せしていた。そして俺は星野アイの子どもという、人質として価値の高い存在。
これは恐らく誘拐だ。正面から正々堂々過ぎる気もするが間違いないだろう。
年上で体格差があるから、暴れてもあまり意味がない。おまけにさっきからずっと視界が揺れてて気持ちが悪くなってきた。暫く少女の腕の中で揺られていると、人目のない路地に入ったところで彼女は足を止める。
「……はぁ、はぁ、危なかったぁ。まさか気づかれるなんて」
アクアはようやく地面に下されるが、口は片手で塞がれたまま。壁際に追い詰められ、少女の顔が間近に迫る。
それなりの距離を全力疾走したせいか、頬は火照り荒い呼吸を繰り返している。体の所々に当たる柔らかな感触。誘拐犯と被害者という立場でなければ、それなりに羨ましがられるシチュエーションだったかもしれない。
「……今から手離すけど、叫ばないでね」
ふと、少女がそんなことを口にする。
一応は頷いて見せるがそんなのは建前に過ぎない。ここでみすみす誘拐されて家族に迷惑をかけるくらいなら、多少危険を冒してでも――、
カシャン。
ふと、軽い音と共に、少女のポケットから何かが落ちる。
「あ、睡眠薬が……」
二度と逆らうまい。
全力で首を縦に振るアクアを見て、少女は万が一叫ばれてもまた口を塞げる距離を保ったまま、ゆっくりと手を離した。
暴れたら注射器とかで打ち込まれるのだろうか。だって、当然のように自分の懐にしまい直してるし。
「……あんた、人気配信者のMEMちょだろ。誘拐とか、洒落になんねえぞ」
「……いやいや!? ゆ、誘拐じゃないよ! ちゃんと許可も取ってるから!」
「……許可?」
怪訝な表情を浮かべると、彼女は「本当だよー!」と手をぶんぶん振った。
「アクたんは苺プロの子でしょ? 私、苺プロのネット部署とは、繋がりがあるんだ」
「なるほど……」
確かに内は、アイドルと同じくらいネットに強い事務所。
「ピエよん」という、登録者100万人超えのユーチューバーだって抱えている。そういう意味では、人気配信者のMEMちょと関りがあること自体はそうおかしくない、かもしれない。
「それで?」
「諸事情でおたくには一つ貸しがあってねー。それでそのお返しに「アクたんを一日貸して下さい」ってお願いしたら、ミヤコさんがこころよく……どこに電話かけてるの?」
「ちょっとどうしてもやっておかなきゃいけないことがあって」
目の前で少女が見せてきたメールのやり取り、そのアドレスが間違いなくミヤコさんのものだと確認した上で、自分の携帯を取り出した。携帯電話の番号通知をOFFにして、ミヤコさんの番号を呼び出す。鼻をつまんで待つこと数秒、怨敵は軽快な声で電話に出た。
『はいもしもし? こちら苺プロの斎藤ですけど?』
「……………………………………………ゼッタイユルサナイ』
『え!? なんです!? 本当にどちら様!? 滅茶苦茶怖――(ブツッ)』
電話の向こうで狼狽する声を聞きながら通話を切ると、盛大にため息を吐いた。
つまるところ、俺は苺プロがMEMちょにしているという、何かしらの貸しを返済するために売られてしまったのだ。
誘拐ではなかったが、それ以上の芸能界の闇を感じる。日本でこんなことが許されていいのか。
そして特筆すべきは、お返しに彼女が小学生を要求したという事。お金でも、仕事の斡旋でもなく、推定美少年小学生の、星野アクアを――――。
「……アイ、ルビー、今日まで愛してくれてありがとう」
「なんか盛大に勘違いされてる気がするけど、とりあえず私の家に行こっか」
「ひゅ」
……ショタコンじゃねえか。
ちょっと3月終わりまで出来るだけ投稿してみようと思います。