生き残った奴ら全員二周目の【推しの子】   作:カノンだよ

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『様子のおかしい映画監督』

俺とアイがもみくちゃにされたあの事件の日から、今日で一週間。

 

ルビーやミヤコさん、そして社長の奇行はあの日限りで、それ以降は何事もなかったかのように接してくれている。

なので俺は、あの日の出来事はタチの悪い悪夢か何かだったと思うことにした。

 

きっと、日頃の疲れが見せた幻覚だったのだ。

 

今でも偶に異常に過保護になるし、ルビーに至っては手錠を片手に「やっぱりこれくらいは必要だよね……いやでも……」と呟いていることもあるが――すべて気のせいだろう。そうでなきゃ困る。

 

そんな微妙な日常を送りつつ迎えた今日、俺たちは――映画の撮影現場に来ていた。

 

「本日はアクアがお世話になります」

 

ルビーを抱っこしたミヤコさんが丁寧に頭を下げる相手は、無精ひげが目立つ中年男――映画監督・五反田泰志。

今回の作品の監督であり、俺をキャスティングした張本人だ。

 

「いやいや。例の件、ちゃんと話は通ってるんだよな?」

 

「はい。星野アクアは今、苺プロ所属の子役扱いになっています」

 

俺たちがここにいるのは、監督が俺の出演を条件にアイを起用したからだ。数か月前、アイのドラマの撮影現場でこの監督と出会い、何故か気に入られてしまった結果、こうして映画出演にまで誘導されてしまった。

 

正直、演技なんて経験もないし、気が進まない。

 

「演技なら、あそこで寝てる妹の方が上手いですよ。どうせならそっちに……」

 

「いいやお前が出ろ。じゃなきゃアイは使わない」

 

提案を食い気味に断って言い切る監督に、俺は思わず眉をひそめる。……本当、妙に気にいられたな。

 

だが仕方ない。これもアイの仕事を増やすため。

医者時代の経験上、ジジイは若者にくだけた態度を取られると妙に喜ぶ傾向がある。俺はそれを利用して、監督の好感度を稼いだ。

ここまで来た以上、ちゃんと責任を取るしかない。そう思っていた、そのとき、

 

「なんせ……」

 

 

 

「なんせお前は、これから誰よりすげえ役者になる――『俺の弟子』だからな」

 

「…………ん?」

 

何か、意味不明な事を言われた気がした。

 

同時に、これまで明後日の方向を向いていた監督の顔がしっかりと見え、アクアは思わずギョッとする。

 

「か、監督……泣いてんの?」

 

「……は? 泣いちゃいねえよ」

 

言葉とは裏腹に、明らかに潤んでいる目。それを気にする様子もなく、監督はアクアの前に屈み、両肩をバンバンと叩いた。

 

「それよりお前だ。お前は日本の演劇界を背負って立つんだから、そんな不安そうな顔してんな」

 

「……どう考えても言いすぎだと思うけど」

 

「言い過ぎなことあるか。お前の出る映画は、年間興行収入6位の快挙だぞ」

 

「なに、その具体的な数字?」

 

何だこの人。確かに気に入られるように立ち回ったのは俺だが、ここまで骨抜きにした記憶はないぞ。

ていうか、演技未経験の一歳児に、一体何を期待しているんだ?

 

数か月前に遭った時とは様子が違いすぎる監督に困惑していると、その様子を見ていたルビーとミヤコは、何故か「確信した」と言わんばかりに顔を見合わせ頷く。

そして、ミヤコは監督の方へと向き直り、ゆっくりと口を開いた。

 

「あの、監督。少しお時間いただいてもよろしいでしょうか?」

 

「ん、なんだ? 悪いが今は早熟との会話を」

 

「そのアクアさんのための、大切なお話です」

 

監督はミヤコの真剣な表情に目を見開き、息を呑む。数秒の沈黙の後で「分かった」と一言返し、その場を後にした。そして、

 

「…………なんだったんだ?」

 

一人残されたアクアは、今し方起こった謎の現象を必死に咀嚼しようと、頭を捻らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これはルビーとミヤコ、壱護の三人が話し合った一週間前の夜。その続きの事。

 

「――結論、アイとアクアには未来の話はしない」

 

開口一番、力強く放たれる社長の言葉に、ミヤコは眉を顰め、懸念を露わにした。

 

「……どうして? 二人にも情報を共有した方が、色々と動きやすいと思うけど」

 

「理由は二つだ。まず一つ目に、こんな馬鹿げた話を信じてくれるとは思えねえ。下手すりゃ警戒されて、それで終わりだ。そんで二つ目」

 

社長はそこまで言って、一度沈黙。それから決意したように、

 

「俺は単純に、あの二人にはもう、こんな事件に係わって欲しくねえんだ……」

 

そう、どこまでも悔しそうな顔で口にした。

 

言葉の裏には、一度二人を失ったことによる恐怖。そこから生じる自身への罪悪感など、実に様々な感情が錯綜しているのが見て取れる。

 

その場に流れる沈黙。それを破ったのは、両目に黒い星を宿したルビーだった。

 

「じゃあ、やることは決まってるじゃん。とっととカミキヒカルを殺しに行こうよ。別に隠れてる訳でもないんだし」

 

ルビーから生じる混じりっけのない純粋な殺意。そこには今度こそ躊躇しないと言う気概が感じられたが、

 

「いや、それもダメだ」

 

「……は? なんで!?」

 

その提案にも、社長は即座に首を振る。

つい身を乗り出すルビーを前にしても、社長は表情を目を反らさず、彼女の顔を見据えた。

 

「アクアとアイだけ助かりゃいいってわけじゃねえだろ。あいつらが身内の犯行を喜ぶと思うか? ……それに俺だって、お前らが大切だ。未来を迎えるなら全員で、これは譲れねえ」

 

「…………っ」

 

「でも、じゃあどうするの?」

 

唇をかむルビーと、冷静に返答するミヤコ。社長は意を決したように口を開く。

 

「まずは、仲間を探す。これは唯の推測だが――記憶を持った人間は、他にもいるはずだ」

 

「他にも?」

 

「ああ。俺の考える条件は、アクアやアイと一定以上、それもかなり深い関りを持った人間だってことだ。あくまで今ある材料からの絞り込みに過ぎねえけどな」

 

「一定以上の関わり……かなり曖昧ね」

 

至極まっとうな指摘には、壱護も「まあな」と苦笑して肩をすくめる。

 

「だから「探す」んだ。俺たちに協力してくれる仲間を。……但し、くれぐれも探りは慎重にな。アイに隠し子がいるって情報が、記憶もねえ人間にバレちゃいけねえ。あくまで確信を持てたときだけ、そいつにこの話をするんだ」

 

「…………分かった」

 

ルビーも渋々提案を呑んでくれたところで、三人は目を見合わせる。

 

「俺はすぐにでも確かめなきゃいけねえことがある。だから、そっちは任せたぞ」

 

――この瞬間、彼らの今後三年の最初の方針が、決定づけられたのだ。

 

 

 

「……というのが、これまでの流れです」

 

人気のない木陰。そこで事のあらましを話し終えたミヤコは、深く息をついた。

 

監督は暫し沈黙し、目を見開いたまま動かない。加えていた煙草もポトリと地面に落ちる。

 

「……マジかよ」

 

ようやく絞り出された言葉は、酷くか細かった。信じられないという表情を浮かべながら、視線を宙に泳がせている。

 

「俺はてっきり、都合の良い夢でも見てるんだと思って、この一週間を過ごしてたぜ……」

 

「そう思うのも無理はありません。私だって、今でも信じられませんから」

 

ミヤコが淡々と返すと、監督は静かに視線を落とし、掌をギュッと握りしめた。

 

「……そっか」

 

体を巡る血の感覚を確かめるように。そして、現実を噛み締めるように。

 

「そっか……っ、そうかあ……早熟……ッ」

 

震える声でそう呟き、ゆっくりと顔を上げた。その目元は赤く染まり、瞳には絵も言えぬ深い感情が宿っている。

 

無理もない。

 

私たちだって、この喜びはまだ褪せていない。ほんの少しでも油断しようものなら、大きな声で誰も彼もに吐き出してしまいそうだ。

それに彼は長年アクアの面倒を見てくれた、いわば父親のような存在。アクアが死んだときの苦しみは計り知れないものだったはずだから。

 

「それで……私たちの計画のことですが」

 

「ああ、それはもちろん協力させてくれ。俺なんかで良ければ、出来る限りを尽くそう」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとう、監督!!」

 

即決で頷いてくれた監督に、ミヤコとルビーが同時に頭を下げる。彼は次に、ルビーの方に目をやると、どこか親のような柔らかな笑みを浮かべた。

 

「ってことは、お前も記憶があるんだもんな。久しぶりだな、ルビー!」

 

「久しぶり! あの映画で鬼みたいな缶詰スケジュール組まれたのも覚えてるよ」

 

「なっ……いやぁ、あれは俺も悪かったと思ってるよ。こっちも焦ってたんだ」

 

虚を突くルビーの発言に、監督は頭を掻いて苦笑し、ルビーはぷっと吹きだす。

やり取りを見たミヤコも思わず笑みを浮かべ、先ほどまで張りつめた空気が嘘のような穏やかさが場に広がっていった。

 

あの事件以来、こうやって素で監督と話せるのは、初めての事だ。

 

「えっと、それで私たちが来た理由はもう一つありまして……」

 

「ああ、さっきの話で合点がいった。例の『十秒で泣ける天才子役』様だろ?」

 

「はい。おっしゃるとおりです」

 

そう。十秒で泣ける天才子役――『有馬かな』。彼女の存在が、この撮影現場に来たもう一つの理由。

今の推測が正しければ、彼女もまず間違いなく、記憶を持っている。

 

そして、僅か二歳の子供に協力を仰げるかどうかは別として、記憶があるのか確認するために、彼女とは一度接触しておく必要がある。

なんせそれは最悪――アクアの命にも関わるようなことだから。

 

「できれば、彼女が現場入りする前に一度お会いさせていただきたいのですが」

 

「……ああ、あいつなら」

 

まだ興奮冷めやらぬのか、監督は煙草を一本取り出し、浮足立った笑顔で口を開いた。

 

 

 

「――あいつなら、もうとっくに来てるぞ?」

 

「「…………は」」

 

この一言が、これまでのほんわかした空気も、再開の感動も、その全てを跳ねのけるとも知らずに。

 

「……え、え? だって、待合室にもスタジオにもいなかったよ?」

 

明らかに動揺交じりのルビーの声。それに気づかず、監督はのんびりした調子で返事をする。

 

「有馬は早朝に現場入りしてからずっとうろちょろしてたからな。今思えば、俺と同じで記憶があって、アクアを探してたんだろ」

 

その瞬間、ピキリと音を立てて、場の空気が粉々に砕け散る。

 

突如として訪れる沈黙、その違和感に監督が言及するよりも、僅かに早く――

 

「…………ま、ま」

 

 

 

「まずーーーーーいッ!?」

 

「は?」

 

若干裏返った大声を上げるルビーが、全力疾走を開始した。その後ろを深刻な面持ちのミヤコと、未だ状況を呑み込めない監督が慌てて追従する。

 

「おい、いきなりなんだってんだ!」

 

「ロり先輩は『激重(ブラック)リスト』の上位者なの!!」

 

「ぶら……なんだそれ?」

 

監督が困惑する中、ルビーは足を止めることなく、走りながら説明を始める。

 

激重(ブラック)リスト――それは、前の世界でアクアに誑かされ、なおかつ大きな傷を負わされた者たちの総称。

彼らのアクアに対する感情は並々ならぬ重さを持ち、もしこちらを介することなく直接アクアと再会すれば、理性を失った彼らが、何をしでかすか分からない。

 

エリート集団である。

 

「真面目な顔で何を言ってやがる!」

 

「何もふざけてない! 今、一人のお兄ちゃんと先輩が鉢合わせるのは本当に危険なの!」

 

「まあ、リスト発足の原因になったのは、アクアを絞め殺しかけたルビーだけどね」

 

「……なんつーか、難儀だな。早熟も」

 

呆れ顔の監督だが、流石にその危険性は理解したようで、心当たりのある場所を教えてくれる。

監督が有馬を最後に見たという一室。どうかそこにアクアが立ち寄っていませんようにと、祈りながら走る――そのときだ。

 

「ぬあああああああああああああ!?」

 

遠くから、鳥を絞めたような悲痛な叫び声が聞こえてきたのは。

 

「アクアの声だ!!」

 

間違いない彼の悲鳴に、三者は顔を見合わせる。そうして監督の指さす部屋に飛び込んだ彼らの見た物は、

 

「……!?」

 

「やめろおおおおおおおおおおお!?」

 

床に抑え込まれる星野アクアと、それに跨る有馬かな。荒い呼吸と恍惚とした表情。

 

――まさに今、貞操の危機に直面しようという、少年の姿だった。

 

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