生き残った奴ら全員二周目の【推しの子】   作:カノンだよ

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『10秒で距離詰めてくる天才子役』

「…………え?」

 

なんだこれは。有馬かなの心中は、その一言で埋め尽くされる。

 

散乱したゴミ、ひどく傷んだ床や壁。目の前には、有馬が幼少を過ごした、忘れ難いあの一室が広がっていたのだから。

 

「一体、何が……」

 

記憶の混濁を自覚し、直前までの状況を必死に思い出す。

 

私はさっきまで、東京ドームにいた。ルビーやMEMちょの晴れ舞台を見届けていた。絶望に暮れる日々の中で、それでも尚輝かんとする眩しい後輩たちを見守っていた筈だ。――なのに、

 

体の感覚を確かめるように視線を落とし、そっと手を握る。

 

掌のサイズ、視線の高さ、全身の感覚。その全ては、まるで幼い頃に戻ってしまったかの様だ。そして、

 

「――!!」

 

唐突に、頬に鋭い痛みが走った。

 

これもどこか覚えのある熱と痛み。有馬が反射的に顔を上げると、そこには――

 

「聞いてるの!? お母さんに迷惑かけた自覚が、ちゃんとあるんでしょうね!」

 

「…………マ、マ?」

 

もう何年も会っていない。懐かしいと言うにはあまりに歪んだ、母の姿があった。

放り投げられる電話の音、切れる線の響き、突き刺さる金切り声。それらを一身に受けながら、有馬かなはようやく確信する。

 

――私はどうやら、夢の中にいるらしい、と。

 

「ふふっ」

 

分かってしまえば、心はスッと軽くなる。夢なら、もう少し良い物をよこせとは思うが、まあいい。

ちょうど非情すぎる現実に嫌気が刺していたところだ。現にあれほど心を締め付けていた筈の母の罵倒にも、今は何も感じない。

 

あの絶望や悲しみに比べれば、全然大したことないじゃないか。だったら、

 

「……ママ。聞いて、私は!」

 

――夢の中でくらい、メチャクチャしてやろう。有馬かなはその日、決意を固めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、ミヤコさんと監督が二人して姿を消したのと同時刻。

 

一人残され、暇を持て余したアクアが台本でも読みなおそうかと、目についた一室に立ち寄った時の事だった。

 

「……あれは?」

 

部屋の隅、椅子に腰かける一人の少女が目に映る。真っ赤な髪に白を基調としたコーディネート。彼女には見覚えがある。

十秒で泣ける天才子役――有馬かな。圧倒的な演技力とカリスマで、業界をにぎわせている子役の少女。確か、今日の映画で共演する予定だったはずだ。

 

集中しているなら他所を当たろうと思い、その場を後にすべく扉を閉めるが――その軋む音に反応して、少女はこちらを向いた。

 

「…………あ」

 

同時に、彼女は信じられないものを見たかのように目を見開き、ゆっくりとこちらに向かってくる。

 

「えっとその、邪魔するつもりじゃなかったんだ! すぐに出ていくから!」

 

慌てて弁明を入れるが、その歩みが止まることはない。

怒らせてしまっただろうか。そう思う矢先、少女の燃えるように赤い瞳が、眼前に迫った。

 

間近で見ると、その顔の整い具合に驚かされて思わず息を呑むが、何も言って来ない少女に対して、アクアは次なる一手を打てない。

 

「……あのー?」

 

そして、耐えきれぬ沈黙から声を出そうとした――そのときだった。

 

 

 

「――――好き」

 

「…………は?」

 

アクアは唐突に、愛の告白を受けたのだ。

 

あまりに急すぎる事態に、脳の処理が限界を超えて固まるアクア。その傍らで少女は、

 

「……っ、やっと……やっと、言えた」

 

頬に伝う涙をそのままに、静かにそう呟く。

 

「こんなに、簡単なことだったんだ。なのに私、なんで……」

 

言葉の裏には、ようやく伝えられたという達成感と、どうしようもない後悔が入り混じっている。

 

ずっと待ち望んでいた瞬間。それだけに、全てが消えゆく夢の中でしか勇気を出せなかった自分が嫌で、悔しくて、涙が止まらない。

何故、あの時の彼に伝えられなかったのだろう。何故、彼の力になってあげられなかったのだろうと。

 

だが、たとえこのような形であっても、ようやく念願叶ったのだ。だから――

 

「――アクアが好き。初めて会った時からずっと、好きでした」

 

涙にまみれた顔でも、彼女は精一杯の笑顔をつくり、前を向いたのだった。

 

――その一方で、

 

 

 

「???」

 

未だ混乱の最中にある少年は、何とも言えない味わい深い表情で、少女の顔を見つめていた。

 

なにこれ。

 

何故この人はそんな清々しい表情で泣いているんだ。何故そんな積年の想いをようやく伝えられましたみたいな顔をしているんだ。

 

初対面だよな。いや、俺の知り合いなんて、家族か幼稚園の子たちくらいだし、こんな特徴的な子と会っているのなら忘れるはずがない。

じゃあ多分この告白も突発的だろうに「初めて会った時から」とか言えるの凄いな。

 

前世で割とモテたアクアにとって、こういう状況は別に一度や二度目じゃない。だが、そんな彼でさえ未体験の斬新な告白に、場の空気は混沌を極めた。

そして、万が一に知り合いである場合を考慮して、アクアが慎重に口を開いた、そのとき――

 

「……あの、どこかで、お会いしましたっけ?」

 

「――――え゛」

 

――間違いなく、時間が止まった。

 

直後、少女は石のように固まり、ピクリとも動かなくなってしまう。

 

「……あれ? 大丈夫?」

 

少女の顔の前で手を左右に振ってみるが、まるで反応が無い。だが数秒後、ようやく意識を取り戻したと思えば、

 

「……ふ~ん、なるほどね」

 

「え?」

 

ガシリと。揺らしていた腕の手首を、少女に掴まれた。

 

「そういう設定な訳。ほんと、つくづく優しくない夢だわ」

 

少女はうわごとのように何かを呟いている。その内容は聞き取れなかったが――何故か背筋に、ゾクリとした寒気が走った。

なんだろう、このデジャブ感は。一体これから、何が始まろうというのか。それは皆目見当もつかないが、俺の生存本能が今、全力で告げている。

 

――逃げろ、今すぐこの場を離れろと。だが、

 

「こっちがらしくもなく勇気出したってのに、そういうことするのね。もういいわ、どうせ夢だもの」

 

「え、いやちょ、待っ……すごい力だ!?」

 

ミシミシと、手首から嫌な音がする。肉体的に雄が雌より脆弱な幼少期。それも一歳の年の差がある有馬に、アクアが敵う道理もなく、

 

「あんたが悪いのよ! 口で言って分からないのなら、その体に直接教えてやるわ!」

 

「最低すぎるだろ!?」

 

両手首を掴まれ、あっという間に地面に組み伏せられる。そのまま、目の光を完全になくした錯乱状態の少女の顔が徐々に迫り、

 

「やめろおおおおおおおおおおお!?」

 

――哀れな少年の叫びが、現場中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、夢だと思ってアクアを襲ったと?」

 

「…………はい」

 

正面をルビー、両サイドをミヤコと監督に固められた有馬かなは、いたたまれない様子で視線を逸らす。

三人は有馬がアクアを襲う寸前で現場に到着。すぐさま暴走状態の有馬を引きはがして連行。こうして容疑者Aへの事情聴取へと移っているわけだ。

 

「だ、だって……!」

 

「「「だって……何?」」」

 

「うぐっ」

 

三人の「言葉は慎重に選べよ」と言わんばかりの圧に、有馬は開きかけた口をギリッと噤む。

アクアの保護者としては、先ほどの暴挙を軽く流せるはずもない。もし到着が少しでも遅れていれば、どんなことが起きていたのかは考えるまでもないだろう。

 

「……まさか現実だと思わなくて、色々舞い上がってたの。……ごめんなさい」

 

まだ若干言い訳じみてはいるが、それでも確かな謝罪。涙ぐんだ瞳や震える声、深々と下げられた頭からは、本気で反省しているのが見て取れた。

 

それを見た三人は、仕方がないと大きく息を吐く。

 

「……まあ、俺も今日説明されるまでは夢だと思ってたしな」

 

「お兄ちゃんに危害加えたのは私も同じだから、強くは言えないね。それに私も、夢の中ではアクアと何度も――」

 

「ルビー。女の子としても妹としても、その先を言うのは止めておきなさい」

 

ルビーの肩に手を置き、その先を言わせないミヤコさん。そうして、少し落ち着きを取り戻した場で、有馬は改めて口を開く。

 

「…………ねえ」

 

「なに、先輩?」

 

向かいに座るルビーが、小さく首を傾げた。有馬は視線を伏せ、何度か言葉を詰まらせるが。やがて意を決したように、

 

「アクアは前のこと……覚えてないの?」

 

そう、疑問を口にした。ルビーは一瞬、呆気を取られたように固まったが、すぐに迷いなく返答する。

 

「ないね、残念だけど」

 

「…………そう」

 

その答えを聞いた時、有馬はほんの少しだけ、胸の奥が軋むのを感じた。

 

知っていた。先ほどの反応を見れば、最初から答えは分かっていた。

それに記憶の有無は本来、さしたる問題じゃない。アクアがまだ生きていて、もう一度やり直すチャンスを貰えた。それだけで、この体は飛び跳ねてしまいそうなほど嬉しいし、神様にはいくら感謝しても足りないくらいだ。なのに、

 

 

 

――どこかで、お会いしましたっけ?

 

「……そう、なのね」

 

つくづく、自分本位で最低な性格だと思う。

 

アクアが助かった事に喜ぶ、その裏で。あの無駄に意地を張った言い争いも、寒空の下でしたデートも――私が彼に恋した瞬間さえも。

全てが今では「消え去った過去」でしかないという事実が、どうしようもなく寂しかった。

 

有馬かなは、そんな風に考えてしまう自分に、酷く嫌気が差した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんか、すげえ疲れた」

 

撮影が無事終了し、夕焼けに染まる現場の片隅。

 

アクアは精神的にも肉体的にも疲れ果て、足を引きずるように帰りの車を目指していた。

原因は色々ある。初対面の少女に襲われたこともそうだが、その後に始まった撮影で、主犯の少女と横並びに演技をさせられたせいだ。

 

気が休まるはずもなく、演技はボロボロ。なのに何故か監督は「天才だ!」と称賛し、その場でOKを出そうとする。

まさか、こっちからNGをお願いする羽目になろうとは思わなかった。

 

ただ。ただ一つだけ、良かったことがあるとすれば――

 

「ねえ」

 

思考しながら自分の世界に入っていると、ふと後ろから声を掛けられる。それに応じてゆっくりと振り返ると、

 

「ひえ」

 

「あんまり露骨に怯えないでよ。傷つくから」

 

そこには、俺を恐怖に陥れた張本人――有馬かなが立っていた。

 

怯えるな、と言われても無理な話だ。また何かされるのではないか。そう思って身構えるアクアに対し、有馬はゆっくりと口を開く。

 

「さっきのことは、ごめんなさい」

 

「……え」

 

予想外の謝罪に、アクアはポカンと口を開ける。さらに有馬は、立て続けに深々と頭を下げた。

 

「さっきのは、なんていうかその……そう、寝ぼけてたの!」

 

「寝ぼけてた……」

 

かなり突っ込みどころが多いし、そんな理由で襲われたのかと思うと別の意味で腹は立つが、「そういうこともあるのか?」と妙な納得感を得る。

 

これを世間では、疲労困憊、思考放棄と言う。

 

「えっとね。それでここに来た理由は、もう一つ、あって……」

 

有馬は本命の目的を果たすため、躊躇いがちに言葉を続ける。

 

自己紹介。今の彼にとっては初対面である以上、改めて名乗っておこうと思い、ここに来たのだ。しかし、

 

「……あ、あれ?」

 

意志と反して、声は上擦り、喉が詰まる。次の言葉がどうしても出てこない。それを口にすることが、たまらなく怖い。

 

――これから自分を知ってもらう。

 

その意識が強まる程に、今のアクアの中にはもう、有馬かなは存在しないのだという事実を強く突き付けられるようで。

思い出の全てが、自分だけが抱える空想に過ぎなかったのだと、残酷に浮き彫りになる。

 

「…………」

 

恐怖は自分の中で勝手に増幅され、少女は押しつぶされるように項垂れた。

 

「あのさ……」

 

そんな少女を前に、アクアは一歩前にでる。そしてふと、

 

 

 

「今日の演技、すごいって思った」

 

柔らかな笑みを浮かべながら、そう口にした。

 

「…………え」

 

突然の言葉に有馬は驚き、顔を上げる。脈絡のない発言に戸惑う彼女の前で、アクアは穏やかな声で言葉を紡ぐ。

 

「演技のことは全然分からないけど、それでも君はすごかった。自分が輝くだけじゃなくて、周りの力まで引き出してる? そんな感じがして」

 

アクアの言葉は全て、嘘偽りない本心だ。

正直、今日一日の撮影は、いろんな意味で苦行だった。だが、唯一感動魅せられたのが――有馬かなの演技だったのだ。

 

洗練されたその演技は、自分が主役だと言わんばかりに輝きながらも、周囲の力も底上げする。おかげでアクアは実力以上の力を引き出され、今日の撮影をなんとか乗り切ることが出来たのだから。

 

「本当に努力してきたんだって分かるよ。君はきっといい役者になれると思う」

 

「…………あ」

 

本気で褒めてくれたのだと思う。だけど、それを今口にした理由を理解して、有馬は息を呑んだ。

 

突然襲い掛かり、挙動不審な態度を取り、勝手に沈黙して泣き出す。誰がどう見ても厄介なヤバい女。それが彼から見た有馬かなであるはずなのに。

それでも彼は、こちらの事情など知らないまま。――ただ、悲しそうな顔をしていたから。それだけのことで、私を慰めようとしてくれたのだろうか。

 

もし、そうだとしたら。それは記憶なんかなくても、あの頃の彼のままで――

 

「……って、俺に言われてもしょうがないよな。じゃあ、ここらで」

 

「待って!!」

 

去ろうとする彼の腕を、咄嗟に掴む。そして、困惑している彼の前で、彼女は声を振り絞った。

 

「わ、私、今度はママにちゃんと言えたの! 私はあなたの道具じゃない。私を見てって!」

 

有馬が口にしたのは一週間前、再びこの世界に来た直後の話だ。

 

叩かれ、怒鳴られ、冷たい視線を浴びせられてきた。以前の私ならきっと、母を刺激せぬよう笑顔を作って「ごめんなさい」と口にしていた筈だ。

だけど、今回は違った。拒絶される恐怖に押しつぶされそうになりながらも、逃げずに自分の気持ちを母に伝えられた。

 

嫌われる勇気。そして今彼が褒めてくれた演技。私を変えたこれらは全て、彼自身がくれた物だ。

たとえ覚えていなくても、過去が消え去ったわけじゃない。だって思い出も変化も、私の中にちゃんと残っている。

 

なら、もういいじゃないか。だから――

 

「私の名前は有馬かな! 今度こそあんたの『推しの子』に、なってやるから!」

 

彼女はいつもの笑顔で自己紹介をする。今度こそ彼を救い、また沢山の思い出を、作っていくために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………はぁ」

 

帰りの車内、アクアは窓の外で流れる景色をぼんやりと見つめながら、疲れに任せて息を吐いた。頭の中をぐるぐると回っているのは今日出会った少女――有馬かなのことだ。

 

結局最後まで、彼女が何を言いたかったのかは分からなかったし、実は少しチビッたくらいには怖かった。

 

それでも。それでもアクアが、あんな風に声をかけたのは――

 

「……ただ、笑ってる方が似合いそうだな、って思っただけだけど」

 

妙にキザな考えだと、自分でも思う。だけど、あの時はそれが自然と頭に浮かんだのだ。理由は分からない。

 

「なんか、引っかかるんだよなあ」

 

まるで、昔どこかで会ったことがあるような気がするのは、何故だろうか。

 




【激重リスト】

星野ルビー、有馬かな←new!
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