俺が監督と撮った『それが始まり』という映画はそこそこ評価され、なんかの監督賞にノミネートされたらしい。今思えば、俺の演技は中々冴えていたと思う。
けど、あの映画は結局、アイと有馬かなが全部持っていった。
それがきっかけなのか分からないけど、仕事も結構増えてきて、今のアイを一言で言うなら『絶賛売り出し中のアイドルタレント』と言ったところだろうか。
因みに俺とルビーは幼稚園に入学した。これは、そんな日常の最中の出来事。
「みんなーお遊戯会の時間ですよー。保護者の方も見に来てくれるから、一生懸命練習しましょうね」
先生の掛け声に応じて園児たちが「はーい」と元気よく返事をする。
「お遊戯会、ねえ」
しかし、元気な園児たちとは裏腹に、アクアは静かにため息を吐いた。
「アクア、どうかしたの?」
「いや、流石に気恥ずかしいというか。正直あんまり気は進まない……」
首を傾げて顔を覗き込んでくるルビーを前に、アクアは顔を逸らす。
普段はなるべく園児らしく過ごすように心がけているが、中身が成人男性である以上、どうしてもこういう場面には遭遇する。今回もそのパターンだ。
仕方がないから、皆の足を引っ張らない程度にはものにするが、それ以上頑張る理由もない。そんな風に考えていたのだが、
「じゃあ、私が手取り足取り教えてあげるよ♫」
「…………は?」
思いがけない提案に、思わず間の抜けた声が漏れた。
「……なんで?」
「こういうのはやってれば楽しくなるもんだよ! ママも見に来るかもしれないし、一緒に練習しよ」
「それはそうかもだけど。……ていうか、人に教えられるほど上手いのかよ」
「いいからいいから」
否定の言葉はなあなあにされ、手を軽く引かれる。純粋な善意を前に断る理由が見つからず、結局大人しく指導を受けることにした。
「……分かったよ、じゃあちょっとだけな」
だが、俺はこの時、軽い気持ちで了承した自分をぶん殴ってやりたいほどの後悔をすることになる。なぜなら、
「ちょっと待て。何時間やるつもりだ」
「アクア、意外と体力ないんだね」
「いや……お前が、元気すぎるんだよ……!」
幼稚園で軽く付き合うだけのつもりだった練習は、気づけば事務所の稽古場を借りてのガチ特訓へと変貌していた。
「無駄な動きが多いから体力消耗するんだよ」
とっくに限界なアクアとは真逆で、ルビーは涼し気な笑みを浮かべている。
おかしい。絶対におかしい。間違っているのは俺じゃなくて、これを平然とやってのける妹の方だ。
家に帰って早数時間。日はとっくに沈み、外を支配するのは夜の闇。明らかに園児がやっていい練習量ではない。
ここまでぶっ通しで踊らされていたことで、俺の踊りは確かに上達している。だがこのままでは、明日を迎えることなく、俺は干からびた無残な死体で発見されるだろう。
「ギブ! 俺はもう打ち止めだ! ドクターストップを要求する!」
「え~……じゃあ、仕方ないから暫くそこで休んでて」
「終われはしないのかよ……」
まさかの一時的な休憩しか貰えず、絶望に暮れながらその場に座り込む。ゴキュゴキュと豪快に水分補給をした後、未だ踊り続けているルビーを見上げた。
「きっつ~!」
「楽しそうに踊ってんな」
目を輝かせ、手足を躍動させ、ただひたすら踊ることに没頭している。だが、彼女に感じる違和感は、その化け物体力以外のもあった。
「……いや、上手すぎない?」
練習が始まった時から思っていたことだが、こうマジマジと見つめると、その異質さに気づかされる。
「~♫」
本人的にはそこまで力を入れてないであろう鼻歌交じりの軽い動き。その端々には、長年の鍛錬で自然と体に染みついたような細かな上手さが滲み出ている。
動きの切れから曲の雰囲気に合わせた表現力。視線を誘導する様々な技術は、前世でアイドルを散々見てきたアクアからしても、プロにしか見えないもので――
「なあ。ルビーは前世で何やってたんだ?」
「ふぇ?」
ルビーの動きがピタリと止まる。驚いたようにこちらを振り返った顔は、想像以上に狼狽していた。
詮索しない方が良かっただろうか。そう感じ取って、慌てて訂正を入れる。
「あ、いや。別に答えづらかったらいいんだけど。踊るのやけに上手いから」
「あー、えっと。それはね……」
ルビーは視線を逸らしながら、気まずそうに頭を掻く。何か言いたげにしているものの、どこか歯切れが悪い。
「…………あのね」
そして、何やら意を決したように口をモゴモゴさせ始めた――そのときだった。
「あれー? 二人とも、ダンスの練習中?」
言葉を遮って、稽古場の扉が開く。そこに立っていたのは、肩の出た赤いシャツに短パンと言う、ラフな格好のアイだった。
「今、アクアと一緒にお遊戯会の練習してたの」
「へー、えらいね!」
アイがそう言った途端、ルビーは迷いなく彼女の元へ駆け寄り、足元に飛び込む。
「ママ―、なでて!」
いつものように甘えるルビーを、アイは「はいはい」と笑いながら優しく受け止める。その光景からは、いつも通りのアホの子だ。さっきの妙な空気は唯の気のせいだろうか。
「じゃあ、ママもやろーっと。今度のライブで昔の曲やるから練習しないと」
そう言って鏡の前でストレッチを始めるアイ。すると、ルビーが隣に遠慮がちに立って、口を開いた。
「……ねえ、ママ」
「ん、どうしたの?」
「私も、一緒に踊ってもいい?」
邪魔になることを危惧し、申し訳なさが含まれた声音だった。けれど、その言葉にアイは逆に目を輝かせる。
「もちろん! 一緒に踊ろ! でも、結構前の曲だけど、振り付け分かるかな?」
「それは大丈夫。あと、お遊戯会のやつばっかりでちょっと退屈してたし……」
「やっぱり飽きてたんじゃねえか」
アクアの突っ込みに「えへへ」と悪びれもせずに笑うルビー。別にいいのだけれど、そうなら俺がぼろ雑巾になるよりも早く言ってほしかった。
「じゃあいくよー」
アイがスイッチを押すと同時に、CDプレーヤーから曲が流れ始める。
ルビーとアイが軽くステップを踏み、動きを合わせていく。最初はゆったりとしたリズムだったが、曲が進むにつれてテンポは次第に速くなっていった。それでも、二人は迷いなく、軽やかに動く。
「……すごいな」
アクアは二人の動きに、そう漏らさざるを得なかった。
アイはもちろん、ルビーも完璧に振り付けを覚え、動きについていっている。しかも全く同じ動きに見えて、それぞれが自分の魅力を理解し、120%引き出す動きをしていた。
それもそのはず。ルビーの踊りは今、ドームに立った時と比べても、より高見へと昇っている。理由は本人のモチベーションだ。
「――たのしい」
星野ルビーは、ただひたすらに、今この瞬間が楽しくてたまらない。
アクアとママがいなくなってから、踊ることは唯の作業になった。ステージに立つたび、笑顔を作るたび、本当の気持ちを押し殺していた。踊ることが、アイドルの仕事が、あんなに好きだったのに。
でも今は、ママと並んで踊っている。一緒に息を合わせ、ステップを踏んでいる。アクアが傍で見てくれている。すぐそばで、自分の成長に驚いていてくれる。それだけで、胸の奥が熱くなる。
ああ、楽しい。楽しくて、楽しくて仕方がない。私の努力を誰よりも見てほしかった人が、一緒に生きてほしかった人が、ここにいてくれるのだから。
☆
「すごいね~。ママの方がいろいろ教わりたいくらいだったよ。流石私の子、天才!」
曲が止まり、ルビーを見下ろしたアイが、心底驚いたように声を上げる。
隣で見ていたアクアも呆然の立ち上がり、ルビーの耳元でアイに聞こえないように話しかけた。
「なあ。やっぱりすごい気になるんだけど……。もしかして、結構有名なアイドルだったり」
「それはね」
言葉を遮って、ルビーが口を開く。
さっきアクアに前世を聞かれた時、つい答えそうになった。自分は雨宮五郎に生きる意味を貰った少女――天童寺さりなであると。
だけど、それはまだ出来ない。
それを伝えるのは、カミキヒカルを片付けて、全部が終わった後。今余計なことを言ってアクアを混乱させたくないし、それが一度は二人を救えなかった、自分への戒めだ。だから――
「それは、まだないしょ!」
――ルビーは悪戯っぽく微笑みながら、口元に指をあてた。
「なになに、二人ともなんの話? ママも混ぜて~」
「ママにも内緒だよ」
「えー? ママの知らない秘密なんてずるいよおー」
アイがルビーを抱きかかえ体をくすぐり、ルビーはたまらず悲鳴をあげる。アクアはあきれ顔で、だけど微笑まし気にその光景を眺めていた。
2
そうして迎えた、お遊戯会当日。
「~♫」
音楽に合わせ、園児たちは思い思いに体を動かし始める。お世辞にも上手いとは言えない、けれども元気いっぱいな踊り――の、はずなのだが、
「……こいつ、目立ちすぎだろ」
その中で一人、明らかに異次元の切れを見せる園児がいた。
軽やかなステップ、無駄のないターン、決めポーズまで完璧。まるでプロのパフォーマンスのように洗練された星野ルビー(2)の動きに、会場の保護者達がどよめく。
本人的には、これでも子供たちの活躍を奪わないよう抑えているつもりらしい。
そんなルビーの輝きのすぐ横、一番不憫なポジションで、俺はひっそりと踊っていた。
努力の甲斐あって、動きにぎこちなさはない。むしろ園児たちの中では上手い方かもしれない。だが、ルビーの存在感が強すぎて、俺の扱いは完全に『その他大勢』である。
……あんなに苦労した割に、報われない。
正直、ちょっとぐらい注目されてもいいんじゃないかと思わなくもないが――客席でこちらを見つめるアイとミヤコさんの嬉しそうな顔を見て、そんなことはどうでもよくなった。
アイは手を叩いて「すごーい!」と声を上げ、ミヤコさんは涙ぐんでハンカチを握りしめている。
まあ、ルビーの言う通り、頑張ってみてよかったのかもな。
そんなことを思いながら、必死に次の動きへとついていくのだった。
一方、その頃――、
「ちょっと!? なんで入れないの!?」
「誤算だった……まさか同伴できる保護者が二人までだなんて……!」
会場となっている幼稚園の入り口前。そこに響き渡るのは、明らかに部外者な二人の少女たちの、焦燥に満ちた声だった。
「見えない! もうちょっと角度を……!」
窓から必死に中の様子を探るのは、有名子役の『有馬かな』と『黒川あかね』。
素性を隠すサングラスとマスクに加え、なんとか中を覗き込もうとしている動きが相まって、完全に変質者と化している。
アクアの通う幼稚園でお遊戯会があるらしい。
記憶持ち達の定期的な集まりの場で、ルビーが何気なく口にした一言。それを聞いた瞬間、二人の目的は即座に決定された。
星野アクアという将来を約束された役者の、尊く初々しい初舞台。
彼の全てを知り尽くした選ばれし女である自分達が、こんな貴重すぎる瞬間を見逃していいはずがない。そして今日、堂々と会場入りしようとしたわけだが――
「あなたたち、うちの園の子じゃないでしょ。お母さんかお父さんは近くにいる?」
「「…………」」
当然のように止められた。
接触禁止令とやらを出されているあかねのために、無断で来たのがそもそもの間違いだった。
「このままじゃ、埒が明かないわ」
「……しょうがない。かなちゃん、協力して潜入しよう」
窮地に立たされた変態たちは編隊を組もうと試みる。但し相手は因縁のライバル。有馬は幾度か頭を捻らせた後、渋々あかねの手を取った。
「……今回だけだからね」
「おい、その話……俺も混ぜろ」
「――!!」
しかし、二人に割って入る第三の影。
二人が振り向けばそこに立っていたのは、ニヤリと笑みを浮かべる眼鏡をかけた少年だった。
「…………! あなたはまさか!」
「よう、久しぶりだな。お前ら」
元劇団ララライのエースにして、二人やアクアとも深い関係のあった少年――姫川大輝が、少し高い身長で二人を見下ろしていた。