生き残った奴ら全員二周目の【推しの子】   作:カノンだよ

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『ベテランだらけのお遊戯会 後編』

午前の部が終わり、ホールには穏やかなざわめきが広がっていた。劇を終えた子どもたちが、ほっとした表情で家族のもとへ駆け寄り、思い思いに昼食の時間を過ごしている。

お弁当の蓋が開くたびに「わぁ!」と歓声が上がり、食欲をそそる匂いが漂う中――

 

アクアは、自分の手元の弁当を見つめたまま、微妙な表情を浮かべていた。

 

「いやあ、さっきの演劇すごかったね。 みんな『あんな赤ずきんは見たことない!』って盛り上がってたよ」

 

「あ、ありがとう……?」

 

対面に座るアイが、少し興奮気味に褒めてくれる。しかし、アクアは戸惑いながら返事をすることしかできない。

 

実のところ――狼が入ってきたあたりから、記憶がない。そのため先ほどから通りすがる人々に、

 

「君、お婆さん役の子だよね?」

「すごかったわ……お姉さん感動しちゃった!」

 

と、お遊戯会にしては大げさな言葉をかけられても、うまく返せずにいた。

 

そして何より、その時のことを思い出そうとすると、謎の身震いがする。

理由はわからない。だが、本能が「思い出さないほうがいい」と告げている気がしたのだ。

 

だけど、

 

「やっぱりアクアも天才だね。ルビーはアイドルかなって思ったけど、この調子だとアクアは役者さんかな?」

 

「…………」

 

少し照れ臭くなって、顔を隠すために下を向く。

 

アイがここまで褒めてくれるのだから、よほどいい演技ができたのだろう。

そう考えれば――まあ、悪い気はしない。

 

お弁当箱から卵焼きを一つ手に取り、口に運ぶ。その途中で、アクアはふと頭に浮かんだ疑問を口にした。

 

「そういえば、ルビーとミヤコさんはどこにいるんだ?」

 

「……えっと、ミヤコさんは劇が終わるなり「すぐ戻る」って言ってどこかに消えて、ルビーもそれに着いていっちゃった」

 

「……ふーん」

 

特に気にすることでもないため、アクアは軽く返事を返す。

 

ただ――今日は少し気分が良い。その要因の一端である、うまくできた踊り。それを熱心に教えてくれたルビーに、一言お礼を言っておきたいと思っただけ。それだけのことだ。

 

「この唐揚げ食べないなら、私が貰っちゃうよ」

 

「あっ、待て! それは最後に残してるんだよ!」

 

小さな攻防を繰り広げる二人の横で、お弁当のいい匂いがふわりと漂う。周囲では子どもたちの笑い声が響き、ホール全体が穏やかな昼の空気に包まれていた。

 

たまには、こんな時間も悪くない。

 

そう思いながら、アクアとアイの小競り合いは、もうしばらく続いていくのだった。

 

 

2

 

 

「待てごらあああああっ!!」

 

「っ、このままだと追いつかれる!」

 

「私は悪くない!! いや、確かにちょっと抱きついたりはしたけど! でも止めようとしたの!!」

 

ホールの裏――鳴り響く怒声と、必死の弁解。

 

現在、有馬かな、黒川あかね、姫川大輝の三名の容疑者が、いち早く駆けつけたルビー&ミヤコによって鬼の形相で追いかけ回されていた。

 

ルビーはともかく、温厚なミヤコさんまであの怒りよう。捕まればどうなるか、考えたくもない。

故に三人の足は限界を超えて動き、死に物狂いで逃げていた。

 

しかし、

 

「まずいな……さっきから何故か、上手く走れない」

 

「あんたはその変な着ぐるみつけてるからでしょ!? なんでまだ脱いでないのよ!!」

 

「ファスナー噛んで動かなくなった」

 

「なにやってんのよ!!?」

 

いち早く離脱するために着ぐるみを捨てる機会を逃した姫川は、ドタドタと不安定な足取りで走り、他の二人より、一歩遅れる。

傍から見れば、大変シュールな光景であろう。

 

そうして逃げ回るうちに見えた、一縷の希望。

 

「かなちゃん! あの門を抜ければ!」

 

視界の先に広がる、開かれた正門。

ここさえ抜ければ、敷地外であとは広い道路。ミヤコもルビーも、そう簡単には追ってこられないはずだ。

 

「よし! そのまま突っ切るわよ!!」

 

「りょーかい!!」

 

絶望の中に活路を見出し、最後の力を振り絞る。正門まで後10メートル、5メートル。そして、門を潜る直前でーー

 

ドンッ!!

 

「……あっ」

 

姫川が思いっきり足をもつれさせて転倒した。

 

ゴロゴロゴロゴロッ!!!

 

勢いのまま、着ぐるみごと前転しながら、自爆。

無惨に地面に転がったが、まだ終わりではない。姫川は咄嗟に前を向き、残りの二人に助けを求める。だが、

 

「あんたのこと、決して忘れないわ……」

 

「元はと言えば、全部姫川さんのせいですし」

 

「お前ら……!」

 

二人は驚きの速さで姫川を見限り、むしろ囮になると、悠々自適にその場を後にした。

途中から結構楽しんでたくせに。覚えとけよ。そんなことを思う暇もなく、

 

「捕まえたよ、姫川さん」

 

「とりあえず、そこに正座しなさい」

 

ルビーとミヤコさんによる包囲網が完成し、完全に詰みな状況が完成する。

 

もはや打開は不可能。そう悟った姫川は、ミヤコの言う通りに正座をし、二人を見上げる。

 

「……で、最後に何か、言い残すことは?」

 

「待ってくれ」

 

拳を固く握りしめ、明確な殺意を向けるルビー。

言葉を間違えれば即制裁――そう確信できる構えに、姫川は必死に言い訳を考える。

 

アクアが可愛すぎたから? あまりにあざとすぎたから? 俺がお兄ちゃんだから?

 

……ダメだ。どう言い訳しても、頭を砕かれる未来しか見えない。

 

もはや逃げ道はない。ならば――言い訳をするのはやめだ。誠意を見せるため、姫川は自分の心情を正直に話すことにしたのだ。

 

「……悪かった。色々あって、どうかしてた」

 

「……色々って?」

 

ルビーの問いに、一瞬視線を落とす。

そして、意を決したように、自分の心情をぽつりぽつりと話し始める。

 

「ほら、前に言ってた奴。あの要件に蹴りがついたんだよ」

 

「……それって、あなたの両親の事?」

 

ミヤコさんの問いに姫川は軽くうなづいて返事をする。

事情を知るルビーとミヤコは押し黙り、そんな二人を他所に、姫川は言葉を続けた。

 

「済んだら済んだで、嬉しいのか悲しいのか、自分の頭の中が分からなくなったんだ。……それで、アクアを見たらつい……」

 

文章にすらなっていない、拙く、がらんどうな言葉の羅列。上手く話せないのは、自分の中でも未だに整理がついていない証拠だった。

 

元気な弟の姿を見た時、どうしようもなく、抱き寄せたくなった。

 

その体に熱があって、彼が生きているという事実を――自分の手で確かめたくなってしまった。

 

「だから、ごめん。今度こそ、カミキを倒すまではもう――アクアには近づかない」

 

地面に頭をつけ、深く頭を下げる。アクアの母親の命がかかった、大事な時期での暴挙。もちろん、こんなことで許されるとは思っていない。

 

だから、これからどんな罵詈雑言を浴びせられても、どんな仕打ちを受けても構わない。覚悟を決めていた。

 

だけど――

 

「最後に園児みんなでの合唱があるわ。それだけ見ていきなさい」

 

「…………え」

 

返ってきたのは、怒りの言葉でも拳でもなく――ミヤコの優しい声だった。

予想外の提案に困惑する姫川の前で、彼女は続ける。

 

「言っとくけど、あなたから目を離さないためよ。今ここで放したら、またアクアのところに行くかもしれないでしょ。……それなら、傍に置いといた方が安全というだけ。少しでも変な素振りを見せたら、すぐに追い出しますから」

 

「……だってさ!」

 

ミヤコに続いて、ルビーが笑顔で手を差し出してくる。姫川は、まだ冷めやらぬ困惑のまま、その手を取る。そして、ゆっくりと立ち上がり――

 

 

 

「――ありがとう、ございます」

 

再び、その小さな頭を深く下げ、お辞儀をした。

 

「じゃあ、早く戻ろ。私まだお昼食べてないし」

 

ルビーとミヤコは、それを確認すると笑顔でこちらに背を向ける。

そうして、ゆっくりと戻っていく二人の姿を見送りながら――

 

「ルビー!」

 

姫川は思わず、大きな声を上げた。

 

自分でも予想外の声量に驚きながらも、振り返ったルビーに向けて、ゆっくりと口を開く。

 

「……一つだけ、聞いてもいいか?」

 

「なに、姫川さん?」

 

姫川の神妙な面持ちに、ルビーは小さく首を傾げる。これまでのドタバタで、聞くタイミングを逃していた。

 

だけど、これは避けては通れない。本来彼女に会えたら、一番に聞こうと思っていたことだ。

 

聞いた先にある答え。それがもし、もしも……その思いからくる恐怖、焦燥、後悔、その全てを、

 

「ルビー、お前は――」

 

――その全てを振り切って、姫川大輝は、大切なことを確かめるために、再び視線をルビーへと向けた。

 

 

3

 

 

最初にこっちに戻ってきた時、脳裏を支配したのは――強烈な殺意だった。

何が起こっているのか、これが夢なのか現実なのかすら定かでないまま、俺は包丁一本を手に家を飛び出していた。

 

殺す。ただ殺す。

 

弟の未来を奪い、妹から笑顔を奪ったあの男――カミキヒカルを。

その憎たらしい顔に刃を突き立て、原型が分からなくなるまで切り裂いて、生まれてきたことを後悔させてやる。

 

……だけど、それは叶わなかった。

 

「――久しぶりだな、姫川大輝」

 

静かにそう声をかけたのは、斎藤壱護。カミキヒカルを張り込んでいたその男に、俺の企ては阻止された。

 

暴れる俺を押さえつけ、軽い怪我まで負わされたくせに、「大丈夫だ」とひたすら笑顔を向け、話を聞いてくれた。

そして、話は俺の両親のことへと移った。

 

上原清十郎と姫川愛梨。

 

いずれ心中する二人を、そのまま見送るか、阻止するか――。

 

俺は迷わず、見送ることを提案した。

 

親父は言うまでもなくクズで、母はカミキに手を出した小児性愛者(ペドフェリア)だ。

 

カミキの行動が変化するリスクを負ってまで、助けるべき命ではない。だから、母と父には同じように死んでもらうべきだ。

 

俺の出した結論は、ただ一つだった。だが――

 

「いや、どうすべきとか聞いてねえよ。俺は、お前がどうしたいかを聞いてんの!」

 

「――――は」

 

「お前が本当にあの二人に死んでほしいと思ってるなら、俺もそれに従う。だが、もしお前がほんの少しでも、二人に生きてほしいと思ってるなら……正直にそう言え。なんとかしてやる」

 

俺がどうしたいか。自分の欲求に向き合うことなど、アクアが死んでから、一度もなかった。

そしてそれは、繰り返した先でも、許されないことだと思っていた。

 

「安心しろ。先日黒川が来てな。あいつと話し合って、カミキを倒す現実的な計画が定まった。次善策もある。……だからそこの心配はしなくてもいい」

 

女好きで金遣いが荒くて暴力気質な父と、アクアの命を奪う要因になった母。そんなどうしようもない屑で、大嫌いな二人だけど、それでも、

 

それでも――二人の死体が未だに、この脳裏を離れてくれないのだ。

 

「もう一度聞くぞ……お前は、どうしたい?」

 

「…………俺、は」

 

 

 

結局、両親は心中する前に、起訴することになった。壱護さんも協力してくれたし、二人は常習的に侵している細かい罪も多かったから、証拠を集めて警察に突き出すのは、難しいことじゃなかった。

 

 

 

 

 

「〜♫」

 

暗いホールに、園児たちの澄んだ歌声が響く。

 

舞台の上では、幼い園児たちが並び、小さな体を精一杯揺らしながら、無邪気に歌っていた。

俺は、体育館の後方から静かにその光景を見つめている。あたたかなスポットライトの中で、純粋な笑顔を浮かべながら声を合わせる子どもたち。

 

その中に――弟の姿を見つけた。

 

アクアは少し恥ずかしそうに、でも一生懸命に声を出している。周りに迷惑をかけないよう、必死に調整しながら歌うその姿に、胸が締め付けられた。

 

生きている。息をしている。動いている。声を出している。それだけで、これほどまでに――夢のような心地になる。

 

アクアが死んだあの日から。その喪失感が、絶望が、ずっと俺を縛り付けていた。

もっとアクアを気にかけていれば、一秒たりとも目を離さなければ、ずっと傍にいてやれば、

 

――俺が代わりに、カミキと死んでいれば。

 

悔やんでも悔やみきれない日々。生きている意味なんてない。俺はなんでまだ死んでいないんだ。自問自答を繰り返す中で、それでも生きようと思ったのは、

 

 

 

妹が、星野ルビーがいたからだ。

 

アクアが最後に守った彼女の舞台。その上で愛想をふりまき、愛してると言い、世界で一番幸せだと言いたげな笑顔を見せ、皆を虜にする天下のアイドル。

 

その笑顔の裏に――果てしない孤独を見た。

 

自分も同じだったから、気づいてしまった。あれだけ嘘を嫌っていた彼女が、いつの間にか絶望と悲しみを隠して希望だけを届ける、世界一の大ウソつきへと変わってしまっていたのだ。

 

母も父も兄も、全てを失った彼女を置いていけない。

ルビーの笑顔を守れなかった自分が、先に脱落することは許されない。

アクアが残した彼女の未来を、絶対に幸せなものにしなくてはならない。

だから生きた。どんなに辛くても、どんなに限界だと思ってもても、生き続けた。

 

――だからこそ、

 

「〜♫」

 

雛壇の中央。アクアの一段下で歌うルビーに目を向ける。歌っている。心から楽しそうに、嬉しそうに。

 

どう足掻いても取り戻すことができなかった、かつての笑顔で、

 

「…………っ、あ」

 

途端に、頬を熱いものが伝った。

 

目から零れた涙が視界を塞ぎ、世界の形を曖昧にしていく。それは拭っても拭っても、後からあふれ出てきて止まらない。止まってくれない。

 

「……あっ、ぐ……あああ」

 

情けない嗚咽が漏れ出る。

感情が制御できない。一度爆発したそれは堰を切ったように溢れだし、偽物の仮面をかぶった臆病者の顔を涙で盛大に汚していく。

 

涙が止まらない。鼻水が垂れてくる。口の中が訳の分からない液体で溢れかえり、嗚咽交じりの姫川の鳴き声がさらに聞き苦しいものへと変わる。

 

ボロボロと崩れていく。

 

あの日止まった時間が。

 

ボロボロと崩れていく。

 

枯れたはずの心を押さえ込んでいた蓋が。

 

崩れていく。後悔が、無念が、自己嫌悪が、恐怖が、悲しみが。

 

――もう一度、その顔が見たかった。

 

「あああああ………ああああ!!」

 

答えを得たのだ。

 

先ほど、ルビーを呼び止めて、恐怖を乗り越えて聞いた問いの先で、ずっと求めていた答えを。

 

 

 

 

 

……一つだけ、聞いてもいいか?

 

なに、姫川さん?

 

ルビー、お前は今……幸せか?

 

 

 

 

 

刹那。ルビーは少し驚いたように目を見開き、数秒沈黙する。そして、こちらの目をまっすぐに見つめ、

 

 

 

「――うん。世界で一番、幸せだよ!!」

 

そう、100点満点の笑顔を見せるルビーは、

 

二度とお目にかかれないと思っていたその姿は、誰よりも眩しく、誰よりも煌びやかで、何者にも代えがたいもので、まるで、

 

 

 

――夜空に輝く、一番星のようだった。

 




【激重リスト】

星野ルビー、有馬かな、黒川あかね、姫川大輝←new
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